第三話 星の準則 その1
十六夜真紀さんのキンモクセイの香を嗅がされたリーナとハルロー
が目を覚ましたのは贅を尽くしたベルサイユ宮殿の中のような
黄金の間だった。
そこで待っていたのは今回の事件の黒幕だった……
これは今から五年前のお話。
十一歳になったばかりのリーナお嬢様に
背負わされた悲しい重責。
彼女を見守り続けようと
僕に決意させた ある事件のお話……
天井の豪華なシャンデリアが照らし続ける光の眩しさに
目を覚ました僕は薄目をあけて、手首の改造時計を見る。
あれから三時間経過したらしい。
徐々に意識がはっきりしてきたので、真っ先にリーナお嬢様
を探す。
幸い行方不明ということもなく、僕の横でお嬢様は、すやすや
眠っていた。僕と同じでどこにも怪我はない。
周りを確認してみると、エリザベス宮殿のような豪華な装飾で
固められた部屋のふかふかした絨毯の上で寝ていたようだ。
便宜上、部屋と言ってみたけど、僕ら一般庶民が想像する部屋と
比べるとなんというか……ここはメチャクチャだ。
床から天井までの高さが優に二十メートルはあるし、広さが部屋と
呼ぶには広すぎる。
一キロ四方はあるんじゃないだろうか。
はるか遠くに見える豪華な装飾が施された壁や天井には純金の延べ板が
あたりまえのように使われている。
そうかと思うと、僕らのすぐ横には世界のトップレベルのスーパー
コンピューターが見渡す限り並べられていて、少し隙間があるかと思えば、
最新鋭の超高級スポーツカーが無節操にポンポンと三百台ほど置かれていた。
その車内には、世界の超一流ブランドのアクセサリーや洋服、靴、指輪、
時計など最新の物から年代物のレア物までギュウ詰めにされていて、詰め
きれなかった物はボンネットの上や車の天井の上に山積みにされて、
雪崩を起こしている。
おっと、周りに気をとられてちゃあいけない。
「お嬢様、お嬢様、起きてください!」
「う、う――ん……、あ、ハルロー……、私たち、やられちゃった
んだよね。ここどこ?!」
「僕も、ついさっき、気がついたんですけど、それがさっぱり……」
「なんかチャランポランなトコねぇ。ん? 何それ」
リーナお嬢様が指さした足下を見ると、クラッカーと冷水が注がれた
ダイヤモンド製グラスの横に、麻雀卓くらいの大きさの金色の丸い缶が
置いてあった。
フタを開けてみると中には大粒のキャビアがびっしり詰まっていた。
フタの裏には小さく〈ベルーガ塩分一パーセント ペトロシアン調理ゲスト
ジェイミー、ミチバ、サカイ、シュウ〉とロシア語の文字がプレスされて
刻まれている。
うわーっ、なんつー超高級品!!
缶の中には、他にもチョウザメを象った純金製の大きなスプーンが二つと、
ヘタな日本語で一言「くえ」と水性の太い黒マジックで書かれた紙切れが、
裏向きで無造作にネジ込んであった。
僕らが眠らされる前に敵意ムキ出しで近づいてきた、魂のない再生人間の
コックが書いて突っ込んだんだろう。
「なんてマネしてくれるのよ、インクが溶けてキャビアに付いちゃうじゃない、
あの野郎!!」
「これで腹ごしらえしなさいって事らしいですね」
「デリカシーのない死体って嫌い! あ、それにしてもこのプチプチーって
食感と昆布と干しアワビにトリュフを使って、軽くダシとりしたコンソメ
スープにウミツバメの巣とフカヒレを細切れにして混ぜて煮込んで
上からかけてあるのかなー、ウマー!!」
日頃、スガキヤの肉入りラーメンや、とんむす、唐揚げ、ういろう等、
大須商店街のジャンクフードを下校時に買い喰いして、大満足している
ヘビージャンカーなリーナお嬢様にも刺激的なお味らしく、人のおごりだと
美味さ倍増とばかりにスプーンに山盛りで、ニコニコパクついている。
その特製キャビア、スプーン一杯分で、お嬢様の家庭教師として、
旦那様から頂いてる月謝の何ヶ月分なんだろうか? 旦那様は昔から
金払いは豪快な人なので、不満の無い金額をいつも頂いてるんだけど、
それを遙かに上回ってる気がする。
「ふ――っ、お腹いっぱい。満足満足♪」
「そりゃあコレで満足しなきゃ人間としてダメでしょう(笑)
それにしても最後の晩餐みたいな大盤振る舞いですね」
「最後の晩餐にご招待したつもりなんてありませんよ」
部屋中に十六夜さんの穏やかな声が響いた。
「なに、どこよ、あんた?!」
大声で叫ぶお嬢様。
「リーナさん、あなたが望めば三時のおやつの感覚で、
いつでも口にする事ができるし、選択次第ではこれが最後で、
今後一生口にすることなく終わるでしょう」
「姿見せなさいよ!!」
「申し訳ないんですけど、あなた達の目の前に扉がありますね。
そこまで足を運んでください」
あれか……。
五百メートルほど前方にある、装飾された壁にマホガニー材
で作った大きな扉が付いている。
「ハルロー、行くよっ!!」
扉に向かって猛ダッシュするお嬢様。
「あれっキャビア、僕の分は……!?」
「あっ、ごめんハルロー、帰りにフロリダ産の白いワニの唐揚げ
おごるから勘弁ねっ!!」 ひとっ粒のかけらも口にできず、一瞬
目の前がクラっと真っ暗になったけど、なんとか立ち直って
お嬢様の後を追う。
五百メートルを一気に走りぬいた僕たちの前には、巨大な扉が
そびえ立っていた。
「ハァ、ハァ、用があるんでしょ、さっさと開けたら!?」
グワガガガギギイィィィ……
重々しい音をたてながらゆっくりと扉が開いた。
完全に開いた扉の奥は巨大な鍾乳洞になっていて、蒼い色、赤い色、
虹のように様々な光を放ちながら液状のガラスが不規則に流動しつつ、
鍾乳洞全体を満たしている。高級な水族館といった感じだ。
その液状ガラスの中をワンピース姿の十六夜さんにそっくりな顔を
したロングヘアーの小さな女の子が漂いながら、僕達をジッと見据えて
いた。
女の子の後ろでは、老若男女様々な人種の人達や犬、猫、鳥といった
動物が剥製のような姿で見え隠れしている。
ふいに、液状ガラスを漂っていたワンピース姿の女の子がニヤっと
微笑んだ。
「初めまして! 会いたかったわ、お二人さん。バミューダの地下迷宮に
ようこそ!!」
僕たちの頭の中に、女の子の元気な声が響いた。
「こ、この声は十六夜さんか!? なんで子供になって……!?」
「十六夜……?! ああ、真紀ちゃんのことか。かわいいし、優しくて
頭のいい子よね。去年ココで遭難して亡くなっちゃったんだけどね!」
「えっ?! 亡くなった……?! まさか十六夜さんって、あの歩く
水死体の仲間っ!?」
「失礼なこと言わないでよねハルロー君。真紀ちゃんは二百年前から
使用人させてる他の連中と違って、新鮮で優秀だったから完全に再構成
して蘇らせて本人の意志はそのままに、私の意志と力を十パーセント
ぐらい上乗せして、私の〈代理人〉になってもらってるだけだよ。
もちろん本人の了承済みさ!」
パチンと女の子が指を鳴らす仕草をすると、流動を続けている
液状ガラスの奥からビキニ姿をした十六夜さんが、女の子の前に
流れてきて微笑んだ。
「この方が私の主です。お二人さん」
第三話 星の準則 その1 完
文章を成形していたら長くなってしまったので分割掲載します。
支援・応援ありがとうございました。
わがままですが疲れてきたのか少し、へばってきたようなので
応援の感想があると励みになります(笑)