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『死霊艦隊:木星軌道に異常あり』

 木星は太陽から、およそ七億八千万キロメートルの軌道を巡っている。

 太陽から一億五千万キロメートル。地球の軌道に位置する始祖の船からは、現在の惑星の位置関係では八億キロメートルほどの距離がある。

 始祖の船に搭載されているアダムスキー型UFOのジョージだと、最大で光速の十パーセント、およそ秒速三万キロメートルを出せる。木星まではおよそ八時間。

 だが、ジョージは汎用の宇宙船であり、ステルス能力は皆無だ。接近すれば確実に捕捉される。木星に出現した宇宙船は敵対勢力に所属する可能性がそれなりに高いので、それは避けたい。

「へたをすると、民間商船ですら今の我らを発見すれば、己の利益のために敵対勢力になりかねません」

 ここは始祖の船にある格納庫だ。がらん、と広いのは、普段ここに搭載されている小型艇、つまりジョージの兄弟UFOたちがほとんど地球に降りているためだ。

 格納庫に駆けつけた俺は、大マゼランから簡単なブリーフィングを受けていた。

 追いかけてきたメシエは、俺の後ろで黙ったまま、大マゼランの話を聞いている。

 後頭部に突き刺さる視線がチリチリして痛い。

「始祖の船にはそんなに価値があるのか?」

「ありますよ。ありますが、民間船ではさすがに私たちをどうこうはできないでしょう。なので、この星の転移座標データごと、高く売ろうとするでしょうね」

「そうなると?」

「次に来るのは、どこぞの富豪の率いる民間軍事会社か、あるいは近隣の星間国家の正規軍か。最悪で、クーデター軍。どちらにしても、現状ではお手上げです」

「こちらの情報は渡せない、ということだな」

「そうです」

 地球はネロスの保護惑星で、その太陽系、つまりソル星系への転移座標は秘匿されている。

 しかしそれは、誰もソル星系に来られない、という意味ではない。

 確実なのは、通常空間を、光以下の速度でやって来る方法だ。ソル星系の近くで宇宙連邦の星図に記載されているガシッダ星系やティンジール星系からソル星系までは五十光年。光の速度で五十年かかる距離だ。実用的な機関では光速の三十パーセントが限界なので、百六十七年かかる計算になる。時間はかかるが、この方法で接近する訪問者を防ぐ方法はない。

 このやり方で宇宙を渡る種族の代表が、スターシードだ。彼らは宇宙空間での生活に適応した種族で、数十万年をかけて、銀河系の中心核と辺境との間を往復して暮らしている。宇宙連邦に加盟はしているが、そのライフスタイルから、他の種族とあまり関わることがない。

 跳躍航法で来ることも、もちろん可能だ。

 未知の星系への転移座標は、観測によって求めることができる。試験的な短距離転移を周辺宙域で何度か繰り返し、観測データを蓄積して目的の星系の転移座標を算出するのだ。時間と根気が必要な作業だが、このやり方であれば、自力で転移座標を見つけ出すことができる。新規航路の開拓に使われる手法だ。

 だが、一般の探査船であれば、ソル星系の転移座標をわざわざ求める理由がない。ソル星系のあるシリウス星区は、比較的開発が進んだ宙域だが、逆にそれゆえに、商船が新しい航路を開いても利益が出ない。すでにある星系同士を結ぶ航路が十分に開発されているからだ。新しい植民星系を求める覇権タイプの国家も、このあたりにはいない。

 だからこそ、五万年もの間、ソル星系と地球は放置されたまま無事だったのだ。

 ソル星系に宇宙船が転移してくる、現実的な解釈はふたつ。

「航跡をトレースした追っ手か……あるいは、ランダム跳躍してきた漂流者か」

「私は後者だと思います」

 大マゼランは静かな声に自信を込めて言った。

「そうであれば、俺もうれしいけど。でも、その推測は願望に曲げられてないか?」

 人は、自分に都合のいい情報は、検証せずに受け入れてしまう傾向がある。

「いえ、現実的な解釈です。航跡トレースなら、今ごろは本隊を呼び寄せるため、二隻のうちの一隻が再跳躍しているはずです」

「本隊がおらず、二隻だけという可能性は?」

「彼らがクーデター軍なら、追っているのは、私。伝説に歌われる始祖の船ですよ? 戦闘モードになれば、一個戦略艦隊に匹敵する戦闘力を発揮します。長距離航行モードで逃げに入れば、一万光年を跳躍可能です。それをただの二隻で?」

「いやでも、今、どっちもできないだろ? 船内に三億人抱えてるんだから」

「それを敵が知る術はありません。それこそ、敵が願望に従って行動するような間抜けならともかく」

「なるほど」

 大マゼランの意見は正しいように思える。敵を過小評価しないという意味でも。

 しかし、俺は彼女の意見には、大きな穴があると考えた。一ヶ月前まで俺はブラック寄りの会社でサラリーマンしていたので、組織というものが正しい理屈だけでは動かないことを知っている。上も下も始祖の船の恐ろしさは分かっているのに、船や人員が足りない、時間や金がもったいない、などの理由で二隻の宇宙船に「お前らだけでうまくやれ」という適当きわまる命令を出して送り出すことは、十分にありえるのだ。

「あれがランダム跳躍の漂流者なら、どういう連中が考えられる?」

「官憲や軍に追われた犯罪者か、犯罪者に追われた民間船かですね。とにかく、その場を逃げることを最優先にして跳躍航法に飛び込んだ宇宙船です」

「ふーむ、つまるところ行って確認するしかないのか」

 こうしたやり取りの間も、俺の出撃準備は進んでいた。

 黒い機体に、何体もの作業用ロボットが取り付き、組み立て作業を行っている。指揮を取っているのは、小マゼランだ。

 一ヶ月前から開発が進んでいる、俺専用――つまり、始祖の腕輪の力を借りる前提で設計された特殊戦闘艇である。全長は五十メートル。矢尻に似た、細い機体に強力な機関が搭載されていて、光速の三十パーセントの巡航速度を出せる。

「小マゼラン、組み立て作業は間に合いそうか?」

「組み立ては間もなく終わるよ。でも、新規パーツの七割が未完成で搭載されていない。こいつは骨格だけのがらんどうだ」

 小マゼランは不満そうに唇を尖らせた。

「最優先で開発したエンジン周りと、ステルス機能は使える。けど、それ以外のパーツは未搭載。当然、武装も未完成。この船の予備のレーザー砲を搭載しておいたけど、調整してないから遠距離砲戦では使えない。これでパイロットとしては素人の銀河殿を送り込むより、無人にしてドロイドに操縦させる方がいいと思うな」

「それはダメだ。ドロイドに判断をすべて任せるには、情報が足りない」

「なら、遠隔操縦で……は、ダメか。逆探知でこっちが発見されたら、元も子もないものな」

「それより、小マゼラン。あの仕掛けはちゃんと搭載してあるのか?」

「ああ、アレね。うん。パーツそのものは既存のものを組み合わせただけだから。動作も確実だよ」

「ありがとう」

「言うまでもないけど、一回限りだからね? 使うタイミングは任せるけど」

「わかってる」

「それにしても、早すぎるよ。あと一ヶ月あれば、この機体も完成できたのに」

「しょうがないさ。守る側は、戦うタイミングを選べないものだ。いつ戦うかは、常に攻める側の決めることだからな」

 将来、といっても一年以内にソル星系への転移座標がある木星軌道には、防衛ステーションが建設され、そこには無人機を主力とする戦闘部隊を配備する計画だった。そうなっていれば、打てる手もまた違ってきただろう。

 ――しかし、今の時点では、俺が行くしかない。

 この機体を無人機のまま飛ばすことも、考えなくはなかった。

 来訪したのが敵であることがはっきりしていれば、俺もそうしただろう。

 ――けれど、あれが民間船だったら……俺が停船を命じ、臨検しなくてはいけない。

 ここはネロス皇国の管理下にある保護星系だ。宇宙連邦の法では、代官である俺には、転移してきた宇宙船を臨検する権限がある。

 ――臨検に相手が従わなければ……その可能性大なんだが、攻撃し、最低でも航行不能にしなくては。場合によっては撃沈してでも。どうあってもソル星系の転移座標を、外部に漏らすわけにはいかない。

 相手が逃げようとすれば、民間船であっても攻撃し、沈める。

 その必要性は理解している。法的な根拠もある。覚悟もあるが、気はのらない。

 ブリーフィングが終わる。

「銀河さん、お話があります。こちらへ」

 それまでずっと沈黙していたメシエが、そう言って、俺の返事を聞くことなく、早足で歩き出した。

 俺は黙ってその後ろをついていく。

 メシエが向かう先にあったのは、パイロット用の控え室だった。十人くらいが座って談笑したり、仮眠できるスペースと設備がある。もちろん、今は誰もいない。

 俺がメシエについて部屋に入り、扉が閉じると、振り向いたメシエがポシェットから短剣を取り出した。

「時間がありません。銀河さん――略式ですが、皇国騎士への加護の儀を行います」

「皇国騎士とは俺のことか? 加護って?」

「そこにしゃがんでください……そうです」

 俺は映画で見た昔のヨーロッパの騎士叙勲の光景を思い出し、床に片膝をついてしゃがむ。

 見上げればメシエのおっぱい。その上に、緊張した面持ちのメシエの顔。

「ネロス皇国の騎士、地球代官、一星銀河。出撃を前に私、ネロス皇国皇女メシエ・N・ジェネラルより加護を授けます」

 短剣の鞘をはらい、メシエは自分の左手の上で二度、三度、短剣をゆっくりと動かす。そうしてから、左手の中指の腹を短剣でちくりと刺した。白い指の先に、ぷくりと赤い血がふくれる。

 続いて、血のついた指を、俺の口元へと近づける。

「舐めてください」

 俺は顎を上げ、舌を伸ばした。メシエの指を舐める。血の味が口の中に広がる。

「?!」

 舌の上がぴりっ、とした。

「加護は継承されました。定着まで四時間。最大で効果が二十時間持続します」

 メシエが短剣を鞘におさめ、ポシェットに格納する。

「加護というのは、ナノマシンか?」

 ネロスの皇家は、全員が医療や鎧装のためのナノマシンを埋め込まれている。

「そうです。血液中にあるナノマシンを短剣で指先に集め、銀河さんの中に送りました。他人の体の中では自己複製ができないので、簡単な……傷を塞ぐくらいの効果しかありませんが……」

 メシエの唇が震え、言葉が止まった。じわり、とメシエの目に涙が浮かぶ。

 無理もない。これから俺は宇宙に行って戦うのだ。ビーム砲やミサイルが飛び交う戦いで、ナノマシンによる傷口の縫合がどれほどの延命につながることか。

 ビームをくらって体の半分が蒸発した後では、ナノマシンがいくら頑張っても、走馬燈がちょびっと長くなるくらいだろう。

 賢いメシエには、それがわかっている。

 それでも、メシエはわずかな可能性にかけて、俺にナノマシンで加護を与えてくれた。

 その気持ちに応え、その思いが無駄でないと証明することこそ、メシエの夫たらんとする俺の役目だ。

 俺は膝をついた姿勢のまま、メシエの左手を掴み、もう一度、口をつけて血が浮かぶ指先を舐めた。こくん、と喉を鳴らして呑み込む。

「メシエの加護、確かに受け取った。安心しろ。俺は『何とかする男』だ」

「銀河さん……はい!」

 メシエが涙を拭い、微笑みを浮かべる。

「ついては、帰ったらメシエの祝福も受け取りたいな」

「え? 祝福ですか? 加護というのはありますが、祝福というのは……」

 メシエがきょとん、とした表情になる。

 俺はにやっ、と笑って右手をわきわきさせた。その意味することは明白で、メシエは顔を赤らめて自分のたわわなおっぱいを隠す。

「もう、銀河さんってば……本当に……本当に、もう」

 メシエが背をかがめ、俺の頬に小さく音をたててキスをした。

「ありがとうございます。もう大丈夫です」

「あー……祝福をもらいたいっていうのは本当なんだが」

「地球の文化圏では、それはフラグというものでは?」

「俺のお嫁さんが、どんどん地球の文化に汚されていく……」

「私の旦那様は、甘やかすとダメ人間になるそうですので。でも――」

 ぐっと、メシエが身を乗り出す。俺の顔の前に、大きなおっぱいが迫る。3Dの大迫力である。

「出発前でしたら、フラグにならないので……加護の一環として……」

 おお。

 ダメ元でも、言ってみるものだ。

 天は自ら助くる者を助く。

 おっぱいを求めよ、されば与えられん。

「では――」

 俺が手を伸ばし。

「ん――」

 メシエが目を閉じる。

 まさに、その時。

「銀河殿! 準備が整ったぞ! あれ、ロラン皇子。そんなところで扉に耳をくっつけて何を? え? 静かに? なんで? とにかく入りますよ!」

 小マゼランの声に、俺とメシエは顔を見合わせ、同時に吹きだした。

 パイロット控え室の扉が開き、小マゼランとロランが入ってきた。

 俺は立ち上がり、メシエを抱きしめた。

「行ってくる」

「はい。お待ちしております」

 ダメ元で、聞いてみる。

「あの……帰ったら、さっきの……」

「フラグはダメですよ」

「わかった」

 ダメだった。

 格納庫を黒い機体に向かって進みながら、俺はひとつの真実をかみしめていた。

 映画などで、フラグを立てる連中を、俺はこれまでバカにしていた。

 しかし、そうじゃない。これから危険に飛び込む身となれば、フラグは自分から立てたくなるのだ。無事に戻れるかわからないからこそ、人は無事に戻れば良いことがある、と思いたいのだ。結婚するとか、子供の顔が見られるとか、パインサラダを食べるとか、あるいは――おっぱいを揉めるとか。天秤の、無事に戻る側に希望という重りを乗せることで、そちらに向かいたいのだ。

 ――これからは、映画でフラグを立てる奴がいたら、応援しよう。

 機体に向かうと、格納庫のスピーカーから小マゼランの声が聞こえた。

「これより、ブラック・ダイカン号の発進シーケンスに入る。作業用ドロイドはただちに格納庫から退避せよ」

 ブラック……ダイカン号?

 そういえば、特殊戦闘艇は小マゼランの設計、開発、組み立てで、名前も小マゼランに任せてあった。

「ダイカンって、地球代官の代官だいかんか……そして色が黒いから、ブラック・ダイカン号。どういうセンスなんだ、それって」

 もうちょっといい名前はなかったのか、とも思うが、今さら何もしていない俺がネーミングに文句をつけるのも恥ずかしい。

 球形のコクピットに乗り込む。宇宙服やパイロットスーツのようなものは着用しない。

 いざとなれば、俺の右手にはめられた始祖の腕輪の力を引き出して鎧装ガーラを行うからだ。ブラック・ダイカン号のコクピットには、始祖の腕輪が眠ったままでも、能力や支援を引き出せるインタフェースが搭載されている。

 パイロットの俺がするのは決断だ。

 進む。戻る。戦う。逃げる。大雑把な決断をくだせば、ダイカン号のインタフェースが補ってくれる。そのための専用機だ。

 コクピットの腕かけにあるくぼみに、始祖の腕輪がはまるように腕を置く。操縦桿やフットペダルのようなものは、このコクピットにはない。コクピットに付きもののメーターや、情報を表示するパネルもない。それらを読み取る訓練をパイロットである俺がしていないからだ。

 そうした情報は、ホログラフで投影され、音声で解説される。

『パイロット、一星銀河へ。発進準備完了しました』

「木星までの所要時間は?」

『三時間です』

 アメリカやヨーロッパに海外旅行に行くよりも短い。

「よし、出発だ」

『了解。ブラック・ダイカン号。発進します』

 格納庫の床が消え、ふっ、と体が浮き上がる感覚。

 気付けば俺は満天の星空の中に浮かんでいた。右手後方に太陽。左手側に地球。

『進路クリア。加速開始。〇・三c巡航速度まで五分』

 音もなく、荷重もなく、俺を乗せたブラック・ダイカン号は滑るように加速していく。

 目的地は、木星。ソル星系跳躍転移点。


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