芙蓉 空
幼い頃にやってはならないことをした。
その結果、周囲は私から線を引いた。
平穏を求めても……それは叶わない。
「……眠い」
規則正しく鳴るアラームを手探りで止める。
眠い目を擦りながら、時計を確認。
時刻は午前5時。外は少し暗い。
「ん……」
寝起きは悪くない方だと思うが行動は遅い。
独り暮らしなんだから、それぐらいの自由はいいと思う。
「んん――」
ベッドから起きて、身体を伸ばす。
季節は夏なので、パジャマも薄い物を着ている。
ふと、真横の自分が映った姿に気が付く。
「これはないわ……」
ベッドの横に立てている鏡には派手な寝癖がついた姿が映っていた。
「日課のジョギングは諦めね。簡単に直る寝癖ではなさそうだし……。真横に跳ねるって何よこれ?」
流行りのファッションとかには興味がない。
自然と伸びた後ろ髪と整えた前髪、少し長い横髪で十分。
腰ぐらいまで伸びている、ストレートの黒髪はお気に入りだ。
「シャワー浴びよ……」
パジャマと下着を適当に脱ぎ捨て、バスルームへ向かった。
着替えとバスタオルを用意するのを忘れていて、後で困ったのは必然である。
私の名誉のために言っておくが、天然と呼ばれる人種ではない。
人間誰しも、寝ぼけることはある。
「朝から散々だわ……」
濡れた髪を拭きながら、洗面台の鏡を見る。
「寝癖はこれで大丈夫。髪を乾かしながら、朝食の内容を考えましょうか」
冷蔵庫の中身を思い出す。
(卵、鮭……)
思い出されていく内容は和食の材料だ。
これなら、朝から豪華な食事が……。
「あ……」
肝心なことを忘れていたことに気が付いた。
和食にとっては致命的と言っても過言ではない。
「……ごはんを炊くの忘れてた。はぁ、悔やんでも仕方がない、トーストで済ませよ」
今日の朝食はトーストと目玉焼きとサラダ。
豪華からシンプルなものになった。
「いただきます」
リビングに私の声が響く。
独り暮らしといったが、住んで居るのは一軒家。家自体はそれなりの大きさはあるかもしれない。
(いつも思うけど、やっぱりこの家だと大きいわね)
トーストをかじりながら考える。
この家は父が土地を買い建てた場所である。
それなのに、一人暮らしというと裕福な家庭だと思われるが、そうではない。
(理由はどうあれ、私の思い出だし、死ぬまで住まないとね……)
両親は他界している。
正しくは他界させてしまった。
避けることはできなく………私が殺した。
(愛情ね……)
登校するまではまだ時間はある。
ゆっくり、朝食を楽しむのだった。
「これでよし」
制服に着替え、鏡の前で身だしなみを確認する。
学校の制服はブラウスとスカートという普通の物。
国立なのに手抜きではないか?と思う事が多々ある。
私服も認められているが、稀にしか見かけることはなく、見かけた時は制服をクリーニングに出し忘れたと皆から思われるぐらいだ。
「今日はそのままでいいわね」
髪は下したままで、ヘアピンも付けない。
時計を見ると、時刻は7時20分。
通学時間は10分もかからない。
「教室を掃除する時間はあるわね」
日課というわけではないが、教室の掃除をしていたりする。
掃除をする必要もないけど、なんとなくやり始めた。
「………」
リビングの隣にある部屋へと入る。
部屋には小さな机と両親の写真だけを置いていた。
両親の写真といっても、私、父、母の三人で写っているものだ。小さい時に遊園地で撮った写真。これも大切な思い出だ。
「いってきます」
写真に向かって話しかけ、静かに部屋を出る。
あとは玄関に向かい、登校するだけだ。
「おはようございます、芙蓉空様」
「……おはよう。私なんかに『様』を付けるなんて、怒らせたいのかしら?」
いつもと違う見張りの人間が玄関先にいた。
文字通りの『見張り』である。
私が逃亡しないように、私が襲われないように、そして……私が自殺しないように。
「そんなつもりは……」
「……あなた、新人?」
朝から不機嫌にさせてくれた人物の顔を見る。
見たことがない人だ。
少し悪いことをしたかもしれない。
「はい。先日、配属された……」
「名前なんていいわ。新人さんで十分よ。私のことは芙蓉でも空でも好きな風に呼んで。……あなた、年齢は?」
別に気にしないのだが、思った以上に歳が若そうだったので訊ねてみた。
「18歳です」
「私より年下?」
まさかの年下。
見張りがこれだと少し心配ね。
「ふーん」
「な、なんですか?」
「あなた、もしもの時、私を殺せるの?」
「……当然です」
返答に一瞬、戸惑ったわね。
「そう……でも!」
「え?」
新人さんに向け、銃を構える。
私には銃が一丁支給されている。用途は護身用。
説明しておくが、普通は支給されない。
自分が住んでいる国が銃社会なんて願い下げだ。
「そんなので私を殺せるのかしら?」
「………」
無言になられても困る。
これでは『見張り』は務まらない。
困ったものだ。
「空さん、新人をあまりからかわないでください」
「あら、薫さん。遅い出勤ね」
後から来た人は、三永薫。
私の『見張り』のいわば、一番上の人である。年齢は29歳だったかしら?
童顔なので、私が強引に買い物に連れて行ったりもする。
背後でこそこそされるぐらいなら、隣にいてもらう方が楽だし。
「ちょっと、子供が離れなくて……」
「いっそのこと、お母さんをしていればいいんじゃない?」
「それはそうで……ちょっと!?」
「あなたも若いわね」
若いといっても、私よりも10歳年上。
完全な目上である。といっても、付き合いが長いので軽い間柄でもある。
「あなたの方が若いでしょうが!」
「10代だから、とうぜんね」
「うぐっ」
「そんな顔をしない。新人が呆れてるわよ?」
「え!?」
薫さんが新人の方を向く。
見事な苦笑いをしていた。
「この課で鬼ともいわれる上司が、こんな子供みたいな扱いですか……」
「薫さんって鬼だったんだ?」
「あなたまで変なこと言わない!」
「は、はい!」
私のとばっちりで、怒られる新人さん。
「さてと、『見張り』をからかうのはやめて、学校に行かないと」
二人を背にして、学校へ向かって歩き出す。
「あ、新人さん」
派手にからかってみましょう。
「なんでしょうか?」
「私は19歳だから、お姉さんよ」
「は、はぁ……」
「だから………」
目を細めて言う。
「お姉さんとデートしない?」
「は?」
「それとも、いいことの方がいいかしら?」
「な、なな!?」
「冗談よ。ふふ……」
今度こそ、学校へ向かって歩き出す。
「……あの、三永さん」
「なに?」
「芙蓉様は結構遊んでいる人なのでしょうか?」
「……あの娘は生娘よ。ありえないことを言わないで」
「……すみません」
「あなたも知っているでしょ。あの娘が恋愛などしないことぐらい」
「そう……ですね………」
「『見張り』の私が言うのもあれだけど、本当に酷な人生よ」
「それじゃ、空さん」
「ええ、また放課後に」
私は薫さんと新人さんと学校の正門前で別れた。
『見張り』は大切な役目であるが、学校内までは表立って入れない。
教員資格を持っている『見張り』だけは入れるけど。
「さてと、教室の掃除をしましょうか」
朝早い時間の教室は誰も居ない。
つまり、私の自由時間だ。
意気揚々と下駄箱に靴を入れ、上履きに履き替え、校舎を歩く。
「おはよう、芙蓉。今日も早いな」
「おはようございます」
すれ違う教師に軽く挨拶をし、教室の前に着く。
さぁ、私の自由時間の始まりだ。
30分ぐらいだけど。
「さて、掃除を……あら?」
先客がいた。
「空お姉ちゃん、おはよう」
「おはよう……って、奏の教室はここじゃないでしょ……」
「うん。空お姉ちゃんと、お話がしたかったから待ち伏せ」
「あのねぇ……」
この娘は幼馴染の黒羽奏。
私が小学校低学年の時まで隣に住んでいた。
家の隣は黒羽家のままだけど、現在住んで居る人はいない。
「だって、学校だと無視するんだもん!」
「仕方がないでしょ。ほら、掃除の邪魔よ」
「空お姉ちゃんが冷たい……」
「これが普通よ」
「はーい」
奏が気のない返事をしながら、掃除用具を引っ張り出し始めた。
「なにやってるのよ?」
「え?教室のお掃除するんでしょ?」
「私がしたいだけよ。奏は何もしなくていいわ」
「じゃぁ、邪魔してもいい?」
悪びれずに言う。
この娘は素がこれだから怖いものだ。
「いいわよ?ただし、私と話す時間はなくなるけどね」
「え?」
私は奏から掃除道具を奪い取り、掃除を始める。
「そうなるでしょ?私は掃除、奏は邪魔をする。普段よりも時間がかかるんだから、話す暇なんてないわよ」
「手伝うから、お話ししてよー!」
「困った娘ね……」
見た目とは違い、甘えた性格をしているのは変わらないか。
見た目は優等生なんだけどね。
「空お姉ちゃんとお話ししたいことは沢山あるんだよ」
「私はないわ」
「空お姉ちゃん、やっぱり冷たい……」
そう言いながらも、奏は掃除の手伝いをしていた。
予定時間よりも早く掃除が終わるのは間違いなかった。
「これで、空お姉ちゃんとお話できる」
教室の床掃除、机の乾拭き、黒板の掃除を終え一息ついた。
「私は話す事なんてないわよ」
「本当に冷たい……。昔と変わり過ぎだよ」
「奏は変わらないわね」
奏を眺める。
髪は短く切りそろえ、肩ぐらいまでの長さ。顔は幼さが残っている。
背もそこまで高くないわね。私より10cmは小さい気がする。
スタイルは……。
「育ってないわね」
「どこを見て言ってるのかな!?」
「言っていいの?」
「お願いだから、言わないで!切なくなるから……」
「胸」
「言った!?」
と、いうように元気な娘である。
「奏、私と話さな方がいいわよ」
「……どうして?」
涙を浮かべながら返事をされた。
悪い事言ったかしら?
「私の事は知ってるでしょ?私と親しくして得なことはないわ。逆に損するわね」
「私が好きで話しかけてるからいいの。それにあの事件は仕方がないことなんでしょ?」
「……そうね。だからこそ、余計にかかわって欲しくないわ。理由はどうあれ、私は両親を殺しているんだから。そんな人の幼馴染なんて嫌でしょ?」
奏は事が起きた後で、血まみれの私を見ている。
あの時の怯え切った表情は未だに忘れられない。
「だって、あれは!……あれは、くーちゃんが好んで起こしたことじゃない!」
ポロポロと涙を流しながら、奏が叫んだ。
「私が泣かせている様に見えるわね」
周りから見れば、私が下級生を苛めているとしか思えない。
そんな誤解は歓迎。まとわり付く人が減る。
「芙蓉さんが下級生を泣かせてる……」
思った通りの事が発生するとうんざりするわね。
「そうよ?悪い?」
「ちがっ!」
奏が話そうとするのを手で遮る。
「それに変な事を言わないで欲しいわ。あなたも私がどういう人間か知っているでしょ?怖がられて泣く子がでても仕方がないじゃない」
「そ、それは……」
「ほら、あなたも自分の教室に行きなさい。…………夜、家に来なさい」
最後は奏だけに聞こえるように言った。
頷いたのは確認。それに、このままだと泣いたまま動かないかもしれない。
それに呼ぶだけ呼んで、居留守という手もある。
……玄関先で泣かれそうだから、却下にしよう。
「そら……」
「早く教室に戻る」
「は、はい!」
奏が慌てて教室を出ていく。
「もう少し、下級生に優しくできない?」
「こういう性格なのよ。あと、おはよう」
「あ、おはよう」
私が挨拶をしたので、クラスメイトも返事をする。
「私の素性を知っていると、誰でも怖がるでしょ?」
「かもしれないね」
「あなたも私に話しかけていると変な目で見られるわ。だから、話し掛けないでね」
「……ほんと、不思議な人」
クラスメイトの言葉を聞き流し、自分の席に座る。
私の席は教室の一番奥だ。
あとは授業が始まるまで、ゆっくりしよう。
「今日の授業はここまで」
本日最後の授業も終わり、放課後になった。
私は部活には入っていない。いわゆる、帰宅部だ。
「芙蓉、職員室に来るように」
「何かしましたか?」
「定期的なものだ」
「……わかりました」
この『定期的』というのは学校での私の日常の報告。
『見張り』の教師に報告しなければならない。別に無視してもいいのだが、薫さんに本気で怒られる。
ちなみに、職員室はこのクラスの隣にある。この教室は私がいるから、隣に急造された場所だ。
(報告ね……。何かあるわけでもないし、毎回面倒だわ)
「芙蓉さん、呼び出されるの大変だね」
クラス委員長にふいに声を掛けられた。
「大変ってわけじゃないわ。面倒なだけよ」
「それを大変って言う気がするけど……」
「面倒は面倒。大変じゃないわ」
「そ、そう?」
「ええ。それじゃ、報告が終わったら帰るわ。さようなら」
「さようなら。また明日」
「………」
私は最後の返事はしなかった。
明日というのは確実にくるとは限らないからだ。
(職員室にいきましょうか)
挨拶をしてくる、クラスメイトに軽く返事をしながら教室を出て、隣の職員室へ行く。
「芙蓉空、入ります」
職員室のドアをノックし、職員室へ入る。
「こっちだ」
職員室の奥に問題児用の面談室がある。言うまでもなく、私が呼び出される場所はそこだ。
「いつもと同じと言うのはつまらないが、定期的な物だから諦めてくれ」
「諦めてますよ」
面談室に入ると同時に部屋の鍵がかかる。室内は防音も完備されており、カーテンもあるので完全な個室となる。つまり、何が起きても綺麗に片付ければ何もないことになる。
「で、いつも通りで退屈な時間ね」
「そうだな。簡単に聞くが、何か変わった事はあったか?」
「特にはなにも。挙げるとすれば、私に話掛ける人が増えたわ」
「いいことじゃないのか?」
「普通ならいいことでしょうけど、私が仲良くなる人ができると都合が悪いでしょ?」
「……そうだな。とはいえ、君が事故を起こしたのは、過去の一度のみ。そんな都合よく起きるものとは思えないのだが?」
『見張り』の中では『事故』ということになっている。
私の中では『事件』であるが。
「簡単に起きるかもしれませんよ?……今、この場で試してみますか?」
挑発するように言うと。
「……私も自分の命が惜しい。それに『見張り』対象にそのような感情を持つのはダメだ」
「私は魅力的ではないと」
「そうとは言っていな……。何を言わせたいんだ君は?」
「からかっているだけですよ」
「……ある意味、君は問題児だよ」
「光栄です」
「まったく……」
定期的な報告と言っても、ほぼ雑談である。
『私の日常に変化があったか?』『不穏な人物はいないか?』『恋人は出来そうか?』などだ。
最後の内容なんて、親みたいな感じよね。
そうして、定期的な報告は終わる。これを面倒と言わず何というのか?
報告を終えた後は帰宅。
「お供します」
校門を出て直ぐに新人さんに声を掛けられた。
「仕事熱心ね。別に家に帰るぐらいの間、一人にしてくれてもいいのに」
「それはできません」
「……つまらないわね」
帰宅ぐらい、たまには一人で帰りたいものだ。
「新人さんは一人になりたいことはない?」
「それはあります。プライベートは大切です」
「なら、今みたいに強制で一人になれない私はどうかしら?」
「それは……」
「プライベートはない。私の家もこっそりと盗聴してそうだし」
「少しは……」
「へぇ……」
この新人さんは『見張り』に向いてないかもしれない。
少し引っかけると勝手に答えてくれる。
「そう。盗聴してるんだ。お風呂とかトイレも盗聴してそうね。……いやらしい」
「そ、そんな所までしてません!せいぜい、寝室…………あ……」
「寝室はしてるんだ。いいご身分ね『見張り』は」
「だから、ちょっ!」
「いやらしい人とは一緒に歩けないわ」
「………」
さすがに、足を止めたわね。
ある程度は盗聴されているのを把握していたけど、寝室に仕掛けられてるとは思わなかった。
眠る時ぐらい、自由にしてほしい。
とはいえ、今は少しだけでも一人の時間が確保できた。
この貴重な時間は大事に……。
「空さん、お帰りなさい」
「ただいま」
貴重な一人の時間は1分で終わったわ。
「一人?」
「ええ。私を盗聴し続けている人には退場してもらったわ」
「盗聴?あぁ、あの子言ったんだ……」
「私も一部は把握してたけど。まさか寝室、お風呂場、トイレにまで仕掛けてるとはね」
「え?ええ!?」
一部、勝手に追加させてもらう。
薫さんの慌てようはなかなかのものだ。
「まさか、眠っている時まで盗聴されているとは考えたくなかったわ。私の寝息に耳を澄ませる人達がいるなんて思わなかったし。……最近、周囲から変な目で見られるのはそういうことなのね」
「いや、ちょっとまって!確認するから!」
薫さんがスマホを取り出して、どこかに電話を掛けている。
少しぐらいは時間を稼げそうね。
(今日は奏が来るんだったわね。夕飯ぐらい一緒に食べてもいいか)
ふと横を見ると、スーパーの前であるのに気が付く。
「……なんですって?本当にそんな所まで仕掛けてるの?……さっさと、回収班をよこしなさい!」
(案の定、当たりね。まぁ、知っていたけど)
私はこれでも用心深い。
家具が人知れず動いているなど、見落とすわけがない。
だから、何度か罠を仕掛けたことはある。
気まずそうな顔をしている人は何度も確認済みだ。
「なに?寝ているのも重要?ふざけたこと抜かしてないで、さっさとよこせ!このバカども!って、あれ?空さん?空さん、どこ!?」
「夕飯の買い物をしてくるわ」
「だったら、私も!」
「薫さんはその盗聴が大好きな人達の相手をしてて。これでやっと静かに眠れるんだから」
「まって、空さん!……え?なによ?そんなところまで盗聴してるの!?」
薫さんの声が変わった。
表情も少し青い。……本当に私に聞かせるとまずい内容のようだ。
速足で薫さんの元へ歩いて行く。
「空さん、少し落ち着いてき……」
「貸しなさい」
スマホを奪い取り、耳に当てると。
「……写真のある部屋は………」
その言葉と同時に周囲の雑音が消えた。
「……対象が弱音を吐いたりする場所でも……」
あの部屋まで?
家族の写真がある場所は何もない部屋。
油断とかじゃない、純粋に私が大切にしている部屋を。
「ふざけないで!」
周囲など無視して叫んだ。
一斉にこちらに視線が集まるのがわかる。
でも、それどころではない。
「今すぐ、あの部屋から手を引きなさい!手を引かないなら、こちらにも考えがあるわ!」
言い終え、薫さんにスマホを投げる。
「空さん……」
「薫さん、私が今この場で死んだらどうなるかしらね?」
「!?」
薫さんだけではない、周囲にいる人からも息を呑むのがわかった。
「私は『見張り』という名前の物を容認しているだけ。私のことを考えると色々とする事が多いのはわかる。……でもね」
向き直ると同時に銃を抜く。
照準は相手ではなく、私の頭部へ。
「私にだって許せないこともあるわ」
「空さん、落ち着いて!」
「ねぇ、薫さん。あなたはこれだけは嫌だということはないかしら?」
銃は頭に着けたまま。
顔は笑顔のまま。
「例えば、自分の子供に悪いことが起きるとかね」
「空!」
薫さんが銃を抜いて私に向けた。
「撃つなら好きにすればいいわ。ただし、下手な場所に当ててはダメよ?衝撃で私の指が引き金を引いてしまうから」
「……ごめんなさい。盗聴器は全て外させるわ」
薫さんが銃を降ろし、スマホに向かって話しかける。
「芙蓉空の住む家の盗聴器を全て取り外しなさい。……聞けない?言う通りにしなさい!あの娘、本気で自殺するわよ!そうなった時、誰が責任を取れるの!」
そう言って、薫さんはスマホの通話を切った。
「本当にごめんなさい。だから、その銃を下してくれない?」
「……今回だけよ」
薫さんは怯えきっている。
長い付き合いになるが、ここまで怯えた表情は見たことはない。
それだけ、私が怖い顔をしているのだろう。
「次、こんな事があったら……迷わずに引き金を引くわ」
銃をしまう。
「そうならないように最善を尽くすわ。……誰もそんなことは望まないから」
「どうかしらね」
私は何もなかったように、スーパーに足を向ける。
「どこに?」
「今日は幼馴染が来るのよ。だから、夕飯を一緒に食べようと思ってね。……少しだけでもいいから、一人にさせて」
「……ええ」
私が必死で抑え込んでいる感情に気が付いたのだろう。
薫さんは認めてくれた。
「直ぐに戻るわ」
そう言い残し、スーパーの中へ足を運んだ。
私が死ねば周囲に私と同じ思いをする人が増える。
それは私も望まないこと。
「でも、周囲がそう仕向けるなら私は……」
躊躇うことはないと思った。
こちらの小説は不定期な更新となります。
ゆっくりでも更新はされていきますので、楽しんで頂けると幸いです。