第4章12話
第4章12話
また3週間程経ってしまった。順調にヤマコを倒して歩いているが、善姫さんの母上の噂も聞かない。
妖獣を片付けて小物達に聞いている内に小物達も積極的に探してくれているのだが、善姫さんの母上にかすりもしないのだ。
金持ちにはなったけど。
「時間が掛かるのは最初から分かっていましたが、情報の欠片も無いのは変ですね」
「私もそう思い始めました。探す世界を間違えているような気もします」
「23年前に飛ばされた女性を探すのが大変な事は予測済みですから、気長にやるしか無いですよ」
「ヤマコから助けても人間社会に戻してあげれたのは10分の1くらいで、短期間のヤマコとの生活だった女だけです。あとはヤマコ村に連れて行かれた方が喜んでいるみたいに見えます」
「善姫さんだって人間社会に戻れたじゃないですか」
「戻ってませんよ……今でも殿方を見ると生きる為に……」
話題を変える事にしたかったのだが善姫さんが話し続ける。
「母上を見付けても治療に何年掛かるのか見当も付きません。水郷城で面倒を見て貰うにも限界が有ると思うのです」
確かに善姫さんの母上まで水郷城で引き取るのは政治的に複雑な問題だと思う。美嶺城が引き取ってくれれば良いのだが、そうは行かないだろう。
「明日の事なんて分からない物ですよ。俺だって飛ばされて来てすぐに開拓民になっていた知世さんと間違って結婚してから運命が変わってしまったみたいですから」
「間違ってですか?」
来た当初の話しをしたら、善姫さんに大笑いされてしまった。
「お互いに勘違いでも、俺は知世さんが大好きですし知世さんが武家だから結婚した訳じゃ無くても、今は武家になって生きています。
善姫さんも人間の男との生き方が分からなくても、覚えて行けば良いのですよ」
「でも、帰って来てから私と話した殿方は哲司様だけです」
「皆さん、善姫さんが美人過ぎだから話し辛かっただけですよ」
『哲司。それは違うぞ』
水美が笑いながら俺の意見を否定する。善姫さんも寂しそうに笑っていた。
『哲司。さっきの知世と哲司の小刀勘違いで気が付いたのだが、こっちに来る時に善姫にも小刀を与えなかったか?』
言われてみれば渡したような気がする。
『あれは薙刀だけでは不便だし、妖力の通る刀が必要だからあげたんだし……善姫さんがそう捕らえなければ大丈夫だよ』
『そうかもしらんが……もう少し、こっちの人間の考え方と風習を気を付けた方が良いぞ』
善姫さんとは妖力の補助とお風呂に一緒に入っているだけだし、それ以上の関係は無い。
俺は知世さんと水美一筋で生きているので後ろめたい事はしていないのだ。
朝から善姫さんとの話しが暗くなって来ているので、朝ご飯は済んでいるのだが水美の皮袋からビールと寿司を出して善姫さんと飲み始めてしまった。
「お寿司が美味しいです」
「帰ったら、また皆で行きましょう」
「哲司様に連れて行って貰った店はどこも、とても美味しくて凄く嬉しかったですね」
考えてみれば、17歳からヤマコと山賊しか知らなくて、この10年は幽閉だものな。
『こっちの世界は飯が良く無いな』
水美まで文句を言っている。旅館の御飯は適当に摘まんで水美の皮袋に頼っているのが現状た。
俺としては西洋料理を楽しめるので嬉しくもあるのだが。
「西洋料理は嫌いですか?」
「塩味ばかりで味気ないですね」
確かに言えている。
「哲司様の故郷では西洋料理と称する食べ物は普及しているのですか?」
「日本料理と西洋料理は共存していて、普通に食べていましたね」
「帰りたいと思いませんか?」
「もう奥さんも居るし、仕事も有りますので。それに、魔獸を狩ったり山賊を襲って稼ぐなんて出来ない世界ですから。生きて行くのも大変ですよ」
善姫さんに日本の説明をしたりしていると時間が経つのが早い。
「現実問題として母上を見つけて連れ帰るのは難しいような気がします」
善姫さんが諦めるような話しをし出した。
「母は既にヤマコの女をしている方が幸せなのかもしれません。生きているなら20年以上他の事を考えずに生きている訳で……私も人の世は辛かった記憶が有ります」
「そうなんですか」
「私もこうやって着物を着ているのが辛いですから」
『なら脱げば良いだろう』
『水美!』
水美は部屋では相変わらず何も着ない。
善姫さんは酔って来ているので、すっかり脱いでしまった。
「哲司様には見苦しい物を見せますが……座敷牢でも着物は与えられませんでしたので」
姫様なのに随分と酷い扱いだ。
憤慨していると水神様から連絡が入った。
『哲司殿、聞こえるか?』
『聞こえますよ』
『一度、帰って来て貰えんか?』
『昼までに帰ります』
「水神様から呼び出しです」
「何か起きたのでしょうか?」
「理由無しで一度帰れとの事です」
「美嶺城が引き渡しを要求して来た可能が有りますね」
「今更ですか?」
「笹美城は私に死んで貰いたいみたいですし、美嶺城の老中は笹美城の言いなりですから」
面倒な話しになって来た。
「水神様も面子が有るので、引き渡しは無いと思いますよ」
『視線が善姫の胸に行っているぞ』
慌てて善姫さんの眼に視線を移す。
「それなら良いのですが……こちらの殿方には私が獣のような振る舞いをしているように見えるのかも知れないのですが、私にはこれしか出来ないし……それに、もう獣のような扱いに耐える自信が無いのです」
善姫さんが泣いていた。
「俺がさせません」
善姫さんが何をしたのか分からないけど、2ヶ月近く一緒に居て、そんなに変わった事はしていない。
水神様と相談して、この美人が生きて行く最良の道を考えないと。
『そんなに真剣に考えるな。水神に会わないと何の話しか分かって無いのだ』
水美の言う通りだった。全ては杞憂に過ぎない。せっかくの良い眺めを諦め、善姫さんに着物を着せて水郷城に帰る事にした。




