第1章16話
第1章16話
全員で水郷境の門に着いた。
「河瀬の御屋形様である」
タマ五郎さんが門番に宣言し、俺が関所札を見せると門番が頭を下げて門を通した。
住民の人達も河瀬本家の帰還とあって皆さん頭を下げている。
慣れないのでナンカ気恥ずかしい。水郷境の代官が部下2人を連れて慌てて飛んで来た。
「笹美の国、代官の蓑田と申します」
「初めまして。河瀬哲司です」
俺が挨拶すると蓑田さんと部下が、より頭を下げ挨拶した。蓑田さんは50歳くらいだろうか。
「御屋形様は分家の命令無視を糾弾する為、開拓地よりの帰還である。証拠の文書類などは既に水郷城に提出済みである」
知世さんが蓑田さんに宣言した。
「これは知世様。久しく存じます。水郷城に……では公式に裁くと考えて宜しいので」
「御屋形様は構わないと、お考えである」
「これから、どちらに……」
「旦那様は本家の現状を見てから、水郷城に向かうことを予定している」
「では本家まで御一緒させていただいて宜しいでしょうか?」
「良いぞ」
全員で本家に向かった。
水郷境の街並みは美しく発展しているのだが、少し活気に欠けている。
「哲司、待ってたぞ」
「天狗さん、先に来ていたんですね」
「こ、これは天狗様。お久しぶりで御座います。代官の蓑田に御座います」
「おお、蓑田か久しいのぉ。見るが良い。酷い状態だ。蓑田とあろう者も付いていて何故許した?」
「め、滅相も無い! おばば様が乱心気味で」
「ババとは言え当主では無いわい、見えぬ年寄り女に何が決められる! 水郷城で言って見るが良い!」
タマ五郎さんがキレ気味だ。
「お待ち下され! この蓑田、命に代えてでも後始末させていただきます。暫く水神様の裁定だけはご勘弁を」
「この何も無くなった本家を俺もお前も見た事を忘れるなよ」
天狗さんの脅しが相当利いている。
「御屋形様に満足頂けるよう蓑田が取り仕切りまする」
「不審火など許さんぞ。カラス天狗が見ているからな」
「代官所から警備をすぐに! 御屋形様は何処にお泊まりで」
「水郷城の家で待ちます」
知世さんが蓑田さんに伝えると蓑田さんが慌てて居なくなった。
「本当に何も無いですね」
俺は感心して言ってしまった。
「父が死んだので私もと考えたのでしょう。浅はかな」
「水郷城に行こう。座る所も無い」
天狗さんに言われ水郷城に向かった。歩きながら水郷城と水郷境と笹美の国の関係を教えて貰う。
水郷境は河瀬の家が妖怪達と話を付けて、人間と獸人達で開発した開拓地で6感持ちが多かった。豊かになると普通の人々が集まり出し、6感持ちと獸人を差別し始めた。
水郷境は水神様の領域なので、暫くは丸く収まっていたが人口が増え続けると軋轢が大きくなって来た。
そこで水神様と河瀬家の話し合いで、水郷境の異空間に水郷城を作り出し分割したのだそうだ。
笹美の国に水郷城で作られる妖道具や妖力を納める代わりに免税とし、代官所を受け入れ河瀬家の武家としての独自の地位を認めたのが始まりだった。
笹美の国も水神様と揉めるより利益が大きく、丸く収まっていたのだが河瀬家にも6感持ちで無い者も出て来て、今回のざまとなったらしい。
「水郷境の中心に有る神社から入ります。この神社の場所に水郷城が有るもので」
「なる程」
タマ五郎さんの説明と案内で水郷境神社に入った。鳥居に番人が立っている。
「通常水郷境の住民のみ入れます」
本堂に竜人族の神官が居て俺の確認をし、通してくれた。
「御屋形様に鍵も来ましたので、水郷城の河瀬家邸に行きましょう」
「見えない鍵が水郷城に来る権利として身体の中に渡されます。様々な能力も与えられ、次から自由に出入り出来、御屋形様は水神様に会う権利も含まれます」
タマ五郎さんが色々と説明してくれる。
「哲司よ、能力と自分に問えば見えるようになった筈だ」
天狗さんの言う通りにすると、自分の妖術の一覧と妖力の残量が分かるようになっていた。
「旦那様、これ凄いですね! 知世も色々と覚えたようです」
「鍵の力と、さっき大量に成敗しましたからね。能力が上がっているのですよ」
鳥居を出て振り返って見ると、神社の向こうに水郷城が見えた。水神様に相応しい立派な城だった。
「この先の街並みの右手の最初に林が見えますでしょう。あれが河瀬家邸です」
近くに行くと林の中に邸宅が建っていた。大きい邸宅だった。
「知世さんも初めて?」
「はい。河瀬家と言えば貧乏と思ってましたので、驚きです」
「前の御屋形様が河瀬家内の軋轢を避ける為に水郷城の財産を隠したのが始まりです。
ババ様が分家を率いて、6感持ちなど役に立たないと言わせたのも前の御屋形様が水郷城の利益を水郷境に出さなかったのが原因と言われてます」
「その結果、父は殺されたのですね」
「はい……ババ様が亡くなったら帰る予定でした」
河瀬邸の門をくぐると、事務方の人達が並んで迎えてくれた。30人くらい居るようだ。
3人が玄関前に並んでいる。
「御屋形様。お待ちしておりました。タマ左右衛門と申します」
「タマ次郎です」
「タマ四郎です」
「皆、私の兄達です」
タマ五郎さんが言った。
「タマ三郎さんは?」
「今、水郷境の方に行かせております」
「オイ、中で話すぞ」
天狗さんに言われ応接間に行った。
「家宰の件ですが」
タマ左右衛門さんが聞いて来た。
「廃嫡して下さい。変わりはタマ左右衛門さんで宜しいですか?」
「私では……キツネ族で御座います」
「構いません」
タマ兄弟は全員金色の素晴らしい毛並みでハンサムだった。
「水郷境は全員分家に毒されていると考えるのが筋でしょう。タマ左右衛門さんに人事を一任します」
俺は思いっきりタマ左右衛門さんに丸投げしてしまった。一番頭の良さそうな顔だもの。
「有り難きお言葉。タマ左右衛門、命に代えて頑張りまする」
30歳くらいなのかな、頼もしいキツネさんだ。
「警護をしっかり付けて下さい。タマ左右衛門さんが狙われるのは確率が高そうですから」
「御心配、有り難き幸せで御座います」
「財政など相談も有りましょうが、明日以降にして貰えると有り難い。着替えなどもしたいので」
「これは気が付きませんで。2階と3階が河瀬家の占有となっております」
3階も有るんだ!
「只今、女中が参ります」
昨日と今日の出来事をタマ左右衛門さん達に説明して、殺傷沙汰は無かった事にしている事を伝えた。
「細かい話はタマ五郎さんに聞いて下さい」
知世さんがタマ五郎さんに、回収した弓と矢を渡している。
「女中のヤヤと申します」
23歳くらいで美人のネコ耳だった。クロネコは珍しいなと思った。




