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希望の天秤  作者: ネタの砂漠
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京都 3

 食事を終えた僕達はそれぞれの部屋に戻る。美桜木夫妻はツインルームなので僕達とはフロアが違う。

 僕とゆかりさんはエレベーターで7階に着くと、お疲れ様でしたと夫妻と別れた。


 エレベーターの扉が閉まるとゆかりさんは、膝に手を当てて俯く。

 相当疲れているのだろう。


 僕はゆかりさんが心配になって、部屋まで送ると携帯の番号を交換した。

 何かあったらいつでも電話してくれと残して、彼女の部屋の前で別れる。

 僕自身疲れていたし、眠れるかどうかは別にして横になりたかった。


 僕は部屋に入ると、窓からの景色も部屋の間取りも見る事無くベッドに横になる。風呂に入りたかったが体が重い。


 目を閉じるとぐにゃぐにゃした模様がまぶたに浮かび、車酔いに似た感じがして気持ち悪くなる。

 たまらず目を開けるとすぐにそれは治まった。本格的に疲れているな、僕。


 そのうち自分が眠っているのか起きているのか分からなくなる。目は開いているが体が全く動かない。

 視線を動かすと目に映る部屋の景色も視線にあわせて動く。しかし指一本動かす事ができない。これが金縛りという物なんだろうか?


 最初こそ初体験の金縛りを楽しむ余裕もあったが、段々体を動かせないという事が恐ろしくなってくる。

 さらに幻覚まで見えてきて、僕の心は恐怖に包まれていく。


 部屋の天井に青い炎が浮かび上がる。それはあっという間に昨日見た魔法陣の形に広がり、そこから女の顔が現れた。

 これが夢なのか現実なのか全く判断がつかない。必死で体を動かそうとするが、まるで物凄い重力で押さえつけられているようだ。


 魔法陣から女の体がゆっくりと僕に向かって落ちてくる。僕は、これは夢だと呪文のように繰り返す。


 髪の長さから女だと分かるが、それは影のように暗くその表情を読む事はできない。女の目玉だけが真っ直ぐに僕を見る。

 本能的に目を合わせてはいけないと思うが、もはや視線さえ動かせない。

 影は僕の鼻先まで落ち、止まった。

 僕は悲鳴を上げようとするが、僅かな声さえ絞り出すことも出来ない。肺の中の空気が空っぽになってしまっているように息苦しい。

 

 「…………ぃ……の………」

 影が僕に何か囁く。

 「さ……ぃ……の………」

 

 僕はいつの間にか50cm程の大きさの水子地蔵に囲まれていた。何百という地蔵たちはグルグルと僕の周りを回り、甲高い笑い声を上げる。

 手にした風車かざぐるまが轟々と音を立てて回る。

 ベッドの下やドアの隙間から、不気味な鳥がわらわらと湧いてきて耳障りな鳴き声を上げる。鼓膜が破れそうだ。

 そんななかそれまでボソボソと何か囁いていた影が、ニタリと口を開く。

 

 「お前呪われたぞ! お前呪われた! 紗希が呪った! 紗希がお前を呪った! 紅葉が呪った! 紅葉の呪い! 紅葉の呪い! 紗希が呪った! 」

 

 影の口が耳まで裂け、鼻がくっつきそうな距離で嬉しそうに僕に向かって叫ぶ。何度も何度も何度も何度も繰り返す。


 「さ……き? 」

 ようやく僕の口が言葉を絞り出す。

 同時に肺が空気を思い切り吸い込み、その瞬間僕は金縛りから解放された。

 荒い息をつきながら僕はベッドから飛び起きた。


 全身にびっしょりと汗が滲んでいた。天井を見るが女も魔法陣もない、ただの天井がある。

 いつの間に眠ったのだろう。

 僕は立ち上がりバスルームに向かう。汗を流したかった。


 これほど怖い夢は初めて見た。

 歩けなくなった父さんが歩いてお墓に向かっていく夢を見たときも怖かったし、何年も表情1つ変らない母さんが、笑顔で喋る夢を見たこともあった。

 

 どちらも怖かったけど、理解できる怖さだった。

 歩いている父さんの夢を見た後は、現実の父さんを見て悲しくなった。

 笑ってる母さんの夢は途中で夢だと気付いて凄くつらかった。


 しかしこんな荒唐無稽な夢は、いくら怖くても覚めてしまえば気にならない。僕にとっては30時間も寝ていなかったせいか珍しい夢を見た、程度のものだった。


 僕は風呂から出ると窓から景色を眺める。外は雨が降っているようだ。まだ昼だと言うのに京都の街は薄暗い。

 京都タワーが見える。寺の屋根や鳥居も見えるが名前が分からない。観光であればあの屋根はなんと言う寺だろう、などと考えたかもしれない。


 園歌も同じ景色を見たのだろうか。

 今の僕は妹のことが真っ先に浮かんでしまう。

 園歌もゆかりさん達の娘さんみたいに、僕の夢に出てきてくれてもいいのに。

 そこで僕は普段の僕なら絶対に考えないような事を思いつく。



 夢か。



 そういえば他のお母さんたちは新しい夢を見ていないだろうか? もしかしたら、僕が見たのと同じ夢を誰か見たんじゃないだろうか?

 馬鹿馬鹿しいとは思いながらも、僕は居ても立ってもいられなくなり、ジャケットに袖を通すと部屋を出る支度をする。

 会議室に行けば誰か居る筈だ。単なる夢だったとしても、部屋で1人でじっとしているよりマシだよね。

 僕は部屋を出ようとドアを開ける。


 「きゃっ! 」

 

 ドアを開けたらゆかりさんが驚いた。

 なんだこれ? 

 ゆかりさんは今朝と違って、黒のストッキングにショートパンツ、キャミソールにジャケットというラフな格好で僕の部屋の前にいた。

 1回り以上年上の女性に対する感想としてはどうかと思うが、とても可愛い。

 

 「ち、違います。今ちょうど偶然部屋の前を通りかかったんです」

 聞いてもいないのに言い訳を始めた。

 「ごめんなさい。違うんです。嘘吐きました。暫らくノックしようか迷ってました。寝ていたら悪いかなと思って……」

 怒ってもいないのに謝られた。僕はさっぱり訳が分からなかったがとりあえず、大丈夫だから気にしないでと言っておいた。


 「携帯に電話してくれれば良かったのに」

 「でも寝ているところに電話したら間違いなく平祇さん起きちゃうじゃないですか? ノックなら起こさずにすむかなと思ったんです……」

 「僕を起こしたかったんですか? それとも寝かしておきたかったんですか? 」

 「うう、そうですよね……私何したかったんでしょう? 」

 僕に聞かれても困る。


 とはいえ男の部屋の前で長話する未亡人というのも、あらぬ誤解を受けそうなので僕の目的を切り出す。

 「今から会議室に行こうと思ったんですけど、ゆかりさんも行きませんか? 」

 「会議室ですか? 」

 またもやキョトンとされてしまった。確かにまだ交代の時間まで随分と時間がある。次に僕達が会議室につめるのは午後6時からだ。

 「ええ、実はさっき仮眠した時おかしな夢を見たんです。最初は気にしてなかったんだけど、ほら? 夢ってなんか引っかかるでしょ? それで、誰か仮眠中にまた夢見た人はいないかなと思って……」


 喋っていて段々恥ずかしくなってきた。僕は何かとんでもなく滑稽な事を言っている気がしてきたのだ。

 なんだか会議室でこんな馬鹿な事を言い出す前に、ここでゆかりさんに会えてよかったとさえ思えてきた。


 「どんな夢だったんですか? 」

 しかしゆかりさんは、これっぽっちも迷う事無く僕の話に食いついた。そうだ、この人はこういう人だった。

 「じゃあどこかで……ロビーとかで話しましょうか? ここで立ち話もなんだし」

 会議室という選択肢はもう僕には無い。僕の部屋でというのはもっと無い。無難なところだよね。


 「じゃあ、私の部屋で話しましょうか」

 ゆかりさんの思考がどういういきさつで、その結論を導き出したのかが全く分からない。

 暫らく考えた後彼女は、つま先で床をトンと叩くとそう言った。

 


誤字脱字等ありましたら御指摘ください。

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