窮鼠猫を噛む?
案の定、声の主はシルヴァン王だったわけだが、その姿を一目見るやいなや、私を放り出してエーファは逃げようとした。
けれど俊敏な動き……というか投げ縄で、シルヴァン王に捕まえられたエーファ。
「い、嫌、嫌」
「どうせ、俺に居場所がバレた腹いせもあるんだろう?」
ビクッと震えたエーファ。そして私を見るが、私としてはそんな理由で私は誘われたのかと思って半眼で見る。それにエーファはショックを隠し切れないようで、
「う、え……で、でもあの子可愛くて好みだし、力もあるから私の部下に……」
「……随分と余裕が有るんだな。またたっぷりと愛でてやろう」
「や、やだっ、やぁあああ。あの子が欲しいのぉおお。コンプリートするのぉおお」
じたばたしながら叫ぶエーファ。
そしてそんな私の側でシリルが、必至になってフルールにしがみついていたのを付け加えておく。
転送の魔法は、魔族の、それも貴族や王族のみが使える特別なものであるらしい。
とはいえ、拓斗の力を使えばどうにでもなった。なので、拓斗の力を使い、私とエーファ、シルヴァン王、シリル、フルールはシリルの家の私達の部屋に転送されていた。そして、
「さあ、俺の城に帰るぞ、エーファ」
エーファを捕まえたままのシルヴァン王は耳元で囁いた。
それにエーファは体をこわばらせ、
「い、嫌だ。戻ったらまた、片時も離さないくらいいちゃいちゃする気でしょう!」
「? それの何がいけないんだ?」
「あんなにべたべたされて、来る人来る人は見て見ぬふりをしやがるし……」
「俺はエーファが好きなのだから仕方がないだろう」
そこでプイっとエーファがそっぽを向く。けれど耳まで真っ赤になっているのを私は見ていた。
そしてそれから、全員でシリルの家に戻ったのだが、そこでエーファが私に、
「では、これからの魔族の歪み修正には結衣に手伝ってもらっていいかしら?」
「え、でも、エーファさんから使い方を教わったし……」
「まだまだ手取り足取り教えないといけない部分があるのよ。だから、ね?」
エーファが囁くようにいうが、私は先ほどのこともあって警戒する。
そんな私に拓斗が、
「どの道俺が一緒に行くから大丈夫だろう」
「そ、そうだね。拓斗のそばから離れなければいいんだね」
けれどそんな拓斗にエーファは何とも言えない顔になり、
「……やはり、お気づきで?」
「……だから結衣を呼んだんだ」
「……随分と早くにお気づきでしたのね。腐っても神か……」
エーファがやけに真剣な表情で何かを考えるように呟く。
そんなエーファに更に拓斗は、
「他にも敏感なものは感じ取っている」
「……そうですか」
呻くようにエーファが答えて、けれどそれ以上は話さずに、明日この家を訪れると告げてエーファとシルヴァン王は去っていったのだった。
ちなみに去っていったシリルは、
「そろそろフルールもあきらめて僕のお嫁さんになりなよ」
「シリル様……公的な職業紹介所に行ってもよろしいでしょうか」
「でもこの時間だと閉まっているだろうな~」
「くっ、やはり荷物を一纏めにして実家に帰りま……」
「あ、そういえば今朝フルールが寝ている間に、『フルールを嫁さんにもらいます』って手紙を、フルールの実家に送ったんだった」
「な、ん、だ、と」
「親との約束を取り付けちゃえばフルールは更に逃げられないよね?」
「手紙を回収してきます」
フルールが部屋を飛び出していった。それをシリルが、無駄なのにー、と楽しそうに鼻歌を歌いながら追いかけていく。それを見ながら私は、
「あの二人、そろそろようやくくっつくかな?」
「両想いなのにくっつくもくっつかないもないだろう」
「それもそうだね」
私はそう答えながらも拓斗を見上げる。どうしたんだ、というように微笑まれて、私は顔を背けた。だって何だかすごく胸がドキドキして、顔がほてる。
でも、認めたくない。
認めたら……私は拓斗を好きなことになる。考えては駄目なのだ。きっと一時の木の迷いなのだ。そうやってようやく心を落ち着けた私だが、そこで、
「それで一応、力の補給をしておこうか」
手を繋がれて私は焦る。しかも頭を撫で撫でされて、それが何だか嬉しくて。
物語に出てくる女の子が好きな男性にそれをされて、恥ずかしがったり照れ隠しして怒ったりしているが、考える余裕もないほどに私は頭が真っ白になってしまう。
意識しては駄目だ、意識しては駄目だ、羊が、そう羊が一匹、しぃいいいぷっ、すりぃいいぷ、などと考えていた所で私から手が放される。
見上げると拓斗が渋い顔をしていた。
「どうしたの? 変な顔をして」
「エーファの気配がする。……気に入らない、消すか」
「! で、でも魔族と連携するから……」
おそらくは触れた時にいろいろな知識もうかんできたがその魔法なのだろうと私は思う。そんな私の説得に拓斗は、仕方がないと諦めたらしい。代わりに、
「結衣、もう寝るぞ、明日は……忙しくなるから」
「明日何かあるの?」
「少し難易度の高い歪みに挑戦することになるだろう。だが……シルヴァン王次第だな。エーファと仲が良いからな、片時も離れたくないとか怪我をするような危険な場所に連れて行きたくないと駄々をこねるかもしれないし」
拓斗もシルヴァン王がどうしてエーファを片時も離さないのか分かっているらしい。
だったら明日はゆっくりすることになるのかなと思って、
「そういえば、この世界の観光は全然してないよ」
「じゃ明日は案内してやろうか?」
「本当! ……エーファさんには悪いけれど、シルヴァン王にたっぷりと愛されてくれないかな」
薄情な事を呟く私。そんな私を見ながら拓斗は、
「それで行ってみたい所はあるか?」
「……食べ物屋はどんな事になっているのか恐ろしい気がして……」
「商店街を見て回って後は歴史的な建物巡りか?」
「それがいいかも」
こうして、私達の明日の予定が決まったのだった。
案の定、エーファは来れなかった。
朝から機嫌が良さそうなシルヴァン王が私達の部屋にやってきて、エーファが来れなくなった旨を伝えてきた。そんなシルヴァン王に私は、やはりかと思ったが口には出さない。シルヴァン王はそれを告げるとまた機嫌が良さそうに帰っていった。
この調子だと魔族との連携はしばらく無理だなと思っていると、シリルがきて、
「結衣、今日も歪み直しに行くの?」
「うーん、それが……」
エーファが来れないことを話すとシリルが目を輝かせて、
「じゃあさ、結衣。ダブルデートしよう! 以前のあの亀の甲羅のアクセサリーのお礼に、観光ガイドもできるし」
「え? ダブルデートって……誰と?」
「もう、僕とフルール、結衣と拓斗様に決まっているじゃん」
「……私が、拓斗とデートするの?」
そう答えながら私は何故か頬が熱くなる。理由は分からないが、何だか緊張するというかなんというか……。そこでシリルが私の手を強く握る。
「ダブルデートしよう! そうすれば僕、今日はフルールとデートできるんだ」
「……何で私を巻き込むんですか」
そんな理由かと脱力しながらも私はそう答えると、更にシリルは手の力を強めて、
「フルールが、結衣と拓斗様がセットなら、大人しくデートしてくれるというのです」
「フルールさん、何という事をしてくれるというか巻き込むんですか……私、今日拓斗と二人っきりで散策する予定だったのに」
「ちょうどいいじゃん。それとも……結衣は拓斗様と二人っきりがいいの?」
ニヤッと笑ってシリルがいう。
その意味というか、何だかいたたまれないものを感じて私は、
「べ、別にそういうわけでは」
「じゃあ一緒に行こう! いいお店を知っているんだ」
「……まさか女装用品を売っているお店とか?」
ふと不安に駆られた私が何気なく口に出してみるとシリルが目を瞬かせて、
「その手があった! 結衣はおまけだったけれど、良い案をくれた! 女性のお洋服の店に行こう! フルールに着せる服を探せるし、こんな機会一度逃したら二度とないかもしれない!」
「……フルールさんに言いつけてやる」
「結衣……そういう事を僕の前で言って許されると思っているのかね?」
「でも私がダブルデートを受け入れないと、シリルはデートでき無いよね?」
「ふーん、結衣はそんなことを言うんだ。分かった、じゃあ……」
そこでシリルは拓斗の方を向いて、
「拓斗様、結衣の……」
「お前が言いたいことは分かった。協力してやる」
「さすが拓斗様、話が早い!」
そんな二人に私は慌てて、
「拓斗! 何でそんな話になっているの!」
「……つい」
「! や、やっぱり止めよう、二人っきりでしようよ」
「……」
拓斗は必至で自分の中の欲望と戦っているようだった。
そんなに私の色々な服を着た所が見たいのだろうか。
ただ私は出しにされるのはそんなにいい気持はしなかったのだが、そんな悩む拓斗にシリルは、
「ちなみに良いお店知っているんですよ。僕の服のセンスは良いでしょう? 僕が紹介するお店に興味はありませんか? 人気のお店で試着して色々な格好の結衣が……」
「すまない、結衣」
「拓斗の裏切り者!」
「でもいいじゃないか。俺よりも良さそうなお店を探してもらえるぞ?」
そう言われてしまえばそれは魅力的なのだが、何となく出汁にされているのが嫌な私。けれど期待するように拓斗がじっと私を見ている。
それを見てしまうと私も断りきれず、
「……分かったわよ」
渋々と頷く私に、シリルが飛び上がって喜ぶ。まあ観光できるしいいかと私は思ったのだった。。
そしてダブルデートをする事になり、歩いている私と拓斗、フルールとシリルだが。
「どうして私を裏切ったのですか、結衣様」
げっそりとした表情で、フルールが私を見て言う。
とんでもない濡れ衣を着せされたような気がして私は、
「ち、違うよ。というか何を裏切ったって……」
「ダブルデートです! そう言えば、懇願するように上目づかいで可愛らしくシリル様がお願いしてこなくて、流される事もないだろうと思っていたのに! ……しかもあんな店に行くなんて私は聞いていませんよ」
「えっと、確か服のお店だっけ」
「そうです! あんな……シリル様がするならまだしもこの私がしたって似合わないでしょう! あそこ、可愛い服が一杯あるんですよ! そんな場所に私のような、可愛さの欠片のない人間が行っても……」
そうフルールが私を責めるが、そこで私はフルールを上から下まで見て、
「意外に似合うと思うよ?」
整った面立ち、髪も艶やかな黒髪で緑色の瞳が不思議な雰囲気を醸し出して、確かに堅物の印象を受けるがこの前のドレスも含めて、これだけのプロポーションならば着せかえても楽しいだろう。可愛い服も似合いそうだなと私は思った。
ついでに自分よりも似合うんじゃないかとも私は思ったのだが、
「結衣様のように可愛らしい方ならまだしも、私のようなものがしても気持ち悪いだけです!」
「フルールさんのほうが可愛い服が似合いそうだと思います」
「そんなわけないでしょう! 結衣様のほうが自分の姿を過小評価しすぎです!」
などとお互い言い合うフルールと私だがそこでシリルがのんびりと、
「二人共お店に着いたよ」
どこか高級そうなお店に辿り着いたのだった。
柔らかい布地の重ねられた花がらの服などが並ぶ可愛らしい服のお店。三着目になるワンピースを試着させられていた。今回は拓斗に選んでもらったもので淡いピンク色の花柄の服だ。確かに可愛いのだがちょっとこれは、何というか可愛い感じすぎるから似合わないんじゃないかと思うのだが進められて試着してみた。
「拓斗、どう?」
「似合っているんじゃないか?」
「……そ、そうかな。でももうこれで終わりでいいかな?」
「……だったらあの服なんかも結衣に似合いそう」
まだ着せるつもりだったらしい拓斗に、もういい加減にしてよと言いつつまんざらでもない気持ちで試着する私。
「拓斗、どうかなこれ」
「……よく似合ってる。もっとこういう格好したらどうなんだ? 何時ももっと大人し目な服ばかりだし」
「こんなの私に似合わないよ」
「俺は似合っていると思うし可愛いと思うから今度からこういう服を着てこい」
何故か私は拓斗に命令された。
しかも着替え終わっても尾の服に戻ると、気づけば会計の場所に先ほど私が試着した服全てを拓斗が持って行っていた。しかも結構お値段が張っているらしい。
それを袋に詰めてもらっているのを私は見ながらはたと気づく。その服を買ってどうする気なんだと。というかそれってシルヴァン王にもらったお金で、歪み直しに使うのが主だったんじゃと思いつつ、使用目的は特に言っていなかったなと気付いた。
良いのかなと思うが、この世界のものは私達は持って帰れないのでまあいっかと割り切った。そこで悲鳴が聞こえた。
「シリル様、お許しくださいませ。こんな服は私は耐えられません」
「えー、今時の子はこんな感じだよ。屋敷で古めかしいロングのメイド服ばかり着ているからそうなるんだよ」
フルールがちょっと涙目になってシリルにすがりつくが、シリルは適当に受け流す。
そして、洋服探しに意外に時間がかかり、そろそろお昼にしようかとシリルが提案したのだった。
お昼はパスタのような何かだった。見かけは麺類なのだが、噛みしめる度に肉のような旨味を感じる。これは一体何なのかは考えない、考えたら負けなんだと私は繰り返して思ってそのパスタのような何かを味わう。そこで、
「フルールぅ、はいっ。あーん」
「……シリル様、お行儀が悪いです」
「ひ、酷いようぅ、僕はただフルールと少しでも恋人同士のような……」
「恋人同士? 冗談としては面白く無いです、シリル様」
「フルール? そんなに僕の事が嫌いなの?」
シリルは瞳に涙をためて、フルールにすがる。今回も女装したままなシリルなので可愛らしい女の子が捨てられそうになっているように見え、見ている分には百合だ。
これでフルールさんが折れちゃうのかなと、私は状況を見守る。フルールはいつにもまして無表情で黙々と目の前の食事に手を付けており、そこで食べる手を止めた。
「ただの主従関係です」
「……え?」
「シリル様とは主従関係なだけです。他には何もありません」
「フルール……どうしたの?」
いつもと様子が違うフルールに気づいたシリルが、不安そうにフルールを見つめる。
けれどフルールは相変わらずの無表情で、けれど何処か思いつめたような雰囲気で、
「前から思っていたんです。どうしてシリル様が私などに愛していると口説くのかと」
「フルール?」
「ですがようやく分かったのです。シリル様は、私をからかって焦ったり嫌がったりすることが楽しくてたまらない、そんな方だったのですね?」
「え、えっとフルール、どうしちゃったのかな?」
「そうやって可愛らしくとぼけても無駄です。……もっと私は早く気づくべきでした。弄ばれているだけだと」
フルールはそう言い切って、席を立つ。
そして机の端にその食事代らしいお金をおいてその場をさろうとする。
それをシリルは引きとめようとするが手を振り払われて、フルールは無言でその場を歩いて行ってしまう。
シリルはしばらく呆然としたように立っていて、
「フルール……」
その時のシリルの表情はいつものような少女めいた可愛さは消えて、私には男性的に見えた。それから少し俯いて、次に私たちの方をシリルは見て、
「すみません、はしゃぎ過ぎたみたいで……フルールを追いかけてきます」
困ったように悲しげにシリルは私達に微笑んで、シリルはかけ出す。
それを見送った私は、
「拓斗、やっぱり二人が心配だから後をつけない?」
「……そうだな」
拓斗が面倒そうにつぶやくが、こういう人のいい所も好きなんだよな、と私は何の疑問の持たずに思ったのだった。
二人を追いかけていった先は、花の咲き乱れる公園のようだった。
なのに人はあまり見かけられない。
そういえば来る途中に大きい市のようなものが開かれていたから、皆そちらの方に集まってしまっていたのかもしれない。
そんなことを考えながら、私は拓斗に連れられてしりるとフルールを追いかけていた。その一角にある木が生い茂る場所に包まれるような窪地。
そこに白い壁でアジャイ屋根の2階建ての家がある。
管理室と書かれているが倉庫も兼ねているらしい場所で、現在は無人ですと看板がかけられていた。その建物の影になるような場所にシリルとフルールが対峙しているのが見える。私達は様子をうかがうように、そのすぐ側の茂みに隠れる。
「声がよく聞こえないね」
「魔法で拾うか」
拓斗のつぶやいた言葉とともに、二人の声が私達のもとに届いたのだった。
「フルール、確かに僕はフルールをからかったりしていたけれど、でも、それ以外は本気で……」
「ここに来て今更いい訳ですか? シリル様」
フルールの声に感情はない。ただ冷たく淡々とフルールは、シリルに告げる。
それに一瞬シリルは言葉を失って、けれどすぐに、
「いい訳、じゃないよ。僕は本当にフルールが好きなんだ」
「……そう言っておけば、色々な鬱憤がシリル様にはあると思いますが、私を弄んで晴らそうとしないでください」
「フルール! 僕は……」
「前からどうしてシリル様のような方が私を愛しているというのか、ずっと疑問でした。でも、そう考えれば説明がつきます」
「……フルール、いい加減にしないと僕も怒るよ?」
「つまり図星を指されて、苛立っていると、そう解釈してよろしいですか?」
そこでシリルは口をつぐんだ。
次に俯き、しばらく何も言葉を発せないようだったが、そこで無言でシリルがフルールへと歩き出す。
フルールは建物を背にしていたが、後ろへと後ずさる。
けれど数歩下がると壁に当たりフルールはすぐに右の方へと逃げようとする。そこでシリルがフルールに襲いかかった。両手と壁の間にフルールを閉じ込めて逃げられないようにする。私達の位置からはそれ以上見えない。
「な、何のつもりですか? シリル様」
フルールの声に動揺が走る。
そんなフルールにシリルは、今までの軽さが完全に消え去った声で、
「フルール、いい加減にしないと僕も怒るよ?」
「! ですが、私としてもこんな遊びは……」
「こんな風にフルールをかまって遊んでいられるほど、僕は暇じゃないんだ。それはフルールもわかっているだろう?」
シリルの声に威圧感がにじむ。同時に怒りを押し殺しているような声で、いつもの女の子のような雰囲気はなりを潜めている。
「今日だって時間を作るために必至でしなくちゃならない仕事を終えたんだ。この女装だって趣味だけれど、それでもフルールが、前よりも警戒心を緩めてくれるからしているだけなんだよ?」
「! そんな事はありません!」
「嘘。だって、昔はこんな格好をしていなかったら随分と距離をとっていたじゃないか。なのにこんな格好をしたら、僕の近くにいる頻度が上がったじゃないか」
「う、ち、違います。そ、それにそれは私を弄ぶため……」
「分かってないな。本当に遊びのためなら、もっと後腐れのない方法で遊ぶよ? こんな身近で優秀で魅力的で愛おしいメイドなんてやらせたりしないんだよ?」
「で、でも……」
そこでシリルが小さく笑う声が聞こえた。
「やっぱりフルール、君を自由にさせすぎたのがいけなかったのかな。メイドとは名ばかりの愛妾にして、囲って愛でたほうが良かったかな」
「む、無理です。私はシリル様が仕掛けた罠程度、簡単に破れます。物理的にも、策謀としても」
「あんな玩具で児戯みたいなもので、罠なんて言ってしまうフルールのそういう、気付かずに罠にはまっている様子も可愛くて好きだけれどでもそろそろ教えてあげたほうがいいかもね。……僕が本気を出したら、本当にフルールは何処にも逃げられないんだよ?」
シリルが楽しそうに、フルールにそう告げたのだった。
シリルのその言葉にフルールが息を飲んだのがわかった。けれど、
「私の力を甘く見ています。シリル様。私も本気を出しているわけじゃない」
「フルールの力も分かっていて、僕はいっているんだよ? 分かってないみたいだから……教えてあげるよ」
そこでフルールが動こうとしているのが見える。
けれどそのフルールの両手首を掴んだシリルが先ほどと同じように壁と自分の体でフルールを閉じ込めた挙句、
「……魔法が使えない」
「フルールが魔法を使う前に、使えないようにしたからね。フルールは気付いていなかったみたいだけれど。そして、こうやって体を密着すれば更にフルールは逃げられない」
クスクスと小さく笑って、シリルが告げる。
フルールは呻いている、抵抗しようとするが力が入らないのか、それともシリルの力が強いのか、シリルから逃れられない。
そんなフルールにシリルは、
「ね、逃げられないでしょう? それにね、どうやっても僕の元から逃げるというなら……僕も、僕なりに手は打たせてもらうよ?」
「な……にを……」
「うん? 一生僕から逃げられないように誰にも知らない場所に閉じ込めて、飼ってあげる。そうすればもう、僕の愛をフルールは疑わないでしょう?」
「シリ、ル様」
「声が震えているよ? ふふ、大丈夫だよ? 僕はフルールを愛しているからね。怖がるようなことはなにもないから。安心して?」
「は、放して……」
「駄目だよ? だって放したらフルール逃げちゃうし」
シリルの声は相変わらずとても楽しそうなままだった。
やがて、フルールが呻く声が聞こえて、
「ふ、ふえぇえ……うぐっ、えっぐ……」
「え、えっと、フルール? え、何で泣いて」
「えええっ、ふええええ………」
「ま、待って、ごめん。脅かしすぎたね、ほ、ほらても放したし」
「えええっ、ひっぐっ、ええん……」
「ご、ごめん、泣かせるつもりはなかったんだ。ただ、僕がフルールを愛しているのをわかって欲しくて」
延々と泣き続けるフルールにシリルが焦る。
やがて、涙声でフルールが、
「ひっくっ、私、は、シリル、様が好きなんで、すっ」
「え? ええ! 本当に!」
「でも、ふえぇっ、いつだってからっている風で、言葉に重みがなくて、私の事なんて……ひっく、遊ばれて……」
「あ、遊んでないよ、いつだって僕は本気でフルールが好きで……」
「だって、ひっく、ふえっ、私が嫌がっても自分の思い通りにするし、シリル様の意地悪」
「僕、そこまでフルールの嫌がる事してないよ?」
「口説かないって約束したのに口説いたくせに」
それを聞いたシリルが一瞬黙って、それから小さくシリルは吹き出した。
「そうだね、僕は意地悪だね。でも、フルールだけは僕にとってどうやっても譲れない大切な人だってことはフルールにも分かっていて欲しいんだ」
それ以上フルールは何も言わずに泣いていたけれど、私達の所からはフルールがシリルへの抵抗をやめたように見えた。
「上手くいったのかな? そうだといいな」
「もともと両想いなのにこじれていただけだからな。元鞘だろう」
「うん、でも良かったよね」
そう私が自分の事のように嬉しそうに呟いた所で、私に拓斗が問いかける。
「結衣、このままこの世界にずっといないか?」
何処か真剣味を帯びた声で、拓斗が問いかけたのだった。
その時は、その冗談は面白く無いだろうと答えた私。
拓斗もそれに笑って話は終わったけれど。
部屋に戻ってきてもぎくしゃくして、夕食は何故か二人っきりで色々と話したいからとシリルとフルールはその食事の席にはいなかった。
そして現在部屋に戻ってきていたのだが、
「昼間言ったことを気にしているのか?」
「! い、いえ、そんなことは有りませぬ」
「言葉遣いが変になっているぞ? ……けれどそれは俺の本心でもあるが」
どういう意味よと、私は思いながら拓斗を見上げた。
なのに拓斗はそれ以上何も言わないのだ。
だから私は、笑みで不安と期待を隠しながら、
「それじゃあ、まるで拓斗が私のことを好きみたいだし」
「そうだな。実際に好きだし……愛しているからな」
その時私は自分がどんな顔をしているのか分からなかった。
けれど拓斗はそんな私に微笑んで、
「俺は嫌なんだろう?」
「それ、は……」
「でも即座に頷かないってことは、期待をしてもいいんだろう?」
「それ、は……」
あまりにも突然に言われて、私はどう答えればいいかわからない。
否定はできないのは確実で、だからといって頷けるかと思えば、まだ戸惑いはある。
そんな私を更に追い詰めるように、
「実は結衣と俺は、現実世界で恋人同士なんだ」
「! 本当!」
それならば今私は拓斗に好きと言ってもかまわないのではないか、そんな誘惑に駆られるが……はたと思ってしまう。
もしも実は、私が現実世界で拓斗と恋人同士ではない場合だ。
それに……と、気づけば不安な内容ばかりが頭に浮かぶ。
意外に自分が臆病な性格をしていたと私は気づいた。
そんな私に拓斗は、
「今の話は、どこまでが本当だと思う?」
「え?」
「……だから、今言ったことはそれほど気にしなくていい。結衣には俺が頼んで歪みの修正をしてもらっているだけだ。そのために呼び寄せた。それだけは本当の事だから」
ただ歪みの修正のために連れて来られただけ。
確かに始めはそうだったけれどでも……今のその話に、本当が混ざっていて欲しいと私は思ってしまう。
けれどいずれ現実世界に帰ったとき私はどうするのだろう。
そこには拓斗がいてどんな関係になっているのか……と思った所で。
この件は考えちゃ駄目な気がすると私は思って、ベッドにもぐりこみ、瞳を閉じたのだった。




