第1章06話
第1章06話
兵隊さんに手を振りながら別れ俺たち3人は村に向かって歩いている。
「誰も来ないから財布をまとめません?」
「そうですね。人前で出し辛いですよね」
「さっきの時点で81金貨有りますよ」
「凄いです! さすが旦那様」
「旦那様は止めましょうよ」
「何故ですか! 旦那様は旦那様ではないですか!」
「哲司さんで如何です? 知世さんに名前を呼ばれるのが好きなんですよ」
「……」
「早く財布のまとめをせんか。誰か来るかも知れんぞ」
敗残兵の財布から金貨が33枚出て来た。大銀貨が47枚。合わせて金貨114枚、大銀貨63枚を一つの皮袋に入れて肩掛けバッグに入れて、銀貨15枚と中銅貨10枚銅貨10枚を俺が皮袋に入れて懐に入れた。
一眼姫が皮袋を新品にしてくれた。
「残りは知世さんが使ってなくすようにして下さい。重くて仕方ないです」
「これ凄い量ですよ! 懐に入る量ではないですよ!」
「旅館とか着物とか昼食で結構減ると思ってます。一眼姫も着物を変えない?」
「儂もか?」
結構嬉しそうだ。
「1人3着くらい買いなよ」
「でも、どうやって持ちましょう? 私で一抱え在ります」
「手伝うけど……出来るだけ銅貨から無くしていくか……この村には両替商はいないの?」
「庄屋さんがやってくれた気がしたけど……」
「じゃ、銀貨を別にしてから考えよう」
「儂が銀貨だけ抽出しようか?」
「「お願いします!」」
結局銀貨だけで203枚有った。銀貨だけ別の皮袋に入れても結構な重量だ。金貨にすると20枚。
「その山のような銅貨を両替に出そうか、1割くらいで変えてくれるよ」
「何か納得出来ません! 開拓民は中銅貨稼ぐのに、どれだけ苦労したか……」
「でも銅貨と粒銅だけで担げるよ」
「私が使って減らします!」
知世さんが風呂敷に包んで小銭を背負って松並村に向かった。
村に入って庄屋さんの所で結婚届けを出した。これで俺は晴れて水郷境の《河瀬哲司》となった。
河瀬の家は古く格式だけは高いそうで、武家に戻った知世さんに庄屋さんが平伏していた。
「侍と違って武家は仕官しなくても武士じゃからな。あのような小刀まで差して来られると、ボロ着物の小娘にもひれ伏すしか無いのじゃ」
「次は着物にします?」
「一気に減らすなら宿屋だろう。疲れを取るのに2~3日泊まらないですか? 風呂も有れば頼んで先払いすれば減りますよ」
「さすが旦那様です! そうします」
やはり旦那様のままだった。知世さんは宿屋に行き、俺と一眼姫は宿屋の食堂で待つことになった。
「ここは宿屋も食堂もこれしか無いようですね」
「辺境だからな」
知世さんは広い部屋と風呂を頼み2泊することになったようだ。
先払いで風呂敷を開いて粒銅を数え始めて、女将と揉めている。知世さんが押し切ったようだ。
「時間がかかりそうだから、一眼姫は着物を見て来たら?」
「……そうか?」
「あれが終わったら知世さんも行くよ。明るい色の着物にしなよ。桜色とか、明るい緑色とかを3着くらい。今、着ているような暗い色は止めなよ。座敷わらしみたいだから」
「分かった。明るい色だな」
一眼姫が嬉しそうに数匹の小物を連れて歩いてゆく。どうせ化けているのだろうけど、周りの人達はどのように見えているのか気に掛かる。
壁の品書きを見ていると《美瑠》と書かれた物が有る。何だろう?
「それは哲司の世界で言うビールだよ」
知らないうちに俺の隣りに人が居た。作務衣の変形版を着た身長180センチくらいのハンサムな犬耳の男だった。
「天狗様ですか?」
「そうだ。様は要らないぞ」
「女の買い物は時間が掛かるので、天狗さんもビール飲みません?」
「哲司よ、お前は良い奴だな。飲むぞ」
店にビールと肉豆腐を注文する。
「肉豆腐と天ぷらは好物でな。どちらも迷い人が伝えた物だ。ビールもそうだな」
とりあえずビールが瀬戸物のジョツキで来た。
「「乾杯」」
俺がビールを冷やしていると興味深そうに見ている。
「凍る手前くらいのが美味いです」
「そうなのか?」
天狗さんも冷やしている。
「これは美味いな! これは良い」
何故冷えたビールが広まらなかったのか考えたが簡単な理由だった。
「そりゃ妖術使える人間が少ないからよ。お前さんみたいな6感持ちが少ないからな」
「日本だって少ないですよ。妖怪や幽霊が見えると言うと頭がオカシイ人扱いですから」
肉豆腐を持って来たので天狗さんにビールの追加を注文したあげた。
「済まんな」
「天狗さんは金持ちと思っていたけど」
「酔ってグダグダしているだけと言って、取り上げられとる」
「キツイ嫁さんですね」
知世さんが現れた。
「天狗さんだよ」
「はじめまして。知世です」
「おう。宜しくな」
「減った?」
「大分減りましたがまだ半分くらいです」
「一眼姫が着物を選びに行っている。知世さんも行って選ぶと良いです。一眼姫には明るい色を買うように勧めました。桜色とか緑色とか、見てやって下さい。知世さんも明るい色が良いな。とりあえず3着くらい。あと編み笠とか杖とか必要な物を」
「ハイ!」
「お金が足らなかったら呼んでください。俺にも草履を買っておいて下さい」
知世さんが飛び跳ねるように出て行った。
「あの小銭の山は?」
説明すると天狗さんが大笑いしている。少し落ち着いてから空間から20センチ角くらいの皮袋を2枚出して俺にくれた。
「財布に使え。中は2間四方くらい有るぞ。いくら入れても重さは変わらん」
2間は3メートルだったっけ。
「嬉しいけど良いのですか?」
「構わん」
「助かります」
早速ジャラジャラしている皮袋を入れると2つとも入ってしまった。確かに重くない。
「ここはまだ紙幣が無いからなぁ」
天狗さんがビールを飲みながらブツブツ言っている。
2人が帰って来ないので、また天狗さんにビールの追加をすると凄く嬉しそうだった。