あの魚はしゃべるぞ
そこでシルヴァン王が不機嫌そうな顔でやって来た。
金髪碧眼の王様で、この前あったあの綺麗な魔王様の恋人らしい彼は、拓斗にお願いしても何もしてくれなかったのに、しかも拓斗が今更やってきたのもあって皮肉をいう傾向がある。ただ、拓斗とはそこそこ関わり合いのあった人物らしいので、二人の間の空気には何処か完全に嫌い合っていない空気が有る。
それはおいておいて、シルヴァン王は、
「どうやら少しは歪みが減ったらしいと、神殿から報告があったが……全く神殿も歪みが増えているのを黙っているとは……」
そこまでぼやくように呟いて、シルヴァン王は言葉を失ったように食い入るように私を見た。ちょうど着替え終わって拓斗が入り込むと同時にシリルがまるで突撃するかのように部屋に入り込んで来て、フルールに抱きついたのだ。
その衝撃は、フルールの胸がたゆんたゆん揺れるようなレベルである。
「フルールぅう、可愛い、可愛い、ようやく着てくれた!」
「シリル様……良くも私を嵌めて下さいましたね?」
「……えっと、もしかしてフルールは怒ってる?」
「ええ、とても」
「……嫌いになる?」
「はい。ですから今すぐいつものメイド服に着替えさせてください」
「……じゃあ代わりに、ロップイヤーの、垂れた耳のウサミミつけてもらえないかな? あ、普通のウサミミとネコ耳でも……」
「実家に帰ります」
「いやぁあああ、フルール、僕を見捨てないでぇえええ」
そんな混沌とした所で、私はどうしようかと思っていたのだが、シルヴァン王がやってきたのでこの騒乱は収まった。ちなみにシルヴァン王は不機嫌そうだったが私を唖然としたように私を見ているのだ。
やっぱり服に着られている感じなのかなと思って、私は悲しくなる。
拓斗は似合っていて可愛いよと言ってくれて、私は頭が沸騰しそうになったのだがすぐに冷静になってしまったのだ。これだけ男女ともに美形に囲まれたら、どう考えても私って地味だよなと私は思ってしまったのだ。
そこでフルールに抱きつきながら、フルールに押しのけられそうになっているシリルが、
「ね! 結衣。可愛いでしょう! そして僕のフルールも凄く綺麗でしょ! うぐっ!」
シリルが自慢気に私と、特にフルールを押すようにシルヴァン王に告げる。
その二人を見比べて、
「確かに二人とも可愛い、よく似合っている」
「でもフルールさんならまだしも、私は地味なんじゃないかなと」
私が少し悲しくなりながら言うと、拓斗が頭をなぜる。何だかこうされるとまた変な気分になるんだよなと私が思っていると、シルヴァン王が仕方がないと言うように嘆息して、
「そんなに卑下する必要はない。なるほど、確かにそこの自堕落な神が付き添うだけのことはある」
「いえ、それは私が解説役に連れてきただけで……」
「いやいや謙遜しなくていい」
「あの、謙遜ではなくてですね……」
私の言葉を遮りシルヴァン王は一人で納得していた。この人も話を聞かない、私がそんな事実に気がついているとシルヴァン王が再び私を見て、今度は苦々しそうに、
「あいつ好みそうなところが気に入らない。仲間にしたがりそうだ。美人の部下を収集する趣味があるからな。まあ、アイツの周りにいた男性の部下は全員俺が倒しておいたが」
「あいつ?」
「そう、魔王だ」
「ああ、あの綺麗な人か。エーファさん。そういえば女性の部下しかいなかったかも」
「そうそう、俺が一目惚れするくらいだからな。なのに今は何処かに行ってしまい探してもその場所に駆けつければいないし……おい」
そこでシルヴァン王はようやく気づいたようだった。私は何かいってはいけないことを言った気がした。
なのでそっとその場から逃げようとする私だが、すぐにシルヴァン王に方を掴まれた。
「何故お前が、エーファを知っている」
「え、えっと歪みを直しに行った時に助けていただきました」
「そうか、で、何処に行った」
そんなことを聞かれても拓斗に連れて行かれて多少の説明をしてもらっただけで、私にはあの場所がどこなのかわからない。と、
「ピィ・フライの沼だ」
「あそこか、よし今すぐ出かけよう。どうせそう遠くへはいっていないだろうからな。教えてくれてありがとう、我が神よ」
「……こんな時だけ敬うんだな」
「いつも一応は畏敬の念を持って接しているつもりです。それでは」
白々しくシルヴァン王が告げて、嬉しそうに去っていく。それに拓斗は、
「まあ、一応畏敬の念も含めて俺の考えが理解できたのはあいつだけなんだよな」
「? 拓斗?」
「……何でもないよ」
そう答えた拓斗に私は、聞き返したかったのだが黙ることにした。何となくそれに関して、拓斗は話してくれない、そんな気がしたから。なので私は黙る。
そして……フルールにしつこいとひきはがされたシリルが、もうここで着替えますと言いだしたフルールに、フルールの裸を見ていいのは僕だけなんだからと良く分からない発言をして部屋から追い出されるという一幕もあったが、私も私でこのドレスは動きにくいなと拓斗が惜しむもののすぐに着替えてしまったのだった。
朝目を覚ますと隣のベッドで寝ていた拓斗がいなかった。何処に行ったのかなと思いながら、、魔法でパジャマから服に着替えた。そこで拓斗が部屋に戻ってきた。
「私、起きたのか」
「う、うん。それよりも何処に行っていたの?」
「シルヴァン王が朝早くから来て、またあいつに逃げられたと愚痴りに来た」
「あ、はい……」
あの魔王様に逃げられたらしい。
そういえばあいつにどうのこうのと魔王様はいっていた気がする。
でもどうしてそんなに嫌がるんだろうなと私が思っていると、
「それで今度から、歪みの修正にシルヴァン王が同行することになった」
その拓斗の言葉に、私は首を傾げる。
「……王様の仕事は?」
「暴れて仕事にならないから、すぐに捕まえてきて欲しいそうだ」
初対面の時も含めて、あの嫌味な感じの荒れっぷりだと、確かにそうかもしれないなと私は思いながらも、
「そういえばあの王様、元勇者だっけ。強いんだよね? そういえばエーファさんの男の部下は全員倒したとか……独占欲が強いんだね」
「まあな。でも強くても歪みの修正の手伝いはしてくれないぞ?」
「……何で? 一応この世界の勇者様じゃないの?」
「あいつの目的は、魔王だけだから。自分の恋人以外、特に興味もなく適当にあしらってきたからな。……あそこまで壊れるのもまた面白いな」
人事のような拓斗に、私はまた面倒そうなことになったなと思っていると、そこで食事に呼ばれたのだった。
「いいなー、歪み修正。僕も行きたいなー」
シリルが私にそう言ってくる。ちなみに、どうしてそんな話になったかというと、シリルにドレスを返したのだけれど、
「というわけで使用料、今度歪みの修正に連れて行ってよ」
シリルが突然そんな提案をしてきて私は、
「でも、私、拓斗に連れて行ってもらっているから拓斗に聞かないと」
「じゃあ私、お願いしてよ~」
そんなシリルに、誰か止める人がいないかなと周りを見回した私は気づいた。
メイドのフルールがいない。あの几帳面な人がいるのは珍しいと私が思っていると、
「私、誰か探しているの?」
「えっと、メイドのフルールさんがいないかなって」
「フルールなら、今日一日、出てこれないよ?」
「え?」
「出て来られないんだ」
ほほえむシリルに私は、怖くて何も聞けなくなってしまう。
そんなことをしているうちに食事をおえ、シリルが出してきた村人のような服装に着替える私。この時シリルは、自分の部屋で物音が聞こえたからと部屋に戻っていった。
なので、私は拓斗に頼まなくてすんだ……というか、シリルが来たらまた面倒なことになりそうと思って私は安堵したのだった。
そういえば、シルヴァン王の存在を忘れていた私。
不機嫌で偉そうだが王様なこの人は苦手なんだよなと私が思っていると、
「分かった、すこしばかり力を貸してやろう。だから結衣に不機嫌そうな威圧感を出すな」
「ありがとうございます、我が神。ただそんなつもりはなかったのですが、すまない」
誤ってくるシルヴァン王に、実はこの人結構いい人なのかなと私が思っているとそこで、シルヴァン王が私を指さし、
「ついでに、結衣を生き餌にしていいですか?」
いきなりとんでもない言葉が飛び出して私は、ええっと声を上げる。
だが、それに拓斗は面倒そうな表情になりながらも、
「どうせ結衣がいれば、あの魔王エーファは喜んで近づいてくるだろう。そして歪みある所にあいつらが現れるから、生き餌に結衣は丁度いいと」
「ええ、それ以上の意味はありませんが」
にやにや笑うシルヴァン王に、私はそんな意味か、怖い魔物か何かを呼び出す餌みたいに聞こえる……そんな風に言わなくていいじゃんと心の中で嘆いたのだった。
やってきたその場所は、小さな村だった。その村と畑の境界の辺りに私達はやってきていた。そして拓斗に案内されるまま歪みのある場所に歩いて行くが、その途中、拓斗が解説役よろしく今回の歪みの説明を私にしていた。
この村は、織物で栄えている村で、それに関するとても困った歪みが発生していたという、のだが……。
「とろろぐみ?」
「とろろぐみというのは、食べるグミをもう少し柔らかくしたようなモンスターだ。普段は森の中で枯れ葉を食べて暮らしているんだが、歪みの影響で布を溶かすようになったらしい」
拓斗が私に説明して、その話に嫌な予感しか覚えない私。そのとろろぐみと対峙するのは私なのだ。つまり服が……。嫌な想像しか浮かばない。
そんな私に更に拓斗は付け加える。
「それでここは織物の村なので、とても困ったわけだ。しかも人間の着ている服が好みだったらしくて……」
「私もう帰っていいかな」
「なので古くなった服を餌に、そのとろぐみに涸れ井戸に放り込んだらしい。そしてそこで飼っているらしい」
「……なんで?」
「古い布の処理やその布を分解した時に出るとろろぐみ液にも使い道があるそうだ」
「何に使えるの?」
「織物の発色を良くしたり、他にも香草と組み合わせるといい匂いがするので、この地方の新しい特産品になっている。因みにこのとろろぐみはこの地方にしかいない変種の魔物なので、ここでしか培養が出来ないらしい。それを売って村は随分と生活は豊かだそうだ」
異世界事情を聴きながら、なんだかなと思う私。ただ今の話から私はある疑問が浮かぶ。
「歪みが買われちゃって色々な場所に散らばるってこと?」
「いや、他の場所に移動すれば、その歪みは消えるから。場所とその場所の生物との相乗効果で歪みが発生して蓄積されるからその点は、問題ない」
「そ、そうなんだ。でも、歪みの影響で服を溶かすようになったんじゃ……」
「とろろぐみにとってあの味は忘れられないらしい」
私は、そうですかと目をどんよりとさせて呟いた。 とはいえ散らばるのを一つづつやっていかなくてすむと、私がほっとしているとそこでシルヴァン王が、
「なるほど、服を溶かすとろろぐみか」
「ああ、そうだな」
お互い真面目な顔でシルヴァン王と拓斗が目で何かを語りかける。そして意味深に受け答えした二人は、揃って顔を見合わせて頷く。私は今の受け答えはなんですかと問いかけたかった。けれど、聞かないでいたほうが平穏が保たれていくように感じるのでその疑問を口にするのを何とか耐える。
そこで私達は、灰色の石を積み重ねた丸い井戸へとやってきたのだった。
その井戸を私は覗くが、随分と深く暗いので奥まで様子が分からない。
そうなるとこの中にはいらないといけないのだろうかと思うが、気づけば拓斗が縄を一本持っている。
そして井戸の側には括りつけるにはちょうど良さそうな棒もある。
「……私の腰にロープを結んで私自身を餌にしてとろろぐみを釣り上げる、とか?」
私が拓斗を不安そうに見上げると、拓斗がニヤリと笑った。
だが素直に私も餌にされるつもりはなかった。なので、
「あ・ん・た・が行けぇえええ」
「うわぁあああああ」
頭に来た私が拓斗を井戸に蹴り飛ばした。放り込まれた拓斗が悲鳴を上げるがすぐに井戸の中から魔法か何かで浮かび上がってきて、
「くくく、神である俺にはこんな物に攻撃されないのだ。って、うわぁあああ」
「ちょ、拓斗っ!」
そこでそのとろろぐみが液体のように井戸から跳ね上がって拓斗に襲いかかった。
神に襲いかかる弱そうな魔物の勇敢さにある種の簡単を私が覚えていると、何故かそれが私の方に動き始めた。
「ま、待って、何で私を狙って……」
「やっぱり男より女が好きなんだろう。魔物の正しい在り方だ」
「冗談言っていないで、歪みの修正の仕方、まだ私は知らないわよ!」
「あー、じゃあ俺と手をつないでくれ」
そう言われて私は慌てて手を繋いだのだが、同時に歪みの修正の仕方が私には分かる。
何だかあまり苦労しないで魔法を覚えているなと思いながらやってみるが、その修正をする感触を覚える。同時に、とろろぐみがずるずると、井戸へと戻っていく。
「お、終わったのかな?」
「そうみたいだな。だがよくも俺を井戸に落してくれたな、結衣」
「だって服をとかされるの嫌だし」
「ちょっとくらいサービスシーンがあっても良いんじゃないかと俺は思う」
「私は男の服がとかされてもサービスシーンになると思うの」
「そんなもの見たくもない!」
「私は見たい!」
「結衣、君はきっと疲れているんだ」
「それはこっちのセリフよ! って、シルヴァン王、どうかしたのですか?」
そこで二人の様子を見ていたシルヴァン王が苦笑しながら、
「いや、仲が良いなと思って。だが、ここにはあいつは来なかったし、村人が来て面倒な事になる前に戻った方がいいんじゃないのか?」
そんなもっともな意見を告げたのだった。
そんなこんなで屋敷に戻ってきた私。戻ってすぐに、意気消沈したようなシルヴァン王と別れた。そして現在部屋に戻ってきたわけだが、そういえばドレスを着た時の飾りを返し損ねたのを思い出し、私は飾りを持ってシリルの部屋を目指す。
部屋のすぐ前にやってくると、そこにはどこか青ざめたシリルと、見知らぬ真面目そうな女性が立っている。
「……素晴らしい方です。シリル様が負けをお認めになった方がよろしいかと」
「い、いやだ。こんな所で挫けてたまるか。絶対に……あれ、結衣、どうしたの?」
その見知らぬ女性は私にも挨拶をしてその場を去っていた。誰なんだろうなと思っているとシリルが、
「結衣、もしかしてその髪飾りを返しに来たの?」
「そうですが、今いったい何を?」
「……僕は絶対にフルールに負けないんだ!」
言い切ってそれ以上何もいわないシリルに、私はそれ以上聞き出せなかったのだった。
朝起きて私が支度を整えると、大きな音を立てて部屋の扉が開き人影が飛び込んできた。
「結衣ぁあああ、聞いてぇえええ」
そこに現れたのはシリルだった。いつも以上に、豪奢な装いでしかも瞳に涙をためてる。
それはもう美少女が悲しげな様子でいるように見えて、男ならふらふらと手を差し伸べてしまいそうな儚さに満ちていた。が、私は女だったので全く問題なく、落ち着かせるように傍の長椅子に座るように促して、泣くのが収まるのを待ってから私は切り出した。、
「どうしたの、シリル。そんな悲しそうな顔をして」
「結衣……うわーん」
シリルは泣き出してそのまま私に抱きつこうとして、拓斗の視線に気づいてすんでのところで止まる。そして顔をぐしゃぐしゃにするように泣きながら、
「フルールが、実家に帰るって言うんだ……ひっく」
「またフルールさんと喧嘩をしたの?」
「だって、フルールが悪いんだ。いつだって他の人をっていうんだ」
「それは……」
私は言葉に詰まる。メイドのフルールとしては、主であるシリルとは身分違いといった不安があるのだろう。この前会話した時も、私はフルールの中での葛藤を聞いたのだ。
だから彼女ばかりを責められないよなと私は心の中で思っていると、
「だから、ここ一日半、騙してフルールにメイドに必要な教養として、連続花嫁修業といったありとあらゆるスキルをご主人様命令で教育したんだ」
「……え? そ、そうなんだ」
「ちなみにこの修行を全部クリアしないと駄目だからねって、いくつも昨日一日みっちり教えて、これからも教養が必要だよね、ここにいないと駄目だよねといって、フルールに能力がないように思いこませて、その教育が必要だからってここに残る契約までさせて最終的には花嫁にしようと思ったんだ」
さりげなく鬼畜な所業のような気もするのだが、そういえば出てこられないんだと言っていたのはこの事らしい。確かに忙しくて出てこられないよなと私は思いながら、このシリルの様子だとどうもシリルが負けたらしい。今もまだ泣きじゃくっているのはかわいそうだと思うのだが、とりあえず続きを話させるために私は、
「それでどうしたの? 何が失敗したの?」
「う、うぐっ……そうしたらそういった才能がフルールにはとてもあったらしくて、それらを簡単にクリアしちゃったんだ」
「そ、そうなんだ、フルールさん、天才だね」
「うぐっ、誤算だったんだ。まさかそんなに花嫁修業スキルが得意なんだって僕知らなくて、しかも、花嫁修業だってフルールにばれた」
私はどう反応していいのか分からず、とりあえず相槌を打つ事にした。
そこでまたシリルが泣き出しながら、
「『この能力があれば独立してもやっていけそうです。こんな教育していただけるとは思いませんでしたが、本当にありがとうございます』って、心のこもらない声で言われて、就職の本を調べ始めて……だから僕言ったんだ」
「なんて言ったんですか?」
「僕のうちに永久就職しないかって。でもフルールは、今は転職の時代だから残念ですって言って……どうしよう、このままじゃフルール、本当に他の職についちゃうよおおお」
「え、えっと……何か方法が無いんですか?」
そこでシリルがじっと私を見た。また面倒な事になるのか思っているとシリルが、
「フルールが実家に帰らないには、“水の結晶花”がいるんだ。だから……」
「とってくればいいのでは?」
「生えている場所がここから一週間くらい陸路でかかる場所なんだ。だから私からあの拓斗様に頼んで欲しいんだ。そこに連れて行ってもらえれば、後は頑張って自分でとってくるから!」
切実そうにシリルが私にお願いする。二人の恋を応援したい気持ちもあるので、私は拓斗に頼もうとすると、
「つまりこれが欲しいって事か?」
拓斗がそのまま手を空に掲げる。ポンと破裂音が聞こえて、透明なガラスで出来たような花が拓斗の手に現れる。それをまじまじと見てから拓斗は頷き、
「これをやる。これでいいか?」
「わーい、ありがとうございますぅ。神殿での寄付金増やしておきますね」
「……増やされても俺には何の関係もないんだが。高級な信者どもが肥え太るだけだし」
「え? そうなんですか? じゃあこの町の観光ガイドブックとか結衣が好みそうなものの方が良いかな?」
「そうしてくれ」
シリルはそう受け答えをすると嬉しそうに部屋を出ていく。
そんな拓斗が何処か優しそうに笑っているのを見て私は、
「結構いい所があるんだね」
「俺はとても性格が良いんだよ」
そう拓斗は私に軽口を叩いて、けれどまんざらでもなさそうに微笑んだのだった。
時々拓斗は私にとても優しい顔をする。
その顔の意味を私は問いたくなるのだが、同時に何かを思い出しそうになる。
ただもしかして本当に恋人同士だったのかなとふと思うのだが、引っかかる部分は何もない。なので私は小さく唸っていたが、そんな私に気付いた拓斗が、
「どうしたんだ結衣、俺の顔をじっと見て」
「……解説役として連れてきた割に面倒見がいいなと」
「……まあ、俺が巻き込んだことには変わりないしな」
意外にも拓斗には責任感らしきものが少しはあるらしい。
出来ればそれをもう少し持ってもらって、私が来なくてもいいようにしてくれればいいのにと思いはしたのだが……。それはそれで私は何となくもやもやする。
そこで、何故かフルールが食事に呼びに来たのだった。
またもやシリルが泣いていていた。
「酷い、酷いよ、フルール。こんなのあんまりだよ」
「……私はいいましたよね? 自力で“水の結晶花”を取ってこないと、認めませんと」
「僕が貰ってきたもん」
「そのためにお客様である結衣様と拓斗様にご迷惑をお掛けしましたね?」
「う、それは……」
「どうせ人の良い私様に泣き落しを使い、拓斗様から頂いたのでしょう」
シリルの行動は完全にフルールにバレていた。そしてフルールの態度がシリルに冷たい。
そんなフルールにシリルは涙目ですがり、
「もう一度、もう一度チャンスを下さい!」
「……駄目です」
「お願い、フルール」
シリルは必死になってフルールに抱きついて懇願している。
この光景だけ見ると、百合の痴情のもつれに見えるなと私は人事のように思った。
そして周りを見回すと、シリルのご両親やシルヴァン王、拓斗も、何事もなかったように食事をとっている。このいつもの事だという馴れている感は何なんだろうなと私は思っていながら、これを私も真似しなければと思って食事を始める私。
クリーム色に近い色をして、パセリのような何かが散らされた冷製スープは濃厚なかぼちゃとコーンを混ぜたような味がする。今日はローストビーフ……得体のしれない牛肉のような何かとレタスのはさまれたサンドイッチで、パンには粒マスタードのようなものが塗られていて所何処りピリッとした辛さがあって美味しい。
何だかとてもおしゃれな食生活をしているような気がするなと思いつつ、みそ汁も飲みたくなったよなと私は思う。
それに和菓子も恋しい。今は春だったので、道明寺桜餅も良いな、でもみたらし団子やイチゴ大福も捨てがたい、それとお抹茶も美味しいよななどとぼんやりしていると、
「いいでしょう、もう一度チャンスをあげます。自力で“水の結晶花”を採取してきて下さい」
フルールが折れた。
何だかんだで、シリルに甘いよなと思いながら私はスープに口をつけていると、
「但し、シリル様。これ以上私を誘惑するのはやめて下さい」
「え、ええ! だ、だって僕フルールが好きだし、口説く自由はあってもいいと思うんだ」
「それが守れないのでしたら、私は別の職を探させていただきます。丁度シリル様が鍛えて下さりましたから」
「そ、そんな……も、もう少し譲歩を……」
「駄目です。私ではなくご令嬢を口説いて下さいませ。それでどうなさいますか?」
「うわーん、フルールの意地悪ぅ……分かったよ! その代わり約束は守ってね!」
「……そうですね」
涙目のシリルにフルールがそれはもう嬉しそうににこりと笑う。フルールさん、そんなにシリルに口説かれるのが辛かったんだ、でもこれも愛の試練かも……と人事のように私が思っていると、そこで何故か涙目のシリルが私を見た。
私が巻き込まれるような嫌な予感を覚えつつも、さっと目をそらしはしたのだがそこで、
「今日は、“偉大なる天使の滝”に行くんですよね?」
私ではなく拓斗にシリルが聞く。それに拓斗はシリルを見て、
「嫌だ……痴情のもつれに俺は関わりたくない」
「お願いします、今回だけです! だって片道一週間かかるんだもん!」
「何だかお前たちに関わると俺の方も色々な意味でこじれそうな不安がよぎって嫌なんだ」
「……結衣」
今度は私に泣き落としにかかるシリルに私は、
「……拓斗、連れて行ってあげよう。二人がくっつけば私達に関わってこないんじゃない?」
「……そんなに簡単に事が運ぶと思えないが」
「でもシリル、本当にフルールさんが好きみたいだし、良いんじゃない?」
拓斗が黙って少し考えて、仕方がなさそうに頷いたのはそのすぐ後の事だった。




