その戦場を薙げよ嵐よ
あのタイランがやられるとは……
ククク、あのタイランは我々の中でも最弱
よくわからん奴にやられるとは……傭兵団の面汚しよ
「クロエ、全機能スキャン」
損傷した状態で展開した上に、先程は戦闘行動をしている。
続けるにしても、現状を確認する必要がある。
『あらゆる機構に深刻なダメージ確認。稼働率22%。戦術支援AIとして戦闘行動の回避を提言。お勧めしないわね。マゾ以外は』
思った以上に余裕は無い。
目標の強さ云々よりも、時間との戦いになりそうだ。
「稼働限界は」
『10秒ってとこ……ここにとびきりのマゾ野郎が居たのを忘れていたわ』
「一気に行く」
『全く、AI使いの荒いマスターだこと』
――Ready
腕と脚部の装甲が展開し、露出した吸気口が甲高い音を立てて大気を吸い込む。
圧縮した空気を炸裂させることにより直線機動の一時的な強化を行う形態に移行する。
――Burst
『カウントを開始します』
下肢に込めた力が、展開したブースターの推進力を得て爆発力な加速を生む。
残像を残したまま敵の鎧達の横を掠め、すれ違いざまに槍を振るう。
「まずは二つ!」
『9』
攻撃を受けていない敵は残像に意識を向けているが、勘のいい何体かは移動の瞬間に跳んで距離をとろうとしている。
強化外骨格のアシストを受けた渾身の横薙ぎは二人の胴を分断する。
「デジエとクロッゾがやられた!」
お前達にも仲間意識は在っただろう。
だから、その業も俺が背負おう。
「畜生!行くぞ!」
復讐心もあるだろう、それも俺が背負おう。
「風刃!」
「火炎弾!」
「足焼く熱泥!」
『8』
敵も慌てて反撃する。
前衛の三人が迫り後衛の三人が手のひらをこちらに向ける。
『7……前方の空間一帯にエネルギー反応』
突然足元一帯がぬかるみ、泥に足を取られる。
動きが止まったところに火炎弾が直撃する。
腕をクロスさせ防御する。
炎を振り払うと、首を目掛けて空気の刃が襲い来る……が、質量を伴わないこの程度の斬撃では、黒依の装甲を抜くことはできない。
「黒依を舐めないでもらおうか!」
近接組の装備は、長剣が二人とハルバードが一人だが――
長剣使いの攻撃タイミングはほぼ同時。
少し遅れてハルバードが脚部を薙ぐために振りかぶっている。
剣の二連攻撃を上段で受けさせ、隙の出来た下段にハルバードで足を薙ぐためことで機動力を奪うつもりだろう。
戦術としてはなかなかだが乗るつもりはない。
「デジエとクロッゾの仇!」
長剣の二人は飛び上がり、殊更に上段を意識させる。
攻撃動作の起こりに合わせ、再度加速。
爆風が足元の泥を根こそぎ吹き飛ばし、露出した地面を踏みしめて飛び出す。
長剣使いの二人は振り上げたままでがら空きの胴。
右手の槍で一人目の胴を突くと、槍は手放す。
『6』
そのまま無手の右手を二人目の長剣使いの脇腹に当てると手首の衝撃砲を発射する。
取り込んだ大気を圧縮し一気に放つと二人目の男は、鎧を光の粒子に変えながら弾丸のように吹き飛び、二度と起きあがらなかった。
『5』
左手の槍を振りかぶったハルバードにわざと叩き付け、仰け反った男に肉薄し、背中からもたれかかるような体制をとる。
――爆縮解放
加速の為に超圧縮された空気が一気に背中のスラスターから吹き出す。
暴力的な加速を脚力で無理矢理押し留め、背中全体を衝撃砲に変える。
轟音の後にはかつて人だったモノが点々と残るのみ。
これで前衛は全て倒した。残るは三人。
『4』
全開で再吸気をし、高く跳躍する。
天高く太陽を背にし、右足を突き出す。
『3』
上昇が止まり、自由落下を始める。
目標の3人は立ち竦み、微動だにしない。
『2』
クロエの補助の下、全てのスラスターの方向を揃える。
『1』
全スラスターの一斉加速で、必殺の一撃を放つ。
その蹴りは一本の黒い線となり
音を置き去り
姿を置き去り
ただ、結果のみを残していた。
即ち――敵対者の消滅。
『0』
――Timeover
『強制解除します』
光の粒子と共に、黒依が解除される。
最初に確認した敵は10人居た筈だ。
あと一人……どこに行った。周囲を見渡すが、死体以外は何もない。
鎧を着ていなかった奴らもいつの間にか姿を消している。
「クロエ、反応は」
性格に些か問題はあるが、アイツの能力には全幅の信頼を置いている。
『そうね、多数の反応が数百m先。これは撤退行動ね。あの鎧の反応も含まれているわ』
追う必要は無いな。
『あとは……1つが屋敷の中!』
しくじった!
戦いを優先して相手の目的を失念していた。
何がヒーローに憧れていた、だ。
あの時に戻れるなら、自分に爆縮開放してやりたい。
「間に合えッ!」
『ごめんなさい。戦闘に演算のほぼ全てを使ってしまって、そちらにまで意識が回らなかったわ』
クロエが詫びることなど何もない。
俺の行動の責任は全て俺にある。
全力で少女の元へ向かう。
『マスター、跳んで!』
理由は考えない。
相棒が言うのだ。
そうすることが、この場を打開する最善策に違いない。
『限定展開――ブースト……これが最後よ!』
生身の身体に殺人的なGがかかるが、既にただの人間ではない俺には十分耐えられる。
そのまま一発の弾丸となって屋敷へ飛び込む。
「口を滑らすんじゃなかったぜ。本隊とはかなり離れちまったが、お前を殺してすぐに追いつかねえと……」
手にした剣を、今にも少女に振り下ろそうとする男の姿を認めると、頭の芯がカッと熱くなる感覚がある。
そのままの速度で男を蹴り飛ばすと、壁にめり込み、奴は先発(あの世の)したお仲間と合流した。
「無事か?」
少女に声をかけると、目に涙を溜めた顔が見えた。
やや金の強いプラチナブロンドの髪が揺れる。
身長は150センチそこそこで女性的な体つき、顔立ちは整っている。
「そうだ、トリス!」
少女が、トリスと呼ばれた女性に駆け寄る。
負傷した頭部に向けて手のひらを向けると、淡い光が灯る。
「治癒魔法は得意じゃないけど……」
あの光は何だ?
それに魔法とは……ゲームやアニメの中のフィクションではないのか?
魔法じみた攻撃をする敵はいくらでも居たが、残念ながら本物の魔法使いは見た事が無い。
「うっ……リネアお嬢様?」
トリスと呼ばれた女性が意識を取り戻す。
「お願いトリス……カウフを助けて!私の治癒魔法じゃ効かないの!」
まだふらつくのだろう。
辿々しい足取りで散乱した家具の辺りに倒れている執事服の老人に近寄ると、何かを呟いたあと、先ほどのリネアと呼ばれた少女よりも輝きの強い光が、老人の体全体を包む。
「高位治癒!」
先程までは息も絶え絶えといった様子の老人だったが、みるみる血色が良くなり、呼吸のために上下する胸もゆっくりと穏やかなものになる。
その姿を見て安心したのか、ほうっと一つ息を吐くと、リネアと呼ばれた少女がこちらを向く。
「ありがとうございます。私達の命を救って頂いて感謝しております」
笑う少女の顔に、何か胸の奥に刺さるような感覚があったが、それが何かは俺にはわからない。
まずは、彼女から情報を引き出すことを目的にしよう。
「まずは名を……教えてくれないか?」
無事だった部屋の一つで椅子に腰掛けると、あのとリスト呼ばれた女性が淹れた紅茶を一口啜る。
『かなりややこしい事態になってるみたいね。』
「まぁな……ちなみに再展開までどれくらいかかりそうだ?」
『最後の限定展開でトドメね。修復施設がない現状では自動修復に頼るしか無いわ。再展開可能まで、最低でも3600時間は必要よ』
きな臭い話に盛大に巻き込まれている様だが、五ヶ月間、黒依無しで戦わなければいけないのか。
――大きく溜息をつくと、紅茶を飲み干す。後味は少し苦かった。
ちなみに戦闘行動以外のリソースは、トウヤさんを煽るための演算に使用しています。