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我が求めに応じよ騎士よ

 長い廊下を男達が慌ただしく走る。

 飾られていた高級そうな調度品は叩き壊され、カーテンからは火の粉が舞い散る。


「いたぞ! こっちだ!」


 私はここで死ぬのだろうか。

 そう考えると、体の震えが止まらない。


「リネア様……」


 そっと、侍女のトリスが私の肩を抱いてくれているが、気休めに過ぎない。

 部屋の外で響いていた剣戟の音が、護衛の騎士の健在を教えてくれているが、次第にその音は減り、代わりに聞き慣れた声の断末魔が混じる。


「私も出ます。リネアお嬢様はトリスと共に隠し通路からお逃れ下さい」


 いつも側に控えてくれた老執事のカウフが、優しく笑いながら白手袋をはめ直す。

 既に、騎士たちの抵抗の声は殆ど聞こえない。

 ただ、こんな私への忠義の為に剣を振るい、勇気を奮い、死んでいくのだ。


「ごめんなさい、カウフ」

「いえいえ、これも執事の勤め。旦那様への最後のご奉公にもなりますゆえ」


従者達の献身を胸に、背後の隠し通路に向かおうとするが、時間は残酷である。


「お嬢様! 逃げ――」


 今の声は、従騎士隊で一番若いトマスの声だろう。

 その声は途中で途切れ、閉じられた分厚い扉を爆炎が吹き飛ばす。

 遂に逃げることも叶わないのか。

 ガチャガチャと具足の音を鳴らして、死がやってくる。


「傭兵団"血の軍団(ブラッディレギオン)"だ。お前達には恨みはないが、これも仕事だ。」


 二十人程の男が侵入してくる。

 いずれの装備も整っており、武に疎い私にも只者ではないと感じた。

 ただの賊に我が家の護衛が敗れるはずがない。

 盗賊とは一線を画す、組織的行動と金目の物を狙わずに真っ直ぐに私に迫ってきたという違和感の答え。

 ようやく、身に迫った脅威の正体が理解(わか)ったが、理解(わか)ったところで今更の事。


「誰であろうと、お嬢様には触れさせぬ!」


 カウフが老人とは思えぬスピードで、傭兵に突撃する。

 左右の袖口からナイフを取り出すと、フェイントを織り交ぜて斬りかかる。

 斬りかかられた男は落ち着いた動作で斬撃をいなすと、カウフから距離を取る。

 男の背中でカウフから死角になっていた位置に隠れていたもう一人がカウフに手のひらを向け、魔法を放つ。


「エアバースト!」

「ぐぅッ!」


 カウフが、家具も何もかもを滅茶苦茶に巻き込みながら、強かに壁にたたきつけられる。

 明らかに重症だ。口から吹き出す血に、私も気が遠くなりそうになる。


「カウフさん! 今治癒をッ……!」


 慌ててトリスが駆け寄り、カウフに治癒の魔法を使おうとするが、そのような暇を与えてくれる傭兵は、この世には存在しない。

 クロスボウの矢がトリスの太腿に突き立てられ、発動前に集中力を欠いた魔法は霧散する。


「トリス!」


 そのまま剣の柄で頭を打たれ、トリスは昏倒する。

 流れる血が痛々しい。


「さて、祈るのなら少しだけ時間をやるが?」


 私がカウフとトリスの負傷に動揺している隙に、傭兵達に取り囲まれてしまう。

 いよいよお終いなのか、そう思うと不思議と思考がクリアになる。


「では、そのようにお願い。でもその前に……」

「何でしょう?」


 傭兵達に下卑たところはない。彼らは彼らなりに矜持を持って戦っているのだろう。

 死に向かう相手に対して、敬意を払おうとする様子が窺える。


「誰の差金でしょう?」


 誰に殺されるのか、それだけは知りたかった。


「申し訳ありませんが、それは言えませんね」

「そうですか……それは残念です」


 哀れに思ったのか、傭兵は小さく呟く。


「……鷹に双剣」

「……ッ!!」


 隣接するカーディナルの紋章が鷹に双剣である。

 そして、カーディナルの領主の正室が私の腹違いの姉のフラニアである。フラニア姉様の母は正室で、私の母は側室の娘。

 一段下に見られていたことは、昔から知っていた。

 なるほど、私を亡き者にすれば、自分の子が、ゆくゆくはこの地を治めることができる。賊が屋敷を襲うという痛ましい事件(・・・・・)で私が死ねば、あとはお父様に頼んで自分の嫡男より下の子に宛てがうことができる。

 男子の居ないカルナストウならば、血脈が維持できればお父様も文句は言わないだろう。


「全くもって腹立たしいですわ……」

「同情はしますよ」


 こんな下らない理由で死ぬというのか?身内の醜い争いで死ぬなんて。

 馬鹿馬鹿しいにも程がある。沸々と怒りが湧いてきた。


「祈る時間をいただきますわ」


 男達に背を向け、祈るフリをしながら囁くような小さな声で詠唱する。

 使い魔の召喚――魔道に進んだ人間ならだれでも使ったことがある低級魔法(ロースペル)だが、この魔法の要点は、召喚の際に使用する魔力と触媒である。

 意識を失う直前まで魔力を注ぎ込み、触媒も魔力が込められた宝石を使用する。


「もう宜しいかな?」

「ええ、もう終わりました(・・・・・・)


 きっとこの時の私は、笑っていたのでしょう。


「ご安心を、こちらもプロです。痛みは感じさせません」


 剣を上段に構えた瞬間、召喚の魔法が発動する。宝石が砕け散り、膨大な魔力が渦を巻く。


「何をッ……!?」

「魔法だッ! 下がれッ!」


 異変を察知した傭兵達が素早く離脱する。


「我が求めに応じて来たれ!」


 身体から大量の魔力が抜け出るのが分かる。

 技量はともかく、魔力の量だけはお墨付きだ。いったいどんな使い魔が喚ばれるというのか……


「ヤバイぜありゃ……使ってる魔力が大きすぎる。魔力爆発(オーバーロード)するぞ!」


 魔道の心得のある傭兵が叫ぶ。

 何事にも適量というものがある。

 料理なんかであれば、不味くなるだけで済むだろうが、魔法は違う。術式で処理できる許容量を超えた魔力は、行き場をなくして爆発する。

 純粋な魔力の爆発は、属性という減衰フィルターを経ていない分威力が段違いに高い。

 爆発でリネアは死ぬだろう。目的が達成されるのは良いが、魔力爆発(オーバーロード)は目立ちすぎる。

 異変を察知したカルナストウの正規兵が来る時間が早まってしまう。何より自分たちが危険である。


「お嬢様……!」


 意識を取り戻したカウフが私の名を呼ぶ。

 この状況を打破する力を……


――何だっていい!


 今にも魔力爆発(オーバーロード)しそうだった触媒と私の魔力が螺旋を描き輝きを増す。


――悪魔や死神でも!


 これから起きる現象が単なる魔力爆発(オーバーロード)ではないことを察知した傭兵が、素早く対処を指示する。


「魔法使いはすぐに術者を殺れ! 魔力爆発(オーバーロード)に備えて魔道具で対魔障壁用意!」

「応ッ! 炸裂せよ風! エアバースト!」

「障壁展開!」


 魔法使いは手のひらをリネアに向け、魔法を放つ。

 その他の男達は、床に対魔障壁の込められた魔石を叩き付け、効果を発動させる。

 魔道具は高価だが、背に腹は代えられない。


「私だけの使い魔(ファミリア)よ!」


 発動と魔法の着弾は同時であった。

 衝撃波が巻き起こり、何も見えなくなる。


「お嬢様ァー!」


 カウフの絶叫が響く。


「やったか!」


 傭兵が声を上げるが、視界が開けた先には先ほどまではいなかった何かが立っていた。

 ボロボロではあるが、やけに体の線に沿った金属鎧(プレートアーマー)のようなものを着込んだ騎士である。

 新たな脅威を認識した傭兵たちは手のひらを向け、衝撃波(エアバースト)を食らわせる。

 私は思わず目を瞑るが、再び目を開けたとき騎士は微動だにせず、そのままの場所に立っていた。


「あの世にしては物騒なお出迎えだな……で、現状はどうなっているんだ?」


 歴戦の戦士の風格を持っているにもかかわらず、若々しい声。

 唯一つ確かなことは、この騎士は私の求めに応じて現れた使い魔(ファミリア)であるということ。

 ならば最初の言葉は決まっている。


「お願い!私と、みんなを助けて!」


 騎士は私の顔を一瞥すると、すぐに傭兵に対峙する。


「いいだろう。俺もヒーローに憧れていたところだ」

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