さり気なくくどく
シリルも連れて行くこととなり、けれど、そこで歪みの修正も行うので丁度良かったじゃんとシリルが言いながら準備を始めたのは良いとして。
拓斗が深々とため息をついた。
「ああ、嫌な予感しかしない」
「拓斗は神様なんだから、いざとなったら都合よく改変しちゃうわけにはいかないの? 何だか能力的に何でもできるみたいだったし」
「……俺にも考えがあるんだよ。そう簡単に如何こう出来ないんだよ……」
「神様業も大変なのね」
「本当にな。なんでも出来て羨ましいとか、絶対に隣の芝生は青いってだけだと思う」
切なく呟く拓斗にとりあえずは話を聞いてあげる私だがそこでシルヴァン王が現れる。
機嫌が良さそうではない様子に、あまり近づきたくないなと私は思っていると、シルヴァン王が拓斗に話しかける。
「今回はシリルも行くのか?」
「そうらしい。“水の結晶花”が必要だそうでな」
「そんなもの金を出して買えば良いだろう?」
「自分でとってこないと駄目なんだそうだ」
「……あのシリルもお姫様には苦労させられるのか」
シルヴァン王は最後に笑う。
含みを持たせた言い方だが、あのシリルはそういえばものすごく怖い人物っぽいのだが私には全然分からなかったし、これからも知らない方が良いんだろうなと思う。
そして全員がそろったので移動したわけだが。
「わー、滝だね。1、2、3、4、5本ある! しかも、光が反射して羽みたいに見える!」
5本の滝に揺れる羽が映っているようで、しかも水の流れで羽ばたいて見えるのだ。
絶景ともいうべき、色が移り変わるその大自然の雄大さ。私はその綺麗な光景に感嘆の声を上げる。特に滝の裏側で何かが輝いていて、それも相まって万華鏡のように彩りを変えている。もう少し近くで見たいなと滝に近づく私だが、そこでシリルが、
「結衣、無暗に近づいちゃ駄目だよ! そこには……」
「え?」
そこで、滝壺からぴょんと魚が跳ね上がる。その大きさは1メートルはあるような魚だったが、じろっとその魚が私の方に目玉を動かすと、私に大きく口を開けた。
風をきるような轟音と炎の波が私に向かって降り注ぐ。
それに私は動けずにいると、私の目の前で見えない壁が生じてそれを跳ね返した。
「私、油断しすぎだ」
拓斗の静かな声に、えっと私は思う。
「だ、だって魚が火を吹いて……まさかあれが歪み?」
「そうだ」
「なんだか今回は特に危険な気がする……」
「こういうのもあるから。はじめの方は、私も初心者だからそれほど危険じゃない所に連れて行ったんだ」
どうやら拓斗なりに私をサポートしてくれていたらしい。それを聞けば、確かにこれからは注意しようと私は思う。そう思ってから再び滝壺に目を落とすと、他にも似たような魚が滝壺から跳ね上がりながら火を吐いている。
そのまま焼き魚になってくれたら楽なのにと思いつつ、これってどんな光景だと私が思いながらも、流石は異世界だなと思った。ついでにそう思いながら拓斗に、
「それで、あの魚の耐熱温度は何度くらい?」
「そうだな、歪みは口の中に集中しているから周りは普通の肉でできた魚だろうな」
それを聞いてから私は、少し黙ってから、
「……所で、あの魚は茹でるとどうなるかな?」
「人間は食べないだろうが、森の生き物は美味しく食べるんじゃないか? 確か魚が主食の熊もいたし」
「よし、やることは決まったわね」
そう私がやりたいことを頭の中で描いたのだった。
私は、熱した石を滝壺にぼこぼこと放り込んでいく。本当は一気にこれを温めてお風呂のようにしてしまう機械か魔法道具が欲しかったのだが、この世界の魔法道具がわからないのでこうなった。本当はシリルに魔法道具を聞こうかと思ったのだが、気づけば私のすぐ側から見えなくなっていた。ちょっとくらいは手伝ってくれてもいいのにと思いながら魚を見ると、魚はニヤリと笑いながら自ら飛び跳ねて火を吐く。
魚の胴体は灰色で、鯉を大きくしたような形をしている。
だが最程から私に向けて火を吐いて、どことなく嘲笑っているようにみえるその余裕が気に入らない。だがその油断が命取りだという事をその身をもって教え込んでやると、私は心の中で笑う。そんな風にいられるのもこれまでだとばかりに、現在、私はそこそこ広いこの滝壺を温めるべく熱した石を召喚して放り込んでいる。
以前何かで見たのだが、こうやってお風呂を作る方法があるらしいので私はそれを応用してみたのだ。だが数十個というとても熱い石……もしかしたなら火山地帯から召喚しているのかもしれないそれを放り込んでいた私だが、
「無理っす、もう無理っす!」
「魚が喋った! ええ? 誰かが腹話術を?」
私が周りを見回すと、一番そんなことをしそうなシリルは少し離れた所で隠れるようにシルヴァン王と談笑している。あそこにいたのか、というか私がこんな大変な思いをしているのにと私は思わなくなかったが、そこで拓斗を次に私は見た。それに拓斗は頷き、
「結衣、あの魚はしゃべるぞ」
「……もうあまり考えない事にしよう。魚が人間の言葉を放しても異世界だしで済まそう」
そう私は呟き、その話す魚に向かって声をかけたのだった。
どうやらこの魚は、いつも肉弾戦で戦いを挑み、勝利するとこの滝の後ろにはいる資格が彼ら? からもらえるらしい。大昔に人間や魔族がその滝の後ろに取りに来ることがあまりに多く、睡眠妨害されるためにこの力と知能を手に入れたという説明を、先ほど私はその魚達から説明された。睡眠妨害でそこまでの事が出来るこの異世界に、私はある種の感動のようなものを覚えつつ現実逃避した。
だって、どうせ異世界ならもう少し格好いい理由があってもいいと思うのだが、睡眠妨害が進化の引き金だとか、もう少し異世界に夢があってもいいと思うのだ。とはいえこの魚達、長いものには巻かれる主義ならしく強い物相手には攻撃をせずに通すようだった。
でも勝利したので、私は魚達にお願いして歪みを修正していく。
とても協力的で、餌を撒いた時の魚のように私の前に集まってグルグルと泳いでいる。
そんな魚達の修正をほとんど終えた私は、最後の一匹である私に特に攻撃してきたその魚の群れのボスが私に、
「やっぱり、妙な力を使えるようになると碌な事がないっす。これからは頑張って肉弾戦に持ち込むっす」
「そ、そうなんだ……うん、イイトオモウヨ」
私はそう魚に答えると、やっぱりそうだよなと魚が答えて水の中に潜り込む。
この魚、肉弾戦と言っても体当たりくらいしか攻撃できないんじゃないかと、私が思ったのはいいとして。こうやって滝壺で泳ぐのを見るだけならこの魚は、普通に優雅で見ているだけでも楽しいと私はぼんやりと思った。
後でシリルにこの魚達が普段どう攻撃しているのかを聞いてみてもいいかもしれないなーと、現実逃避するように思っていると、そこで拓斗が私に、
「随分と歪みの修正がうまく出来るようになっな」
「それはまあ一生懸命、歪みを修正するイメージを絶えずするようにしたから……」
「ああ、それでその分、結衣の中の俺の力が減っているのか」
「……え?」
「後で手を繋いで補給だな。それとも今しておくか? いつ何があるか分からないし」
「そ、そうだね。うん」
改めて言われると、ただ手を繋ぐだけでも緊張してしまう私。
何でただこれだけの事でこんな風に、何だか逃げ出したいような気持になるんだろうと思いつつ、けれどそれを拓斗に気付かれるのは嫌だと私は思った。
だから何でもないよう装って、私は拓斗に手を伸ばそうとしたその時だった。
「また会ったわね! そこの子!」
どこかで聞いたことのある声が聞こえたのだった。
風にたなびく銀髪の綺麗な人。エーファという魔王だと私は今は知っていた。
相変わらず部下を引き連れて自信満々なのだが、そこで彼は拓斗を見るなり嫌な顔になって、拓斗の方に歩み寄り、眉を寄せた表情で拓斗をじろじろぶしつけにみる。
この表情は美人が台無しだなと思いながら私が見ていると、エーファが不愉快そうに、
「お前、私達の神に似ているわね」
「それはそうだろうな、神だし」
隠しておく必要もないし、神だから絶対に自分が大丈夫だという自信が拓斗にはあるのだろう。
けれどこの怒っているエーファには迫力があり、それに気圧されない拓斗もなかなか肝が座っているなと私が見ていると、そこで怒りに肩を震わせながらエーファが、
「……許せない」
エーファがボソリと、暗い表情になり呟いた。
それに拓斗はといえば、どうでもいい事のような顔で無視していると、それがエーファの怒りを更に買った。
エーファは拓斗の方に歩み寄り、拓斗に掴みかかる。
「お前のせいで、私は、私は……世界征服できないのよ!」
「それは気の毒にな」
「だったら少しは世界の歪み修正とかその他もろもろやれ、やってちょうだい! そうしたら軍事力増強して、悪虐非道の最悪最凶魔王に私はなるのよ!」
最後の悪虐非道の最悪最凶魔王に僕はなるんだ辺りで、エーファはほんの少し幸せそうな顔をした。何だかこの人綺麗で凛としていて正義の側にいそうだけれど、駄目な所もあるんだなと、私はこれがギャップ萌えなのかもと一人で納得していた。
だがそんなエーファに拓斗は容赦無い一言を浴びせる。
「無理じゃないか?」
「やってみないと分からないでしょう!」
「勇者に倒された挙句、恋人になるような魔王だからな」
「! この……まあいい」
エーファは拓斗に掴みかかる手を放して今度は私にエーファは視線を移し、微笑んだ。
「また会いましたね。そういえば名前を聞いていなかったかしら」
「えっと、私です」
「そう、結衣。いい名前ね。様子を見ていて、歪みの修正をしているらしいのは分かっていたから、また何処か出会えると思っていたわ」
「そうなんですか」
「そうそう、この前のお礼もまだ貰っていないしね。貴方の見た目も好みだから私の部下にしたいわ」
エーファは笑うが、え? お礼って、私どうなっちゃうんだろうと思っていると、気づけば私にエーファは腕を掴まれていた。焦る私だが、そこでエーファの背後に迫る黒い影。
「エーファ、相変わらずだな」
その声にエーファの動きが止まった。先ほどまでの楽しそうなものとは、エーファは打って変わっている。その表情は恐ろしい化け物に遭遇したように見える。
そこでエーファはゆっくりと振り返る。
何かの間違いであってほしいというような表情のエーファが振り返るが、すぐに絶望的なものになる。
「……シルヴァン、何でここにいるの」
「エーファが逃げたからに決まっているだろう」
「答えになっていない!」
「そこにいる結衣がお前好みそうだから、あれがいれば出てくるかと思ってね。お気に入りは人間だろうがなんだろうがすぐに部下にしようとするお前の性格は、俺は熟知しているからな」
「……お前達、こいつを何とかするのを手伝って!」
「「「はーい!」」」
元気よくエーファの部下達が答えて、一斉にシルヴァン王に襲いかかる。
それを見たシルヴァン王が、
「……全くエーファも含めてお前達も懲りないな」
そう、シルヴァン王は獰猛な笑みを浮かべたのだった。
エーファの部下らしき方々は、シルヴァン王に瞬殺された。
周りにはきゅうと可愛らしい声を出して伸びている魔族の部下の女性達がいる。
全員特に目立った外傷もなく気絶しているようである。
この人こんなに強かったんだと私が思いながらも、女性に対して容赦ないのがどうなんだろうなーと思っていると、
「……シルヴァンはああ見えて王様だから、女の暗殺者やら何やら送り込まれて女相手に容赦できない状態で、あいつも苦労しているんだよな」
「……私、何も言ってないわよ? 拓斗」
「顔に出ていたから。まあ、あまりシルヴァンを責めるようなことは考えないでくれ」
拓斗の説明に、この世界もなかなか大変なんだなと私は思った。
とはいえ、部下たちを気絶させている程度で済ませているのだから、手加減しているのだと分かりそこに愛があるような気がした。
したのだが、シルヴァン王は不敵な笑みを浮かべながらエーファに近づいていくのを見ると、果たしてそこに愛があるのか一抹の不安を覚えながらも私と拓斗は状況の経過を見守っていた。
そしてそんなシルヴァン王に涙目になったエーファが、
「い、嫌だ、来るな、来るな……」
「何でそんなに怯える。あれだけ可愛がってやっているのに」
「可愛がる!? 毎日毎日片時も離したくないというかのようにいちゃいちゃと……あんなにされたら息が詰まる!」
「別に、手加減して息抜きはさせてやっているだろう?」
「いつ?」
「食事の時に」
エーファが更に顔を青くして、一歩後ずさる。
手加減されているなんて思っていなかったらしいエーファだから、当然のように思えるのだが、そんなエーファに更にシルヴァン王が、
「だがエーファ、逃げたお前にはお仕置するからな。今度は食事の時に、お前に食べさせてもらうんだ」
「おまっ……恥ずかしい事を私にさせる気?」
「恋人なんだから構わないだろう。ああ、別にお前だけが逃げても構わないぞ? 部下を人質にとるからな。その部下がどうなってもかまわないという条件付きだ」
「こ、この……」
悔しそうに呻くエーファにシルヴァン王は笑う。けれどエーファは、
「部下は返してもらう。そしてお前の元には戻れない」
「……どうしてそんなに嫌う」
「だからさっき言ったように、毎日……」
「本当にそれだけか? そんなに俺の事が嫌いなのか?」
そこでシルヴァン王は悲しげにエーファに問いかけた。
私はこの人このエーファさんには本気なんだなと思っていると、それはエーファも同様だったらしく、小さく呻いてから、
「別に、そういうわけではないは……」
「でも愛してはいないんだろう?」
「……そういうわけでは……」
シルヴァン王がじっとエーファを見つめる。
そしてその視線に耐えられなくなったのかエーファが顔を真赤にして、
「私も……シルヴァンを愛してる」
「そうか、俺は嬉しい」
「……そう」
素直になれないこのエーファという魔王様の様子を、シルヴァン王は優しげに見つめている。
これに似た表情を私は何処かで見た気がして、そこで思い出す。
拓斗が私を見る時の表情だ。
何でそんな表情でいつも拓斗は自分を見ているのだろうと私が疑問に思った所で、エーファが口を開いた。
「でもまだ私は戻れない」
「何故だ?」
「シルヴァンに心配をかけたくなかったから言っていなかったが、ここしばらく歪みの発生が以上に増えているの」
「それならそこにいる結衣に任せればいい。あの自堕落な神が連れてきたそれ用の人間だから」
「え? そうなのか? そうか、だから歪みを直していたのね。珍しい可愛い人間がいると思っていたけど……」
エーファが理由がわかったというかのように頷く。が、すぐにエーファは元気よく、
「でもこんな可愛い子一人を危険な目に合わすのは良くないわね! だから私が手伝ってあげないといけないから……」
そんなエーファにシルヴァン王も微笑みながら、
「所でエーファ、結衣が好みか?」
「それはもう! 次に歪みの側で見つけたらこの前のお礼も兼ねて部下としてマスコットにして可愛がり尽くしたいという……あ、う、えっと……」
エーファは今更ながら失言に気づいたらしい。
すでにシルヴァン王はエーファの眼前に迫っていたのだが、無防備な背中をさらしたままエーファは再び逃げ出そうとする。
部下よりもシルヴァン王の機嫌を損ねたのが彼女にとっての危険度は上らしい。
しかも何故か私が引き合いに出されていて、これはおかしいとしか思えない。
そんな事を考えている内にエーファは素早くシルヴァン王に気絶させられた。
倒れこむエーファを支えたシルヴァン王が、そのまま軽々とエーファを抱き上げる。
そしてシルヴァン王は拓斗に、
「俺達だけ城に戻してくれないか? こいつが起きる前に。その方が我が神にとってもいいでしょう? このままだとエーファのお気に入りのぬいぐるみか何かのように、結衣を放さなくなりそうですし」
「……そうだな」
そう告げて、拓斗は二人を何処かに転送する。そして、
「結衣、終わった?」
気楽そうなシリルの声が聞こえたのだった 。
滝の裏側は、花畑だった。
“水の結晶花”が色とりどりに咲き乱れ、暗い中で淡い燐光を放っている。
これが滝の裏側にまで透けて、彩りを変えていたらしい。
「綺麗だな……でも何でこんなに色が違うんだろう?」
「天然のこの辺りの岩石に含まれる微量な成分の違いで、色が変わるんだ」
「ルビーとサファイアの違いみたいなものかな?」
「るびー?」
「私のいた世界の宝石にもなる石だよ」
「そうなんだ。そういった話を聞くと、やっぱり私は異世界人なんだなと思うよ。さてと、じゃあこの青いのを貰っていこうかな」
そう言ってシリルはその青い花を一本手折る。するとすぐにまた青い花がその場所に咲く。無銀に生えて手に入るのだろうかと私は思いつつ、まさかそんなわけはないかとその想像を私は打ち消した。
「結衣も、好きなのを選んだらどうだ? シリルに渡した時も羨ましそうに見ていたし」
「べ、別に羨ましそうになんて見ていない……ただ綺麗だと思っただけで。もしかして、だからここの歪みに行く事にしたの?」
「……嬉しいか?」
「……嬉しいかな?」
「そうか、良かった。じゃあ選んでこいよ」
促されて、拓斗は私に優しい所もあるよなと思いながら私はどれにしようかと迷う。こちら側では、時折、滝の隙間から光がこぼれてこの花々に当たり、キラキラと硝子のように煌めく。その内の、緑とピンクの二色に彩られたものを私は選んだ。
そこでシリルは幾つもの色の花が咲いているのに、少し遠い場所にある青色の花を何で選んだんだろうと私がその花を見ていると、
「どうして青色か、私は気になる?」
「う、顔に出てた?」
「うん、でもそういうわかりやすくて素直な所は気に入っているんだよ?」
「……素直に喜べないのはどうしてだろう」
「どうしてなんだろうね。因みにこの花を選んだのはフルールが青い色を好きだからだよ」
そう微笑むシリル。シリルはよっぽどフルールさんが好きなんだなと私がどことなく羨ましさを覚えていると、
「それで、用事は終わりか?」
「はい、ありがとうございます。これでフルールに捨てられずにすみます」
「そうか、良かったな」
それに嬉しそうに頷くシリル。そんなシリルに私が何かを忘れているような気がしたが、はっと閃くようにそれを思い出した。
「シリルはフルールさん口説けなくて大変だね」
「僕がそんな約束守るわけないじゃん」
何言っているんだ結衣は、というようにシリルが返す。それを聞きながら、それって結局この花を採ってこなくても同じな気がしないでもないなと思いつつ、それでもフルールが好きそうなものを選んでしまうシリルに、私は一途さを感じてしまったのだっった。
屋敷に戻ってきた私は、拓斗に力を補給されていた。
隣同士のベンチに座って、手を握っていただけなのだが、何というかこう拓斗を意識してしまう。同じくらいの年頃の男性だからかもしれないし、周りの友達に彼氏自慢を聞いたからかもしれない。
でも、拓斗が彼氏とか、えっと……そこで、
「結衣、途中で妙な事を考えただろう」
「びくっ」
「……別に。だがこれでしばらくは」
不機嫌そうに呟く拓斗。そこで花園からフルールが何かを運んできた。
「失礼します。お茶を持ってまいりました」
「あ、フルールさん、ありがとうございます。あれ、シリルは?」
確か意気揚々と走っていったのを私は目撃したのだが……そこでフルールは目を伏せた。
「シリル様は私を騙したのです」
「え?」
「口説かないと約束したのに、『よくよく考えたら、フルールは僕のメイドで僕のものなんだ。だからフルールの意志なんて関係ないんだよね』と言ってきたんです。しかも私が青い色が好きだからこの“水の結晶花”にしたんだよと。フルールが好きだから、これにしたんだと延々と私を口説くのです」
シリルが強硬手段に出てきたらしい。この行動的な情熱というか、絶対にフルールさんを逃がさないぞというシリルの執着が凄まじい。もうこの辺で諦めてすべてを受け入れるのも手なんじゃないかと思う私だが、そこでフルールが、
「ですがここまで来たら仕方がありません。口説くのは駄目だと言っても聞いて下さらないなら、徹底的に無視をすればいいのだと!」
「え、ええ? 受け入れるのではなく?」
「ここで諦めては、女としてのプライドが許せません。正しきメイドとしての行いとして、必ずやシリル様とご令嬢をくっつけて見せます!」
そう何か別の方向に情熱を傾けるフルール。ここはこう、シリルの情熱に絆されてしまい、落ちる所ではないのだろうかと思った。
そんな私の目の前で、紅茶を淹れ始めて、小さなケーキが三つ載ったお皿を取り出すフルール。ケーキは淡いピンク色のムースのようなものに赤いフルーツのピュレがかかったもの、チョコレートらしいケーキ、ミルクプリンのようなものにクリームとカラメルソースとナッツを砕いたものが散りばめられたようなものが載っている。
そこでミルクプリンもどきがぶるぶると独りでに震えた。
「……私は今お腹がすいてないので紅茶だけでお願いします」
「そうなのですか? 生きの良い、ココナッツプリンが手に入ったのですが……残念です」
残念そうに言うフルールだが、生きのいいココナッツプリンてなんだろうと私はある種の恐怖に駆られた。そして紅茶だけをいただいた所でフルールが、
「これからはシリル様から逃げるために何かにつけて、結衣様達のお世話をさせていただきますので、よろしくおねがいします」
「あ、はい、よろしくお願いします」
条件反射で答えた私は、一礼して去っていくフルールを見ながら何かがおかしい気がして……気がついた。
「あれが手に入って、二人がくっつけばこっちに手出ししてこないと思ったのに……こじれた?」
「そう簡単に上手くいくとは思えないって言っただろう。しかも巻き込まれているし」
拓斗が言うのを聞きながら、私は今度は何に巻き込まれるんだろうと思ったのだった。




