第7章14話
第7章14話
「天狗さん、あれ見た事ある」
あの美人のオバサンがヤマコに捕まってから4日経ち、すっかり環境に慣れて光の精霊と仲良く並んで奇声をあげている。
「……有るような無いような」
水神様のボヤキ聞き係りで忙しかった天狗さんにヤマコの村に来て貰って、光の精霊の隣で大声を出している女性を見て貰っている。
何時もの大木の枝に、俺と天狗さんと舞花さん依能さん、善姫さんで並んで座っている。
「光の精霊を助けようとする事自体フザケた行為なのだから、誰でも良いじゃないですか」
舞花さんと依能さんが冷たい。
「年増だが美人だな。妖力も異常に強い」
「天狗は、ああいうのが趣味だったのか?」
天狗さんが舞花さんに突っ込まれている。
「人間で無い事は確かですよね」
林弧ちゃんが光の精霊と新人の美人に何か妖術を使って妖力を抜いている。
「天狗さん、これ山賊から徴収したんだけど」
小さい印面の付いた棒を渡した。
「これは良いですね。妖力封じの焼き印ですよ」
舞花さんが隣りから覗き込んで喜んでいる。
「俺がやるのか?」
「大好きでしょう?」
天狗さんが舞花さんに押し出された。
『あれは呪い?』
『確かに呪いではないが、近い物だ。哲司は片付けはしない癖に、ああいう物だけは目敏く見付けるな』
天狗さんは新人の前に行き、俺は前面のヤマコを傀儡を使って除けた。
「浄化」
天狗さんは女性の左足を横に開き足の付け根に焼き印を押している。
「天狗、ついでに光の精霊にもやってきなよ」
俺が光の精霊の前をクリアにすると、天狗さんが同じ作業を繰り返して終えた。
「役得だったな」
帰って来た天狗さんを舞花さんがからかっている。
天狗さんが焼き印を俺に返そうとした。
「俺は使い道が無いから、あげるよ」
天狗さんが嬉しそうにしまって、舞花さんが鼻で笑っている。
「成功ですね。2人から妖力を殆ど感じなくなりました」
これで自力脱出の可能性は無くなったと思われる。
林弧ちゃんが尻尾を枝からプラプラさせながら満足そうだ。
もう2月になったのにヤマコの里は、それ程寒くない。ヤマコに埋もれている2人は顔を紅潮させて汗だらけに見える。
日本から飛ばされて1年になるが、当初は1年後にこんな事がしているとは考えられなかった。
「妊娠候補の女も増えているな」
「追放処分になったトポリ村の女達でしょうね」
天狗さんと話していると、善姫さんが全員に温かいお茶と大福を配ってくれた。
「この、お茶美味しい」
「水郷城で採れたのですよ」
変なものを見ながらお茶になってしまった。
「皆さんずるいです!」
ブリュネちゃんがやって来て、善姫さんにお茶と大福を貰って座った。
「たまに、お茶でマッタリとするのも良いですね」
依能さんの意見には同意し辛い。目の前の光景は、いささか問題が有る。
「ああして2人並べておけば、もう助けようとする者も居なくなるだろうな」
「さっき《木の精霊》が見に来ていた」
「確かに見られていたが《木の精霊》だったのか」
舞花さんと違って依能さんは最近の精霊界に疎い。
「助けたければ助ければ良いのに」
「3人並べておきましょう」
俺に林弧ちゃんが嬉しそうに応えた。
「光の精霊に何か仕掛けをしてあるの?」
「誰かが光の精霊に触れると私と林弧に知らせが来るのですよ」
依能さんはそんな仕掛けまで作っていたんだ。
「誰かって人間用?」
「神、精霊、人間の手合いに反応しますね」
「じゃ、あれは神?」
「違うとは思うが……ここは我々の神々は支配権外だから来れない規定になっている。だから宣姫も水神様も来ないだろう」
天狗さんの説明で水神様や宣姫さんがヤマコの国に来ない理由が分かった。
「地元の神様かな?」
「なら他の神様がとっくに助けに来ていると思うぞ」
天狗さんの説明は尤もだ。じゃあれは何者なのだろう。
林弧ちゃんが突然、妖術封じを飛ばした。
依能さんと舞花さんが初めて見る女性と両腕を組み我々の枝に無理矢理連れて来た。
普段長く一緒に居るだけあって、凄い連帯だ。
「久し振りだな《木の精霊》お前は光の精霊に係わらない成約をした筈だぞ」
木の精霊は無理矢理姿を現させられて、舞花さんに追求されている。痩せてて170センチくらい。美人だけど、やたら気の強そうな精霊だった。俺の趣味には合わないな。
『風の精霊と豊饒の精霊に捕まった木の精霊か。これは見物だな』
水美が楽しそうに見ている。
「私が此処に居て帰れない時も知らぬ振りをしたお前が精霊間の協定を破ってまで何しに此処に来た?」
依能さんの追求は凄くドスが利いていて見慣れない俺も驚いている。よく見ると木の精霊の眼が泳いでしまっている。
「答えないと光の精霊の仲間入りをさせてやっても良いのだぞ。そもそも、お前も光の精霊の共犯の疑いが有ったのだが見逃して貰っていたのを忘れたのか?」
風の精霊の舞花さんの脅しも迫力が有る。やはり2人は被害者当人だけあって真実味が違う。
「黙っていても分からん。答えろ!」
木の精霊はスケバンに捕まった下っ端の不良娘のように見える。涙を浮かべて唇を噛んでいる。
『水美、木の精霊はあの光の精霊の隣に居る年増と一緒に来ていたんじゃないかな』
他の精霊達にも聞こえるようにして話し掛けた。
『哲司の予想が正しいような気がするな。あの年増と木の精霊が、光の精霊を助けに来たが天狗が風の精霊が助けられなかったように、結界に苦慮している所に光の精霊まで逆らったので片方だけ我々に捕まったと考えるのが自然だろう』
『私も水の精霊と同じ考えですね』
舞花さんも同じ考えだったようだ。
「答えないなら、それなりに覚悟が要るぞ」
木の精霊がハッとした表情をしたのがチラッと見えた途端に依能さんと舞花さんに両腕を組まれたまま消えた。
『何処に連れて行ったの』
『哲司は気にするな。精霊同士の問題だ』
水美がニヤリと答えた。
「我々はメンチカツでも食べに行こうか?」
サネリちゃんのお父さんが最近ハンバーグモドキを揚げてメンチカツにしてくれる。俺が教えたのだけど。
皆で移動して依能さんと舞花さんの分も注文してビールを飲んでいると、メンチカツが出来た頃に2人が来た。
通常に戻って午後の狩りの相談をしながら時間が過ぎて行った。