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第2話:縦ロールと皇子様

 僕達は二週間ほどかけ、アルフレド皇子の住まう後宮へと辿り着いた。てっきり帝国の中心部にあると思っていたのに、首都からずっと離れた森を切り開いた場所にあったので、思っていたより時間が掛かった。


「うわぁ……おっきい……」


 何かちょっと変な事を想像した人がいるかもしれないけど、これは僕の隣にいるミカが発した言葉であり、対象はもちろん後宮の建物の事だ。決して変な意味ではない。


「いや、本当に……おっきいね」


 僕達はその馬鹿馬鹿しい程の規模に、語彙力(ごいりょく)を失い、ひたすら「大きい」を連呼していた。帝国第一皇子のために用意された後宮は、それほどまでに立派な代物だった。というか、僕の国はもちろん、そこらの王城よりよっぽど精巧で重厚だった。


 城の周りには堀があり、跳ね橋を使って外敵の侵入を防ぐようになっている。さらに建物は高く頑強な壁で覆われ、大砲をうちこまれてもびくともしないような堅牢さを誇っていた。まるで戦闘要塞(せんとうようさい)だ。今は橋は下ろされていて、通り抜ける事が出来る。


「んじゃ、俺はここまでだ。あとはシャルロット王女とミカで何とかやってくれ。でもいいよなぁ、後宮って、すげえ美味いもんとか、綺麗な部屋が用意されてんだろ。しかもハーレムだ。男の夢だぞ」

「僕が男として君臨出来ればそりゃいいけど、女として入らなきゃならないんだから全然嬉しくないよ」


 後宮に足を踏み込めるのは女性のみ。男性は相応の身分でなければ門を潜る事すら許されない。ジャンと他の兵士達は、堀の外に用意された簡易宿泊所のような場所で警備に就く事になる。

 簡易といっても、僕の国の中心街よりよっぽど栄えているのだけど。


「じゃ、行きましょ! おにい……シャルロット王女。私、こんなすごい所に来たの初めてだよ!」


 僕を促したのはミカだった。確かに、観光として来るなら僕だって喜んだかもしれないが、僕はこれから女の園で、皇子以外の唯一の男性として過ごすのだ。バレたら斬首にされてもおかしくない。なるべく目立たないように過ごさねば。


「ちょっと! そこのあなた達!」


 僕が目立たないようにと考えながら門を潜った一秒後、甲高い女性の声が響いた。僕とミカがそちらを振り向くと、少し離れた場所に、なんだかすごい人がいた。


「縦ロールだ……」


 声の主はもちろん女性だった。煌びやかな装飾の付いたドレスに身を包んだ、見るからに身分の高そうな美人だった。でも、それより僕は、彼女の髪型が目に焼き付いた。腰まで伸びた艶やかな亜麻色(あまいろ)の髪に、大量の縦ロールをぶら下げていたのだ。


 その縦ロールを見て、僕はなんとなくムカデの足を思い浮かべた。あのネジのような大量の縦ロールで相手を絡め取って食べるのだ。


「ちょっと、あなた聞いてるの!? このわたくし、リスティス=シャルフリフターが話しかけているというのに!」


 縦ロールさん。もといリスティスと名乗る女性は、苛立った口調で僕を睨みつけた。彼女の後ろにはメイドが二十人くらい付き添っている。僕達とはえらい差だった。彼女は僕達の貧相な身なりを見て、あざ笑うような表情をしていた。


「新しい子が入ってくると聞いたから、シャルフリフター王国の第一王女のわたくしがわざわざ出向いてあげたというのに、その必要も無かったわね。従者はチビ一人。肝心の王女様は何から何まで貧相なこと」


 縦ロールさんは僕達を眺め、クジャクの羽根で作った扇で口元を覆った。僕のドレスはうちで手に入る物としてはかなり上質ではあるのだけど、おそらく彼女の連れているメイド達のほうが上質な物を着ているのだろう。


「ねえ、シャルフリフターって、どこ?」

「はあ!?」


 ミカが縦ロールさんを無視して僕にそう聞いた。僕が答える前に縦ロールさん……じゃなかった、リスティスさんが驚愕の表情を浮かべた。


「あ、あなた達、まさかわたくしを知らないの!? どれだけ無知なのよ!」

「い、いえ! うちのいも……メイドが失礼しました! 国は知ってます! 国は!」


 あやうく妹と言い掛けてしまったが、僕は慌ててフォローした。両親が亡くなって以来、僕はお城で父の仕事を継ぎ、妹はもっぱら家事や近所の農家の手伝いをして過ごしているのだから、他国の事なんか知らなくても仕方ない。


「国なんかどうでもいいのよ! このわたくし、リスティス様を知らない事が重要なの!」


 どうも僕のフォローは彼女の怒りの火に油を注いでしまったらしい。


 この大陸の権力図は『ヘルシャフト帝国とゆかいな仲間達』という感じなので、ヘルシャフト帝国は子供でも知っている。でも、田舎の平民なら他国なんか知らないのが当たり前だったりする。ましてその国の王女様だの王子様だのは、平民出身の僕からしたら雲の上の神様とあまり変わらない。


「まったく……まさか貴族でわたくしの名を知らない人間がこの世界に存在するなんて……まあいいわ。この機会にその芋メイドと一緒にしっかり覚えておく事ね。この後宮で皇子の正妻になる、このわたくしの名を!」


 縦ロールをぐりんぐりん揺らしながら、リスティスさんはポーズを取った。周りに控えているメイドさんたちも、その動きに合わせるように位置を変える。まるで舞台劇みたいだ。


「あなた、名前はなんていうのかしら?」

「え? ぼ……私はシャルロットと言います。それでこっちがメイドのミカです。出身国は……」

「ああ、そこまででいいわ。わたくしの名を知らないような小国の人間なんて相手にする気はないから。ただ、わたくしだけが名乗って、あなた達が名乗らないというのが許せなかっただけよ」


 そう言って、何がおかしいのか分からないがリスティスさんは「おほほ!」と高笑いした。周りのメイドさんたちは、それに合わせて一斉に拍手をする。みんな無表情だ。


「あの人、何かヘンだね」


 ミカが小声でそう呟いたので、僕はドレスに隠して妹の足を踏みつけて黙らせる。いや、僕も全くの同意見なのだけど。


 どうでもいいんだけど、僕達の事を相手にする気が無いなら早く立ち去って欲しい。僕たちだって長居する気は無い。お互い干渉しないのが一番なのだ。けど、リスティスさんは中々高笑いをやめてくれず、メイドさん達もいつまでも拍手していて手の平が赤くなっていた。


 その時、突如、城壁がどごん、と大きな音を立てた。巨大な『何か』をぶつけたような感じで、大砲ですら傷付かなそうな鉄の壁が円形にへこんでいた。


 さすがのリスティスさんもこれには驚いたのか、衝撃でひっくり返っていた。頭が重いのか知らないけど、起き上がれない彼女を、メイドさん達が慌てて駆け寄って助け起こす。


「やかましい」


 リスティスさんが立ちあがるのとほぼ同時に、物陰から誰かが姿を現した。低いけどよく通る声は男性のもので、この後宮で男性といえば一人しかいない。


「あ、アルフレド皇子……」


 さっきまで僕を虫けらみたいに見ていたリスティスさんは、今は悪戯がバレて叱られた子供みたいに怯えていた。目の前に現れたのは、宵闇の皇子アルフレドその人だった。


 男の僕が言うのも変だけど、彼は本当に綺麗な人だった。眉目秀麗(びもくしゅうれい)という噂は耳にしていたけど、そんな言葉では言い表せない。


 (からす)濡羽色(ぬればいろ)をした光沢のある髪に、黒曜石のような瞳。なのに肌は透き通るように白く、彼の上半身に纏っている純白のシャツと、黒のズボンで見事なツートンカラーになっていた。


 人間離れしているとはよく言ったもので、彼に金箔でも塗りたくって美術館に飾れば、間違いなく皆それを見に来る人で殺到するだろう。

 

「お、皇子……いらしていたんですね。いつもお部屋にいるものですから、お、驚きましたわ」

「ここは俺の後宮だ。俺がどこで何をしようが勝手だろう」


 リスティスさんが愛想笑いを浮かべるが、皇子は冷たい視線を向けただけだった。彼は分厚い本を持っていて、たぶん近くでそれを読んでいたのだろう。


 皇子に睨まれたリスティスさんは、蛇に睨まれたカエルみたいに固まっていた。皇子は今度は僕の方を見た。表情は相変わらず氷のように冷たい。


「お前が新入りか。俺の噂は知っているだろう? 命が惜しかったら俺の気を損ねない事だ。俺は、キンキンうるさい女という生き物が大嫌いなんでな」


 皇子はそれだけ言うと、踵を返してどこかに去っていった。

 後に残されたリスティスさん率いるメイド軍団と僕とミカは、しばらくの間そこに立ち尽くしていた。


「ふ、ふん! 命拾いしたわね! いいこと? わたくしは本気で正妻を目指しているの! 世間では『皇子は若き乙女の魂を食う』なんて言われてるけど、そんなの馬鹿馬鹿しいったらないわ。まあ、せいぜいわたくしを引き立てる糧となってちょうだいね」


 捨て台詞を残し、リスティスさんはメイド軍団を引き連れて皇子とは反対方向に去っていった。僕とミカは何だかよく分からないまま、しばらくそこに突っ立っていた。


「な、なんかよく分かんないけど、後宮って色々めんどくさそう……」

「そ、そうだね……」


 ミカの言葉に僕も同意した。一歩踏み込んだだけでこの有様だ。それほど長い時間を過ごすつもりはないけど、その期間を果たして僕は無事過ごせるのか、少し不安になった。


 それと同時に、僕の頭にある疑問が浮かんだ。皇子は『俺は女という生き物が大嫌いだ』と言っていた。だったら、なんで後宮なんて作ったんだろう?


 その理由を色々考えてみたけれど、僕にはうまい答えが思い浮かばなかった。

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