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第16話:燃える後宮

 ミカを森に隠したまま、僕は再び後宮へと走る。

 あれだけ出たいと思っていて、その最中にトラブルが起こるなんて、天が僕に味方したのかもしれない。

 でも、僕は今、その天の救いを敢えて投げ捨てようとしている。


 自分でもよく分からないけれど、今はそうしなければならない気がする。


「ああもう! ドレスって走りにくい!」


 着替えている暇が無かったので、僕はドレス姿のまま夜の森を走り続ける。

 幸か不幸か、後宮からそれほど離れていない位置で気付いたので、この動きづらい格好でもなんとか戻る事が出来た。


「やっぱり……!」


 門番か何かいるかと一瞬警戒したけど、僕が門の所に到着した時には誰も居なかった。

 その代わり、赤々と燃える皇子の住む建物が見え、夜だというのにその周りで大騒ぎになっていた。

 

「シャルロット姫! ご無事だったのですね!」


 僕が建物から少し離れた場所で立っていたら、駆け寄ってくる一人の女性が見えた。


「マチルダさん!?」

「先ほどから探していたのですよ。でも姿が見当たらなくて、もしかしたら火災に巻き込まれたものかと」

「い、いえ。それはですね……」


 さすがに脱走を企てていたから無事でしたとは言えず、僕は口ごもる。

 そこで僕は、ある事に気がついた。


「皇子は!? 皇子は無事なんですか!?」

「リュシオン皇子ならご無事です。私たちは輸送隊として別の建物に待機していましたので」

「よかった。じゃあアルフレド皇子も一緒に?」


 僕がそう尋ねると、マチルダさんは首を振る。


「……いえ、皇子の姿はどこにも。恐らく、取り残されたのではないかと」

「ええっ!?」


 あの燃え盛る建物の中にアルフレド皇子が?

 周りの従者の人達は逃げ出したみたいだけど、何で皇子だけ?

 そもそも、食事の時間はとっくに終わってるし、そんなに大規模に油や火を使う事はないはずだ。

 次から次へと疑問が湧いてきて、僕の頭の中がぐちゃぐちゃになる。


「じゃあ、皇子はまだ中にいるって事ですか!?」

「……恐らくは。ですが、さすがに中に入って救助するには危険すぎます」

「じゃあ見殺しにするって事ですか!?」

「……残酷ですがそうなります。あくまで私はアルフレド皇子に依頼を受け、国から物資を輸送するのを頼まれたまとめ役に過ぎません。私の指揮している部隊は国の財産であり、私に命令権はないのです」

「そんな……」


 マチルダさんの立場を考えたらそうなんだろう。でも、一国の皇子が死にかけているのに、みんな指をくわえて待っているだけでいいんだろうか。大国の事情は分からないけれど、何かが違う気がする。


 僕は、拳をぎゅっと握り、マチルダさんを真っ直ぐに見る。


「分かりました。じゃああなた達はリュシオン皇子を守って下さい。私が行きます」

「えっ!? ちょ、ちょっと!?」


 あの冷徹なマチルダさんが困惑するのを初めて見たけど、そんな事を言っている場合じゃない。


「これも邪魔だ! えいっ!」


 僕は強引にドレスの裾を引き割き、ミニスカートみたいにしてギュッと絞る。

 これで多少は走りやすくなる。


「待ちなさい! あなたまで炎に焼かれますよ!?」


 マチルダさんがそう叫ぶが、僕は気にせず炎に包まれた建物内に飛び込む。


「熱っ!」


 建物の内部にも徐々に炎が浸食してきていて、中に入ると凄まじい熱波が僕を襲う。

 でも幸い、この後宮自体がかなり頑丈な石造りである事と、調度品の燃えやすいカーペットなどが少ないせいか、まだなんとか通れるレベルだ。


「皇子……! 今行きます!」


 僕の格好はひどい状態になっているだろう。ドレスはぼろぼろだし、(すす)で真っ黒になっている。

 でも、僕はまだ生きている。出来る事がある。

 皇子の部屋は三階にあるので、もしかしたら気付くのが遅れて慌てふためいているかもしれない。


「はぁ……はぁ……皇子の馬鹿! なんで三階なんかに住んでるんだ!」


 悪態を吐きながら、僕はなんとか皇子の部屋に辿り着いた。

 下はそろそろ火の海になっているかもしれないけど、皇子の部屋はとりあえず無事だった。


「皇子! 生きてますか!?」


 ノックなんかせず、僕はぶち破るように皇子の部屋を開ける。


「……部屋に入る時くらいノックをしたらどうだ?」


 僕が息を切らせて飛び込んだ部屋の中には、傷一つ無い皇子がいた。

 皇子は、いつもと変わらない。本当にいつもと変わらない様子で、ベッドに寝転がりながら本を読んでいた。


「皇子! 火事ですよ! 気付いてなかったんですか!?」

「ああ、そうだな。知っている」

「……へっ?」


 予想外の返答に、僕は緊急事態だというのに面喰ってしまった。

 火事を知っているのに、なんで皇子はこうも平然としていられるのだろう。

 僕が困惑していると、皇子は本をぱたんと閉じ、ベッドから気だるそうに起き上がる。

 本当にいつものアルフレド皇子と変わらないしぐさだ。


「それよりも、ひどい格好をしているな。俺こそ聞きたいのだが、なぜ戻ってきた? 俺の元から逃げたのに」

「し、知ってたんですか!?」

「あんなにドカドカ足音を立てながら、メイドと喋っていて気付かないはずないだろう」

「ウッ」


 やっぱり気付かれてたんだ。でも、今はそれどころじゃない。


「と、とにかく! 今すぐ逃げましょう! 今ならまだ間に合うかもしれません!」

「ならお前一人で逃げろ。気持ちだけ貰っておく」

「何を言ってるんですか!?」


 皇子は再びベッドに横になり、本を読み始めた。

 いくら膨大な魔力を持っていても、皇子の身体能力が並かそれ以下なのは僕もよく知っている。

 後宮を焼きつくす炎の中で生きていられる化け物じゃないんだ。


「俺はここで終わりだ。だが、お前には帰る場所があるだろう? 早く故郷に帰るといい」

「……もしかして、死ぬつもりなんですか?」

「端的に言うとそうだな。国の連中も厄介者が焼死してくれたら胸を撫で下ろすだろう。これでリュシオンを脅かす勢力はいなくなる」

「そんな……」


 皇子の淡々とした口ぶりから、冗談ではなく本気で言っている事が感じ取れた。

 この人、本当にこの場で死ぬつもりだ。


「リュシオン皇子が……いえ、ご家族の方だって悲しみますよ! 僕も、皇子に生きていて欲しいと思います」

「ほう? お前からそういった言葉を聞くのは意外だな。てっきり俺を傲慢でうっとうしい奴だと思っていると考えていたが」

「そりゃ、皇子は傲慢でうっとうしいですけど、だからって死んでいい人じゃありません!」


 僕は本気で怒っていた。そりゃ、政権的な事とか色々あるのかもしれないけど、僕だったらミカは問題児だけど死んでしまったら悲しい。少なくとも、リュシオン皇子はきっと悲しむはずだ。


「……そうか。最期にそう言ってもらえて、俺も少し嬉しいぞ」


 皇子はそれだけ言って、ふっと笑みを浮かべた。

 いつも皮肉っぽく笑うけど、これが本当の皇子の笑い方なのかもしれない。


「とにかく、脱出経路を確認しないと……うわっ!?」


 皇子を説得する前に状況を確認しようとして、僕は目を見開いた。

 既に三階まで火が昇ってきていて、煙もすごい。

 少なくとも階段から降りるルートは使えそうもない。


「慌てるな。まだ脱出経路はある」

「本当ですか!?」


 相変わらず気だるそうなアルフレド皇子は、慌てふためく僕の肩の上にぽんと手を置く。

 そして、顔を窓の方に向けた。


「そこのカーテンを結んで縄代わりにしろ。お前は木登りが得意だし、あれを伝って降りる事も出来るだろう」


 僕は窓に駆けより、慌ててカーテンを引っぺがす。

 上質な素材で出来たそのカーテンは、確かにきつく結んで垂らせば降りる事は出来そうだった。


「でも、これは僕しか出来ないですよ?」


 皇子のモヤシっぷりから考えると、とても彼がこれを伝って降りられるとは思わない。

 それを見透かしたように、皇子が僕の頭を撫でる。


「言っただろう? 俺は死んでも構わない人間だ。お前の気持ちはありがたいが、お前が助かってくれれば俺は安心してあの世にでも行ってやる」


 皇子はやはりここに残るらしい。


「ふざけないでください!」


 僕はついにブチ切れた。こんな理不尽な終わり方、あんまりすぎる。

 何か……何か方法があるはずだ。


 僕は必死に何か脱出方法を考えるが、カーテンを伝って降りる以外に皇子と一緒に降りる方法が思いつかない。この辺りは綺麗に整備されていて、景観のための木とか茂みが多少あるくらい……ん?


「皇子……ちょっと無茶しますが、ご無礼をお許しを!」

「な、何をする!?」


 僕は高速で皇子の元に戻ると、皇子の華奢な体を抱き上げた。

 皇子は突然の行動に目が点になっている。

 そりゃそうだろう。僕は見た目はか弱いお姫様なのだ。


 でも、本来の僕は田舎育ちの男の子なのだ。男性一人を抱えるのは少ししんどいけど、出来ない事じゃない。


 破れて黒い煤まみれのドレスに身を包んだお姫様が、真っ黒な長身の皇子をお姫様抱っこしている。

 絵本とかだと絶対描かれないシュールな姿になっているだろう。


「行きますよ! 喋ると舌を噛むかもしれないから、あと、死んだらごめんなさい!」

「ちょ、ちょっと待て!? まさかお前!?」

「だあああああああっ!」


 僕は皇子をお姫様抱っこしながら、部屋の端から窓に向かって、女装したまま助走を付ける。

 そして、そのまま窓枠に足を駆け、一気に空中へ跳躍した。

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