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第14話:決意

「もう駄目だ……本当に逃げよう」


 僕の精神は過剰なストレスにより崩壊寸前だった。アルフレド皇子に逆虐待された事により、後宮のほぼ大部分が僕の私物で埋め尽くされている。こんな思いをするなら草や花に生まれたかった。


「お兄ちゃん! しっかりして! 皇子とのゴールはすぐそこよ!」

「皇子とゴールしたくないからこうなってるの!」


 ミカが僕を叱咤激励してくれるが、逆効果だ。


「大体、僕が男だなんてバレたらミカだって極刑だし、下手するとうちの国が滅ぶかもしれないんだよ?」

「大丈夫。その時は私も一緒に死んであげるから。愛のためなら国の一つや二つ滅んでも平気よ」

「平気じゃないよ!」


 ミカはもう駄目だ。最初は僕のフォロー役でメイドとして来たはずなのに、今はもう完全に皇子側に立っている。裏切り者だ。


「もうジャンに頼るしかない……」

「ジャンならもう国に帰らせられたよ?」

「えっ!?」


 ミカが平然とそう言うので、僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。ジャンと兵士一行は、一応お姫様である僕を守るために来たのに、大将を置いて本陣に帰還とは何事だ。


「マチルダさんから命令が出たんだって。『シャルロット王女はうちの兵士に護衛させる。その方が護衛の質が上がるから』らしいよ。アルフレド皇子も納得したみたい」

「えぇ……」


 僕は愕然とした。そりゃ、帝国の重要人物の護衛に選ばれる兵士と、うちの最強クラスの兵士とでは質が違いすぎる。恐らく、十人がかりで一人に襲い掛かっても簡単に返りうちにされるだろう。


 それは分かる。分かるんだけど!


「じゃあ僕、ミカ以外に頼れる人がいないじゃないか! 完全に包囲されちゃったよ!」

「大丈夫! 逆に考えれば、お兄ちゃんが皇子と結ばれれば全部がお兄ちゃんの仲間だよ!」


 やはりミカはもう駄目だ。こうなったら、あの大量の馬車を盗んで脱走するしか……。


「あ、そうだ!」

「ん? 何? どうしたの?」

「いや、ちょっと用事を思い出して」


 僕はミカを適当にあしらうと、例によって皇子に選ばれた服の中で、比較的身軽に動けそうなドレスに身を包んで部屋を出た。


「僕はまだ……一人じゃない!」


 皇子が何故か僕にご執心になってしまい、後宮に送りこまれてきたほとんどのやんごとなき貴婦人は国に返されてしまった。皆、僕に感謝をしつつ、身代り羊となった僕を憐れむような表情を向けていた。


 でも、まだ完全に僕は孤立したわけではない。

 まだこの後宮には、縦ロールさんことリスティス王女、それにリリィ王女もいるのだ。


「もう四の五の言っていられない……縦ロールさんに正妻の座を譲って逃げよう……」


 もうそれしか道は無い。そもそも僕が最終候補に残っている自体が何かの間違いなのだ。

 身分的にもリスティス王女がアルフレド皇子の相手にふさわしい。


 最初は皇子の性格が分からなかったけれど、今は皇子はそんなに恐ろしい人間ではないと知っている。だったら、リスティス王女にその事情を説明し、彼女と皇子をくっ付ける。


 そうすればリリィ王女は国に帰れるし、僕も国に帰れる。

 リスティス王女は玉の輿に乗れて、皇子も身分的に釣り合った『女性』と結ばれてハッピーエンド。

 うん、実に理想的な王子様とお姫様の恋愛物語だ。


 などという事を考えながら、僕はほとんど女性陣の居なくなった無駄に広い建物内を歩き回る。探すのにも一苦労なのだが、中庭でようやくリスティス王女を見つける事が出来た。


「あ、いた! 縦ロ……じゃなかったリスティ……!」


 リスティス王女、と呼びかけようとして、僕はふと違和感を覚えた。

 いつもなら無駄な取り巻きを見せつけるように連れているはずなのに、リスティス王女は白いテーブルの上で、一人優雅にお茶を飲んでいた。


 いや、一人じゃない。目の前で対面しているのは、リリィ王女だ。

 ものすごく珍しい組み合わせと状況に、僕は何だか嫌な予感がした。

 とはいえ、ここまで来たし要件を伝えない訳にもいかない。


「あら、シャルロット王女じゃない。ちょうどあなたが来るのを待っていたのよ」


 僕が彼女達の居るテーブルに近付くと、気付いたリスティス王女が声を掛けてきた。リリィ王女もそれに合わせて振り向く。


 リリィ王女はいつも大人しい子だけど、今日のリスティス王女はいつもみたいなとげとげしさが無い。こうして大人しくしていると、本当に綺麗なのにもったいない。


「……今、何かものすごく失礼な事を考えませんでした?」

「いえいえ! 滅相もない!」


 顔に出ていただろうか、僕は首をぶんぶん振って否定した。普段のリスティス王女なら突っかかってくるはずなのに、彼女は溜め息を吐きながらお茶を一口飲んだ。


「あの……もしかして体調が悪いとか?」

「いいえ、すこぶる健康よ。あなたのお陰でね」

「私のお陰?」


 僕が自分の顔を指差すと、リスティス王女は頷いた。


「わたくしたち、故郷に帰れる事になったのよ。どちらかというと追放という形だけれど」

「ええっ!?」


 予想外の答えに僕は変な声を出してしまった。僕の疑問に答えるかのように、リリィ王女が椅子から降り、僕に近寄ると、小さな手で僕の両手をぎゅっと握る。


「アルフレド皇子のご命令なんです。この後宮に不要な者はすべて国に送り返せと」

「まあ、不要という言い回しは気に入らないけど、肩の荷が降りましたわ」


 リスティス王女は少し顔を歪めながらも、落ち着いた口調で相槌を打った。


「え、いや、あの、ちょっと待って下さいよ。リスティス王女は皇子を狙っていたのでは?」

「……そりゃあそういう気も無いわけではないけれど、命あっての物種(ものだね)ですもの。いくら高位の地位を得ようと、化け物と夜伽をするなんて恐ろしい」


 リスティス王女は自分の身を守るように両肩を抱く。

 この人、見た目は派手だけど結構ビビりな所があるので、僕の私物が溢れた結果、徐々に数を減らしていく貴族の娘さん達を見て、段々ホームシックになっていたのかもしれない。


「いえ、皇子は本当は優しい……かどうか分からないけど、まあ世間で言われているほど恐ろしい人じゃ……」

「そう思わないとやってられませんものね。わたくし、前は馬鹿にしたけれど、今はあなたに同情していますのよ」


 リスティス王女は、見た事が無いほど憐憫に満ちた瞳で僕を見つめる。隣にいたリリィ王女も、同じような視線を僕に送っていた。


「本当はお姉さまをお守りしたいんです……でも、正直自国に帰れると思うと嬉しさもあって……ひどい子ですね、私」

「だ、大丈夫! 泣かないでいいから!」


 リリィ王女は僕の身を案じるのと同時に、懐かしい故郷に帰れる嬉しさが混じってぼろぼろ涙を零して泣いている。正直僕も泣きたいのだが、さすがにこの状況で僕が泣く訳にもいかない。


「お姉さま、お姉さまならきっと大丈夫です。吸血鬼のお話なんておとぎ話ですし、聖女のお姉さまならきっと神様のご加護がありますから!」

「うーん……どうだろう」


 リリィ王女は幼いなりに僕を励まそうとしてくれている。それは分かるんだけど、問題は聖女じゃないので恐らく神罰は下っても神の加護は得られないだろうということだ。


 もしかして、この状況が神罰なのではないだろうか。


「とにかく、私たちは今日にもこの後宮を去る予定なの。最後にお茶会でもと思って準備していたのだけれど、呼びに行く前にあなたが来てくれてよかったわ」

「はぁ……」


 どうやら、リスティス王女とリリィ王女はお別れパーティーの準備中だったらしい。丁度準備が出来た頃に、僕が都合よく到着してしまったらしい。やはり神罰なのだろうか。


 それから僕達は、あまり盛り上がらないものの、穏やかな午後のお茶会を過ごした。ほとんど話はしなかったけれど、こうして三人で静かにお茶を飲むのは意外と悪くない。状況以外は。


「それではお二方、ごきげんよう。特にシャルロット王女、あなたには同情しますわ」

「お姉さま……どうかご無事で」


 結局、僕はアルフレド皇子をリスティス王女に押し付ける事が出来ないまま、ひきつった笑顔で二人の姫君を見送った。だって、もうそういう雰囲気じゃないんだもん。


 僕と馴染み深い王女二人が去ってしまった後、僕は猛ダッシュでアルフレド皇子の部屋に向かう。そして、向こうの返事も待たずにドアをこじ開けた。


「アルフレド皇子! 一体どういう事なんですか!」

「……いきなり何だ?」


 皇子は気だるそうに本を読みながら、ベッドの上でだらだらと過ごしていた。

 僕が乱入して来たのに、ちらりと目を横に向け、また読書に戻る。さすがに腹が立ったので、僕は皇子の手から本をぶん取った。不敬とか言っている場合では無い。


「説明して下さい! なんでこんな事になってるんですか! 後宮の中、もう私以外に姫残ってないじゃないですか!」


 恐ろしい予感がしたので調べたら、予想通り恐ろしい結末が待っていた。

 ちょっときつめだけど優秀そうなマチルダさんに聞いたところ、なんとこの後宮、僕以外は全て追放されたというのだ。


「俺の後宮だ。俺がどうしようが俺の勝手だろう」

「説明になってません!」


 この人は、本当にもう!


「姫一人しかいない後宮なんて聞いた事無いですよ! あんなにきれいどころの方々が居たのに!」


 僕はなんかもう、自分でも支離滅裂になっていた。男として、美女に囲まれたのをわざわざ全部捨てるのもなんとなくイラつくし、そもそも僕は姫じゃないし、女でも無い。


 僕が皇子を睨んでいると、皇子はゆっくりと身を起こし、僕の方を真っ直ぐに見た。

 こういう無造作な動作すら様になっているのがさらに腹立たしい。


「面倒な奴だな……不要な物を排除した結果、必要な物だけが残った。それだけだ」

「どこに必要な物があるんですか!」


 僕がまくし立てていると、急に皇子がベッドから立ちあがり、吐息が感じられるくらいに顔を近づける。黒曜石のような吸い込まれそうな黒い瞳が、僕をじっと見つめている。


「お前は本当に馬鹿だな……お前以外に、何が必要だというんだ」

「…………は?」


 この人は一体何を言ってるんだ? そりゃ僕がお気に入り認定されてるのは知ってるけど、何も全部捨てなくても。僕が硬直していると、皇子は細く長い指で、そっと僕の頬を撫でた。


「俺は無駄な物を置くのは嫌いでな。そもそも、この後宮もどちらかといえば監獄だ。別にそういう事をするつもりは無いと前に言った気がするが」

「あー……」


 そう言えばそんな事言ったような言わなかったような。僕は空気が抜けるような間抜けな返事をしているのに、皇子は無視して密着したまま囁く。


「だから、この後宮は俺とお前の別荘にする事にした。リュシオンとマチルダも用事が終わればすぐに帰る。後は最低限身の回りの世話をする者だけを残し、ここで余生をゆるりと過ごす。悪くないだろう」

「悪くないだろうって……」

「以上だ。俺は眠いから寝る」

「ちょ、ちょっと!」


 皇子は一方的にそう言うと、僕から本をひったくり返し、顔の上に乗せたまま寝息を立てた。こうなってしまうと、皇子の性格的に絶対言う事を聞かないのはさすがに学習している。


 僕は、肩を落としながら皇子の部屋を出た。神よ、女装プリンセスというのはそんなに罪深い事なのでしょうか。


 もう駄目だ。リスティス王女とリリィ王女という逃走ルートが断たれ、ジャンも母国に帰ってしまった。後は、僕が男だとバレるのを待つだけになってしまった。刑務所に入れられて死刑を待つ囚人の心境が、今の僕にはよく分かる。


「……今夜、ミカと一緒に逃げよう」


 ミカは色々とごねるかもしれないし、僕の国も最悪滅ぶかもしれないが、僕自身とミカの命が第一だ。どこか辺境の土地で名前を変え、全てを捨てて逃げ出そう。


 決行は今夜だ。僕は固く決意した。

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