我が贖罪と知れよ世界よ
壱式強化外骨格"ヴァリアント"の再臨。
しかし、その姿は異形の化け物と化していた。
蒼に禍々しい錆色が混じり、再展開による装甲再生すらも追いつかない程の損傷を受けていたその体は、再生機能を暴走させ周囲の瓦礫を取り込み、巨人と化していた。
「セイ、お前は下がってな」
セイを安全な距離まで下がらせると、ケンとトウヤはイルミナスに対峙する。
「ちゃんとトドメを刺したつもりだったが……」
トウヤが呟く。
「なーに、再生怪人ってのは元より弱いって相場が決まってる」
ケンが軽口で返す。
「ほざけェ!」
イルミナスが駆るヴァリアントがその巨大な腕を振るう。
破滅的な質量と速度で持って襲い来るそれを、二人は跳躍し避ける。
「「着装」」
ドライブレイサーが光を放つ
「赤炎!」「黒依!」
先程までの戦いの傷痕を残したまま、二人の戦士は往く。
満身創痍だが、気力は充実している。
破壊の拳に対して、ケンが近接用兵装である実体剣"小烏丸"を振るうと、ヴァリアントの腕が弾き飛され、その隙を突いてトウヤが短槍"ブラッドスピア"を繰り出す。
一度突いただけに見えたそれはヴァリアントの体に複数の穴を穿つ。
「死ねぇっ!」
もはや正常な判断力も失われたのだろう。復讐鬼と化したイルミナスは、殺意に支配されていた。
ヴァリアントの機能により最適な軌道、速度で繰り出される攻撃は、それ故に避けるのは容易い。
ヴァリアントは、赤と黒の連携により徐々に追い詰められていく。
「さっきの方がよっぽど強かったぜ。イルミナス!」
小烏丸の一閃がヴァリアントの右腕を切断する。
最早痛みも感じないのか、ヴァリアントは咆哮と共に左手をケンとトウヤに向ける。
「私が……私は……世界を……」
膨大なエネルギーが収束し、次々と光弾が打ち出される。
「もうテメェはお呼びじゃないんだ!」
ケンが叫ぶと、小烏丸に力が行き渡り赤熱化する。光弾を一薙ぎすると、複数の光弾が爆発する。
「消え去れ……この俺の怨念と共に!」
トウヤがブラッドスピアを一振りすると、その穂先が、全てを飲み込むような黒に染まる。
大きく振りかぶり、ブラッドスピアを投擲すると、その軌跡は一本の黒い線となって、ヴァリアントの左手を突き抜ける。
行き先を失ったエネルギーが炸裂し、ヴァリアントの左手を付け根から吹き飛ばす。
「グゥッ!」
両手を失った巨人がたたらを踏むが、追撃が止む事は無い。
世界を手に入れようとしたイルミナスの組織『フラタルティア』はこの一戦をもって滅びる。
そう明確に告げるかのように、ケンとトウヤの攻撃は鋭さを増していく。
「ワタしは……ワタシはカエルのだ……セカイ……カエル」
正気を失ったイルミナスが不意に動きを止め、うずくまる。
不審に思った二人は一瞬攻撃の手を緩めるが、次の瞬間に全周囲に放たれた衝撃波に吹き飛ばされることとなる。
『高エネルギー反応! ケン、気をつけろ!』
戦術支援AI"セキエン"が警告を発する。
もしAIに人間と同じ感覚があったとしたら、思わず眩暈がするような数値を示している。
今すぐ戦場からの離脱を進言したいが相棒が承知しないのは火を見るより明らかだ。
「しゃらくせぇ!」
体勢を立て直したケンは、小烏丸を振りかぶり突撃しようとする。しかし、その突撃はトウヤによって制止される。
「何で止めるんだよ!」
「マズいぞ……」
苦みばしった口調のトウヤに、流石に何かあると気づいたケンが理由を尋ねる。
「何だってんだよ! あとはトドメでおしまいじゃねーのか!?」
『お兄様は自爆しようとしてる』
ケンにも聞こえるように外部出力されたクロエの声が最悪の事態を告げた。
「攻撃してもドカン、このまま放っておいてもドカンか……ちなみにクロエ、今奴を攻撃するとどれくらいの被害が出る?」
『そうね、この周囲20キロが更地になる位ね』
AIには感情が無い。その為、焦りも絶望も感じさせない声はケンにも少しだけ冷静さを与えてくれた。
「そんなにかよ……!」
『ちなみに、放って置けばその十倍はまっさらになるわよ。どうやってもかわせない超威力のほぼ全範囲攻撃。後先考えなければ最も効率的な方法ね。ま、使ったら死ぬけど』
「時間は後どれくらいある?」
『そうね……臨界まで1分程度かしら?』
1分という時間はあまりにも短すぎる。
ケンにとって、その言葉は絶望というナイフを喉元に突きつけられる気分だった。
「何か……何か手は無いのか?」
『あるにはあるが……』
セキエンが言葉を濁す。一縷の希望に縋りたいケンはその先を促す。
「何だよ!? あるなら早く教えてくれ!」
『それは……』
『リアクターをオーバーロードさせて、お兄様のエネルギーと対消滅させるんでしょ?』
言い淀むセキエンにクロエが止めを刺す。
何億何兆回検算しても、誰かの犠牲なくして止めることは不可能であった。
そしてその誰かとは、ヴァリアントと同じリアクターを持つ者――つまりケンとトウヤのどちらかの犠牲を意味する。
「みんなを守れるんだ、迷ってる暇はねェ!」
ケンが即断して進もうとするが、体が動かない。
セキエンが機体を一時的に掌握し身動きを封じた為だ。
「クソッ! 何しやがんだセキエン!」
相棒の行動の真意が読めず、叫ぶケン。
『本当にいいのか?』
セキエンが先ほどの通信の確認をする。
『やっぱり、貴方ならそうすると思っていたわ』
クロエが笑うと、トウヤが一歩前に出る。
その役目は自分のものだ。
クロエを介してセキエンに通信すると、セキエンの協力を得てケンの動きを封じたのだ。
『すまない……』
「いいさ。俺もあいつに救われた。」
セキエンの謝罪に、振り返ることなく答える。
生還の望みは無いというのに、悲壮感は感じられなかった。
『あら、まるで遠足にでも行くみたい』
「お前は止めないんだな」
決して遅くない速度でヴァリアントに近づくトウヤ。
『トウヤ……ワタシは貴方の全てを肯定するわ』
「別に、世界を救おうだなんて、大それたことは考えちゃいないが、セイを死なせたくはない」
自爆を完遂させるために周囲に撒き散らされた衝撃波を意にも介さず、トウヤは進む。
『それは同感ね。ワタシもあの子は好きよ……』
「…………」
軽口を叩き合いながら歩を進める。
黒依のリアクターがフル稼働し、背中から燐光を放つ。
『何? 妬いた?』
「アホ抜かせ」
稼働率が120%を超え、警告音が鳴り響くが、すぐさまクロエが警告音をオフにする。
『被害を最小限に食い止めるために、最大稼動で演算するわ。だから、おしゃべりはここでおしまい』
「なに、またすぐに会えるさ」
名残惜しげに言うクロエに、トウヤは笑う。
「じゃあなケン、最期に俺もヒーローをやらせて貰う」
「トウヤ! お前!」
極光がイルミナスの駆るヴァリアントとトウヤを包み、光が消えた後にはもう何も残っていなかった。