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第17話:おとぎ話をしてやろう

 ここは一体どこなんだろう。真っ暗で何も分からない。

 全身の感覚が失われ、僕が今どんな状況なのか、何でこんな事になっているか分からない。


「……! ……!」


 朦朧とした意識の中、誰かが何か懸命に叫んでいるのが分かった。

 そうだ。僕は何かとても大切な事をしている途中だったんだ。戻らなきゃ。


「……ぅ」

「シャルロット! 目を覚ませ! シャルロット!」


 僕が目を開けると、端正な顔立ちの黒髪の青年が見えた。

 青年は僕を覗きこみながら、泣きそうな顔で必死に叫んでいた。

 そうだ、彼はアルフレド皇子だ。

 でも、なんで彼が僕を見ているんだろう。


 そうだ、少しずつ思い出してきた。

 確か火事があって……僕は皇子を抱えて窓から飛び降りて……。


「そうだ! 火事! あ痛っ!」


 そこでようやく僕は我に帰った。どうやら僕は飛び降りた後、気を失っていたらしい。

 慌てて飛び起きようとしたが、全身が痛くてろくに身動きが取れなかった。

 僕はそのまま仰向けに伸びていたが、皇子は心底ほっとしたような安堵の表情を浮かべた。


「よかった……意識が戻ったんだな」

「ええ、まあ。全身痛くてしょうがないですけど」


 まだ上手く喋れないが、なんとか普通に会話出来た。

 とにかく痛くてたまらない。細かいダメージは分からないけど、全身打撲は間違いないだろう。

 足はズキズキ痛むし、間違いなく折れている。


 それでも僕は安心した。痛いという事は、まだ生きている証だから。

 僕は仰向けになったまま、そのまま夜空を眺めた。

 皇子の部屋の窓からは、炎が噴き出し、黒煙が空にもうもうと立っている。

 多分、それほど長くは気絶していなかったと思うから、間一髪といったところだ。


「無茶な事をするな! 死ぬ気か!」

「死ぬ気だったのは皇子でしょう?」


 皇子が僕を咎めるような事を言ったので、僕も言い返すと、皇子は珍しく言葉を詰まらせた。


「僕だって死ぬつもりじゃありませんでした。でも、生きるためにはああするしかなかったんです」


 喋ってるうちに少しずつ落ち着いてきたので、僕は全身に鞭打って、腕を使ってなんとか上半身だけ起こす。あたりを見回すと、滅茶苦茶に折れた木の枝が大量にちらばり、整えられた茂みもぐちゃぐちゃになっていた。


 窓から外を見た時、なんとか飛び移れそうな距離に木があったのと、下に植え込みがあった。それに、他の場所と違って地面は舗装されていなくて土だ。


 僕は子供の頃、木のぼりをして落ちた事がある。

 あの時とは高さは比べ物にならないけど、木や茂みをクッションにして足から落ちれば生き残れる可能性があった。もちろん、皇子を抱えて出来る自信はまるでなかったけど、あのままじゃ絶対に二人とも焼け死んでいた。


 どうやら僕は、分の悪い賭けに勝ったらしかった。


「……なぜ、俺をそこまでして助けた? お前は俺から逃げたかったのだろう?」

「僕は皇子が嫌いじゃないですよ。まあ、色々事情もありまして。それに、こんな終わり方、あんまりじゃないですか」

「あんまりじゃないですかって……それが理由なのか?」

「ええ、まあ」


 はっきり言って馬鹿だと思う。僕の事だけを考えたら、僕は皇子を見捨てて逃げ出すべきだった。

 でも、だって、こんな終わり方はあんまりだ。

 だから抵抗した。それ以外の理由はない。理屈で冷静冷徹に動ける程、僕は頭が良くないのだ。


「……そうか。お前には助けられてばかりいるな」

「これに懲りたらもう二度とこんな真似しないでくださいね。皇子が最初から逃げてれば、僕だって決死のダイブなんかしなくてよかったんですから」

「……すまん」


 僕が本気で苛立ちを現すと、珍しく皇子が素直に謝った。


「よろしい」


 その様子がおかしくて、僕はこんな状況なのに少し笑ってしまった。それにつられるように皇子も少しだけ口元を緩める。


「もう少し建物から離れたほうがいいな。燃え落ちた瓦礫が当たるかもしれん。立てるか?」

「いや、ちょっと無理ですね……」


 皇子の方は木の枝とかで切ったのか、擦り傷程度で済んでいる。

 僕に関してはひどいものだ。骨折と全身打撲だけで済んだのは奇跡だ。

 間違いなく足は折れている。

 

「ここに居たのですか。探しましたよ」

「マチルダさん!?」


 誰か救助を呼ばないと、と思っていた矢先、不意に聞き覚えのある声が耳に入った。

 僕がへたり込んでいる先に居たのは、マチルダさんだった。

 マチルダさんは兵士をたくさん連れていて、僕達の前に姿を見せた。

 よかった。渡りに船だ。


「助かりましたね。皇子!」

「……いや、その逆だ」

「え?」


 皇子がマチルダさんを凄い形相で睨んでいる。マチルダさんの方は、腕組みをしながら馬鹿にしたように僕と、それにアルフレド皇子を見ていた。


「念のため皇子の部屋周辺に見張りを置いて正解でした。まさか、皇子を抱えて飛び降りるとは思っていませんでしたが。やはり田舎のお姫様には猿の血でも混じっているのかしらね」


 マチルダさんは僕の方を見ると、小馬鹿にするようにそう言った。


「この火災、お前が原因だろう。マチルダ」

「……ぇ?」


 皇子の言葉が一瞬理解出来ず、僕は言葉を失った。

 え? だってマチルダさんはリュシオン皇子の側近で、ということは、皇子の仲間じゃ?


「後ろの方をよく見てみろ」


 僕の疑問に答えるように、アルフレド皇子がマチルダさんのさらに奥に視線を向ける。

 そこには、リュシオン皇子が立っていた。

 でも、様子がおかしい。リュシオン皇子は屈強な兵士達に拘束されていた。


「最初はリュシオンが俺を疎んでいたのかと思ったのだがな、薄々感づいてはいたが、お前が裏で糸を引いていたのか」

「ご名答。アルフレド皇子は聡明でいらっしゃいますね。お陰でなかなか隙を突けず大変でした」


 マチルダさんは意地悪く笑いながら、アルフレド皇子の刺すような視線を流した。


「兄さん! 僕はこんなつもりじゃ……!」

「リュシオン皇子、あなたは少し黙っていてもらいましょうか。あなたは傀儡(かいらい)として王位を継いで貰わねばなりませんので。余計な口出しは無用ですから」


 マチルダさんの口ぶりで、僕はようやく状況をなんとなく理解出来た。

 マチルダさんは……いや、マチルダは最初からこうなる事を計画していたんだ。


「アルフレド皇子、あなたはとても強力かつ知的なお方です。ですが、それだと私としては困るのですよ。聡明な方が王になられてしまうと、私の介入する余地が無くなってしまいますので」

「最初からそれが狙いか。王位ならリュシオンに譲ったと言っているのだがな」

「ええ、ですが、人間は心変わりする生き物ですからね。いなくなってもらうのが一番なのですよ」


 マチルダは皇子に返事した後、ちらりと僕の方を見た。


「シャルロット王女、あなたには本当に感謝していますよ。あのアルフレド皇子があなたに入れ込んでくれたお陰で、簡単に下準備のための人員を動員する事が出来ましたし、軍資金も得られましたからね」

「……俺の注文からピンハネして兵士を賄賂で買収したか。横領に暗殺、国家反逆罪の重罪だぞ」

「ええ、でもバレなければいいのです。ここにいる兵士達は皆、私の部下ですから。リュシオン皇子が何か騒いだとしても、彼以外証人がいなければ立証しようがありませんからね」


 マチルダは心底おかしそうにくすくす笑う。

 これまで見た事が無いほどの人間の邪悪さに、僕は怒りと恐怖がないまぜになる。


「シャルロット王女、あなたが皇子の気を引いてくれて本当に助かりました。だから逃げるのも見逃してあげたのに、わざわざ戻ってくるなんて本当に馬鹿な人」

「僕の……せい?」


 僕がこの後宮に来たせいで、こんな大惨事になった?

 僕だって来たかったわけじゃないけど、確かに、僕が皇子に余計な介入をしなければ、皇子が僕にここまでのめり込む事はなかったかもしれない。


「自分は頭が回るような口ぶりだが、マチルダ、お前は案外馬鹿だな」


 そんな状況に冷や水をかけるようなセリフを、アルフレド皇子が平然と言い放った。


「なんですって!?」


 圧倒的優位に立っているはずなのに、平然としているのが気に食わないのかマチルダの表情が歪む。でも、皇子は逆に氷のような目でマチルダさんを眺めている。


「俺がこいつに入れ込んだのは、俺自身が気に入ったからだ。シャルロットは巻き込まれただけだ。非は一切ない。つまり、馬鹿なのは俺だけという訳だ」

「ふん! 自分が馬鹿である事を認めるのですね」


 マチルダはまだ若干いらついているようだけど、多少溜飲が下がったらしい。

 いくら皇子が強力な魔力を有しているとしても、身体能力はそれほどでもないし、兵士の数は数十は下らない。しかも、みな屈強な者ばかりだ。


「俺は自分が利口だと思った事は一度も無い。むしろ、馬鹿さゆえにシャルロットに怪我をさせてしまった。だから、俺が責任を取る」

「なるほど、自死されるというのならそれはそれで結構。シャルロット王女は生かしてあげますよ」


 マチルダはそう言い放つが、それが嘘なのは僕だって分かる。

 なんでこんなべらべらとネタばらしをするのか、それは、マチルダが僕も皇子も生かして返す気が無いからだ。それくらいは僕だって分かる。皇子だって気付いているだろう。


「……ひとつ、おとぎ話をしてやろう」

「おとぎ話?」


 状況に似つかわしくないセリフに、マチルダだけではなく僕も怪訝(けげん)な表情になる。

 でも、アルフレド皇子は相変わらず態度を変えず、マチルダ率いる数十の兵士相手に一歩前に出る。


「第一皇子アルフレドからの最後の言葉であり、どこの文献にも載っていない物語だ。聞いておいて損はないぞ?」

「辞世の句代わりですか? まあいいでしょう」


 余裕なのか、あるいは『どこの文献にも載っていない』という文言に惹かれたのか、マチルダはアルフレド皇子に先を促した。もしかしたら、皇族に関係するメリットのある話かもしれないと踏んだのかもしれない。


「では話してやろう。昔話の吸血鬼と、一人の少女の後日譚をな」

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