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希望の天秤  作者: ネタの砂漠
7/25

京都 5



 「すいませんでした」


 こみ上げた感情を吐き出して。

 そしてまた押し込めて。ようやく落ち着いた。


 「いえ、こんな薄い胸でよかったらいつでも使ってください」

 「え? 」

 「泣きたい時はって意味です」

 「ああ、そういう意味ですか? 」

 「どういう意味にとったんですか、全く」


 ゆかりさんは好意で言ってくれたのに、僕はきっとやらしい顔しちゃったんだろう。天使の様だったゆかりさんの顔がふくれる。 

 でも女の人にいきなり胸とか言われたら男ならそんな顔しちゃうよね?


 ゆかりさんの胸を見ると、そこには僕が流した涙の後はもう無かった。もうあんな情けない姿を晒すのはこれきりにしよう。

 僕はパンと自分の頬を両手で叩く。

 「そういえばゆかりさんも僕に何か話したい事があったんですよね? 」

 ゆかりさんの顔が病院で注射器を見た子供のように強張る。かなり話し辛い事の様だが、僕も今度は先程のように助け舟も出さずに黙って待つ。

 

 長い葛藤の末彼女は口を開く。

 「今回の事は異常です。8人もの人間が、痕跡も残さず文字通り消えてしまうなんて……」

 今更なにを、という気もするが黙って聞く。

 「8人も同時に消える、という事は過去にも例はないんです。でも、1人2人が消えたという事例は結構あるんです。そして、数日後何事も無かったかのように返ってきた事例も。実は私もそういう事例を知っているんです」


 ネットや彼女自身が伝え聞いた、消えた人間の話に僕は相槌を打つだけだ。

 はっきり言って彼女の話はどうにも要領を得ない。

 そりゃ行方不明の人間なんていくらでもいるだろう。まるで本題に入る事を恐れているように話がまとまらない。


 しかし、なかなか本題に踏み込めない彼女の胸の内も考える。だから僕は話を急かす事もできなかった。


 ゆかりさんはそんな僕を見て、固く拳を握り締め大きく息を吸い込み、つま先で床をトンと叩くと語り始める。

 「私も朝食の後夢を見たんです。やはり私の夢にも影の女が現れて、とても嬉しげに言いました。親子で……親子で飛ばされるなんて可哀想に、と笑いながら」

 「とばされた? 」

 意味不明な言葉だと思った。

 「はい……消えた、と言った方がいいでしょうか? 私はその影の女、クルト・クニルと名乗る女の言葉に、自分も昔消えた事があったことを思い出しました。娘と同じ高校生の頃……私も消えていたんです」

 ゆかりさんも消えていた? 

 「私自身飛ばされた時の記憶はありません。夢を見ても半信半疑でした。でも平祇さんの話を聞いて確信しました」

 突然伏しがちだった瞳を僕に真っ直ぐ向けると彼女は、自分も呪われている、と言った。

 「え? どういうことですか? 」

 聞こえなかったわけではないが、話が繋がらない。僕は聞き返す。


 「その時私に呪いが掛けられたそうです。不老、不死、不幸、あらずみの呪い。影の女、クルト・クニルは教えてくれました」 

 「飛ばされた時の呪い、ですか? ゆかりさんに呪いをかけたのも、その、クルなんとかっていう女なんですか? 」

 「わかりません。でもあらずみの呪いといういかにも日本的な言い回しと、クルト・クニルという名前の組み合わせは不自然な気はします。平祇さんから聞いた、紅葉というのが誰かの名前だとしたら、紅葉のかけた呪いだと考えた方がいいかもしれません」

 申し訳ないと思いながらも僕は、ゆかりさんの話を殆ど信用していない。というか出来なかった。


 だがここで彼女の言うことを、それは夢です、作り話ですと否定する事は簡単だ。しかし否定してどうなる? 勿論どうにもならない。

 不老不死だろうが、人が消えようが、毒を食らわばの腹づもりで飲み込むしかない。信じる信じないは後に回す。

 昨日からいくつもの異常な体験をしてきたんだ。今更1つ2つ増えたところでどうという事は無いだろ。

 

 「その、ゆかりさん自身が飛ばされた? 時のことは全然覚えてないんですか? 」

 「両親によると1日だけ、私が家に帰ってこなかった事が有ったそうです。捜索願を出そうか迷っていた両親が、私の部屋を覗くとそこに私は寝ていたそうです。そのときの記憶が私には全くありません」

 「1日? 1日で帰ってきたって事ですか? 」

 「はっきりとは分かりませんが、夕方から翌日の昼頃までだったようです。その日の事は両親に随分問い詰められましたが、私が何も覚えていないの一点張りで、両親もそのうち諦めたようです」

 僕達は本当に同じような夢をみたのか? 彼女の話が本当だとすれば、僕も本当に呪いを受けたのか? 駄目だ! 僕の想像力では考えが全くまとまらない。 

 

 その時部屋のドアが激しく叩かれた。驚いたゆかりさんは、またもや運悪く手にしていた茶碗を床に落とす。

 何事かと僕は立ち上がるが、それを制してゆかりさんがドアに向かう。

 別に悪い事をしている訳ではないが、なんとなく僕はドアから見えない位置に身を潜める。なんか間男にでもなった気分だ。

 ドアの外に居たのは会議室につめていた父親らしい。何かあったのだろうか?



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