いつのまに?
昨日のことが頭に残っていたので私は朝から不機嫌だった。
そして現在皆で朝食をとっていた。
そんな私の前で、雨降って地固まるというか、シリルとフルールがいちゃいちゃしていた。
「フルールぅ~大好き」
「シリル様、仕事の邪魔です」
「ええ~、フルールも一緒に食べようよ」
「メイドですので」
「じゃあ早くお嫁さんになってよ」
「……そのうちに」
「! 返答が一歩進んでいる! フルール大好き! 次は既成事実出来るように頑張るね!」
「……実家に帰ります」
「いやぁあああ、フルール待ってぇぇえええ」
そんなイチャイチャする二人。
フルールの態度と答えは冷たいが、シリルが抱きつけば抱きしめ返したりと、そこはかとなくフルールもシリルを受け入れているようだった。
「……羨ましい」
ポツリと呟く私だが、拓斗は聞こえているのに知らないふりをする。
悔しくなって、でも、自分からそれをいう決心が私にはなくて。
結局、食事を終えて、私はこのままそんな事を考えているのも辛かったので歪みを直しに、エーファ達に聞きに行こうと拓斗に提案したのだった。
エーファはシルヴァン王と一緒にいるらしい。
そのシルヴァン王のいるらしい部屋の扉をたたくと、何故かエーファが天の助けと言うばかりの笑顔で飛び出してきて私を抱きしめた。
「助かったわ助かったわ助かったわ」
「うぐっ……苦しい」
「あら、ごめんなさいね。あいつがいつまでたっても私を開放してくれなくてね。……本当に心配症なんだから」
そんなエーファの声は何処か機嫌が良さそうだ。
喧嘩するほど仲が良いとはこういう人たちの事を言うのかもしれない。
そんなこんなで、機嫌の悪そうなシルヴァン王をおいて、私達は歪みの修正に向かったのだった。
シルヴァン王と別れてエーファと一緒に歪み直しに向かった私達。
途中、魔族達と合流したのはいいのだが。
何故か私は機嫌の悪そうなエーファに後ろから抱きしめられていた。
「あの、エーファさん?」
「……やっぱり可愛い子の方がいい。何であんな、Sが入った性格の悪いイケメンと私は恋人同士なんだ」
「……エーファさんが好きだから、では?」
「……何で私はあれが好きなんだ」
「いえ、私に聞かれても……」
そう私は答えながらも、エーファはきっと私に答えなんて求めていないんだろうなと感づく。
ただ歩きにくいのでそろそろ放してくれないかなと思っていると、拓斗が、
「エーファ、そろそろ結衣から離れろ」
けれどそんな拓斗にエーファは頬を膨らませてぷいっとそっぽを向いて、
「……お前の言うことなんて聞かない。私はもっと魔王っぽい魔王になりたかったのに」
「もしもそんな魔王だったなら、シルヴァン王はお前を選ばなかっただろうけどな」
「……知っている」
更にふてくされたようなエーファが私を抱きしめた。
後ろから抱きしめられながら歩くのって、結構歩きにくいんだよなと私は思いながら歩いて行く。
やがて海岸に出る。
この前行った穏やかな海とは違い、荒れている。
波も大きいし正直いって怖いなと私は思ってみていると、
「あそこの海に面した洞窟が、おかしいんだ。以前は大したことはなかったのだが、最近何かが流れ着いてああなった」
エーファの説明を聞きながら更に私は行きたくない気持ちになる。
何だかあそこは……とても怖い気がする。
いつも以上に歪みの気配を感じてそれが今までのものと比べて段違いに危険な気がするのだ。
エーファが私から離れる。
魔族に指示をだすためらしく、連れてきた魔族達と打ち合わせをしている。
そこで今度は拓斗が私を後ろから抱きしめた。
「拓斗?」
「エーファばかりしていてずるいからな」
「……もっと違う理由はないのかな?」
「違う理由を言わなくても結衣はもう逃げないだろう?」
いちいち私の状況を的確に見ている辺りで拓斗はずるいと私は思う。
けれど、それだけ私を見ていてくれている、そう思うと嬉しい気もする。
「そこ、いちゃつくな」
エーファが機嫌悪そうに言うと拓斗が、
「こうやって結衣の力を回復させないと危険だからな」
そういえば抱きしめられた時何かの力が流れ込むのを感じた。
こうやってさりげなく心配してもらえてくれている気がして、私は嬉しくなる。
今なら素直に好きと言えてしまいそうだった。
だがそこで私は目の前で機嫌の悪そうなエーファに気付いた。
もっとも彼女はそれ以上何も言わずその歪みの場所へと歩き出す。
そして、海に面した岩場の際を魔法で浮きながら渡って行き、その洞穴へと辿り着いた所で……数百とも思える先の尖った氷が大量に噴き出してきたのだった。
目の前に迫る氷の刃。
それをまずエーファ達が防いでいたが、
「く、量が多すぎるわね……」
エーファが呻くように呟いた。
それに私も少しでも手助けしようと、
「エーファさん、私に出来る事って無い?」
「……そうね、ちょっとこちらにいらっしゃい」
呼ばれたので近づくと私はエーファに手を掴まれて、そのエーファはにたりと笑い、
「捕まえた」
「え? あの、お手伝いするだけですよね?」
恐る恐る私は言うと、エーファは更に笑みを深くして、
「本当にそれだけだと思う……うがっ」
そこでエーファが呻いた。
どことなく涙目になっていて不安そうに周りを見回している。
「今の攻撃どう考えてもシルヴァンのそれに似ている気がするわ」
「ああ、結衣私に変な言動をした時用に、俺がシルヴァンに力を与えた」
「くっ……余計なことしかこの神はしやがらないわね。……! しまった」
そこで結界が崩れて、氷の刃がエーファや私達に迫るが、それを拓斗が一瞥した。
大きな轟音とともに氷が砕ける。
拓斗がそれを行ったらしいと私は気づいた。
それにエーファが嫌そうな顔になって、
「どうしてその力を使わない。その力があれば歪みなど、一瞬だろう」
「……お前には伝わっていないのか? 親からの伝承や、シルヴァン王から」
「? 何の話だ?」
「……世代が代わればそんなものか」
嘆息する拓斗にエーファはむっとしたようだが、そこで拓斗は私を見て、
「結衣、あのエーファととりあえずは一緒に歪みを直してくれ。結衣の身の安全は保障されている。俺が守るから」
「でも、私だけじゃなくて……」
「結衣の安全の関係でエーファ達まで、結果として補助することになるだろうな」
微妙な言い回しに私は拓斗を見て、
「……極力この世界の人達に直接手をかさないってこと? 理由はわからないけれど」
「……結衣は時々とても賢いことがあるんだよな?」
「時々ってなによ時々って」
半眼で睨みつける私を拓斗は軽く笑って流す。
気づくとエーファも不可解そうな表情で拓斗を見ていたが、とりあえずはあの歪みの修正を先に、となった。
そしてエーファに手を握られて、私の身体に以前エーファが何かした時のようなむず痒いような奇妙な感覚を覚える。
一瞬大きな光が私から発せられた。
絶え間なく降り注がれた氷の矢にその光は進んでいき全てを打ち砕き先へと進んでいく。
やがてその光が止むと、氷の刃は消え、私自身も歪みを感じなくはなる。だが、
「う、動けない」
「力を使いすぎたんだろうな。運んでやるよ」
「や、やめてよ、恥ずかしいじゃない!」
「よーしもっと恥ずかしがれ、あっはっはー」
「……ゲームデータ上書き保存してやる」
「やめてぇえええ」
といった会話があったのだが、それでも私は体が上手く動かないので拓斗の厚意に甘える事にした。
その様子に気付いた拓斗がエーファに、
「これは結衣の体に負担が大きすぎる。程々にしてくれ」
「分かりました。まさかこれほどの威力があるとは思わなくて調節を間違えてしまったようですね。ごめんなさいね、結衣」
謝ってくるエーファに、私は大丈夫ですよと心配をかけないように答える。
更に何かをエーファは言おうとしたがそこで、
「エーファ様、こんなものが有りました」
先に洞窟の様子を見に行った魔族が、金色の破片のようなものを持って現れたのだった。
その金色の破片のようなものを見てエーファは、
「……城で見かけたことがあるな。よし、そのまま魔王城に一時帰還だ」
その言葉とともに私も含めて全員が魔王城に転送される。
次いで、エーファが指示を出す。
その支持に従い魔族達がほうぼうに散っていく。
後にはエーファと拓斗、私が残される。
私は、どうにか自分でたてるまでに魔力が回復させられていたが、まだ歩くのも少しきつい。
それに気づいたらしいエーファが、
「とりあえず話は、私の部屋でどうかしら? この前気に入っていたみたいだから、私とそこの神にはまたおいしいケーキと紅茶を御馳走するわ」
そう二人を誘ったのだった。
以前お茶を頂いた時と同じ部屋にて、再び菓子とお茶が出された。
ただそれには口を付けずに、給仕の魔族が居なくなってからエーファが拓斗に問いかける。
「先程、親の代から聞いていいないのかといっていましたが、何の話ですか?」
エーファのその問いかけに拓斗は小さくため息を付いてから、
「この世界が以前歪みが酷くなり手遅れになりかけた、という話だ」
お茶に口をつけていた私はむせた。
そんな私を横目で見ながら拓斗は、ぎょっとしているエーファに更に続ける。
「その時代は魔族だけしかいなくて、魔族同士での争いが絶えずに色々凄いことになっていてな。魔王も今と違ってやんちゃだったし」
「や、やんちゃとは」
どこかエーファの声音が期待に満ち溢れている気がするが、それに更に拓斗は続ける。
「魔族同士の対抗勢力を両方その美貌で誘惑するわ、わざと火種を作って叩き潰すわ、とんでもなく性格が悪かった。なまじ力がある分、たちが悪かった」
それは期待したご先祖様じゃ無いというふうに、エーファが顔を青くした。
そんなエーファに更に、
「しかも政もおろそかにするわ、市井に出て純朴そうな魔族をたぶらかすわ、虐殺はするわで非常に行動的だった」
「……」
「ただそれが何代か続いた後、もう嫌だと魔王が隠居を初めて、それがしばらく続いていたわけだが……その王の不在が良くなかったらしく、その隙間を埋めるように別勢力が台頭してきて混沌とした状況になり、その時の魔法技術の影響という副作用で、この世界が滅びかけた」
「お、お前は何をしていたんだ。神だろう?」
「あの頃は普通に俺も歪みを直していたが、手遅れに近い状態で。ただギリギリ間に合って、魔族の大陸が沈んだんだ。そして俺は、もう歪みは治さないから自分達でやれ、ついでにお前達以外の種族も作る、そしてお前達は“魔族”であり“魔王”としてこの世界に存続させるといったんだ。まあ歪みを修正させるのは罰のようなものだしな」
「何故魔族に、歪みを修正させるのが罰なのですか?」
「実際に世界を滅ぼしかけた危険性を忘れさせないようにだ。気づけば、ただの悪者のような話に人間側の都合で変化させられて、それを魔族側が逆輸入をして、『世界征服したかったんだ』とお前達魔王が言い出したんだ」
あまりにもとんでもない話にエーファは何も言えないようだった。
ただその話を聞いていた私が、
「あれ、それって魔族が歪みを直すのは世界を存続させるため? それに直していれば、危険性に目が向くし修正方法もわかると」
「神任せにしていると、滅びかけるからな。ついでに余計な悪どいことを出来ないように、仕事漬けにしておいたおかげで……こんな厨二病を患った魔王という物ができたわけだ」
そう、拓斗がエーファを見て意地悪そうに笑ったのだった。
だが厨二病と言われたエーファがむっとしたように、
「それでも世界征服したかったんだ」
「それをしてどうする?」
した所で何が楽しいんだとでもいうかのような拓斗にエーファは、
「シルヴァンに私が世界最強だって、凄いよって言わせて、私自身も前よりも自由に好き勝手出来る!」
「……世界征服以前に、エーファが勝てないだろうから質問の意味が無かった、すまない」
「! そもそも何であいつあんなに強いのよ。魔族じゃないのに」
「いや、試しに力を人間に与えてみたらどうなるんだろうと……」
「お前の所為か! 碌でもないことしかしない……」
「けれど、あいつは敏いから、知謀でも負けるだろうな」
それにうっとエーファが黙って、けれどそれを認めたくないのか、
「どうしてそんなことが言えるのよ」
「あいつは自力で俺の考えやすい体で過去の出来事まで突き止めたからな。あんな人間は初めてだった」
「う……ぐ……、で、でも」
「それにあいつは今のお前を気に入っているようだから、そんなふうに相対する羽目になったら……いや、見かけが好みそうだから、一生部屋に閉じ込められた挙句、自分からシルヴァンを欲しがるようにされてしまうかもしれないな。現に……いや、何でもない」
そこで拓斗は言葉を切った。
だが、エーファは気になるらしく更に問い詰めていく。
切り方の関係でどう考えてもエーファを愛でるために……と推測できるからだ。
だがそれに拓斗は答えない。
確かに意味深な言い方をするよな、と人事のように私が様子を見ているとエーファが立ち上がった。
「分かった、そこまで意地悪するなら結衣にこちらに来てもらうわ」
「何で私に突然飛び火するんですか!?」
「やはり機会は大事にしないとね……多少手出しは出来るとはいえシルヴァンもいないこの場所なら幾らでも……」
そこで拓斗が嘆息した。
「そういう所が頭が足りないと言うんだ」
「何がだ! ……あ、う、え……」
そこで私に手を出そうとしたエーファが固まっていた。
拓斗がエーファの悪口を言うと同時にシルヴァン王が召喚されていたからだ。
どうやら書類か何かにペンを走らせようとしたところらしく、インクの付いたペンが握られている。
そして、シルヴァン王はすぐに状況を把握した。
「エーファ。また結衣を勧誘していただろう」
「う、え……だ、だって可愛いし、見ていると癒されるし……」
「そうか。……やはり本気で閉じ込めたほうがいいかもしれないな」
不穏なことを呟くシルヴァン王にエーファがびくっとする。
恐る恐るエーファがシルヴァン王を見上げるがその表情はシルヴァン王の嗜虐心を刺激したらしい。
にやぁと悪辣な笑みを浮かべて、ペンを机の上に置くシルヴァン王。
そして即座に不穏な気配がしてエーファは逃げ出した。
が、隣の部屋に逃げたエーファが扉を閉めるよりも早くシルヴァン王が入り込み、
「逃げられると思ったのかエーファ!」
「いやだいやだいやだ、はなせぇえええ、やぁああっ」
「さて、楽しもうか」
同時に部屋のドアが閉められる。
静けさが部屋に戻ってきて私は聞いた。
「私達シルヴァン王が終わるまで、この魔王城で待っていたほうがいいかな?」
「あいつには城に戻れる転送の魔法の欠片を渡しておいたから大丈夫だろう」
「いつの間に……」
「それと魔族の解析を待つ必要はないんだよな。だってこの世界で一番大きくて危険な歪みは、その元の魔族の沈んだ大陸にあるのだから」
拓斗が告げたのだった。
次に行くのは海底遺跡だなと拓斗が言って私達はシリルの屋敷に戻った。そこで私が、
「でも拓斗、この世界を滅ぼす気なんて無いんじゃん」
拓斗は答えなかった。
けれどそれが何だか嬉しくなって、私は、
「そういうさりげなく優しい所は好きかもしれない」
「……同じ事を言うんだな」
「え? そうなんだ。でも何だかその会話、恋人同士みたいだね」
冗談半分、探り半分で私は聞いてみた。
それに拓斗は……微笑んだ。
「……恋人同士だった」
これまで明言を避けてきたのに断言する拓斗。
やっぱり私と拓斗はそうであったらしいと私は分かる。
記憶になかったから女の子じゃなくちゃ嫌だと私が思っていただけで、気づけば私は拓斗に惹かれていたのだ。ついでに、
「じゃあ、急いで戻る必要はあまりないのかな?」
「どうだろうな。そして、何で俺のことをそんなに簡単に信じられるんだ?」
質問に質問で返されて私は、何でそんなことを言われているのだろうと思っていると、そこで拓斗が意味深に笑い、
「もしかしたなら俺は結衣がこちらの世界で知らないのをいい事に、信頼を得ようと嘘を付いているのかもしれない」
「でも、拓斗は優しいから、信用してもいい気がするのよね」
「そんな曖昧なもので?」
「……今までの言動も行動も全部私は見てきたから、それで……好きだなって思ったのよね」
私が笑うと、拓斗は意地悪そうな顔から力なく笑う顔になり、、
「相変わらず、妙な所で賢いよな、結衣は」
「妙な所とか、どうしてすぐに一言余計な言葉をつけるのよ。素直に褒めなさいよ」
頬をふくらませるとそんな私に拓斗は、
「天真爛漫に見えてその実色々見てるって褒めているんだ」
「……褒められている気がしないから、駄目」
「本当に大好きだ。だからこの世界にずっと閉じ込めてしまいたかった」
「え……」
「この世界は、俺の世界だから。俺の夢の中でのみ繋がっている世界。そして人は夢の中で誰もが繋がっているんだ。でも、皆が皆遠くて近い距離にいるから、親しい人間でないと近づいて呼ぶことすらも出来ないんだ。だから俺は、恋人の私を呼んだ」
「でも記憶が無いわ」
私は拓斗を半眼で睨むが、拓斗は顔を背けた。
酷いやつだと思いながらも、私は現実世界の自分と拓斗は恋人同士らしいと思うと、何となく記憶のあるときの自分が、
「現実世界の自分が羨ましい。だって拓斗と恋人同士なんだものね」
「なんでこう、こんなに結衣は可愛いのか、というかこんなに可愛かったか? 俺は結衣の体の造形を美化しすぎたのか? あれ?」
「……今確信したわ。やっぱり拓斗とは恋人同士じゃないわね」
怒ったように私が言うと、悪かったと謝る拓斗。
それに機嫌を損ねたふりをしつつ、それでも嫌いになれない自分がいるのに私は気づいて小さく笑い、私はふと気付いた事を拓斗に問いかける。
「一番の歪みは海底遺跡なら、そこだけ直せばいいんじゃないのかな? 初めから」
拓斗はそっぽを向いた。
けれど私は何となく少しでも長く、拓斗が一緒にいて欲しいと言っている気がしてにまにまする。それに、
「拓斗が招待してくれればいつでもこちらに来れるんだよね?」
「それはまあ、そうだな」
「呼んでくれる?」
「私次第だな」
「何でそういうことを言うのかしら」
そこで、部屋のドアが開いた。
「拓斗様、結衣様、お掃除に参りました」
現れたのはフルールだった。
但し無表情だがとても怒っているようだった。
すると廊下を走る音が聞こえて、シリルが現れる。
「フルール、何で逃げるんだ」
「……」
フルールは無言でシリルを無視した。
それにシリルは瞳に涙をためて、
「もう一回ドレスを着てもらおうと思ったのに。そのために髪飾りやアクセサリーやら本格的に……」
「……シリル様。あまり調子に乗ると、私にも考えがありますよ」
低く凍えるような声でフルールが呟いた。
それにシリルどころか私までびくっとしていると、
「確かにシリル様の方が力は上かもしれませんが、それ以外の方法だっていくらでもあるのですよ? 例えばお食事に痺れ薬を入れる、そんな方法もあります」
「一応僕ご主人様だよ? 機嫌を損ねるとフルールどうなっちゃうか分からないよ?」
「どうなるのですか?」
何だかフルールがとても怒っているらしく、それにシリルも気づいているようなのだが……シリルはなぜかとても嬉しそうに微笑み、
「それはとても好都合かな」
「……何でですか」
「この家の当主で貴族である僕に薬を盛って襲うだなって、そんな事をしたら……罰として、一生、フルールを幽閉できるんだ。いいな……そうか、その手があったか」
シリルが頷いているが、フルールは逆に真っ青だった。
そしてフルールが深々と溜息をつき、道具を持ったまま何処かへとふらぁと立ち去ろうとするがそんなフルールにシリルは、
「あ、黙って逃げ帰ろうとしても無駄だよ? 挙式の日程はもうフルールの家に送っちゃったし」
フルールの顔が青いどころか白くなり砂のように崩れ落ちそうになっていた。
そんなフルールは唇を小さく震わせながら、
「何の、話、です、か」
「え? 両想いになったからもうフルールが変なことを言い出す前に、結婚しちゃおうって思って」
「……私のサインは」
「そこはこう、お金の力で」
シリルの言葉に完全にフルールは放心状態になっているようだった。
そんなフルールを嬉しそうにシリルが連れて行く。
それを見ながら私は、
「ハッピーエンド?」
「微妙に違う気がするが両想いならいいだろう」
拓斗と私は話していたのだった。




