第二話 I just want to talk (私は話し合いたい)
浅草と秋葉原の電気街、それに横浜が混然
一体となったような小さな街、名古屋の大須。
その大須の喫茶店でモーニングを楽しんで
いた僕達の所へ、謎の使者、十六夜真紀(い
ざよい まき)さんが「ヒエロニムス・マシン
を探して欲しい」と超高額な依頼金を持って
仕事の依頼にやってきた。
その正々堂々とした依頼人の姿勢からは、
よくある悪人が仕掛ける〈罠〉のニオイは
全く感じられなかった。
夜遅くセントレアに到着した、黒く塗装
された超音速旅客機コンコルドに、僕とリー
ナお嬢様は乗りこみ、最高速度マッハ6の猛
スピードでフロリダ空港へ向かった。(改造
されてるみたいだ)
フロリダ空港に到着すると、十六夜さんが
笑顔で出迎えてくれた。
一緒に、ピカピカに磨きこまれた1979年
式のマセラッティ・クワトロポルテⅢに乗
りこみ、近港へ向かう。
マセラッティ好きなリーナお嬢様は乗って
る最中も、終始ご機嫌で、「すごいねー、広
いねー、欲しいねー、前金八百万も、もらっ
てるしさ、これ買っちゃおうよ♪」と大はし
ゃぎだ。
「この位、程度のいい物を買いたいなら追い
金で、あと千二百万ほどご用意して頂かない
と」と釘を刺しておく。
すっかりシオシオにしょげてしまったリー
ナお嬢様には悪いけど、この先まだ何が起こ
るか判らないので、手持ちの軍資金は少しで
も余裕をもたせたいところだ。
うちのような弱小事務所ではルパン三世み
たいにハデな冒険活劇をやらかして、収支決
算ゼロの大赤字なんて馬鹿なマネをしでかす
わけにはいかないのである。
しかしコンコルドといい、マセラッティと
いい、今回は移動費用は十六夜さんサイドが
全て負担してくれている殿様旅行で、全く感
謝感激雨あられだ。
港では、すでに四層立ての豪華な小型プー
ル付き特大高速クルーザーが待機しており、
僕たちはヒエロニムス・マシンを乗せたクル
ーザーが消息をたったというバミューダ海域
のポイントへ早々に出港した。
バミューダ海域は世間一般の暗くてヤバ
くて、すぐ行方不明になりそうなイメージ
と違い(笑)実際は、日差しは強いものの、
すっきりとした海水浴にもってこいの気持
ちの良い暑さだった。
波も穏やかで平穏そのもの。名古屋や岐阜
など中部地方特有の、湿気をふくんだ猛烈
な暑さの方がよっぽど身体にこたえると思
う。
日頃、家庭教師の仕事で部屋に籠もって
のデスクワークが多いので、こういう貴重
な空き時間は日光浴にあてるに限る。
Tシャツと短パンに着替え、甲板に出て
サングラスをかけ、プールサイドの横に常
設してあった日光浴用ベンチシートに優雅
に寝そべり、前もってセントレアで買って
おいたヌルヌルにぬるくなったドクターペ
ッパーのペットボトルをテーブルの横に置
いて、小説を読みふけっていると、下の階
からビキニ姿の十六夜さんがクーラーボッ
クスを肩に掛けて上がってきた。
美人で背は高いし、引き締まるところは
キッチリ引き締まっていて、出るところは
バッチリ出ている、モデルみたいな抜群の
すんばらしい豊満なプロポーションだ。
サングラスをずり上げて思わず肉眼で見
入ってしまった。
「フフ、ぬるいドクターペッパーはお止め
になった方がいいですよ。冷やしてくるの
でこちらを飲んでてください」
ロックアイス入りのよく冷えた大瓶の
アップルタイザーとタンブラーを渡され、
ぬるぬるドクターをひきとってもらった。
険しい顔で遠目から僕らの様子を見て
いたリーナお嬢様が、つかつかと近づいて
きて、羽織っていたバスタオルを目の前で
放り投げる。
お嬢様は、栄で選ぶのに3時間もつきあ
わされたビキニを着込んでいた。
お嬢様的には会心のビキニ姿で、クルリ
と3回転して「どうよ?!」と、なんかよく
わからないポーズを決めた。
「将来に・期待・します」
サングラスを下げて、にこやかに感想を
述べると、「私のときはサングラス下げる
んか!! どターケっ!!」
何が気にさわったのか、猛烈に怒り狂っ
たリーナお嬢様の回し蹴りでベンチシート
ごと僕はプールに叩きこまれた。
「ハルロー、将来あんた絶対鼻血ブーにして
やるからねっ!! 覚えときなさいよ!!」
半気絶状態で水面にプカプカ浮いていた
僕に、頭上から捨てゼリフを浴びせたお嬢様
は、「あーあ、仕事しよ仕事仕事。こんな仕
事さっさと終わらせて帰ろ」
とか、ぼやきながら、下の階にズカズカ降
りて行った。
おや? 気のせいか周りまで暗くなってきた
気がするぞ(笑)
プールの中からずぶ濡れのベンチシートを
引き上げ、ノートパソコンを使ってネットで
調べ物をしていると、しばらくしてクルーザ
ーが停止した。
「水中用探知レーダーには依然反応はあり
ませんが、私共のキーホール13衛星とサミ
ット(※2018年時点で世界最速のスーパー
コンピューター)で割り出した、オリジナル
ヒエロニムス・マシンを積んだクルーザー
が、消息を絶ったと思われるポイントに着
きました」
十六夜さんが手近の海面を指さす。エメ
ラルドグリーンの海の色からすると、かな
り深そうだ。
「ここまで、捜し物のありかに目星がついて
いれば、海流とかに流されたりしていなけれ
ば、意外と早くお渡しできるかもしれません
ね」
「いわくのある所へわざわざ出向くので、
万が一を考え、必要最低人数しか乗船させ
ておりませんので人手不足はご容赦願いま
す。その代わりといってはなんですが、簡
易工作室や引き上げ用クレーンに潜水用具
も用意してありますので、ご自由にお使い
ください」
「なんかもう、いたれりつくせりで申し訳
ありません。これで品物が見つけられなか
ったらどうお詫びしていいものやら……」
「いいえ、こちらこそこんな辺鄙なところ
に、変な物を探しに出向いて頂いて感謝し
てるんですよ。それと、船員のことですが、
海の男達なので、礼儀知らずで不躾なとこ
ろがあるかと思いますが、ご指示頂ければ
大抵のことには従うよう命じてありますの
で、なにかあればお言い付けを」
「そんな、おかまいなく。気にしませんか
ら」
確かに僕ら以外の操舵士やコックなどの
乗組員は、みんなひどく無口で無愛想な連
中だ。
やる気のない顔で、高給に釣られてイヤ
イヤ出向いてきましたよ~~ん感が漂って
いて、それだけが超一級品装備で固められ
た今回の旅の中でミスマッチな気がした。
会話を交わしながら、腰のベルトに付け
た防水ホルスターの中から護身用のコルト
45 MkⅣ・シリーズ70〈ナショナルマッ
チモデル〉を取り出して点検する。
射撃競技用の精度の高い拳銃で、重くて
反動が少し大きいけど頑丈で、いざという
ときの弾詰まりも少なく、向かってくる危
険な人間や動物を必ず足止めできる頼れる
一品だ。
(もし超弱装騨なんてものが売ってたら、暴
走したお嬢様に向けて撃ちたいなーと思う
ことが年に4、5回あるけどね(笑))
さて、そろそろ仕事開始かなと思っている
と下の階から小型で性能の良さそうな金属切
断用電動丸ノコと電動ドリルをつかんでリー
ナお嬢様が上がってきた。
「さぁーて、そんじゃあ始めよっか。十六夜
さん、私が細かい指示出すから、それに従っ
てクルーザーを移動してもらうよう、携帯で
操舵士に伝えてね」
「はい、判りました。私、作業の邪魔になら
ないよう、横で見てます」
トコトコとクルーザーの舳先部分に歩いて
いったお嬢様は、何を思ったのか、しやがみ
こんで床板に電動ドリルで直径3センチくら
いの穴をザクザク掘り始めた。
「うわわ――っ、お嬢様、人の船で何やり始
めるんですかーっ!?」
意味ありげにニッコリしながら、
「別にいいよね、十六夜さん? 補修代がい
るんなら払うしさ」と、聞いてみるお嬢様。
「好きなように手を加えてかまいません。主
(あるじ)の命が最重要です。
今回の仕事に必要なら、このクルーザーも
装備としてご利用ください」
お嬢様に合わせるようにニッコリと微笑み
返す十六夜さん。
「ハルローちょっと手伝って。今穿った穴
の真横に1メートル位離して、もう1個同じ
大きさの穴あけといて」
ドリルを手渡されたので、指示に従って
穴を開ける。何する気なんだろ?
次にお嬢様は、近くにあった金属の丸棒で
作られた大きな手すりをおもむろに、電動丸
ノコでギュイーンと切り始めた。
十六夜さんの了解をもらったお嬢様は、
遠慮無くどんどん切り出して加工してい
き、あっという間に大きなL字型の鉄パイ
プを2本こしらえた。
「お嬢様、これって、まさか……!?」
「そのまさかに決まってんでしょ。これ
を穴に2本差して、私が手を触れて、〈ク
ルーザーダウジング〉するの!」
なんてこと思いつくんだ。あっけにとら
れる僕。
「ククク、なるほど……」
「なんか言った、十六夜さん?」
「いえ、失礼しました」
珍しく小声でクスクス笑った十六夜さん
に、「これから面白いことになりそうだか
ら、もっと笑えるわよ」
ニッコリと微笑み返すリーナお嬢様。
さっき曇ってきたかなと思ったけど、辺
り一面薄い霧がでてきたような。
海上は天気が変わりやすいのでスコール
でも来るのかな?
2つの穴に差し込んだ、手すりで作った
2本のL字型ダウジング棒の間に、お嬢様は
体操座りをすると、左右の棒を軽く握り、
前方を向いて真剣に集中する。
10分くらい経過しただろうか。
しばらくクルーザーを時速5キロ程度で
流していると、前方に向きを揃えた、2本の
ダウジング棒の先がゆっくりと一斉に開き
始めた。
開く
開く……
開く…………
開く………………
ゆっくりゆっくり左右に開いていった2本
の棒はやがてリーナお嬢様を中心に180度ま
で開き、とうとう360度まで開いてしまい、
ガチャッと交差した。
その交差した棒の先には――――
お嬢様の後ろに立っていた十六夜さんが
いた。
前方を向いていたお嬢様は、ゆっくりと
後ろをふり向き、
「――てことだそうよ、十六夜さん。どこ
にしまってあるのか知んないけど、そろそ
ろ出してくんないかな? ヒエロニムス・
マシン」と告げた。
鋭い視線でお嬢様をにらんだ十六夜さん
が、左手を前に突き出して手のひらを上に
すると、分解したテレビのクズ部品を適当
に寄せ集めたような15キロはありそうな木
箱が、瞬時に姿を現れた。
一見すると魔法か超能力かと思えるが、
十六夜さんが出したわけでなく、なぜかこ
の木箱が自らの意志を持ち、すすんで自ら
「俺、参上!!」と現れた気がするのは気の
せいか?
「フフフ、よく〈見つけ〉ましたね。こん
な方法であっさり探し出すなんて、さすが
クラスQの「探し屋」さん。
今回の件が済んで無事帰ることができた
ら、まだ誰も到達していない世界最高のク
ラスKやクラスジョーカーの「探し屋」に
若干11歳で特進できること私が保証して
あげますわ」
「あなたに保証されるなら、クラスジョ
ーカーも夢じゃないかもね」
「ハイ、じゃあお約束どおり成功報酬を
お支払います。幾ら欲しいですか?」
「2億!」
「それでは今日にでも、あなた方の口座
に振り込んでおきましょう。でも不思議
ね、リーナさん」
「なにが?」
「自分が望んだ金額が、本当に好きなだ
け手に入るって、もうあなたとっくに気
づいてるはずなのに、どうしてこの位の
金額しか要求しないんですか?」
「何でも手に入るのって、つまんないじ
ゃん。自分で馬鹿なこと、無駄なこと何
回も繰り返してさ、欲しい物探して手に
入れた方が私面白いもん」
「判る気がします」
「十六夜さん、あんた達の本当の狙いは、
ただ、私を自分の意志でここに来させた
かっただけでしょ? 罠にハメようとか悪
い事企んでたワケじゃなくって。私が釣ら
れそうなヒエロニムスや大金使ってまで呼
び寄せたかった理由ってのが分かんないけ
ど」
「いつ、それに気がつきました?」
「まず悪いヤツじゃないってのは名刺もら
ったときに気づいた。あれだけのスゴイ名
刺渡せる財力をバックにつけてる相手だよ。
もし敵意があるなら名刺交換なんて、ま
どろっこしいことなんかしない。
私たちがのんきにモーニングしてる、そ
の時点で速攻で喫茶店ごと大須一帯をつぶ
しにかかってるよ」
物騒なことを言ってるけど、お嬢様の言
うとおりかもしれない。
「私の来訪が狙いだったのに気づいたのは
……あんたねぇ、私が11だからってナメて
ない? こんなあからさまに〈私に来て来て
♪〉材料勢揃いなら、ヒエロニムス・マシ
ンがあんた達のホントの狙いじゃない事く
らいネコでもわかるわよ!」
僕気づかなかった。僕ネコ以下?
「お嬢様、そこまで、色々気づいてたん
なら、なんでもっと早く教えてくれなか
ったんですかーっ?!」
「ごめん、十六夜さんの誘い方があんまり
楽しいんで、つい乗っちゃった」
「最初、出会ったとき、実はあなたのこと、
ただのお馬鹿なチビッ子かと正直落胆して
しまったんですが、やはり主の眼
に狂いはありません。今、私の中であなた
の株 急上昇中です」
「それはどうも」
「ますます、主にリーナさんを会わせたく
なりました」
「お仕事もすんだし、私そろそろ帰りたい
んですけどー」
「お仕事は延長決定です」
「ああ、やっぱダメ?」
「はい、ダメです。延長料金は思いっきりは
ずみますよ」
十六夜さんは頭の後ろに両手を組むとニコ
リと微笑んだ。
周りの霧が急激に濃くなり、海面から巨大
な水の柱が立ち上り10本、50本、100……
クルーザーの周りを取り囲んできた。
巨大なホオジロザメとシャチの大群が一斉
に、このクルーザー目指して押し寄せてくる。
稲妻が炸裂し、雨風が突然吹きつける。
誰も乗っていないクレーンが回転して巨大
なカギ爪が僕らを狙い始めた。
遙か上空で気象衛星3機が、こちらを視て
いるようだ。
気象衛星のはずだから、危ない兵器は積ん
でないと信じたいけど、僕のプロトレック改
造腕時計がミサイルのロックオン警報を電気
信号でピリピリ知らせてくる。
奥に引っ込んでいたはずの十数名の乗組員
がバールや水中銃、フライパンなど得物をつ
かんで甲板にゆっくり上がってきた。やる気
なさそうに。
「このバミューダで亡くなった水死体を完
全成形するところまでは、容易かったんで
すが、性格や魂の復元はちょっとミスしち
ゃいましたね」
「うわーっ、無口でやる気ないはずだよ、
死人か、こいつらー!!」
「用件が済むまで絶対帰さないってわけ
ね」
「ええ」
「十六夜さん、こんな超常現象より、さ
っきからあんたが、ビシバシ私の頭の中
にぶつけてきてるビジョンから伝わって
くる、あんたの物凄い実力の方が私は怖
いよ」
「あの人超能力者ですか?!」
「アイツそんな生易しいレベルじゃない
よ!!
もちろん神だの悪魔だの、霊とかいうオカ
ルト系じゃないし、遺伝子操作生物やらロ
ボットとかいう軍事科学系でもない。ほら、
あの人わざわざ頭の後ろに手を組んでるで
しょ。つまり今、周りで始まってる超常現
象は自分と関係なく勝手に起こってるんだ
よって意思表示よ」
「周りの自然環境が自分たちの意志で勝手
に十六夜さんに加勢しようとしていると?!」
「ついでに言うとね、あんな裸同然の、隙だ
らけなビキニ姿で余裕綽々に突っ立ってるっ
て事は、なんだか判んないけどあんたのガバ
メントで、撃とうが何しょうが絶対に無駄だ
よって意思表示でもあるのよ」
「なら、一体なんなんですか、あの人……?!」
「とりあえず、今の見たままだけなら正体不
明の超常現象使いってとこだけど、私の勘だ
と、神だとか宇宙人とか、そんなのブッちぎ
りで完全独走っぽいすんごいヤツ……」
「なんかできることないんですか!?」
「ない。絶対ない。なにしても無駄。あいつ
がもし本気で敵意向けたら私たち瞬殺」
「ふえぇぇぇ!!」
「フフフ、安心して、ハルローさん。あなた
達を消滅させる気なんてありませんから。今
回の呼び出しの理由はね、私の主……、
いえ、あなた達、人間を含めたすべての主
がリーナさん、あなたと会ってお話をしたい
だけ。本当にただそれだけ。
「どういうこと!?」
「ただね、少し遠いところに来てもらうから
しばらくお2人には眠ってもらいます……」
十六夜さんの眼が黄緑色に一瞬眩しく光
った瞬間、辺りが白く光り出し、甘いキン
モクセイの香りを含んだ突風が、前方から
もの凄い勢いで僕たちに吹きつけてきた。
その香りに、目眩いを感じて僕たちは気
を失った……。
次回 第3話 星の準則
気楽な海外探し物旅行と思いきや……、
ヒエロニムスマシンやマリーセレスト号など、
おいしいネタをゴミのようにあっさり捨てて(笑)
急転直下で転がっていくお話。
このお話のTINAMI公開時、ちょうどルパン
VSコナンがやっていて、笑ったのがコンコルド
やダウジングとかのネタが登場していたこと
でした。
同じようなジャンルの話を考えていると
思いつくネタもかぶるんだなーと
感心しました。
こういうことは漫画界でもよくあること
で、昔、星野の担当で仲の良い副編集長だった
Yさんは掛け持ちで、もう一人漫画家さんを担当
していまして、その漫画家さんが思いついた人物
設定と星野が考えた人物設定がたまたま一致
してしまい、仕事の進行状況から、星野の方
に変更の余地があったため変更依頼された
ということがあり、こういうことはよくある
んだよとYさんが笑っていたのをなつかしく
思い出しました。