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第3話:リリィ=ヘルディン王女

 開始早々、縦ロール・リスティスさんと皇子にはち合わせるトラブルはあったものの、それ以外は特に何事も無く、僕達は祖国の城の何十倍も立派な後宮へ踏み入った。


「うわぁー! すごい! すごいきれいだね!」


 ミカは一応メイドのはずなんだけど、まるで子供みたいに建物を指差してはしゃいでいた。掘を越え、分厚い防壁を抜けた先にあったそれは、本当に荘厳な建物だった。


 森を切り開いて作られたせいか、空気はとても澄んでいて、小鳥の鳴き声がそこかしこから聞こえてくる。馬車や人が通る道は舗装されているけど、それ以外は元々の景観を残しているのか、明るい林道という感じだった。


「でも、なんだか静かすぎる気もするね」


 僕がそう言うとミカも頷いた。僕達は大帝国の後宮なんて来た事が無いけど、イメージではやっぱり煌びやかな令嬢達がひしめきあって、あらあらうふふ、なんて言いながらお菓子をつまみながら紅茶を飲んでいるようなものを想像していた。


 確かに、ここはとても静謐(せいひつ)で美しい場所だ。でも、上手く言い表せないけど、整えられすぎているというか、人の熱気みたいな物がほとんど感じられない。


「なんか、病院とか監獄みたい」


 ああ、それだ。ミカの言葉で、僕は自分のわだかまりが理解できた。皇子様が光り輝く美女たちを侍らせる権力の最高峰の場所のはずなのに、まるでそういう雰囲気が無い。


「あ、あの……」


 僕達がそんな話をしていたら、不意に後ろから声を掛けられた。その方向に振り向くと、木の陰から半身を出して僕達の様子を(うかが)っている少女がいた。僕の妹と同じくらいの、大人しそうな可愛らしい女の子だった。


 美しい銀の髪にはよく(くし)が通っていて、クリーム色を基調とした、飾り気は無いけど上品な感じのドレスを着ている。間違いなく上流貴族だろう。


「申し訳ありません。お話し中だったのですか?」

「いえ、大した話はしていませんよ。ところで、あなた様は?」


 申し訳無さそうに話しかけてきた女の子に僕が問うと、彼女はしずしずと僕達の前に姿を表し、頭を垂れた。


「私はリリィ。リリィ=ヘルディンと申します。ヘルディン王家の第二王女です」


 リリィと言う王女は、はにかみながら僕に顔を向けた。偽王女の僕としては、なんだか騙しているようで居心地が悪い。それにヘルディン王国といえば、縦ロールさんと国力はそれほど変わらなかったはずだ。つまり、僕らからすると雲上人(うんじょうびと)の一人だ。


「丁寧にありがとうございます。私の名前は……」

「シャルロット王女ですね。存じ上げております」

「え? 私の事、知ってるんですか?」


 僕は首を傾げた。僕の国の王女なんて誰も知らないし、そもそもシャルロット王女は実在しないのだ。僕の疑問を感じ取ったのか、リリィ王女は申し訳なさそうに口を開く。


「その、失礼かと思ったんですが、先ほどのリスティス様とのやりとりを見ていたので……」

「あー、なるほど」


 ミカがそう言ってぽんと手を打つ。さっきの変なやりとりの時、確かに僕は名乗った。それをどこかで聞いていたらしい。


 ……まずい。目立たないようにと思っているのに、まだ住居に辿り着かない時点で三人の王族に顔が知れ渡ってしまった。しかも一人は皇子だ。


「それで、リリィ様は私達に何かご用でしょうか?」


 僕が背中に冷や汗をかいている間に、ミカは何ともない様子でリリィ王女に尋ねていた。相手は王族だというのに全く物怖じしないのはすごい。というか、王族というもの自体あんまりピンと来てないだけかもしれないけど。


 僕は、まるで友達に話しかけるみたいな雰囲気のミカを羽交い締めにしようとした。でも、リリィ王女は面白そうにくすりと笑う。少なくとも、そこに悪意は感じ取れない。


「いえ、大した用では無いのです。あなた方はリスティス様に牽制されているというのに、とても堂々としていたので感心してしまって」

「えっ」


 一体あの変なやりとりのどこに感心する要素があるのか、僕にはさっぱり分からなかった。そんな僕の困惑を放置し、リリィ王女は何故か目を輝かせて僕の方を見る。


「リスティス様は皇子の正妻になろうと必死なんです。だから、新しい女性が来るたびにああして恐ろしい剣幕で詰め寄るんです。お前みたいにチビで胸の小さい女は相応しくないとか……その、恥ずかしいお話なのですが、私はあまりの怖さに泣いてしまいまして……」


 僕は吹き出しそうになっていたのだけど、リリィ王女はその時の様子を思い出したようで、小さな体をぶるりと身震いさせた。見た感じ、リリィ王女はとても大人しそうだし、小さな女の子が数十人に囲まれるという状況は確かに恐ろしいのかもしれない。


 僕は育ちもよくないし、そもそも男だから体型とかで馬鹿にされても意味が無いんだけど。


「それで、シャルロット王女。その……私と、お友達になっていただけませんか?」

「えっ、わ、私と!? さっきの話聞いてたなら分かるだろうけど、私、ものすごいド田舎の第二王女ですよ?」


 本当は第二王女ですら無いのだけど、リリィ王女は何故か僕の言葉に嫌がるどころか、ぱっと表情を輝かせた。


「まあ! あなたも第二王女なのですね! とても嬉しいです! きっとシャルロット王女も身代わりに皇子の生贄に捧げられたのでしょう? 私も第二王女ですから、姉の代わりにここに送り込まれたのです」

「ま、まあ……代理ではあるんですけど」

「やっぱり! 私達、こうして出会うのはきっと運命だったのですよ。ここはとても怖い人達が沢山いて、お友達がいなくて心細かったのです。その……駄目、でしょうか?」


 リリィ王女は捨てられた子犬みたいな目で僕を見た。本人は意識して無いんだろうけど、そんな風に見られて駄目って言う方が無理がある。


 それに、冷静に考えてみればシャルロット王女は存在しないから、この役目が終わったら存在を抹消される事になっている。病死した事にするとか、事故にあったとか、とにかくそういう処理のされ方をされて、僕は報酬を貰ってシャールに戻るのだ。


 だったら、その間くらいは心細い王女様の支えになってあげてもいいかもしれない。まあ僕に出来る事はほとんどないだろうけど。


「いいですよ。私も全然勝手が分からなくて困っていたんです。うちは新米メイドのミカしかいませんし、私も生贄でここに送られてきたようなものですから。お互いに少しでも過ごしやすくしましょう」

「ほ、本当ですか! やったー!」


 リリィ王女は両手をぐっと握って喜んでいた。今までよっぽど心細かったのかもしれない。考えてみれば、今まで箱入り育ちだったのに、いきなり親元を離されて、怪物みたいな皇子の所に送り込まれてるんだから当然かもしれない。


「リリィ王女、あんまりはしゃぐと……あっ!」

「きゃっ!」


 リリィ王女はぴょんぴょん飛び跳ねて全身で喜びを表していたが、着地の時にバランスを崩して転びそうになる。間一髪、僕はぎりぎりでリリィ王女を抱きとめた。普段から鍛錬を積んでいるけど、まさかこんな風に役立つ日が来るとは。


「ほら、こうなるから注意をした方がいいですよ」

「あ、ありがとう……ございます」


 リリィ王女に注意を促すと、彼女は何故か顔を真っ赤にしていた。まあ、人前ですっ転びそうになったのを助けられたら恥ずかしいよね。


 それに、あまり王女の体にべたべた触るのも不敬だし、間近で見られて男だとバレても困る。僕は彼女を立ち上がらせ、ミカに彼女のドレスの裾を整わせた。僕がやってもいいのだけど、一応ミカも従者っぽい事をさせておかないと。


「じゃあ、私達は一度、泊まる部屋の確認などがありますので失礼します。ではリリィ王女、また後でお会いしましょう」

「…………」

「あの? リリィ王女?」

「えっ! あっ! はい!」


 何だかぽーっとした表情で呆けているリリィ王女の顔の前で、僕はひらひらと手を振った。するとリリィ王女は弾かれたように大きな声で返事した。

 僕とミカはそのまま会釈し、リリィ王女の元から離れ、林道を抜けるために再び歩き始めた


「……シャルロットお姉様」


 後ろでリリィ王女が何かを呟いたような気がしたけど、それはとても小さな声だったので、僕にはよく聞こえなかった。

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