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第12話:月と太陽

「初めまして。僕はヘルシャフト帝国第二皇子、第一皇子アルフレドの弟。リュシオン=ヘルシャフトと申します。お会いできて光栄ですよ。シャルロット王女」


 リュシオン皇子は、アルフレド皇子とはまるで違う、人懐っこそうな微笑みを浮かべ、僕の手を取った。


「第二皇子!?」

「ええ、以後お見知りおきを」


 僕が唖然としているのに構わず、リュシオン皇子は屈託なく笑う。あの無愛想なアルフレド皇子の弟とは思えない愛想のよさだ。でも、よくよく見ると確かに顔立ちには面影がある。


 アルフレド皇子が夜の月だとしたら、リュシオン皇子は真昼の太陽みたいだ。一見真逆に見えるけど、人々を照らしているという点では同じだ。


 なんて事を考えていたら、リュシオン皇子が僕の手を離し、頭を垂れる。


「失礼しました。初対面の女性の手をいきなり握るなんて。いやあ、兄さんの手紙によく書かれていたから、つい興奮してしまって」


 リュシオン皇子はそう言いながら、恥ずかしそうに鼻の頭を掻いた。

 いや、実は男なんで、初対面の女性では無いんですけど。


「皇子、あまり身分の低い者相手に、やすやすと頭を下げないように」


 僕とリュシオン皇子が挨拶をしていると、割って入るような鋭い声が響いた。

 そちらの方を振り向くと、すらりとした長身の女性がこちらに歩いてくるのが見えた。


 赤毛をぴしっと肩の辺りで揃えた、見るからに優秀そうな人だ。体格も目つきもシャープな感じがして、銀縁(ぎんぶち)メガネの奥で僕を睨むように見つめている。

 ちなみに、女性の方が僕よりも背が高い。なんてこった。


「マチルダ、そんな言い方は無いじゃないか。この人は兄さんの見初めた人だよ? 将来、皇帝の花嫁になる人かもしれない」

「「それはありません」」


 メガネの女性――マチルダさんと呼ばれた人と僕の声がハモる。マチルダさんは僕の方を一瞬見た後、すぐにリュシオン皇子に向き合った。全体的に僕を嫌っているオーラを隠そうともしていない。


「第二皇子とはいえ、皇帝の座に着くのはリュシオン皇子なのですよ。それ相応の振るまいというものがあります。まして、後宮の側室、しかも片田舎の第二王女に頭を垂れるなど……」

「マチルダ!」


 リュシオン皇子が少し表情を険しくする。

 僕としては、片田舎の第二王女ですらないので別に何とも思っていないのだけど、リュシオン皇子は本気で怒っているようだった。


「……まあいいでしょう。どうせどうあがいても側室その一から這いあがれない身ですし、そのような者相手にむきになるのもかえって品格を下げますからね」


 マチルダさんは冷徹にそう言うと、僕の方を横目で見た。

 別に身分でどうこう言われるのはいいんだけど、単純に睨まれているようでちょっと怖い。


「あなたには同情します。ただでさえ辺境の第二王女という微妙な立場で、それでいてアルフレド皇子に気に入られてしまうなんてね。まあ、私としては強国に被害を与えるよりいい結果にはなりましたが」


 マチルダさんは一方的にそう言うと、さっさと馬車の方へ戻ってしまった。

 それからすぐ、彼女は兵士達にあれやこれやと指示を出しているようで、兵士達はまるで女王様に従う働き蜂みたいにぺこぺこしている。


「すみませんシャルロット王女。マチルダは優秀なんですが、どうにも気が強くて……」


 リュシオン皇子がそっと僕に耳打ちする。


「マチルダは僕の目付役なんですよ。実際、執務などはほとんど彼女が処理しているんです。僕はただのお飾りですよ」


 リュシオン皇子はそう言って苦笑した。


「いえ、特に気にしてませんから。実際に大した身分じゃありませんし。アルフレド皇子にふさわしくもないし」

「とんでもない! 僕からのお願いです。どうか、末永く兄さんの傍にいてあげて下さい。兄からあんなに長い手紙を貰ったの、僕は初めてなんですよ。最近は趣味が出来たって喜んで書いてありましたよ」

「えぇ……」


 読書が趣味なんじゃないかと思ったけど、冷静に考えたらアルフレド皇子は『取り込み中だと思われるから』という理由で読書していた。もしかしたら、そんなに好きじゃないのかもしれない。


「本当は皇帝の座には兄さんが着くべきなんです。兄さんはすごいんですよ。魔力も人並み外れてますし、知識もそこらの学者顔負けなんです。やっぱりたくさん本を読んでるからかなぁ。僕、そういうのはどうも苦手で」

「リュシオン皇子は、アルフレド皇子の事が好きなんですね」


 僕はついそんな相槌を打った。

 リュシオン皇子は本当に楽しそうにアルフレド皇子について喋る。そこに嘘の匂いは感じない。

 別に勘が鋭い訳じゃないけど、リュシオン皇子はあまりそういう駆け引きをしないタイプに見える。


「ええ、とても尊敬しています。僕だけじゃありません、父も母も兄さんの事を心配しているんです。ただ、兄さんは距離を置いているんですが……」

「そうですか……で、でも大丈夫ですよ。アルフレド皇子もきっと分かってますから!」


 リュシオン皇子の声が最後の方が落ち込み気味になったので、僕は根拠のない励ましをした。

 いや、全く根拠が無い訳じゃなくて、アルフレド皇子も弟の方が皇帝にふさわしいみたいな事言ってたし。


「ありがとうございます。では、僕はそろそろ失礼します。本当はマチルダだけが来る予定だったんですけど、無理矢理僕もついてきたので、あまり彼女を怒らせると僕が大目玉を喰らっちゃいますから」

「はぁ……」


 僕は気の抜けた返事を返した。


 マチルダさんはリュシオン皇子のお目付け役らしいけど、恐らく、リュシオン皇子とアルフレド皇子の橋渡しみたいな役もしているんだろう。


「ところで、リュシオン皇子は何のために来られたんですか? アルフレド皇子に会いに来たんですか?」

「もちろんそれもありますけど、あなたに会ってみたかったので。何せ、あの兄さんがこれだけの貢物をする方ですからね」

「これだけの貢物?」


 リュシオン皇子が向いた方向には、戦争にでも行くんじゃないかというくらいの馬と兵士がひしめき、巨大な鉄箱を後宮内に運び込んでいるのが見えた。指揮をとっているマチルダさんはなんとなく鬼軍曹っぽい。


「……まさか」

「ええ、そのまさかです。今回運び込まれたあの箱に入っている物は、全てシャルロット王女、あなたのために兄が頼んだものですよ。兄が直接チェックをすると言って聞かないので、丸一日は掛かりそうですけどね」

「どぅええええええ!?」


 思わず王女様っぽくない叫び声が出てしまったが、そんな事を気にしている精神的余裕が無かった。

 そういえば、家具とか装飾品も注文したとか言ってたけど、もしかして……あれ全部!?


「アルフレド皇子……もしかしてものすごい馬鹿なんじゃ……」

「あっはっは! 確かにそうですね! 万が一破損しては大変だという事で、わざわざ木箱では無く頑丈な入れ物で運ぶくらいですからね」

「はっ!?」


 しまった! 思わず声に出てしまった。


 いやでも仕方ない。だって、あんな頑丈な鉄の箱、引っ張る馬も人員も尋常じゃないコストがかかる。それを僕一人のためとか、いくらポケットマネーとはいえ無駄遣いにも程がある。


「いいんですよ。僕としてはむしろ嬉しいんです。兄さんがそこまで一人にご執心な事なんて、これまで無かったんですから」

「いや、でもやっぱり馬鹿げてるような……」


 不敬罪もいい所だけど、僕はついつい本音を言ってしまった。

 リュシオン皇子は腹を抱えて笑っているが、僕としては本格的にシャレにならない状況になってきた。

 せめてもの救いは、アルフレド皇子がこの場にいない事くらいだ。


「……悪かったな。馬鹿皇子で」

「げぇっ!? アルフレド皇子!?」


 後ろを振り向くと、そこには不貞腐れた表情の真っ黒なアルフレド皇子が!


「な、なんでここに……?」

「なんでも何も、俺が注文した荷物を俺がチェックしに来るのは当然だろう。馬鹿かお前は?」


 多分、さっき馬鹿呼ばわりした事を根に持ってるんだろう。

 不敬罪で処罰されないかと思ったけれど、アルフレド皇子は舌打ちしながら僕とリュシオン皇子の前を素通りしていった。


「……確かに馬鹿だな。何をやってるんだ、俺は」


 そんな声が聞こえてきたような気がしたけど、それは風に流されて、すぐ消えてしまった。

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