かの説明を聞けよ騎士よ
タイトルまんまです。アクセルすき。ほんとあこがれてる。
――使い魔の召喚とは、通常魔獣が呼び出される。人が呼ばれるなど前例がないらしい。成程、道理で俺が喚ばれる理由だ。
「私はリネア。カルナストウ領主であるグラーツ・オルジナ公爵が三女。リネア・オルジナ・カルナストウと申します」
スッと片足を引き、スカートを摘み礼をする。
見事なカーテシーを見せる。
年は14、5といったところだろう。
手入れの行き届いたプラチナブロンドの髪と萌黄色のワンピースが良く似合っている。
カルナストウ領を治めるオルジア家のリネア……立ち居振る舞いから、ある程度の地位にある者だとは予想していたが、封建領主の娘とはな。
しかも公爵家……どう転ぶにしても厄介そうだ。
『データベースからは、有史以来カルナストウという地名は存在していないわ』
――そうか。
クロエは俺の聴覚神経に直接働きかけることで、念話の様に会話することができる。
俺はこの機能を念話状態と呼んでいるが、現在はその念話状態でクロエと会話している。
『大気中の成分や天体位置など、先程までに収集したデータと総合すれば、99.9999996%の確率で……』
――ここは俺達が居た世界ではない、ということか。ちなみに端数は何だ。
『この世界そのものが、何者かがトウヤの脳に干渉して見せている仮想現実の可能性なんだけど……現状、私の攻性防壁を突破し、その足跡を完全に隠匿した状態でトウヤに干渉できる演算能力だなんて、馬鹿とお兄様を直列化でもしない限り考えられないわ』
つまり、ほぼ確実に異世界に来てしまったというわけか。
漫画や小説なら、ここで混乱の一つや二つしてみせるのだろうが、生憎、一度死を覚悟した身だ。
拾った命、好きに使わせてもらおう。
「俺は灯夜。喜志灯夜だ」
芝居がかった優雅な礼をするつもりは無い。
軽く会釈して名乗る。
普段はトウヤとしか呼ばれていない為、姓を名乗るのは久しぶりだ。
「まぁ! やっぱりトウヤ様は騎士でいらっしゃったのね!」
リネアが、大きな目を更に大きくして反応する。
若干、ニュアンスが違う様な気もするが、明らかに日本人ではない者達とスムーズに会話出来ている時点で、深く考えてはいけないのだろう。
「それで、どこにお仕えになっていたのですか?」
かつての所属を問うリネア。
自分で言うのも何だが、得体の知れぬ相手の素性を探ろうとすることは、血筋そのものに意味を持つ貴族の子女としては当然の行動だろう。
どうせ知るまい。言っても問題なかろう。
「フラタ……」
『トウヤ!』
突然割り込んできたクロエに驚く。
これは『言うな』ということだろう。
「いや、もはや存在しない。今は風の向くまま気の向くままの生活だ」
「そうですか……では今は流浪の身という訳ですね!」
キラキラと目を輝かせる理由がわからないが……そういう事にしておこう。
俺も素性を隠せて、彼女も納得する。
誰も損をしない、良い結果だ。
続いて側に控えていた老執事が歩み出る。
「私はオルジナ家の執事をしております。カウフと申します。この度は、お嬢様の命を下衆な輩の手からお救い下さり、感謝の極みにございます」
深々と礼をする老執事の姿は絵になる。
戦闘の為破損した執事服も、いつの間にか新品に変わっており、シワ一つ見当たらない。
白髪を後ろに流した清潔感のある髪型と、余裕を感じさせる微笑にはプロフェッショナルの貫禄を感じさせる。
「わ……私はトリスです。お嬢様の側仕えのメイドです!」
ヴィクトリア朝のメイド服に身を包んだ女性。
顔立ちは垂れ気味のくりっとした目で八の字眉。
綺麗、というよりも可愛らしい印象を受ける顔である。
ホワイトブリムを着け、後ろ髪は高めの位置のシニヨンで纏めている。
『ワタシはクロエ、ヨロシクね』
クロエが、ドライブレイサーを通じて挨拶をすると、リネアをはじめ、カウフとトリスが片膝をついて跪く。
「非礼をお許し下さい。クロエ様におかれましては、さぞ高位の精霊様とお見受けいたします。この度は、我が生命のみならず、従者を救っていただき、感謝に耐えません」
まるで王族に傅くかの様な態度だ。
『トウヤの選択ですもの、ワタシに是非など無いわ』
――どういう事だ?
尊大さを含んだ、芝居がかった口調で応えるクロエに、念話で問う。
『さっき戦った男の人達の会話を分析したの。あの人達、ワタシとトウヤが会話したことに酷く驚いていたわ。』
確かに、あの瞬間奴らは狼狽していた。
しかも、未知の現象に対する驚愕というよりは、既知でありながら、想定をはるかに超えた事態に遭遇したといった様子だった。
『ま、ワタシに任せておいて』
任せるのはいいが、跪いたままのリネア達に何をする気だ。
『お願いリネア、どうか楽にして頂戴』
クロエの声に立ち上がるリネア達。
『ねえリネア、ワタシはワタシとして生まれたから、他の精霊のことは知らないの。だから教えて頂戴な』
「はい! それでは、僭越ながら説明させていただきます。」
誤解させたまま情報を引き出そうとするクロエの手管に舌を巻く。
「そもそも、この世に顕現された精霊は、その全てが精霊界におわす大いなる精霊……聖霊様の分霊だと言われております。」
――何故会話したことに驚くのか聞き出せ。
『あら、ワタシはそんな感覚ないんだけど……で、なんでワタシが喋れることにびっくりしてたの?』
「はい、精霊がこの世界で顕現し、力を行使するには、私達人間という依代が必要となりますが、精霊を精霊界から呼び出す"契約の儀"の際に依代たる人間の保有する魔力の質と量が、精霊が行使できる力の質と同義となるためです」
――なるほど、聖霊と呼ばれるオリジナル領域からコピーできる容量が、人間の性能により違っているのか。
『みんな喋れるんじゃないの?』
「いえ、未熟な契約者の場合ですと、契約者の思考に同調して魔力の行使を補助するのが精一杯でして……」
――容量が少ないと、精霊が自我を確立するためのリソースが足りず、ツールとしての役割しかこなせないという訳だな。
「つまり、クロエ様のようにお力の強い精霊程、聖霊様に近い存在と見做されますし、魔導に優れていなければ、その契約者足り得ないからです」
『そうだったの。リネア、どうもありがとう』
「お、お役に立てて光栄です!」
クロエの感謝の言葉に、リネアが再び跪く。
俺は慌てて立つように促す。全部誤解だから精神的に辛い……胃が痛くなりそうだ。
――精霊を見れば、契約者のおおよそのスペックが推測できるということか。
『高位の精霊っていうのは、まるでAIみたいね』
クロエの念話の内容に同意する。
しかし、聖霊なるものが思考し、明確な意志を持った存在なのだとしたら聖霊側にまるでメリットが感じられない。
人間の知らない利益があるのか、はたまた人間程度が何をしようと意に介していないのか……
「ですので、トウヤ様が優れたお方だということはすぐに分かりましたわ」
リネアはニコニコと笑顔で言う。
全くの誤解だが、美少女に言われれば悪い気はしない。
「トウヤ様の魔力隠匿は完璧といっていいレベル……今も感じ取ることができません。魔力を感知されることは戦場では命取り。常在戦場の精神たるや、このカウフも感服いたします。」
カウフが補足する。
俺は魔力などという怪しげなパワーを持ち合わせていないのだから当然だ。
「あ、あのっ……トウヤ様!」
リネアがこちら側に踏み込み、俺の両手を掴む。
その顔はやや赤い。何か重大な用件なのだろう。目に力強さが見える。
「わたっ……私の」
『あら……』
クロエの声が気になったが、まずリネアの用件を確認しよう。
「リィイイイイイイネアあああああああッ!!」
背後で爆音が響き、思わず振り返ると……
――筋骨隆々立派な髭を蓄えた壮年の男が居た。
ドアだった所に仁王立ちし、こちらを射殺さんばかりに睨みつけている。
分かり易く言えば、すごいヒゲダルマが俺にガンを飛ばしていた。
『素敵なおヒゲね』
黙ってろ。