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第18話:ある吸血鬼と少女のお話

「……おとぎ話?」


 足の折れた僕は地面にへたり込んだまま、マチルダ率いる兵士達に一人で立ち向かうアルフレド皇子を見上げた。皇子の顔はいつも通り平静を保っていて、とても錯乱しているようには見えない。


「辞世の句を告げるくらいは許してあげます。でも、魔法の詠唱をされるとやっかいですからね」


 マチルダはそう言って、左手を上げる。すると、木々の奥から何かが蠢くのが見えた。

 巨大な影は後宮に植えられた木をなぎ倒しながら、ゆっくりとその姿を僕達の前に現した。


「ひ、火吹き竜!?」


 僕は仰天して叫んだ。マチルダの後ろに現れたのは、怪物である火吹き竜だ。

 竜といっても伝説に出てくるドラゴンではなく、文字通り火を吐く巨大な生物。

 熊の倍くらいあるその姿は、まるで岩が動いているみたいに見えた。


「なるほどな。出火の原因はそいつか。誰も火を使っていないのに、妙に火力が強いと思った」

「その通りです。念のためと思って飼いならされた物を用意するのは苦労しましたよ。夜に紛れてなんとか忍びこませようと思っていましたが、皇子が無駄な買い物をしてくれて非常に簡単に運び込めました」


 火吹き竜はマチルダの横まで歩いてくると、甘えるように鼻づらを彼女に押し付けた。

 それなりに知能があるせいか、火吹き竜は子供の頃から飼育すると人に懐くと聞いた事がある。

 恐らく、マチルダは馴致(じゅんち)された竜を仕入れていたのだろう。


「それでわざわざ鉄箱などに衣裳や宝石類を入れてきたわけか。厳重すぎると思ったが、そいつを隠すためか」

「その通りです」


 マチルダは自慢するような口調で、火吹き竜の頭を撫でる。


「さて、なんでしたっけ? ああそうだ、おとぎ話でしたね。私としても是非興味があるので、どうぞ存分にお聞かせ下さいな」


 マチルダはあざ笑うようにそう言った。

 僕も皇子が時間を稼いで、そのうちに呪文か何かを詠唱して兵士を丸ごと吹き飛ばすのかと思っていた。でも、さすがにあの怪物が陣取っていてはその隙が無い。


「お、皇子……」

「では始めるとするか。吸血鬼の話は様々あるが、一番有名なのは吸血鬼を殺すために少女が身を捧げ、そのうちに日が昇り吸血鬼は塵となった。というものだ」


 僕の心配をよそに、皇子は普通におとぎ話を始めてしまった。

 この人はいつも何を考えているのか分からないが、今日はさらに輪をかけて意味不明だ。


「それがどうしたというのです? そんなものは誰でも知っていますよ」

「そうだ。ここまでは誰もが知っている。だが、この話には続きがある」


 そう言って、皇子は平然と話を続ける。


「少女は吸血鬼を殺すために身を捧げたのではない。吸血鬼と少女は愛しあっていたんだ。だが、自分が居ては少女は二度と人里に帰れないと思い、吸血鬼は自らを滅ぼした」

「え……?」


 それは聞いた事の無い話だ。でも、皇子の話はさらに続く。


「そしてもう一つ。吸血鬼が死んだ後、彼が遺した者がある。少女は吸血鬼の子を宿していた。そして、少女は人里へは戻らず、ひっそりと吸血鬼と人間のハーフの子を産んだ。そしてその子は、人間としては類まれな力を使い覇者となった。その男の名はヘルシャフト」


 そこまで聞かされ、マチルダの表情に初めて困惑の色が浮かぶのを、僕は見逃さなかった。

 というか、僕自身も困惑している。


「ヘルシャフトって……まさか!?」

「その通り。ヘルシャフト帝国の初代の王だ。つまり、俺は正真正銘の吸血鬼の末裔という訳だ」


 吸血鬼なんておとぎ話だと思っていた。

 でも、その伝説を受け継ぐ人物が、僕の目の前で喋っている。


世迷言(よまいごと)を! 今の国王も、リュシオン皇子も普通の人間じゃない!」

「怒鳴るな。国家転覆を狙っている癖に小物の器がバレるぞ」


 皇子が皮肉っぽく笑うと、マチルダの表情が真っ赤になる。

 この人、プライド高そうだしこういう煽り方されると相当腹が立つのだろう。


「い、いいから質問に答えなさい!」

「……まったく。これはもう遥か昔の話だ。人と交わり続ける事で、吸血鬼の血はだんだん薄れ人間の血が濃くなっていった。だが、その血は確実に眠っている。そして、ごく稀に遺伝子という奴は悪戯をするのさ」

「イデンシ?」


 マチルダさんが聞き慣れない単語を皇子に聞き返す。僕も聞いた事のない言葉だ。


「本当にお前は浅学だな。過去の文献を少しは読んでみてはどうだ? まさか、人間はすべて神から能力を授けられると思っているのか? 違う。人間や他の生物も、全ては遺伝子というものを持っている。簡単に言うと生命の設計図だな」


 そうして皇子は、自分の姿をさらけ出すように、マチルダや兵士達の前に両手を広げた。


「そうした設計ミスが俺だ。下の方に押し込められていた吸血鬼の遺伝子がたまたま浮上してきたのだろう。そうして俺という化け物が出来上がった」

「あの、それ、本当なんですか?」


 あまりにも荒唐無稽すぎて、僕はつい皇子に尋ねてしまった。


「俺自身のことだ、俺が一番真剣に調べた。おそらく間違いないだろう」


 皇子は僕の方に顔だけ振り向くと、真顔でそう言った。

 確かに、そう言われると一応つじつまは合う。

 皇子だけが強大な魔力を持っている事、リュシオン皇子や他の家族と明らかに外見が違う事。


「ふん! それでお話はおしまいかしら? あんたが吸血鬼の末裔だろうがなんだろうがどうでもいいのよ。そこの田舎姫と仲良く焼け死んでしまいなさい!」


 そう言って、マチルダは皇子と僕を指差す。

 おそらく、火吹き竜に僕達を襲わせるつもりなのだろう。

 あんな巨大な火を吐く化け物が相手じゃ、マチルダの兵士が全員こっちに付いたとしても勝てっこない。


 でも、火吹き竜は動かなかった。

 それどころか、マチルダの後ろに隠れるように一歩下がった。

 まるで母親の影に隠れる子犬みたいだ。


「何をしているの! さっさとあのヒョロ皇子に火を吐きかけなさい!」


 マチルダが激昂して火吹き竜をけしかけようとするが、竜は微動だにしない。


「来ないのか? なら、俺の方から出向いてやろう。どうした大トカゲ? 相手になってやるぞ?」


 皇子が一歩踏み出すと、火吹き竜は巨大な体をぶるりと震わせた。

 そして、皇子が近付くたびにどんどん後ずさりをする。


「ギャオオオォ!」


 緊張に耐えきれなくなったのか、火吹き竜はものすごい勢いで反転し、森の奥へ姿を消した。

 僕は理解が追いつかず、あんな大きな竜も逃げる時は尻尾を腹の下に回す犬みたいな動作をするんだなと、そんな場違いな事を考えていた。


「な、なんなのよ! でかい図体してとんだ臆病者ね! 仕方ない、あんた達が代わりにやりなさい!」

「で、ですがマチルダ様……相手はあの皇子ですよ!?」

「だからなんだっていうの!? 全員で突撃すれば防ぎようがないでしょ! それとも、国に帰って私に処刑されたい!?」


 マチルダが激を飛ばすと、兵士達が一気に襲い掛かってくる。

 多勢に無勢。とはいえ、僕は骨折してるし、皇子一人で逃げるにしても無理だ。

 こんな状況なのに、皇子は苦笑しただけだった。


「獣のほうがよほど聡明だ。勝てない勝負を本能で理解している」


 皇子はそう言って、首を右から左にぶん、と振った。

 その直後、ほとんどの兵士が一斉に吹き飛んだ。


「……は?」


 僕とマチルダが同じ声を出した。

 何? 何なのこの状況?

 ほんの一秒前まで大声で叫んで突っ込んで来た兵士達は、一秒で叩きのめされた。


 なんかぴくぴく動いているから生きてはいるんだろうけど、どう考えても戦闘続行不可能だ。


「魔法の詠唱する暇を与えないために火吹き竜をセットしたのだろうが、悪いが俺は詠唱というのが嫌いでな。長ったらしくだらだら喋るのは嫌いなんだ」

「ば、化け物……!」


 マチルダの顔が真っ青になるのが暗闇の中でも手に取るように分かった。

 皇子は、さっきの首の動きで横なぎに魔力を放出したんだろう。

 敢えて表現するなら魔力のムチだ。

 極めて雑な方法だけど、元々の魔力が尋常じゃないから出来る荒技だ。


「そうだ。俺は化け物だ。だが、今は化け物であった事に少しだけ感謝している。俺のお気に入りを傷つけ、田舎者と罵倒した輩に泡を吹かせられるのだからな」


 それってもしかして僕なんだろうか。

 などと思っていたら、マチルダは急に身を翻し、脱兎のごとく逃げ出す。

 もちろん、気絶している部下達は放置してだ。


「逃げられるか。馬鹿め」


 皇子は指先をぴんと弾く。すると、マチルダが後ろから殴られたみたいにばたりと倒れ、動かなくなった。


「こ、殺しちゃったんですか!?」

「そうしてもいいのだが、気絶させただけだ。死んでしまっては断罪も出来んからな」


 皇子は平然とそう言い放ち、地面に伸びているマチルダから目をそらした。

 そっちの件はもう片付いた、という感じだ。

 それから皇子は、別の方を振り向いた。


「それでは本題に入るとするか。怪我をしていて悪いが、少し待っていろ」

「え?」


 僕が呆けたままでいると、皇子はある一角へ足を向けた。

 そこには、先ほどまで拘束されていたリュシオン皇子が倒れていた。


「兄さん……僕、こんなつもりじゃ……」


 周りの兵士は気絶していたが、リュシオン皇子は意識を保っていた。

 もしかしたら、そこだけ上手く調整したのかもしれない。


「さて、と……俺に対しこれだけ狼藉を働いた従者の主であるお前には、それ相応の責任を取ってもらわねばな」


 そう言って、アルフレド皇子は、氷のような目でリュシオン皇子を見下ろしていた。

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