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空の日常  作者: 七瀬 初
7/8

平和な学校

 ゆっくりと過ごせるのはいい。

 朝から奏のせいで大変だったし。

 少し授業が退屈だけどね。

 私にとって学校とは『平穏』を表す場所である。


(そうは思っても、授業は退屈なのよね……)


 勉強が嫌いというわけではない。

 授業の質が低いというわけでもない。


「あの、芙蓉さん……」


 ふと、教壇に立っている先生から声を掛けらた。


「何ですか?」

「……私の授業、退屈?」

「………」


 少し返答に困る。

 正直に退屈だと言っても問題になるだろう。

 退屈な理由?簡単に言えば、今説明されている内容は独学で終わっているからよ。


「……ぐす」


 少し泣き声みたいなものが聞こえた。

 泣き声……?

 しまった!


「私はいらない先生なのよ!うわぁぁぁぁん!」


 大泣きをした先生は。


「失敗したわ……」


 私の溢したセリフと同時に教室のドアに派手にぶつかり。


「いった――――い!」


 と言いながらも、廊下を走り去っていった。

 原因となった私がいうのもなんだけど、教師が授業投げ捨ててどうするのだろう?


「今月になって3回目ね」


 私の前のクラスメイトが振り返りながら言った。


「悪い事をしたわ」


 私が少し笑いながらいうと。


「最近の芙蓉さん、幸せそうね」

「え?」


 私が幸せ?

 何か最近変わったことでもあったかしら?

 私が悩んでいると。


「だって、芙蓉さん笑顔だから」


 と、言われた。


「私が?」


 笑顔と言われてもピンとこない。

 無意識に笑顔だったのかしら?


「自分で気が付いてないの?」

「言われて驚いたわ」

「いつもはどこか冷たい感じだったかな?でも、今はとても優しい笑顔をしてる。やっぱり、芙蓉さんは笑顔が似合うんだね」

「……ありがとう」


 少し照れてしまう。


「最近、嬉しい事とかがあって、授業に集中できなかったとか?」

「嬉しい事って言われても困るんだけど……。何か変わったとしたら、可愛がっていた子犬とまともに話をしたことかしら?」

「……可愛がっていた子犬とお話?芙蓉さん、熱ある?」


 かなり真剣に言われてしまった。

 私は残念な人ではない。


「幼馴染と久々に話しをしてね。昔は大人しくて可愛かったんだけど」

「男の子?」

「女よ」

「残念」


 ため息を吐かれた。

 何を期待していたのかしら?


「残念って言われても困るわ」

「そうかしら?芙蓉さんから浮いた話がでたら、クラス中で話題になると思うけど?」

「そんな話題はいらないわよ……」


 私が少し肩を落として言うと。


「でも、その幼馴染が芙蓉さんの笑顔の元になったんだよね?」

「かもしれないけど……ねぇ、聞いていいかしら?」

「なになに?」


 嬉しそうにこちらを見ているわね。


「可愛がっていた幼馴染が物凄くいやらしい娘に育っていたら、どうしたらいいのかしら?」

「……ごめん、芙蓉さん。もう一回言ってもらっていい?聞き間違えたと思うから」

「幼馴染が物凄くいやらしいのよ」

「聞き間違いじゃないし……。それ、女の子だよね?」

「私の幼馴染はその娘しかいないわ」

「男の子だったら、浮いた話を通り越して大変なことになると思うけど……女の子なら被害はないんじゃない?」

「胸を噛まれたわね」

「胸を噛まれた!?」


 クラスメイトの叫び声に、周囲がこちらを向いた。

 先生は戻ってくる気配がないので、各々自由に雑談したりしている。


「少し?は被害があるって思えばいいのかな……」

「寝込みも襲われたわね」

「おそ!?もご……」


 先ほどより大きな声で叫びそうだったので、慌てて口をふさいだ。


「大声ださないでいいじゃない」

「……ごめんなさい。でも、予想を超えた内容がぽんぽんと出てくるから。芙蓉さんはやっぱり大人の階段上ってるんだなぁって」

「大人の階段って……」

「だって、そういう事なんでしょ?」

「なにもないわよ……」

「え?相手の好意を受け入れたんじゃないの?」


 真顔で言われた。


「頭大丈夫?」

「ちょっと思考が変になってたかも……」


 クラスメイトが私の机に突っ伏した。


「はぁ……。でも、芙蓉さんも笑顔になるって知れて嬉しかった」

「大袈裟ね」

「だって、それが『日常』ってものでしょ?」

「……そうね」


 笑顔になれるのは悪い事ではない。

 それでも私は本当の意味で『笑顔』になってはいけないのだろう。

 けど……少しぐらいなら許されるかもしれない。


「で、真剣に相談するけど、いやらしくなったその幼馴染、どうすれば躾けれると思う?」

「あはは……芙蓉さんが真剣に相談してくれるのは嬉しいけど、こんな相談とは思いもよらなかった……」


 呆れ顔のクラスメイト。


「実害を被ると、真剣にもなるわよ」

「もっと難易度の低い相談だと楽だったのに」

「そうね………ふふ」


 まともにクラスメイトと話し合った相談がこれと考えると笑いたくもなる。

 それでも、私の日常は普段よりも一歩前に進んだのかもしれない。


(こういうのも悪くないわね)


 私は暫くの間、クラスメイトと話し込んでいたのだった。

 ちなみに教師は授業の終わりのチャイムがなる直前に戻ってきたわ。

 「職員室で教頭に怒られた……」と泣きながらね。




 あっという間にお昼休みになった。

 淡々と授業を受けているとそんなものかもしれない。


(下級生?)


 ふと、教室のドア付近に下級生が困りながら立っているのに気が付いた。

 誰か探しているのかしら?


(私に用事ってことはないから気にしないでいいわね)


 下級生の知り合いは奏しかいない。

 それに、今の奏なら教室にそのまま突っ込んでくるだろう。


(私は静かな間にお昼ご飯を食べるのよ……)


 そう思った所で手が止まる。


(お弁当作ってなかったわ)


 昨日は奏が家に泊まったので、色々と時間配分が狂ったのだった。

 でも、久々に食堂でお昼を取るというのも悪くない。

 ここだけは奏に感謝してもいいかもしれないわね。

 ……感謝するところなのか疑問だけど。


「誰かに用事でもあるの?」


 クラス委員長が下級生に声を掛けていた。

 そういえば、面倒見がいい人だったわね。


「えっと、お友達がこのクラスの先輩の名前を呼んでいて……」

「名前を呼んでる?直接、来てないの?」

「はい……さっき廊下で倒れて、保健室にいます」

「大事じゃない!?」


 確かに大事ね。

 でも、後輩に倒れた時でも名前を呼ばれるとか、かなり懐かれてる人らしい。

 このクラスにそんなに人望がある人がいるなんて初めて知ったわ。


(でも私はそんな人望は持ってないから関係ない。お昼を食べに食堂へ向かうのよ)


 自分の席から立ち上がり、歩いて行く。

 クラスメイトの一部が私を避けるのはいつもの事なので気にしない。


「で、その倒れた子の名前は!」

「せ、先輩、落ち着いて……」


 クラス委員長が大慌てしているので、探しにきた後輩がオロオロとしていた。


「でも、その子倒れて運ばれたんでしょ?それなら、早く探してる人見つけないと!」

「それもわかってはいるんですけど……意識が朦朧としていたみたいで曖昧な返事しかしなくて。ぎりぎりわかったのがこのクラスなんです……」

「それって、かなり危険なんじゃ……」


 普通に考えて危ないって状態を超えてそうな内容だった。

 そろそろ救急車が到着するかもしれない。


「それで、その探している人は誰なの!?」

「かすれた声で聞こえたのが『くーちゃん』って愛称です……」


 下級生が泣き出してしまった。

 探しにきても愛称だけじゃ探せないわね。


「このクラスで『くーちゃん』って呼ばれてる人いないの!」


 クラス委員長の叫び声が響く。

 『くーちゃん』って苗字でも名前でもどちらでも言えそうだから、沢山いそうね。


「誰もいないの!?」


 叫び声に焦りがあるわね。

 人間、そう簡単に死にはし……。


「ねぇ、ちょっと訊ねたいんだけど」

「は、はい……」


 考えれば、私も『くーちゃん』と呼ばれることはある。

 主に昔だけど。


「その倒れた子って、黒羽 奏って言わない?」

「そうです!……ということは、先輩が『くーちゃん』ですか?」


 少し青い顔をして言われる。つまり、この下級生も私の事を知っているということだ。


「保健室って言ったわね。まったく、あの娘は!」


 廊下を駆け出すと。


「芙蓉さん、廊下は走らない!」


 と、クラス委員長の声が響く。


「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」

「今回だけだからね!」


 その声を背にして廊下を走り続けた。「芙蓉さんがくーちゃんって呼ばれてるんだ……」という、声も無視して。




(大丈夫よね……)


 思い返せば、奏は小さい頃は身体が弱かった。

 少し寒くなっただけでも高熱を出してたし。


(ああ、もう!こんな時にまで私は……)


 少しでも疑ってしまった自分が情けない。

 昨日、今日の行いが悪いだけで、奏の身体のことを忘れていたなんて。


「奏!」


 保健室に入るなり、名前を叫んでいた。

 自分でも叫ぶとは思わなかった。


「っ!」


 カーテンが閉め切られていたので状態がわからない。

 でも、カーテンが閉まっているのは一ケ所だけ。保険医もいない。

 なら、奏はその中にいるのだろう。


「ちょっと、大丈夫……な……の……?」


 カーテンを開けると生きているとは思えない状態の見知った顔がいた。


「嘘でしょ……?」


 奏が身体が弱いのは確かだ。

 でも、こんなに状態が悪くなるなんて聞いたことはない。


「嘘よね……」


 恐る恐る近づく。

 近づけば近づくほど、生きているように見えない。

 私の視界も心なしか、少し暗くなっている。


「バカなことをするから、こんな目に遭うのよ……」


 目を瞑りながら、ベッドの横にある椅子に座る。


「身体が弱いのあんなにはしゃいだりするから……」


 本当にバカなのは私の方だ。

 遠ざけるだけ遠ざけて、昔を懐かしんでかまうとこれだ。

 こんなに悲しい思いをするのなら……関わらなければよかった。


「やっぱり、私と関わる人は不幸になるのね……」

「それは違うよ、空お姉ちゃん!」

「え……」


 顔を上げた時に涙がこぼれた。


「奏……?」


 目の前には起き上がった奏がいた。

 顔色は生きてるとは思えないけど。

 元気な奏には違いなかった。


「私は空お姉ちゃんを残して死んだりしないよ。私は最後まで空お姉ちゃんの味方だから!」


 奏の言葉を聞いた時、私の意識は暗闇に落ちた。




「あれ?そ、空お姉ちゃん……?」


 私が起き上がって声を掛けると、空お姉ちゃんがその場に崩れ落ちた。

 驚かすというのは後付けだった。倒れたのは事実だから。

 ちょっと心配してもらいたくて、メイクはしたけど……。


「………」

「目は開いてる……気絶したわけじゃないのかな?」


 どうしよう!?空お姉ちゃん、目の焦点が合ってないよ!それ以前に、目に光が灯ってない!?


(やり過ぎた!?でも、空お姉ちゃん、それぐらいしないと心配はしてくれないかもだし……)


 さすがに私でもわかる。

 これは取り返しがつかないということだ。


(どうしよう?どうしよう!?空お姉ちゃん、許してくれないかもしれない!)


 どうすればいいのかな……?

 ここで嫌われて、二度と近づかないでなんて言われたら、私立ち直れないよ……。


「?」


 視線を感じて、そちらを向くと、空お姉ちゃんがこちらを見上げていた。


「空お姉ちゃん!」


 私は自然と叫ぶと。


「アナタハダレ?」

「え……?」


 光の灯っていない瞳で、感情のない声で、そう言われた。


「私だよ!奏!黒羽 奏だよ!」

「カナデ?」


 首を傾けて不思議そうにしている。


「ワタシノシッテイルカナデト、アナタハチガウ」

「っ!」


 感情のないとても冷たい声。


「ごめんなさい!私がびっくりさせようとしたから、怒ってるんだよね……」

「ワタシヲオドロカセル?」


 本当に冷たい。

 こんな空お姉ちゃん、見たこともない。


「アナタハホントウニ、カナデナノ?」

「本物だよ!空お姉ちゃんの幼馴染、くーちゃんが大好きな奏だよ!」

「クーチャン……」


 空お姉ちゃんの身体がビクッっと跳ねた。


「そうだよ!思い出してよ、空お姉ちゃん!」

「………」


 カチャッっと音が聞こえる。


「え?」

「アナタハ、カナデジャナイ」


 目の前に銃が構えられていた。

 嘘だよね?


「そ、空お姉ちゃん、それはちょっと酷いんじゃないかな?私も酷い事したって思ってるけど……」

「………」


 空お姉ちゃんは首を横に振った。


「アナタハ、ワタシガタイセツニオモッテイル、カナデジャナイ。ニセモノナンテイラナイ」

「私は本物だって!本当にどうしたの!?ねぇ、空お姉ちゃん!」


 空お姉ちゃんの様子が本当におかしい。

 冗談でもこんなことをする人ではない。

 一体何が起きてるの!?


「ウルサイ」


 空お姉ちゃんが告げると同時に部屋の中に乾いた音が響いた。


「きゃあ!」


 傍にあった花瓶が爆発したかのように割れた。


(……空お姉ちゃんが撃った?それも私に?そんなにも怒らせたのかな……)


 自業自得な気もする。

 でも……それでも、空お姉ちゃんもやり過ぎな気がする。

 こんなの空お姉ちゃんじゃない!


「危ないよ!」


 睨みながら私は叫んだ。


「アブナクナイ。アテテナイカラ」

「それでも危ないよ!空お姉ちゃん、悪ふざけにも限度があるよ!銃抜くだけならまだしも、撃つなんて!」


 私の言っていることは間違いではない。

 空お姉ちゃんは何かあった場合、自分の命を守るために発砲は許可されている。

 それでも、こんなやり方はないよ!


「銃って危ないんだよ?当たると死んじゃうんだよ!それなのに当ててないから危なくないなんて言えるわけないよ!」

「…………サイナ」

「え?」


 空お姉ちゃんのさらに冷たい声が一瞬聞こえた。


「ダイスキナカナデニナリスマス、ニセモノアイテニガマンシタシ……モウ、アテテモイイヨネ?」

「空……お姉ちゃん………?」


 静かに銃が構え直される。


「ワタシノタイセツニナリスマシタアナタヲ、ユルスヒツヨウハナイ」

「あ、ああ……」


 ダメだ。

 今の空お姉ちゃんには何を言ってもダメだ。


「サヨウナラ、ニセモノ」


 私の人生はここで終わりかな。

 悪ふざけするんじゃなかった。

 そう思った直後、保健室のドアが派手な音をたてて開いた。


「芙蓉様、少し痛いですがご勘弁を!」


 見張りの新人が空お姉ちゃんに向かって走り、空お姉ちゃんの首に目掛けて手を振り下ろしていた。


「はぁ……なんとか間に合いました。黒羽様、お怪我はありませんか?」

「……大丈夫です。ありがとうございます」

「よかったです。銃声が聞こえたので、外から駆けてきたのですが、間に合ってよかったです」

「それについては感謝します。ですが……」


 新人さんは空お姉ちゃんを抱きかかえている。

 気絶させたのだから、それは仕方がない。

 でも!


「抱き留めるのは一万歩譲って許します」

「い、一万!?」

「ですが、その胸を掴んでいるのは許しません」

「胸?……うわ!?とっとと……危なかった、落としそうになったじゃないですか!」

「わざとじゃないのですか?」

「そんな風に見えますか!?」

「見えます。あなたは男性ですから」

「極論すぎます!」

「次は本当に許しませんよ。種馬から種が無くなるぐらい覚悟してもらいますから」

「物騒過ぎる発言しないで欲しいですよ!」


 激しい抗議がきたので。


「今すぐ種無しの方がいいですか?」

「わかりました!私が悪いです!これでいですか?」

「認めましたか。やはり、早急に対処しないとダメですね」

「結局、酷い方向に進んでないですか!?」

「諦めてください。空お姉ちゃんと関わってるのですから」

「……はぁ」


 新人さんがとても深いため息を吐いた。


「とりあえず、空お姉ちゃんをベッドに寝かせてくれる?抱き留めたままだと、種馬が何するかわからないから」

「何もしませんって!まったく、人使いが荒い……。黒羽様は見た目と違いが酷い方ですね……」


 新人さんが空お姉ちゃんをベッドで横にならせた。

 目を覚ます感じすらない。


「黙っていれば、可憐で美しい人なのに、話せば物騒。広告だと詐欺で訴えられますね」

「喧嘩売ってるのかな?」

「真実を告げることで喧嘩と取られると、それを自覚してると認識しますよ?」

「くっ……。種馬のくせに口だけは立つんだから」


 空お姉ちゃんにシーツを掛ける。

 そして、気になったことを尋ねる事にした。


「ねぇ、空お姉ちゃんがこんなことになるって、今までにもあったの?」

「それはわかりません。私は配属されたばかりですし」

「薫さんなら、何か知ってる?」

「可能性はありますね」

「私は薫さんの電話番号しらないから、電話かけてくれないかな?」

「わかりました」




「どうかしたの?何かトラブルでもあった?」


 学校はまだお昼休みの終わりぐらいだろう。

 こんな時間に部下である新人から私に電話がかかってくるとは思えなかった。


『ごめんなさい、薫さん。奏です』

「奏さん?あ、そうか……私の番号知らなかったよね。今度、教えるから、奏さんの番号も教えてね」

『はい。それは私も助かります。でも、今はそれよりもお聞きしたいことがありまして……』

「何かあったの?」


 午後からは新人に任せているので、お風呂上りだったりする。

 急な電話だったから、まだ髪すら拭いていない。


『えっと、空お姉ちゃんを驚かしたんですけど』

「空さんを?また、珍しい事するわね……」


 スマホをスピーカーに切り替え、髪を拭きはじめる。

 バサバサと音がするが、お風呂上りだから許してくれるでしょう。


『それで、驚かせた後で……空お姉ちゃんが豹変して……」

「……え?」


 奏さんから信じられない言葉が出た。


『私、銃を向けられたんです』


 空が奏さんに銃を向けた?

 意味がわからない。


「空さんは悪ふざけでも、奏さんにはそんなことはしないと思うけど?」

『私がやり過ぎたから怒ったんだって思いました。でも……あれは空お姉ちゃんだけど、空お姉ちゃんじゃなかった!……あんな感情のこもってない……目の光すら灯していない空お姉ちゃんなんて初めて見たもん!』

「………」


 感情のない?

 あの空が?

 目に光がない?


「まさか!」


 1つだけ心当たりがある。

 過去に一度だけ起きた事件。

 あの時の空は異常だと聞いている。

 声に抑揚もなく、感情もなく、ただ冷たく行動する人形みたいな存在だったと。


「奏さん、新人に代わって!」

『は、はい!』


 私は大声で叫んでいた。

 予想は外れて欲しいけど、外れる保証なんてない。


『代わりました』

「今から言うことを守りなさい。空さんが目を覚ました時、変化がなく暴れるのなら、どんな手段でもいいから止めなさい。私も直ぐに向かうから。あと、これは一番大事なこと……」


 言いたくないけど、言わなければならない。

 この役目は私のものだけど、間に合わないかもしれない。


「自分たちの命が危ういと思ったら……空さんを殺しなさい」

『ど、どうい……』


 私は返事を聞く前に電話を切った。


「彰!」

「大声だったから聞こえてるよ。空ちゃん、大変みたいだね」

「うん……」

「遥、君が向かう前からその様子だと、最悪な結果しかでないと思うよ?」

「わかってるわよ!それでも、さすがに状況が状況なのよ」


 無意識に右腕が震えていたので、左手で掴んでいた。


「バカだなぁ」

「バカってな……」


 彰の顔を見ようとした瞬間、抱きしめられていた。


「君の役目だって自分で決めたんでしょ?辛い決断だとは思う。それでも君はそれを全うしなければならない。それとも、他の人にその役を譲るの?」

「……譲るわけない。悲しんでるあの娘を……助けるのが私なんだから」

「だったらすることは?」

「空を助ける。それだけ!」

「うん」


 抱きしめられていた腕が放される。

 少し落ち着いたかもしれない。

 こういう時は、彰に感謝よね。


「それじゃ、私は行ってくる」

「気を付けてって言いたいけど……」

「なによ?」


 彰が非難的な目でこちらを見ている。


「自分の奥さんが全裸で外に出ようとするのは阻止しないとね」

「うにゃぁ!?」

「身支度はちゃんとしてからね」

「わ、わかってるわよ!」


 変な声が出たじゃない!

 でも、落ち着いたと思っていても、落ち着いていなかった。

 これじゃ、空を助けられない。


「ほんと、頼りになる旦那だわ」


 今日は大変なことになるだろう。

 できれば、このまま何もなければいい。


(私が行くまで無事でいなさいよ……)


 急ぎ、支度を整え、学校へ向かうのだった。

 空を心の底から悲しませた結果、ちょっとした事件になりました。

 当時を少ししかしらない奏と全てを知っている遥。


 空は無事なのでしょうか?



 次回の更新は書き終わり次第となります。

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