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第8話:森の散策

「じゃあ、行ってきます」


 アルフレド皇子の部屋に呼ばれた翌日、僕はミカに手伝ってもらいドレスを着て部屋を出た。昨日、皇子に森を散歩しようと提案したら了承されたので、今日は二人でお散歩に行くのだ。


「お兄ちゃん……ゆうべはお楽しみじゃなかったから、今日こそ皇子のハートを射止める気ね?」

「意味分かんないよ。皇子一人じゃかわいそうじゃないか」


 ミカは相変わらず謎の単語を口にしているけど、そもそも僕は男なんだからハートを射止めるも何もない。ただ、皇子の身の上を聞いたのと、乗り気でもないのに女の園で男一人というのはなかなかつらいというのは僕も身をもって理解している。


 そんなわけで、僕がここにいる間くらいは同性の友人として気楽に接してあげたい。僕と皇子じゃ立場が全然違うんだけど、少なくとも気分転換にはなるだろう。


 僕が準備を整えて外に出ると、待ち構えていたように部屋の前に人垣が出来ていた。


「縦ロ……リスティス様?」


 思わず心の声が漏れそうになってしまったが、僕はかろうじて彼女の名前を覚えていた。リスティス=シャルフリフター王女だ。僕の中では縦ロールさんで固定されかけている。


「あなた……先日、皇子の夜の相手として呼ばれたそうね?」

「ええ、まあ……」


 何もされなかったけど。厳密には、何かされかけたけどミカの作戦のお陰で回避出来た。その事をミカに話したら、何故かものすごく不満そうだったのが未だに謎だ。


 もしかして、リスティス王女は僕が選ばれた報復で殴りこみをかけてきたのだろうか。相変わらず二十人近い取り巻きを連れていて、殴り合いになったら僕が男でも少々きつい。というか、さすがに女性相手に手はあげられないし。


「そ、それで、ど、どうだったの……?」

「どう、と言いますと?」


 リスティス王女は頬をほんの少し赤らめ、小声で僕に質問する。彼女がこんな態度を取るのは少し意外だった。


「だから、皇子の相手をしてどうだったかと聞いているのよ! 寿命が縮んだとか、魂を奪われたとか、そういう事は無いの?」

「いえ、特にありませんが……」


 そもそも僕は皇子の夜の相手をしていないんだけど、色々話すのも面倒なのでそのまんま答えた。すると、リスティス王女は何故か安堵の表情を浮かべる。


「そ、そう……ならいいのよ。別にあなたの心配をしている訳ではないのよ。ただ、皇子は若い女性の魂を食らうなんて噂が流れているし、わたくしが相手の時に何かあったら大変でしょう?」

「あー……そういう事ですか」


 王女はどうも例の噂を心配しているらしい。


「あれ? でもリスティス王女はアルフレド皇子を狙っているのでは……」


 僕が疑問を口にすると、リスティス王女が扇を口に当てながら、僕のすぐ傍に来てそっと囁く。


(あまり大声で言わないでちょうだい! わたくしは皇子を狙っているんじゃなくて、安全な椅子を狙っているの。いくら王子が吸血鬼の末裔でも、一番のお気に入りは大事にするでしょ?)

「はあ……」


 僕はてっきり、リスティス王女が権力を手に入れたいと思っていたのだけど、どうもそうではないらしい。ここに集められた乙女達は、みんな身代わり羊みたいな気持ちなんだろう。


 リスティス王女は自分から安全を確保しに行くタイプで、リリィ王女はひっそりと身を隠す防御タイプなんだろう。いずれにせよ、皇子が恐れられているのに変わりは無い。


(あなたが皇子の生贄……もとい寵愛を受ける対象になったのは少し同情するわ。わたくし達の代わりに、出来る限り皇子の興味を引いてくれるなら、わたくしが褒めてさしあげなくもないわよ?)


 やっぱり上から目線なのは基本らしい。とはいえ、皇子は話した限り凶悪とは思えなかったし、僕が皇子の相手をする事で、皇子も他の王女たちも平和に暮らせるなら、それに越したことはない。もともと長居するつもりは無いけど、出来る事はしてやりたい。


「別に褒めてくれなくてもいいですよ。それに、私はこれから用事がありますので」

「用事? 昨日の労苦を、リスティス=シャルフリフターが(ねぎら)ってあげるというのに、それを断る理由があるのかしら?」


 つい先日まで僕の事を威嚇してきたリスティス王女が、今度は僕を引きとめようと食い下がる。彼女からすると、僕がいなくなると矛先が自分に向かう危険があると考えているのかもしれない。


 だから、僕は彼女を安心させるため、偉大なるリスティス=シャルフリフター王女のお誘いを断る魔法の言葉を呟いた。


「今から皇子の所に行くんです」



 魔法の言葉は効果てきめんだった。リスティス王女は呆気(あっけ)に取られた表情で僕を見ていたが、僕は何食わぬ顔で彼女達を置いて皇子の部屋に向かった。


 皇子の部屋の前では、数人の可愛らしいメイドさんがいた。さすがに皇子の後宮だけあってか、雇われている女性はみんなレベルが高い。そんなことはどうでもよくて、メイドさん達は皇子の部屋の前で、困ったように立ちつくしている。


「すみません。皇子に用事があって来たのですが……」


 僕がメイドさん達に声を掛けると、彼女らは顔を見合わせた。多分、自分から皇子の部屋に来る女性が今までいなかったんだろう。僕は男だから現在進行形でいないんだけど。


「私達は今日の皇子の部屋の清掃担当なんですが、その、まだ出来ていなくて……」


 メイドさんの一人がおずおずとそう答えた。それから、補足するように相方らしき女性が教えてくれる。皇子の部屋の清掃は当番制になっているのだけど、皇子はいつも起きるのが遅く、ずっと待っているのだそうだ。


 他の場所を掃除し、皇子を後回しにすればいいんじゃないかと思ったけど、皇子をないがしろにしてはいけないというルールがあるらしく、何があっても皇子の部屋の後じゃないと駄目なのだそうだ。


「つまり、皇子が起きてこない事には他のお仕事が終わらないと」


 僕がそう尋ねると、メイドさん達は控えめに首を縦に振った。メイドさんも女性だし、皇子の機嫌を損ねたらと思うとルールを破る気もないんだろう。


「じゃあ、ちょっと起こしてくる」


 僕はそう言って、皇子の部屋を軽くノックする。メイドさん達が後ろできゃ、と軽く悲鳴を上げたが無視。皇子は若い女性の魂を食らうという噂だけど、だったらとっくに他の女性を呼んでいるはずだ。


 何回かノックをしても返事が無いので、結局、僕は皇子の部屋に勝手に入る事にした。分厚いカーテンに遮られ、部屋はほとんど真っ暗だったが、昨日の夜に来たので部屋のレイアウトは大体分かっていた。


 布団をかぶって丸くなっている物体が見えたので、僕はカーテンを思いっきり開く。


「ぐわああああああああ!」


 さんさんと輝く朝日が部屋に入り込むと、皇子は吸血鬼みたいな悲鳴を上げ、さらに丸くなった。


「皇子、もう朝ですよ! ていうか、もうすぐお昼ですよ!」


 巨大な芋虫みたいになった皇子の布団を無理矢理引っぺがすと、目をしょぼしょぼさせた皇子が不満げに僕を見ていた。髪に寝ぐせがついているし、まだかなり眠そうだ。


「……シャルロット、お前、俺の二つ名を知っているか?」

「ええと、宵闇(よいやみ)の皇子、吸血鬼の末裔……とかでしたっけ」

「そうだ。俺は闇の中で生きる者。日の光の下では生きられぬ運命にあるのだ……」

「要するに、朝に弱いんですね」


 僕がざっくり言い直すと、皇子は首を縦に振った。本当に吸血鬼の末裔で闇に生きる者だったら、昼間っから出歩いて本を読んだりしていない。


「それより皇子。ほら、今日はこんなにいい天気ですよ。着替えて新緑の森を散策しましょうよ。私は山歩きも結構出来ますから」

「……まさか本当に来るとは思わなかったぞ。俺の機嫌を取る方便だと思っていた」

「何言ってるんですか。約束したじゃないですか」


 僕が苦笑すると、皇子は不思議な物でも見たようにきょとんとした表情になった。


「ささ、ぱぱっと準備して出掛けましょう。本当はもっと早く出たかったんですけど」

「……準備する」

「はい」

「……………………」

「……………………」


 皇子は準備すると言ったが、一向に動く気配が無い。早く準備してくれないかな。


「……着替えたいんだが」

「着替えればいいじゃないですか」

「お前……俺は男だぞ」

「知ってますが」

「異性の裸をそんなに見たいか?」

「あっ……」


 そうだった。別に普通に着替えればいいじゃないと思っていたが、僕は今、王女という事になっていた。危ない危ない。すっかり忘れていた。


 僕が一度部屋を出て、入口で皇子を待つ。それから十分くらいすると、皇子は身支度を整えて出て来た。いつも見るぱりっとした服装の宵闇の皇子モードだ。


「じゃあ行きましょうか。といっても、適当に散策するだけなんですが」

「任せる」


 僕が先導して廊下を歩きだすと、皇子もそれに従って付いてくる。廊下の隅っこの方で怯えたように様子をうかがっていたメイドさん達に、もう掃除しても大丈夫だよと手を振って合図する。

 メイドさん達は目を見開いていたが、それに構わず僕と皇子は連れ立って敷地内の森へと向かった。



「疲れた……もう歩けん」

「まだ三十分も歩いてないですよ!?」


 元々森だった場所を切り開いて造られた後宮には、手つかずの自然がそのまま残されていた。森の中には清らかな水を小川が流れ、小鳥やリスのような小動物などもたくさんいる。僕の生まれ育った森とはまた違う感じで、僕は歩いているだけで晴れやかな気持ちになった。


 ……が、皇子は最初無言で付いてきていたのだけど、段々と僕から距離が離れ、ついには倒木に腰を下ろして動かなくなってしまった。


「皇子……もしかして運動音痴?」

「ずっと本を読んでばかりだったからな。何か面倒な事があれば、魔力の塊をぶつければ大抵何とかなった」


 皇子は座り込んだままそう言った。見かけはカッコいいのに、中身はなかなかにポンコツっぽい。身長、権力、魔力、知力……全てにおいて負けている僕だが、体力に関しては僕に分があるらしい。


「……何でちょっと嬉しそうなんだ」

「いえ、皇子の新しい一面が見えたもので」


 しかし、こうしてみると皇子も本当に人間なんだなあと思ってしまう。色々と怖い噂が流れているけど、少なくとも僕は皇子をそんなに怖いと思えない。


「……お前は変わっているな」

「私は普通です」


 そう言って皇子は苦笑した。皇子のこうした表情を見たのは初めてかもしれない。それはそれでよかったけど、僕は普通であると断固として言い張りたい。今はちょっと訳あって異常な状況に置かれているが、それは僕の本意じゃない。


「にしても、皇子がこんなにもやしっ子なのは想定外でした。ちょっと待ってて下さい」


 皇子がバテてへたり込んでいるので、僕は少し離れた場所にある樹の下に向かった。僕が両手を伸ばしても届かないくらいの巨木で、樹には赤い実がなっていた。僕の国にもある果物で、山で薪拾いをするとき、おやつ代わりによく食べていた。


「お、おい! 何をする気だ!?」

「木登りです」


 ドレス姿で樹に登るのは初めてだが、僕は太い枝を選んでするすると昇っていく。丁度いい感じに熟れた奴があったので、二つもいで、そのまま来たルートを下る。


 僕が二つの木の実を抱えて皇子の元に戻ると、皇子は青ざめた顔をしていた。貧血だろうか。


「お前、落ちたらどうするつもりだ?」

「落ちませんよ。慣れてますから」


 まだ何か言いたげな皇子に対し、僕は取って来た木の実を一つ差し出す。そして、皇子の横に腰掛け、僕ももう一つの木の実を皮ごと齧る。瑞々しくてほんのりと甘い。小さい頃にジャンとよく食べた味だ。


「……そのまま齧って大丈夫なのか?」

「皇子、食べた事無いんですか?」

「いや、あるにはあるが……大体デザートとして皮が剥かれていたからな」


 もー、これだから皇子様は。皮つきの部分がいいんですよ、皮つきが。さすがにそんな事は言わないが、皇子も僕にならってそのままかぶりつく。どうやらお気に召したようで、僕と皇子は二人並んで黙々と木の実を食べ続ける。


 樹の葉が風に揺れる音や、川のせせらぎ、どこかで鳴く小さな動物の声、穏やかな昼下がりの時間が流れて行く。僕と皇子はずっと沈黙していたが、嫌な感じはしなかった。


「じゃあ、皇子もヘロヘロになっちゃったし帰りましょうか」

「随分な物言いだな。不敬だぞ」

「でも、実際疲れて動けなくなってたじゃないですか」


 僕がそう言うと、皇子は小さく舌打ちしたが、それ以上言及しなかった。へたり込んでいる所を見られたのが効いているらしい。でも、そんな事より、僕にはどうしても確認しなければいけないことがあった。


「皇子」

「……何だ?」

「楽しかったですか?」


 別に僕は皇子に嫌がらせをしたかった訳じゃない。ただ、僕とジャンが子供のころに当たり前にやっていた事を、皇子にもしてみたかった。もちろん好みは人それぞれだし、育ちだって違うだろう。

 でも、皇子だって男なのだ。何かしら琴線に触れるものがあってくれると嬉しい。


「……悪くはなかった」

「そうですか。よかった」


 絶賛されるとは思って無かったけど、不快にも思っていないらしかった。僕に出来るのはこれくらいだ。食べ終えた木の実の芯と種を土に埋め、僕は皇子を先導して帰路に就く。


「待て」


 その時、皇子が僕を呼び止めた。まだ日は高いけど、あまり森の奥に入って迷っては困るし、僕と皇子でかなり体力差がある事を考えると、これ以上は森で遊んでもいられない。


「違う。お前のドレスの裾の部分、破れているぞ」


 皇子が僕のドレスを指差してそう言った。皇子の言うとおり、僕が纏っていたドレスの隅っこが軽く破れていた。慣れない服装で木登りしたせいで、引っかけてしまったらしい。


「あらら……ま、いいですよ」

「いいのか? 女性にとって服は大事なものなのだろう?」


 皇子はそう言うが、これは僕の物じゃなくて国からの支給品だし、皇子の機嫌取りで破れたとか適当に言えばどうとでもなるだろう。つまりどうでもいい。


「大丈夫ですよ。さ、帰りましょう」


 破れた部分を無視して僕が歩き出すと、皇子は無言で付いてくる。それはいいんだけど、皇子の視線がさっきから少し鋭い気がする。何と言うか、獲物の正確な位置を見定めるために視点を合わせる猛禽類みたいな……上手く言えないんだけど、僕の身体をじーっと眺めていた。


「な、何ですか?」


 ずっと睨まれているようで、さすがに僕もちょっと怖くなったので話しかけてみる。


「……気にするな」


 でも、何度話しかけても皇子は気にするなと一点張りだったので、僕は諦めてそのまま後宮へと戻った。大分疲れたが、最後まで何も起こらなかった。


 ……と思っていたのが甘かった。その日の夜、僕は再び皇子に呼び出されることになった。

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