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第1話:女装プリンセスの華麗なる誕生

 ある日、平民の青年である僕、シャールは、お姫様になって大帝国の皇子アルフレド様の後宮へ入る事になった。


 多分、僕が言っている意味が分からない人が大多数だと思う。

 でもそんな事は大した問題じゃない。僕は絶体絶命の危機に瀕しているのだ。


 今、僕は室内スポーツくらい余裕で出来る馬鹿みたいに広い一室に連れ込まれ、これまた馬鹿みたいに大量の華々しいドレスを選ばされる苦行に立ち向かっていた。様々な色とデザインのドレスは、素人の僕が見ても高級品だと分かるものばかりで、まるで色の洪水みたいで目がちかちかしてくる。


「どうした? シャルロット姫のお気に召す物はこの中には無かったか?」


 ドレスの事なんかまるで分からない僕が呆けて突っ立っていると、肩に軽く手を置かれ、僕はびくりと身を震わせた。手を置いたのは、まるで彫刻のように端正な顔立ちの、黒髪の男性アルフレド皇子その人だ。長身で、僕とは頭一つ分くらい差がある。僕の反応を気にしたのか、皇子は少しだけ後ろに下がった。


「そう怖がらなくてもいい。ここにあるドレスは、全てお前のために用意したものだ。先日の礼と謝罪以上の意味はない」

「えーと、いや、私はこんな物を貰うほどの事は……」

「お前がどう思っていようが関係ない。これは俺がしたいと思っている事だ」


 皇子は怯えた小動物の警戒心を解くように、優しく僕に笑いかけた。彼がこんな風に笑うのを僕以外の人間はあまり目にした事が無いらしく、後ろに大量に控えていたメイドさん達が驚いた表情をしているのが見えた。


(何故、こんな事になってしまったんだろう……)


 そもそも僕はお姫様じゃなくて平民であり、もっと言うと女の子ですら無かった。そんな僕が、『王女シャルロット』になり、アルフレド皇子に『お礼』をしてもらう事になったのには、色々と面倒な流れがある。僕の脳は現実逃避を始め、僕の運命を狂わせた、あの日の事を思い出していた。



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「何でこんな事になっちゃったのかなぁ……」


 穏やかな日差しの中、僕は小さな馬車に揺られて草原を進んでいた。その日、僕は何十回目かの溜め息を吐いた。僕はシンプルな薄桃色のドレスに身を包み、肩のあたりまで伸ばす事を強要された金髪には、ご丁寧にもドレスと同じ色のリボンまで装着されていた。


「いやいや、とてもよくお似合いですよ。『シャルロット王女』」


 馬車を操る兵士が、僕に向かって苦笑していた。十六歳の僕より二つ上の赤毛の青年はジャンという名で、僕と幼馴染で、お城の新兵として仕えている。


「お兄ちゃん、あたしよりかわいい……なんかムカつく」


 そして、そのジャンに呼応するように隣に座っているメイドが恨みがましい声を上げた。厳密に言うと正式なメイドではなく、僕の妹で、名前はミカ。馬車の護衛として付いてきている兵士さん達も、多分みんな同じような感想を持っているのだと思うと、僕は暗澹(あんたん)たる気持ちになった。


 僕はお姫様の代役として女装し、大帝国の後宮に生贄として出荷されている最中だった。


 事の始まりは一ヶ月ほど前。この大陸のほぼ全てを支配する『ヘルシャフト帝国』の第一皇子のために、後宮を作るというお触れが各国に通達された事だった。


 皇子アルフレドは二十五歳。そろそろ後継ぎが欲しいと思ったのか、それとも政治的な何かが絡んでいるか僕には分からないけれど、とにかく大帝国のお触れは神の命令に等しい。


 各国のやんごとなき貴婦人達を差し出してほしいという内容で、それは、僕が住んでいる誰も知らないような辺境中の辺境の王国でも例外では無かった。


 ヘルシャフト帝国と僕の住む王国との力の差は、帝国を一件の家としたら、その家の軒下にあるツバメの巣くらい。家の主が「この巣は邪魔だから撤去するか」と棒でちょちょいと突くと壊れる。そのくらいの差があった。


 ただ、そんなに悪い事ばかりでも無い。何せ大帝国の第一皇子に見染められれば、事実上この大陸の権力の中枢部に君臨する事が出来る。だというのに、このお触れを聞いた各国の大多数は恐れおののいた。


 というのも、その第一皇子は、いわく『宵闇(よいやみ)の皇子』とか『吸血鬼の末裔(まつえい)』とか言われているくらい、人間離れしていると噂されているからだ。


 貴族の多くは魔力という特別な力を持っていて、この世界の(ことわり)に干渉して魔法と呼ばれる超人みたいな技を使う事が出来る。


 でも、その皇子は魔力量が尋常ではなく、悪魔と契約し、若い娘の魂を差し出す事でその力を得ている。なんて噂がまことしやかに流れていた。


 要するに、後宮に入るというより、生贄を捧げよと取った国がほとんどだった。僕の国もそうだった。後宮に高貴な美女を捧げよという通達は強制では無いけれど、ここで断ると『お前、あの時うちの誘いを断ったよな?』と大帝国様に難癖を付けられる危険もある。


 だから多数の国はその通達を飲まざるを得なかった。それは自然の成り行きなのだけど、僕の国の場合、事情がちょっと複雑だった。


 まず真っ先に白羽の矢が立ったのは、当然、国の王女だ。でも、うちの国はものすごい田舎で、王宮からちょっと離れた場所に豚小屋があるような国だ。


 そして、あまり人の外見をどうこう言いたくないのだけど、王女はその豚小屋に混じっていてもあんまり違和感のない女性だった。僕は、王女が豚小屋の傾いた杭を引っこ抜いて、己の腕力だけで刺し直す現場を見た事がある。あの剛腕は僕としては非常に羨ましかった。


 で、王国の偉い人たちは「これはあかん」と判断したらしい。妥当な判断だと思う。それでも王様からしたら目に入れても痛くないほど可愛い一人娘なわけで、『ワシの愛娘を怪物の生贄にするなんて絶対嫌だ!』とゴネたのだ。


 そのお陰で、偉い人たちは非常にスムーズに代役を探す事が出来た。それで王女の代わりになる、見目麗しく、それなりに教養のある淑女を探す事になったのだけど……。


「それがシャール、じゃなかった、シャルロット王女になったわけだ」

「なんでだよぉぉぉ!」


 ジャンが笑いながらそう答えたので、僕は両手で顔を覆った。そう、困った事に、何故か僕が一番見目麗しいという基準を満たしてしまったのだ。


 もちろん、最初はお偉いさん達も普通の貴族の女性を探した。でも、ド田舎の貴族なんてちょっと綺麗な農民みたいなもので、識字率だってあまり高くない。貴族のお嬢様方も名前が書けるだけで精いっぱいなんてのもザラだった。


 それはそれで逆に困る。変な条約に「サインしろ」と言われ、名前だけ書いて不平等条約なんか結ばされたらえらい事だ。というわけで、読み書きや駆け引きをある程度こなし、それでいて美しい女性の姿をした誰かが必要だったが、なかなかいなかった。


 ――その結果、僕になった。


 既に亡くなってしまったけれど、僕の父はお城の文官――つまり読み書きや法律に関する仕事をしていて、僕もその手伝いをしていた。だから僕は平民だけど、並の貴族よりそういうのは得意だった。あくまで何も知らないよりマシというレベルだけど。


 王女様代行が見つからないうちに期限は迫ってきて、追い詰められたのか錯乱したのか、お偉いさんたちは城に用事で来た僕を羽交い締めにし、無理矢理ドレスを着せた。


 すると、大臣やえらい人達が「よし、完璧だ!」などとほざき、僕はシャールではなく、第二王女シャルロットという偽りの身分を与えられ、女装して後宮に放り込まれる羽目になった。


 どうせうちの国の血統なんてほとんど誰も気にしてないので、実は第二王女がいましたと言っても「そうか。知らなかった」で終わる。悲しいかな、それが僕の祖国の立ち位置なのだ。


「お兄ちゃん、もう諦めなよ。お兄ちゃんがこうなるのはきっと運命だったんだよ。前にお兄ちゃんが女の子に告白した時、『あたしより可愛い男の子と一緒に街を歩くのはイヤ』って振られたくらいなんだから」

「トラウマを蒸し返さないで!」


 ミカの言っている事は事実だ。僕は小さい頃から女顔で、鍛えてはいるのだけど、一向に身長も伸びないし、筋肉モリモリにもならないのが悩みだった。王女様の筋肉を少しでいいから分けて欲しかった。


 とにかく、そんなこんなで僕は怪物皇子の生贄として捧げられることになった。でも僕は生粋の男性であり、高貴なる女性の多い後宮で一人で立ち回るのは無理がある。


 その辺りはさすがに偉い人たちも把握していたようで、僕の専属メイドという形で、僕の事をよく知る妹のミカを世話係。そして幼馴染のジャンを近衛兵として登用した。他にも十名ばかり兵士達が付いているが、彼らも皆、ジャンの顔見知りである。


 要するに全員が下っぱであり、僕達は戦争で言うと捨て石部隊だった。名もなき小国の王女もどきが後宮の権力争いに巻き込まれるなんてまずないだろう。『うちの国もあなた様の命令に従いましたよ』という大義名分を残せればそれでいいのだ。ボス狼に制裁されないためには、腹をあおむけにして服従のポーズを取らねばならない。


「そう落ち込むなって。上手くやれば報酬はたんまり出るって話だし、どうせいろんな国からキレーなお姫様だの、貴族様だのが集まるんだ。お前は隅っこで背景の木みたいにしてればいいんだ。誰も気にも留めねえよ」


 僕があまりにも意気消沈していたせいか、ジャンは手綱を操りながら慰めるようにそう言った。


「確かにそうなんだけど……。平民の男の僕に、皇子様の愛人候補なんて無茶苦茶だよ」

「大丈夫よ、お兄ちゃん!」


 メイド服に身を包んだミカが、うなだれている僕の手をぎゅっと掴む。


「愛があれば性別も身分も関係無いわ!」

「いや、あるでしょ!」

「ねえ、ジャン。お兄ちゃんって受けと攻めどっちがあってると思う? 私はお兄ちゃんは受けだと思うな!」

「いやぁ、これで意外と攻めかもしんねぇぞ?」

「えー! そうかなあ?」


 一体二人とも何の話をしているんだろう。僕は父の仕事の手伝いとは別に、少しでも男らしくなるためにジャンに稽古相手になってもらって剣術を習っている。攻撃特化か防御特化という話なんだろうか。


「なんだかよく分からないけど、とにかく、ある程度滞在して引き上げてくればいいって話だから、二人とも協力頼むよ。僕だけだと、多分あんまりうまく演技できないと思うし」


 後宮に女装潜入させた事がばれたら、僕らはもちろん国にだって損害を被るだろう。正直、僕をこんな目に合わせた国は滅んでもいいかなという気はしないでもない。でも帰る国が滅んでも困るし、その前に僕自身が真っ先に滅ぼされるだろう。


「でも、ひっそりと影のように暮らしてれば、まあ……何とかなる、かな?」


 僕は自分にそう言い聞かせた。ジャンの言うとおり、僕は吹けば飛ぶような国からやってきた偽りの姫に過ぎない。ひっそりと潜入し、ひっそりと退場すればいいだけだ。それで僕が働く数年分の報酬が入ってくると考えれば、リスクは大きいけど悪い事ばかりでも無い。


「シャルロット王女なんて変なお姫様、相手にされる訳ないもんね」

「だよなぁー。ま、俺もお前はかわいそうだと思うけど、前向きに行こうぜ」

「お兄ちゃんは攻めなのか受けなのか……悩ましいわね」


 なんて会話をしつつ、僕達は割とのほほんとした気持ちでヘルシャフト帝国の後宮へ入り込んだ。


 それが甘い認識である事に気付くには、もうちょっと時間が掛かるのだった。

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