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希望の天秤  作者: ネタの砂漠
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尊い日常と些細な異常 7

 それから僕は紗希ちゃんに平謝りだったし園歌には怒られるしひどい晩餐だった。紗希ちゃんは笑って許してくれたが、呪いの件もあって好物のカレーもあまり進まなかった。


 ゆかりさん達を見送ると園歌は引き出しから耳かきをとりだし、僕の膝に頭を乗せて寝転がる。

 「お兄ちゃん、耳かきして? 」

 妹が今までこんな事を言い出すことは無かったのだが、ゆかりさんという母の香りを嗅いだせいだろうか?

 

 「園歌は甘えん坊になっちゃったな? 」

 僕が小さく笑うと少しすねたように園歌が唇を尖らせる。

 「いいでしょ? 別に」

 

 僕は園歌の耳の奥まで光が届くよう妹の頭の角度を調整する。

 「なあ、お前紗希ちゃん達と僕がいない間なに話してたんだ? 」

 「大した事じゃないわよ? お兄ちゃんに私がいつも思っている事を話しただけよ」

 「お前が思ってる事ってなんだよ? 」


 耳かきで耳道の入り口をコショコショとかきこする。

 「ふふ、くすぐったい。別に悪口は言ってないから安心してよ。ただちょっとシスコンの気は有るかも、って話はしたけど」

 「そんな気はねえよ! 」

 「冗談だよ」

 クスリと園歌が笑う。


 「私はね、早くお兄ちゃんの力になりたいといつも思ってるんだ。早く卒業して、働いて、お兄ちゃんの負担を少しでも軽くしてあげたい」

 「別にお前の事を負担だなんて思ったことは無いよ? お金だってまあ十分じゃないけれど、お前を大学に行かせる位は工面できるし」

 

 「うん。知ってる。でもお金のことだけじゃなくてさ……お兄ちゃんが早く自由に生きれるように協力したいんだよ。私はお兄ちゃんに心配されてばっかりだし、心配なんて要らないわよ。って言えるような力も無いじゃない? 」

 「…………生意気だ。妹は妹らしく兄に心配されてろ」

 「ふふっ。今度はこっちの耳お願い」

 背中を向けていた園歌が僕の方に向き直る。


 「ゆかりさんにね、私が思ってる事をきちんとお兄ちゃんに伝えなさいって言われたの」

 「ゆかりさんが? 」

 「そう。私がお兄ちゃんの荷物になりたくないと思ってる事。お兄ちゃんが私の為に人生の道を変えてしまった事を、私が負担に感じてること」

 園歌はその黒い瞳で僕をじっと見上げる。園歌が修学旅行にいく前夜、僕に感謝の言葉より先に「ごめんね」と言った事を思い出した。


 「何にも出来ないくせに心配されたくないとか……生意気な妹でごめんね。お兄ちゃん」

 「まったくだ。そんな事言うのは10年早いよ」

 「そうだね。そういえば頭乗せてて大丈夫? 足の傷痛くない? 」

 「ああ、全然大丈夫だよこれくらい。平気平気」

 「また平気とか言うし! 」


 園歌が僕の足の傷を指でつつく。

 「やめろバカ! 痛いだろうが! 」

 「んん? 大丈夫なんでしょ? 」

 子猫のように意地悪な顔を僕に向けて笑みをこぼす。


 「大丈夫だけど指で突くんじゃない! わかった! 痛い! 凄く痛いから突っつくの止めて」

 「よろしい。これからは痛い時は痛いってちゃんと私に言ってね? 」


 そういって園歌は白い歯を見せて笑い

 「言ってくれなきゃ何にもできないんだから、私も……」

 最後に妹は、ゆかりさんもね。と付け加えてまた僕の膝に頭を乗せて目を閉じる。

 「おい、こんなところで寝るなよ? 布団敷いてくれよ。あ・し・痛・い・んだから」


 「しようがないなあ」

 立ち上がり押入れを開ける。

 「布団敷いたら耳かきの続きやってね」

 「へいへい」


 しかし園歌はいつまでも布団とじゃれあっているだけで、一向に布団を押入れから出してこない。

 「何ふざけてるんだよ? 」

 「あれ? あれ? 」

 妹を見るとふざけているようにも見えない。何かあせっているようだ。


 「どうかしたのか? 」

 「布団が重い……持ち上がらないよ……なにこれ? 怖いよお兄ちゃん……」

 今にも泣き出しそうに僕を見る妹に僕をからかっているような様子はない。


 僕は言いようのない不安を感じ立ち上がると、押入れの布団を持ち上げてみる。

 何の変哲も無いいつもの布団だ。綿入りの敷き布団は柔らかく、昨日僕が干したのでまだお日様の匂いがする気がした。




 しかしそれは僕の不安が的中してしまった事を意味する。




 布団に異常がないなら何が異常なのかってことだ……僕は妹が無事帰ってきて馬鹿みたいに喜んでいたけれど、妹の些細な異常を見逃し見過ごし見落としてしまった。

 いや、馬鹿みたいじゃなくて本物の大馬鹿だ。些細な異常は見落としたとしても、園歌の嘘は見抜かなきゃいけなかったのだ! 


 「私疲れてるのかな? ごめんね足痛いのに……」

 妹の瞳が涙に潤んでいる。きっと園歌が身体の異常を自覚するのはこれが初めてじゃないのだろう。

 不安な気持ちを僕に隠していたのかと思うと自分の不甲斐無さにはらわたが煮える。

 

 僕は布団を敷くと園歌が眠りにつくまで手を握ってやった。


 その夜僕はクルト・クニルから、妹にも呪いがかけられている事を知った。

 


日常編終了です。

次回から異世界編になります。

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