記憶のない空
どうして?
何で見るの?
私が生きているのが罪ってこと?
これは夢。
間違いなく夢。
だって、私が子供だった時の頃だから。
「お父さん、お母さん……」
右手には包丁を。
目の前には怯えながら私を見る父の姿。
母は……覚悟を決めたように立っていた。
「……真夜、これが空に起きている異常なんだな?」
「そうね。私たち芙蓉の中でも特別に異質。……それに、とても悲しい種類でしょうね」
両親の会話を聞きながらも、確実に両親の元へ足が進む。
「逃げる時間は?」
父の言葉に対して母は。
「無いわ。正しくはここで逃げることは可能ね。代償は……この殺意が周囲に向けられる可能性が高いけど……」
「私たちが受け止めるしかないのか……」
父が俯く。
「空、ごめんね……普通の子として産んであげれなくて」
母の泣いている姿が見える。
「誰もこんなことは予想できないさ」
父が母を抱き寄せる。
「お父さん、お母さん……」
「なに?」
「どうした?」
「大好き……」
抑揚のない自分の声が聞こえる。
「私も大好きよ」
「大事な娘を嫌いなわけないだろ」
「うん」
両親との距離はもう数歩もない。
「空、苦しい思いをさせてごめんね」
「不甲斐ない父ですまない」
両親が涙を流しながら私に言う。
今の私ならわかる。
これは両親のせいではなく、私が原因。
不甲斐ないというのなら、それは私である。
「私が先でいいな」
そういって、父が私の目の前に立つ。
「私も直ぐ、後を追うわ」
母は目を瞑っていた。
「空、遠慮はいらないよ?」
「………」
私は少しだまり。
「お父さん、大好き!」
そう言って、父の胸に包丁を突き立てた。
「………ごめんな」
そう言って、床に倒れこむ父。
倒れた直後から、床に血が広がっていくのがわかる。
「空……」
「お母さん……」
私は地に倒れた父から、目を母に向ける。
「お父さん、大好きだから死んじゃった」
「そうだね」
母が少し考えるように目を瞑る。
「空、元に戻っても自分を恨んではダメよ?」
「………」
私は首を傾げた。
「あなたは特殊なの。あなたの意志ではなく、操られているようなもの」
「……わかんない」
「うん。そうよね。わからなくて当然なの。だから……」
母が私に向かって歩き出す。
「空は悪くないのよ。これは今まで芙蓉が犯した罪が出たということ。芙蓉の誰かに起こることが、空に起きただけ。だからといって、芙蓉を怨んじゃダメだからね?」
「………」
母が目の前に立った。
「守ってあげられなくて、ごめんね」
母が私を抱きしめた。
「家族で楽しく過ごしたかったよね」
母の腕に力がこもったのがわかる。
「大好きよ、空」
「……私もお母さん大好き」
そう言った直後、私は母の背に包丁を突き立てた。
「………」
血が部屋のあちこちに飛び散り、床は赤く染まる。
罪悪感はまったくない。
「………」
私は一体何なのだろう?
「……姉さん、遥ちゃん…………空を………………」
そう言って、母の言葉はそこで途切れた。
「お父さん、お母さん」
血に染めた右手に握られた包丁を落とし。
「大好き……」
私はそう言った。
「………ある……ら……」
声が聞こえる。
「……ですが!」
「……命令…………場合によって………空さんを………」
「お願いです!それだけ………だけ…………ください!」
声は聞き覚えがある三人の声。
最初に声を上げたのは新人さん、次に薫さん、最後は奏ね。
まだ意識がはっきりしていない。目が覚めるよりも、意識の方が先に戻ってたといえばいいのかしら?
「あなた達は自分の身を守ることを優先しなさい」
少しずつ、意識がはっきりしてきたので聞き取れるようになった。
「ですが!」
「言ったでしょ?これは命令よ。自分の命を守りなさい」
「そんなのってないよ……」
「奏さんの言いたいこともわかるわ。私だって辛い……。仮に空がさらに人を殺めたとして、相手が奏でさんだとすると……間違いなく、あの娘は壊れる。それこそ……処分される」
「……処分」
奏が『処分』という言葉にビクリと震えた気がした。
「何かあったとしても、外部の人に手を出させず、私たちで手を下すということですか」
「そうよ。あの娘がもう苦しまなくていいように、起きた後も様子が変なら、射殺すること」
「っ!」
奏が息をのんだのがわかった。
「……わかりました」
そう言ったのは新人さん。
「ですが、芙蓉様が普段通りなら、今話している内容は無視してよろしいのですね?」
「当然よ。今だけでいい、自分の中の警戒を最大まで引き上げなさい」
起きるのが嫌になるぐらいシリアスね。
でも、このまま眠っているわけにはいかないし、起きるとしましょうか。
「………」
私が目を開けると。
「空さん、気が付いた?」
薫さんから声がかけられた。
普段のような余裕はなく、切羽詰まったというのが当てはまると思う。
声がとても冷たく感じた。
「………」
薫さん……いいえ、遥お姉ちゃん。
「空さん……?」
私が起こした事件の後、伯母とともに数日だけ一緒に過ごしたことがある従姉。
「私の声がわかる?」
「………」
昔、迷子になった私を探してくれた、頼りになるお姉ちゃん。
「空、私の言葉がわかる?」
「………ええ」
私のせいで被害を受けた一人でもある。
負い目があるかと言われれば、私は『ある』と断言できる。
伯母の体調が悪化した原因の一つは私なのだから。
「ここがどこかわかる?」
「保健室よね?」
周囲を見るまでもなく、保健室のベッドだし。
「何があったかわかる?」
「何があったか?」
奏が倒れたと聞いて保健室に入って。
入って?
私は何をしたの?
「……思い出せない」
「今、何か特別な感情があったりする?」
「特別な感情?」
そう言われても正直、困る。
何があったのかわからないから、戸惑いの感情はあるけど。
「何があったかわからないから、そこだけ不安ね」
「そう……」
薫さんが近くにあった椅子に座りなおした。
立ち上がっても、座っていてもあまり変わらない気がするのはなぜかしら?
「失礼なこと考えてない?」
「座っても立っても変わらないと思ったぐらいかしら?」
「十分、失礼よ!……はぁ、普段通りの空さんね」
ため息をつきながら言われた。
「空さん、私の口から聞くのと、被害者の奏さんから聞くの、どっちがいい?」
「被害者?奏が?」
薫さんの言葉の意味がわからなかった。
「……私、何かしたの?」
「………」
奏が小さく頷く。
本当に記憶にない。
「空さん、どっちから聞きたい?」
「……ちょっと考えさせて」
私が奏に何をしたの?
横目で軽く奏を見る。普段と違って怯えているのは確か。
「………」
どうして記憶がないの?
……何故、あの時のことを夢で見たの?
「………」
絶対にないと断言したい。
でも、今の状況を考えると、『ない』ということはありえない。
詳しい内容を聞きたい。
それでも、先に私は確認しなければならないことがある。
「……奏、怪我はしてない?」
私がそう言ったと同時に、薫さんが焦りながらも銃をこちらに向けた。
私の言葉の意味が通じたのだろう。
「薫さん、大丈夫。私は私だから」
「……本当ね?」
「大丈夫」
「……はぁ」
私の目を見ていた薫さんが銃をしまう。
「空さん、私から質問いいかしら?」
「ええ」
「どうして、奏さんが怪我しているのか聞いたの?」
薫さんは銃をしまってはいるが、場合によってはまたこちらに向けるだろう。
でも、私は普通に答える。
「怪我の確認をしたのは、夢を見たからよ」
「夢?」
奏と新人さんは私の言葉に耳を傾けるだけだった。
当然といえば仕方がない。
夢を見たからといって、人の怪我の確認をする必要がないからだ。
「あの事件の夢を見たの」
「っ!」
薫さんの顔色が一瞬で青ざめたのがわかる。
想像を超えていたらしく、銃に手をかけることすら忘れているようだった。
「事件の夢ね……」
意味が解っているのは薫さんだけ。
奏も少し顔色は悪い。
新人さんは状況は知っているだけだろう。はっきりとは顔には出ていなかった。
「私からも質問いい?これは皆に聞きたいのよ。三人揃っているってことは、三人とも私が何か起こしたって知っているからでしょ?」
「……私は連絡を受けてからだけど。対応してくれたのは彼よ」
「迷惑かけてごめんなさい」
「え!?」
私が素直に謝ると驚かれた。
「……私でも傷つくから、女性にそんな対応取ってはダメよ?」
「す、すみません……」
「話が進まないから、謝りあいしないの」
薫さんが間に入った。
「話を進めるわよ?私も詳しい報告はまだだから。……辛いとは思うけど、奏さんから話してくれる?、次に新人、最後に私」
「お願い」
私が奏に顔を向ける。
「えっと、私が最初にいたずらしたんだよ」
「……ごめん、前後の記憶がないから意味が解らないわ」
私にいたずらをして、怪我の心配をこちらがしていたら意味がない。
……私、何されたのかしら?
「1つ前の授業で急に眩暈がして倒れちゃったの」
「そういえば、私のクラスにそれを知らせに来た娘がいたわね。私はそこから廊下を走った。……保健室に入った?……ダメね。このあたりから記憶がないわ」
思い出せないので私が首を横に振っていると。
「うん、空お姉ちゃんは保健室に飛び込んできた。もの凄く心配そうな声をして、息を切らせて、ベッドに向かってきた」
「何も記憶をなくす要素がなさそうなんだけど?」
「ベッドで寝ている私を見て、空お姉ちゃん、すごく狼狽えて。……私、死んだようなメイクしてたから」
「……え?」
「軽くだよ?顔色が悪かったのは本当だから、余計にそう見えたのかもしれないけど……。だから、いたずらなんだよ」
「趣味の悪いいたずらね……」
「空お姉ちゃん、気が動転したんだろうね。私を見て、もの凄く辛そうにして……『私にかかわるから不幸になるのね……』って言ったんだ。だから、そんなことはないって言って起き上がったの」
奏が俯きながら言う。
「あんなにも取り乱すなんて思ってなくて、本当にやりすぎたとは思ったから。……空お姉ちゃんの声を聴いていると「冗談でした」なんて軽く言える空気でもなかった。だから……思い切り怒られてもいいから、『空お姉ちゃんを残して死んだりしないよ。私は最後まで空お姉ちゃんの味方だから!』って言ったら……空お姉ちゃんが倒れちゃった」
「……奏さん、空さんじゃなくても、人が驚いて気を失うようないたずらはやめて」
薫さんがつっこんでいた。
「私はそれで記憶がないの?」
「空お姉ちゃんは気を失ったとは思う。目は開いてたけど、焦点はあってなかったから。光もなかったけど」
「卒倒したんでしょうね……。今回は、空さんに同情するわ……」
「それで記憶がなくなるのはおかしいわよ……。明らかに前後がないんだから」
私がそう返事をすると。
「うん。反応がなくなったから、私が今度はびっくりして、どうしたらいいのか悩んでいたら、空お姉ちゃんが私を見上げていることに気が付いたの」
「……記憶にないわね」
思い出そうとしても、保健室に入った直後からの記憶は綺麗にない。
「空お姉ちゃんは私に『アナタハダレ?』言ったんだよ」
「私が奏を見て、誰って聞くのは変ね」
「私は怒らせすぎたと思った。でも、違ったみたい。だって――――」
奏の言葉に耳を疑った。
「……私が奏に銃を向けた?」
私が?
どうして、私が奏に銃を向けるの!?
意味が解らない。
私はどうしたの!?
「うん……。明らかに様子は変だった。最初から当てるつもりはなかったみたいだから怪我はないけど、私を撃ったもん」
「私が……う……った?」
周囲を軽く見渡す。
割れている花瓶のあった場所であろうところに、穴が開いているのわかる。
「……私が奏に向けて銃を撃った?」
意味がわからない。
「どうして私は?」
両手が震えてるのに気が付いた。
「はぁっ!っ!」
呼吸が荒くなる。
「私が奏を!?どうして!?」
頭の中に靄がかかったように、思考が定まらない。
「私はなんで……?」
明らかに異常が起こっている。
「大丈夫、空さん?」
薫さんが私の顔を、とても心配そうにのぞき込んでいた。
「私、死んでもいい?」
自然と言葉が出た。
「いいわけないでしょ!」
薫さんが反射的に叫んだ。
「だったら、殺してくれる?」
「それも却下よ!」
「明らかに異常としか思えない。薫さんなら大丈夫だと思うから」
「私が大丈夫じゃないわよ!少しは落ち着きなさい、空!」
「ごめんなさい……」
「……はぁ、今は空さんでしょ?混乱してるだけ。幸いなことに怪我人はいないわ。それになにより、この場にいる私たちが空さんが死ぬことを望んでないのよ」
「……ありがとうっていうべきなのかしらね」
ベッドに起こしていた体を預ける。
「目を瞑っててもいいから、新人と私の説明もするわ。辛いかもしれないけど、少し我慢して」
「わかったわ」
内容は要約するとこうだ。
奏のいたずらの後に、様子のおかしくなった私は奏に銃を向けて撃っている。はっきり言って、死んでしまいたいほどショックだ。
次に異変に気付いた新人さんが保健室に飛び込んで、私の意識をかりとってくれたらしい。
そのまま、薫さんに連絡をした後、合流。
もし、様子がおかしいままなら、射殺という命令が出ていた。
「……問題あるし、このまま射殺でよかったんじゃない?」
「空さん、本気で怒るわよ?」
「でも、私のその状態ってかなり危険よね?」
「危険だとは思うけど……今は普段通りだから」
「うん。いつもの空お姉ちゃんだから、大丈夫だよ」
二人はそういうが、私が一番怖いともいえる。
今のままでは、何も知らない間に人を傷つける可能性があるからだ。
「三人には教えておいたほうがいいわね……」
「何か気が付いたことがあるの?」
薫さんが直ぐに反応した。
「私のこの病気、自殺だとうつるのは知ってるわね?」
「そういう話は報告されたことはあるわ」
奏と新人さんは知らなかったらしい、真っ青になっていた。
「薬じゃ治すことはできない。でも、止める方法はある」
「空さん、それ本当!?」
「本当よ」
「……なら、空さんを救うことができるわね」
「無理よ」
薫さんが嬉しそうに言ったところを、私はばっさりと切り捨てた。
「でも、止める方法があるんでしょ?」
「あるわ」
私が目を瞑って言うと。
「それ、空お姉ちゃんには大変なことだよね?」
「奏は知ってるの?」
知っていると、それはそれで驚くのだけど。
「知らない。でも、空お姉ちゃんが……仕方がないって顔してる」
「私が?」
確かに、仕方がないことではある。
そうしないと止まらないのだから。
「空さん、その方法教えてくれる?どうして無理なのかが知りたい。理由がわかれば、助ける方法が見つかるかもしれないから」
「今の現状から考えてだけど……奏と薫さんにならできる。新人さんはわからないわね。今のままでは無理でしょうけど」
「遠回りな言い方ね。……言いにくいこと?」
「簡単なことよ」
私は静かに告げる。
私のこの病を止める、現存する1つの方法を。
「私が好意を向けている相手に殺されること」
「「「!?」」」
三人が一斉に息をのんだ。
「私は姿をくらませている間、母の実家にいたのよ」
「ちょ、ちょっとまって!?」
薫さんが頭を抱えて焦りだした。
「嘘でしょ?私、そんな話は聞いてないわよ?」
「事件の後、数日だけ親戚の家にいたんだけど、外を歩いてるときに、声をかけられたのよ」
「だ、誰に!?」
「祖父よ。芙蓉のトップといえばわかるかしら?」
「それはわかるけど……どうして、そこで芙蓉が出てくるのよ!」
薫さんの言いたいことはわかる。
芙蓉が関わってきているから、無事で済むはずがない。
「祖父は私を見つけて言ったわ。『手遅れになってすまないと』」
「そんな言葉は嘘よ!」
薫さんが即座に叫んだ。
「嘘じゃないわ。本当に泣いてたから」
「あのじじいが泣いてた……?」
「私、小さいころに迷子になって、困り果てたときに、一度助けてもらったことがあるのよ。その時に色々と話を聞いたから、『芙蓉には特殊な病がある』って。でもそれは個人差も大きいから、対処する方法があるにこしたことはないってね。だから、私は検査用に血液を提供したわ」
「空が迷子になったのってどれだけ昔のことを……」
薫さんから小さな声が聞こえた。
「私は血を提供した後、家まで送られたわ。それからは全く連絡がくることはなかったから、何も気にしていなかった。次に再会したのはさっき言った通り」
「だからといって、空さんが姿をくらませる必要はないわよね!?」
「そうね。でも、祖父に言われたのよ。『手遅れになったが、必ず救う。これ以上、家族を亡くしてなるものか』って」
「それでも、付き従うことはない!」
「でも、私は祖父の手を取った。私自身が許せなかったから。この病は広げるわけにはいかないから。たとえ、私が犠牲になろうとも、止める手段があるなら突き止めると」
私は静かに続けた。
「そのまま、私は祖父と共に芙蓉本家に向かった。誰も傷つけたくなかったから」
「ちょっと電話してくる!……あんのじじい!絶対に全部吐いてもらうわ!」
怒鳴り声を上げながら、薫さんが保健室を出て行った。
「空お姉ちゃん……」
「嫌な話よね。本当にダメだと思ったら、止めてくれる?」
「いや……絶対に嫌!私は空お姉ちゃんとずーっと一緒にいて、ずっと……楽しく……暮らすんだよ……」
奏が声を上げて泣き出した。
私もできればそうしたい。
だけど、今回のことは軽く見ることはできない。
芙蓉本家に向かえば、新しい情報があるかもしれない。
私は学校が終わったら、芙蓉本家に向かうと決めた。
普段、冷めているように見える空ですが、驚いたり、気を失ったりします。
奏のいたずらは空に対しては上限が見えません(軽い、酷いというのが、かまって欲しいために振りきれます)。
薫は覚えていないと思っているので、空に対してきつく言うときは呼び捨てでいいますが、空は普通に覚えています。
『祖父』書いてますが、誤字確認するときは『おじいちゃん』でした。
たまには可愛いく呼ぶ、空もいいだろうと思ったので(結局、訂正しましたけど)。
次回の更新は書き終わり次第となります。
こちらは完全に時間があったときに更新になるので、更新は基本的に遅いです。