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第13話:兄弟のあり方

 リュシオン皇子の言ったとおり、アルフレド皇子は本当に僕のために大量の貢物を購入していた。


 マチルダさんが指示をするたび、兵士達が統率された動きで皇子に品物を差し出し、それを見た皇子が首を縦に振ったり横に振ったりしているのが遠目に見えた。縦に振った物はそのまま後宮内に運び込まれ、横に振った物は再び輸送箱に戻されていく。


 僕からしてみると、どれも目まいがするような代物なのだけれど。

 天蓋付きのベッドが十種類くらい用意されていたのだけれど、どれも大国のお姫様が使うような代物だ。僕はお姫様じゃないし、そもそもベッドなんか一つあれば充分だと思うのだけれど。


 そんな事を考えていたら、皇子が僕の方に人差し指を向け、ちょいちょいと顔の方に曲げた。

 多分、皇子が来いと呼んでいるのだろう。断る訳にもいかないので、仕方なく僕もそちらに向かう。


「本当は俺の方で選びたかったのだが、いかんせんこういった貢物には慣れていなくてな、お前が好みの物を選べ」

「いや、どれでもいいんですが……」


 後宮内に運び込まれた大量のベッドを見て、僕は途方に暮れた。

 大広前に大量にベッドが並んでいるのを見ると、僕は病室を考えてしまうのだけれど、病人は天蓋付きの薄桃色のベッドに寝たりしない。


「そうか、では全部置いておくから、後で気に入った物を選ぶといい」

「選ぶといいって……ベッドなんか一つあればいいじゃないですか」

「そうは言ってもな、どれも作りや素材が微妙に違う。もちろん一級品を選んだつもりだが、こればかりは体格や好みの問題もあるからな」


 相変わらずアルフレド皇子とは会話が噛み合わない。

 リュシオン皇子は後ろでくすくすと笑っているが、僕としては笑い話ではない。

 一方で、マチルダさんは皇子とものすごく事務的な会話しかしてなくて、こっちはこっちで冷徹すぎて怖い。


 早く田舎に帰りたい。


 そんな思いが伝わってしまったのか、マチルダさんの持ち込んだ品定めを中断し、皇子が氷のような視線で僕の方を見た。


「さっきから言おうと思っていたが……」

「い、いえ! 別に私は何も……!」

「何を言っている? 俺はリュシオンに話しているのだが」


 心を読まれた事を弁解しようとしたが、皇子は僕ではなく、僕の横に立っていたリュシオン皇子の方を見ていたようだった。睨まれたリュシオン皇子は、見ていてかわいそうなくらい狼狽している。


「なぜお前が後宮に来た? ここには来るなと言っているだろう? マチルダからも注意を受けているはずだ」


 皇子が刺々しい口調でそう言うと、マチルダさんも溜め息を吐きながら肯定した。


「い、いや。だって弟の僕が兄さんに会いに来るのは当然じゃないですか。家族なんだし……」


 リュシオン皇子はかわいそうなくらい詰まりながら弁解したが、最後の方は声が小さい。

 無理矢理ついてきたと言っていたし、悪戯をとがめられた子供みたいに見える。


「ここは将来の皇帝が来るような場所ではない。分かったら早く帰れ。残りの荷物の確認はマチルダとやる」

「あ……」


 そう言うと、アルフレド皇子はさっさと踵を返し、自室のある方へ歩いていってしまった。

 リュシオン皇子も何か言いかけたけれど、言葉は形にならないようだ。


「アルフレド皇子、点検はもうよいのですか?」

「小休止だ。今日中にやるくらいで問題ないだろう」

「分かりました」


 マチルダさんの声に振り向かず、アルフレド皇子は背を向けてどんどん去っていく。


「だから言ったでしょう。アルフレド皇子はリュシオン皇子が邪魔なのですよ。国民から支持を得ているのはあなたの方ですが、長兄はあのお方ですからね」

「そうだよね……うん、分かってはいるんだ」


 マチルダさんがリュシオン皇子に近付き、咎めるような口調で話しかける。リュシオン皇子はすっかり意気消沈してしまった。


「すみません。私、少し用事がありますので……」

「ああ、あなたまだ居たんですか? どうぞご自由に」


 マチルダさんはあからさまに僕を馬鹿にするような事を言ったけれど、そんな事はどうでもいい。僕は小走りで、アルフレド皇子の進んでいった廊下を追いかける。


 皇子は体力は無いけど手足が長くて歩幅が広い。僕はドレスを着ているのもあって、ドレスの裾を掴んで、お姫様走りでようやく自室に戻る前に追いつく事が出来た。


「アルフレド皇子! 僭越(せんえつ)ながら、少々リュシオン皇子に対し冷たくはありませんか?」


 僕はつい、そんな台詞を言ってしまった。だって、あんなに兄を尊敬していると言っていて、本人だって無理矢理くっついて来るくらい会いたがっていたのだ。皇帝の継承権とかあるのかもしれないけど、皇帝だろうが一般家庭だろうが、血の繋がった兄弟だ。


「別に、お前がリュシオンに肩入れする必要はないだろう? なんだ、あいつに惚れたか? 確かにあいつは外見も性格も俺よりよほど柔和だからな。女受けもいいだろう」

「女受けならアルフレド皇子も……ってそうじゃなくて!」


 アルフレド皇子は機嫌が悪いと露骨に顔に出るのだけれど、顔立ちが整っているせいで鋭利な刃みたいでかなり怖い。そもそも魔力も桁はずれだし。でも、どうしても言っておかなければいけない気がした。


「皇子、家族の肖像画を部屋に飾ってますよね? リュシオン皇子が嫌いなら、何故あんなものを置くんです?」

「……嫌ってはいないが、まあいい、立ち話もなんだから付き合ってやる」


 そう言って、皇子と僕は、皇子の部屋の中でテーブルを挟んで対面する事になった。

 なんか最近、この部屋に来るのに抵抗感が無くなっている気がする。非常にまずい。


「お前の眼に、リュシオンはどう映った?」

「どう……って? そりゃ、非常に見目麗しいし、優しそうな感じはしましたけど」


 いきなりの質問に、僕は何の捻りも無い回答をしてしまった。なんかこう、もっとウィットに富んだ答え方をしたかったんだけど、あいにく僕はそういうアドリブ力が無い。


「だろうな。あいつの人懐っこさは昔からだ。まあ、歳が十も離れているからかもしれんが、あいつは俺が避けられているのに気付いていながら、平然と接して来た」

「十歳も離れてるんですか」


 そりゃ幼い印象も受けるわけだ。アルフレド皇子が十五歳の時、リュシオン皇子は五歳って事だから、お兄さん以上お父さん未満くらいの感覚なのかもしれない。


「とにかく、俺が長兄かはさておき、あいつのほうが皇帝としてふさわしい。父上と母上に容姿もそっくりだ。黒ずくめの怪物の俺とは雲泥の差だ。少々抜けている所はあるが、優秀な補佐もいるしな」

「マチルダさんですか?」


 僕がそう聞くと、皇子は軽く頷く。


「無論、他にもたくさんいるさ。戦乱の世なら俺の力も役に立ったかもしれないが、今は概ね平穏な時期だ。そんな時代にはリュシオンのような温和な者のほうが安定するだろう。俺とは極力接しないほうがいい。不穏な噂が流れないとも限らんからな」

「つまり、リュシオン皇子の事を思って、あえて冷たくしているんですね?」

「さあな。俺は元々こういう性格だ。単純に面倒なのもある」


 そう言いながら、アルフレド皇子は皮肉っぽく笑う。皇子が言っているのは本当だと思うけれど、多分、本当に根柢の部分は、やっぱりリュシオン皇子を気遣っての事だと思う。


 だって、そうじゃなきゃ家族の肖像画を飾りながら、一人だけ別居して僻地に暮らすはずなんてないからだ。


「失礼しました。皇子の気持ちも察せず、身分不相応な発言をしてしまいました」


 気持ちが一通り整理されると、今度は僕はテーブルの上におでこを付けて謝罪した。

 冷静に考えたら、お姫様でもないニセ平民男が、時期皇帝候補にいちゃもんを付けているのだ。最近つい気が緩んでいるが、不興を買ったらあっさり打ち首にされてもおかしくない。


 僕が顔を青ざめさせていると、皇子はくっくと息を殺しながら笑う。これは最近気付いたんだけど、皇子は面白がっている時にこういう笑い方をする。知らないと邪悪っぽいから怖いんだけど。


「いや、面と向かって俺にそういう意見をする奴はあまりいないからな。少なくとも、貴族の連中で見たことがない。そういう事を言う輩は、そもそも俺が何者か知らない子供か、馬鹿な田舎の平民くらいだ」

「ウッ」


 痛いところを突かれ、僕は背中に冷たい汗をかいていた。

 やばい。これ以上ボロが出る前にとっと撤退しよう。


「で、では。お許しをいただけたようですので、私はこれにて……」


 僕はそそくさと立ち上がり、早足で皇子の部屋から出ようとする。


「待て」


 けれど、無情にも待ったを掛けられた。せっかくドアノブまでつかめたのに。


「な、何か……?」


 僕は出来の悪いぜんまい仕掛けの人形みたいに不自然に首だけを動かし、皇子の方を振り向いた。皇子はいつもの無表情に戻っていて、足を組みながら僕の方をじっと眺めている。


「お前が俺なら、リュシオンとどう接する? 俺とあいつは皇位継承権のトップ争いだ。通常の家族とは違うんだぞ」

「え、えーと……」


 皇子は無表情なので、何を考えているのか分からない。ここで変に不興を買ったら後々大変な事になるかもしれない。何か、何か気の利いた効果的な答えをしないと!


「ほ、法律を変えるとか、でしょうか?」

「法律を変える?」


 僕が必死になって考えた間抜けな答えに、皇子は首を傾げる。

 そりゃそうだろう。僕だって正直よく分かっていない。


「具体的に、どう変えるんだ?」

「……皇帝を二人にするとか」

「お前は馬鹿か」

「ですよね」


 僕もそう思います。いやでもさ、急に皇位継承権争いの兄弟同士でどう接したらベストかとか言われても、田舎の新米文官に答えられるわけないじゃないか。


「……もういい。帰れ」

「……はい」


 結局、皇子は呆れたような表情を見せた後、そのまま僕を退出させた。

 お咎めなしで逃げられた事に、僕は安堵の溜め息を吐いた。


 ――ただ、僕のこの適当な発言が、後で大変な事になるとは思ってもいなかったのだけれど。

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