第7話:吸血鬼と家族
「吸血鬼を殺す方法は……人間に恋すること?」
ベッドに座りこんだまま、僕は皇子の言葉をそのまま返した。随分ロマンチックな方法だ。僕の言葉を聞いた皇子は、足を組み直して補足する。
「おとぎ話だ。遥か昔、まだ吸血鬼という存在が居た頃、彼らは夜を支配する王として人間達を糧とした」
「吸血鬼って実在してたんですか?」
「話の途中だ。黙って聞け」
皇子がぴしゃりとそう言ったので僕は口をつぐむ。それを確認し、皇子は再び喋り出す。
「吸血鬼達は己の力に溺れ、権力闘争を始めた。結果、ほとんどの吸血鬼は同族間の争いで滅びた。その中で最後に残った一人は、争いを好まず森の奥でひっそりと暮らしていた。しかし、人間達にとっては吸血鬼が一人でも生き残っているのは脅威だ。奴らは、一人で一国を滅ぼす力を持つ化物だ」
皇子はそこまで言って一息入れ、再び言葉を紡いでいく。
「その吸血鬼は森の奥で暮らしていたせいで、ほとんど外に出てこなかった。吸血鬼は夜に祝福されし者。日の光に晒されなければ人間に勝ち目は無い。だから、人間達はその吸血鬼を倒す事より、機嫌を取ることにした。そのために一人の美しい少女を供物に捧げた」
「つまり、吸血鬼が外に出ないよう、人間側から食事を与えたって事ですか?」
「そんな所だろう。しかし、意外にも吸血鬼はその少女を殺さなかった。吸血鬼も一人で寂しかったのだろう。少女も人間達に見捨てられた者だ。互いに通じ合うものがあったのだろう。少女と吸血鬼は恋に落ちた」
「何だか、ちょっと微笑ましいですね」
僕が相槌を打つと、皇子が皮肉っぽく笑う。
「ここからがオチだ。そうしてある晩、吸血鬼はその少女を抱いた。そして、それが吸血鬼の最期となった」
「え?」
いきなり急展開だ。はぐれ者同士が結ばれました。めでたしめでたしじゃないんだろうか。
「な、なんで……? 実はその女の子がスパイで毒を仕込んだとかですか?」
「そんなものが吸血鬼に効くか。少女に夢中になるあまり、吸血鬼は朝が来た事に気付かなかったのさ。少女を抱いて眠りに就き、差し込む朝日で浄化され灰になった。これが吸血鬼を殺す方法だ。単純だろう?」
「…………」
あんまり後味の良くない話だった。やっとお互いに伴侶をみつけられたのに、吸血鬼は死んでしまった。少女の方も、朝起きて相方が灰になっていたのに気付いた時、どんな気持ちだったんだろう。
僕がしょぼくれた表情をしていたのに気付いたのか、皇子が苦笑する。
「おとぎ話だと言っただろうが。つまり、一晩かけて吸血鬼もどきの俺が、お前を相手にしてやろうと思っただけだ。その気も失せたがな」
それに関しては本当に助かった。おとぎ話だと死んだのは吸血鬼らしいけど、現実だと間違いなく死ぬのは僕の方だ。
「……まあ、あながちおとぎ話という訳でも無いのだがな。現在進行形で俺がいるからな」
「えっ? 皇子って、本当に吸血鬼なんですか!?」
「そんな訳があるか馬鹿。俺が昼間に出歩いてるのは見ているだろう」
そういえばそうだった。
「この後宮は俺が作った物ではない。弟……厳密には弟の側近が提案した物だ」
「そういえば、弟さんがいるんですね」
「知らんのか?」
「あいにく田舎暮らしなもので」
アルフレド皇子が有名すぎるっていうのもあるけど、多分、王族の名前くらい普通の貴族なら把握してるんだろう。でも、僕は王族じゃないんだから知らないのは許して欲しい。
「まったく……これが俺の家族だ。見えるか?」
皇子はやれやれといった感じで椅子から立ち上がり、机の上のランプに火をともし壁を照らした。そこには、小ぶりな肖像画があった。夜だからはっきりとは見えないけど、そこには恐らく国王と王妃、その間に挟まれるような二人の少年の絵が描かれている。
「……あれ?」
その絵を見て、僕は違和感を覚えた。国王と王妃に挟まれた少年、三人は金髪碧眼だ。けれど、黒髪黒目の少年――アルフレド皇子は明らかに浮いていた。心なしか、三人の家族の添え物のようにも見える。
「俺だけが浮いている、と思っているな?」
「え、ええ、まあ……」
僕の考えている事はあっさり見抜かれた。だって明らかに浮いてるんだから仕方ないじゃないか。もしかして腹違いの兄弟とか?
「俺とリュシオンは間違いなく血のつながった兄弟だ。だが、俺だけが見ての通りの有様だ」
皇子はそう言って自分の黒い髪を撫でた。弟さんの名前はリュシオンというらしいけど、全く似ていない。白鳩の家族にカラスが混じってるみたいだ。
「その、こんな事聞いたら失礼かもしれないんですけど、皇子はその……どうしてそういう感じなんです?」
「さあな。だが、俺と違ってリュシオンは『人間』だ。魔力も高いが常識外れでも無いし、俺よりも余程素直で純粋だ」
そう呟く皇子は、心なしか声のトーンが低かった。
「王位継承権は第一皇子である俺にある。だが、リュシオンが継いだ方が余程いい国になるだろう。先ほど言った通り、吸血鬼は人間に忌み嫌われる存在だしな」
「でも、皇子は吸血鬼じゃないんでしょう?」
「だが異質だ。異質な物を人はなかなか受け入れん。ましてそれが帝国の王……自分達の支配者となるならなおさらだ」
確かに、どれだけ立派なリーダーの資質を持っている狼でも、羊たちの群れだったら怯えて近寄りもしない。
「そこで提案があったのさ、俺が好きに出来る後宮を作るから、そこで余生を過ごしてくれないかとな。俺は後宮などどうでもよかったが、それで全てが丸く収まるなら構わんと引き受けた。元々、俺は人の上に立つのは苦手だしな」
「え、でも……皇子はそれでいいんですか?」
今の話を聞く限り、皇子はほとんど追放されたような物じゃないか。それこそ、さっきのおとぎ話の人知れず森の奥に住んでいた吸血鬼みたいだ。
「いいも悪いもない。俺が異端として生まれてきた以上、こうするしかないだろう……少し余計な話をし過ぎたな。もう帰っていいぞ」
そう言って、皇子はばつが悪そうに呟いた。もしかしたら、皇子は誰かに聞いて欲しかったんじゃないだろうか。ちゃんとした女の子だったら皇子を慰められたのかもしれないけど、生憎僕にはそれは出来ない。
僕は皇子の立場なんてよく分からないけれど、父さんと母さんは優しかったし、ミカも色々問題はあるけど大事な家族だ。でも、皇子は遠く離れた後宮という監獄に押し込まれた。ここに来た時の奇妙な静けさは、恐らくそれが原因だったんだろう。
本以外ほとんど何も無い部屋なのに家族の肖像画を飾っているのも、皇子の願望なんじゃないだろうか。本当にどうでもよかったら、そんな物を飾らないはずだ。
「あの……皇子」
「なんだ? 無理に誘った事を謝って欲しいのか?」
「そうじゃなくて、明日、一緒に散歩にでも行きませんか?」
「…………は?」
長い沈黙の後、皇子は目を丸くした。無表情かと思っていたのに、意外と表情に変化があるのが面白い。
女性として振る舞う事は出来なくても、友達としてなら接する事が出来るかもしれない。危険な行為かもしれないのけど、知り合って事情を知った以上、皇子の心が死んでいくのを見ているのはいたたまれなかった。
ずっと本に囲まれてばかりいるより、木漏れ日の下を一緒に散歩するくらいなら僕だって出来る。そう思って反射的に提案してしまった。
――後にこれが想像以上に大変な事になる事を、この時の僕はまだ知らなかった。