終わりの空
思い返してみれば、不思議なものだ。
逃れることができないから、仕方のないことだけど。
(本当に酷い女ね)
目の前に映るのは一人の青年。私に声を掛けている。
青年以外に見えるのは、晴れやかな青空。
場所はとある建物の屋上。わずかだけど空が低く感じる。
「……本当にこれしか方法はない?」
青年からの声に生気がない。
けど、青年に対して私は。
「ないわ」
と、呆気ない一言。
私は普段と同じ声。学校では透き通る声とも言われたことがある。
「なんで俺に頼むんだよ……」
青年が手に持つ物を握りしめている。握られているのは銃だ。
補足をすると偽物ではなく本物で、私が手配もとい国から支給されたものだ。
「あなたしか頼めないから、かしら?」
私の頼んだ事とは。
『私を殺して』
という、無茶苦茶な内容。
日常でそんなことを言われて、二つ返事で答えてくれる人は居ないし、言う人もいない。
ちなみに自殺願望はない。
「理由は話したわよ?」
「……聞いた」
「なら、それでいいじゃない」
「……納得できない」
私が言われる立場なら、同じことを言ったかもしれない。
でも、私はそれを頼む側。昔から納得していることだ。
(ある意味、彼は被害者ね……)
無茶苦茶な頼みごとをされた時点で被害者なのは間違いない。
でも、本当の意味で被害者ではない。
「納得しなさい。そうじゃないと、死ぬのは君」
「……それもわかってる。でも、納得できない」
「馬鹿なことを言わないで、諦めなさい」
「諦めているのは、そっちじゃないか!」
「決まっていることだからよ」
後ろに振り返る。高い場所なので、一面の青空が良く見える。
私は空を見ることが好き。趣味とも言えるかもしれない。
晴れ渡る空、雨の日の暗い空、雪を降らす空……そして、星の光が見える夜空。
「それに、君が私を殺しても罪にはならない」
「……そう……だね」
普通なら殺人という行為に該当するが、対象が『私』の場合は例外になる。
現在、当てはまる職業があるとすれば、私は学生。
映画やアニメに出てくる特別な人間ではなく、女子高生である。
理由はあるけど、一年留年してる。
「君が気にする必要なんてないんだよ」
彼には選択の権利はある。
でも、私にはない。
変な言い方になるが、私のこの場での『死』は確定している。
彼が引き金を引かなくても、どこかにいる狙撃手が私を撃ち抜く。
「でも……」
彼は意気地がない、というわけではない。
この場が非日常過ぎるだけ。
「私が認めたんだから、こういう時もはっきりしてほしいわ」
「無茶苦茶だよ!」
「怒る方向ではっきり言われても困るけど……」
肩越しに後ろを向く。
怒るのは仕方がないのかもしれないけど、今はそんなのはどうでもいい。
「ほら、ちゃんと構えなさい」
「……なんでそんな簡単に」
「あのね、これでも怖いのよ?何も感じていないと思われているなら心外よ」
人間、誰しも死ぬことは怖い。
当たり前のことだ。
「……怖がっているようには思えない」
「女の度胸よ」
我ながら、意味不明な返事をしたとは思う。
「……一人が良かったのかな」
空を見上げる。
少し、心が落ち着くから。
(今まで通り、一人で生きていた方が良かったのかもしれない)
女子高生なのに寂しい言い方をするのは仕方がない。
私には認められないことだから。
「この空の様に、気ままにいられればよかったのに」
空に流れる雲のように自由に生きられたら、どれだけよかっただろう?
許されないからこそ、考えてしまう。
「本当にこれしか未来は……」
背中越しから掠れるような声が聞こえる。
「ないわ」
今度は振り返らずに答えることにした。
これは決定事項だ。他の未来なんてない。
自分が運命すら変える能力を持っていたら話は別だけど、ここは現実であって、映画やアニメの世界ではない。自分の都合よく、運命なんて変わらない。
「君と知り合えてよかったわ」
「………」
許されないけど、知り合えてよかったと思う。
世間一般では、仲の良い恋人同士と思われたのかもしれない。
年齢は私の方が上だから、似ていない姉弟と思われたかもしれない。
(一般ということですら、許されないけどね……)
自分の罪を知っている。
私の罪は周りの人達も知っている。
だから、周りは線を引くように、一定の距離で接してくる。
人と親密になることは許されない。暗黙の了解とすらなっていることだ。
「終わりにしましょうか」
空を見上げるのを止めて振り返る。
彼は俯いていた。
「顔を上げなさい」
私の声の通りに彼は顔を上げる。
「何泣いてるのよ?泣くようなことじゃないでしょ?」
嬉しいとは思うが、本心から思ってはいけない。
私は自分の心すら、偽って生きないとダメだからだ。
「さぁ、終わりにしましょう」
私の言葉に彼が震えるのがわかった。
終わりということは、その銃の引き金を引きなさいという意味でもある。
「……仕方がないわね。私の言うとおりに動きなさい」
最後の最後まで、お姉さんという風に振舞わなければならない。
「右手を上げて、銃口をこちらに向けなさい。その銃なら、対象側にマーカーが出るから、それを私の左胸か額に向けなさい。……狙うからって、私の胸を凝視しないように」
最後でも破廉恥なことは認めません。
映画なら、キスシーンぐらいありそうだけど、映画で見るだけで十分だと思った。
ありえないことを想像しても意味がない。
「照準があってないわね。失敗して、腕だけ当てるとかやめて欲しいわ」
「あわせたくても、あわせれないんだよ……」
(当然のことか)
と思いながらも、命令的に言うしかない。
「まぁ、いいわ。……まったく、時間をかけ過ぎたかしら?」
上空にはヘリが飛んでいる。
今頃はお茶の間でライブ中継になっているのだろう。趣味が悪すぎるとしか思えないが、見逃すわけにはいかない。それぐらいの事態である。
「無駄に観客も増えたし……」
周囲を見渡した時、一人の女性と目があった。
幼馴染だ。向こうも気が付いたみたいで、観客の輪からこちらに飛び出してきた。
「少し中断」
私の言葉を聞いて、彼が銃を下す。
「どうしたの?そのまま、見ていればよかったのに?」
彼から視線を移し、幼馴染に声をかけると。
「……そんな寂しい事言わないでよ。本当に死なないとダメなことなの?」
「知っているでしょ?私は悪い女なのよ」
彼女は私よりも年下。
小さい時、よくお姉さんと間違われたのを覚えている。
「知ってるけど……でも、それは……」
「仕方がないのよ」
「生きていれば、治せるかもしれないよ!」
「生きていればね……。周りがそれを許すかしら?」
普通に見えても、猛毒を持っているかもしれないと思われると、周囲は警戒するものである。
いわば、防衛本能みたいなものだ。
「説得すれば……」
「無理よ。あなたとも最後に話せてよかったわ」
「待ってよ!そんな風に……」
彼女が近付こうとすると、私達の間には乾いた音が響いた。
地面には穴が穿たれている。
「今、撃ったの誰!危ないじゃない!」
私の本気で怒った声に、観客すらも同様が隠せていない。
「彼女に怪我をさせてみなさい、この場で彼の手にかかる前に自殺するわよ!」
周囲は意味がわかっている。
誰しも自分が可愛いものだ。少しずつ離れて行くのがわかった。
「怪我してない?」
「……うん。昔と一緒で優しいね」
「……そんなことないわ。さぁ、お別れよ」
「その割り切り方、酷くない!?」
幼馴染が文句を言うが。
「あなたにも怪我してもらいたくないの。自分勝手な連中がまた先走るかもしれないからね」
「……ずるい」
「ずるくてもいいわ」
幼馴染から視線を逸らし、彼に向ける。
「じゃぁ、構えなさい」
「……動物みたいに言わないで欲しい」
「仕方がないでしょ?そう言わないと、動かないんだから」
ゆっくりと銃口をこちらに向けてくる。
「よし、いいこ」
「……犬だよねそれ」
幼馴染の声は聞こえない。
「そのまま、構えて……指を引き金にかけなさい」
ゆっくりと、指がかけられる。
「くーちゃん……」
幼馴染の声が聞こえる。
「一気に引きなさい!」
「うわあああああああぁぁぁぁ!」
「空お姉ちゃん!」
私、彼、彼女の声が響く。
これは私、芙蓉 空のお話である。
七瀬 初と申します。初めての方は宜しくお願い致します。
この小説『空の日常』は主に書いている小説『全てを失った少女は何を求め旅をするのか』の内容を考えている時に、横切った一部分を小説にしたものです(ファンタジーではなかったので、ひたすら悩んだ挙句、書いてみました)。
『空の日常』は非常にゆっくりとした更新となります。
これはどのジャンルになるのでしょうか?(現代よりだと思いますが謎です)
どちらも更新を頑張っていきますので、楽しんで頂けると幸いです。