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希望の天秤  作者: ネタの砂漠
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尊い日常と些細な異常 6


 「お兄ちゃん……とりあえず服着ようか?…… 」

 園歌の声は限りなく優しく、その瞳は哀れむようで僕は胸が痛い。僕は別に、突然要介護度が跳ね上がってしまったわけじゃないぞ?


 だが僕がいま裸で抱いている少女は恐ろしく華奢で、身長も僕の鳩尾くらいまでしかない。

 絵面的には完全に僕は犯罪者だ。とりあえずパンツより先に紗希ちゃんを和室に寝かせる。

 相当ショックだったらしく、完全に放心状態だ。パンツくらい履いてから脱衣所を飛び出せばよかった。


 「足、大丈夫ですか? 病院行かれるなら送りますよ? 」

 僕が服を着終えるのを待っていたようにゆかりさんが僕の前に座る。相変わらず心配性だ。

 園歌は救急箱を持ってきて僕の足からガラスの破片をピンセットで抜く。

 

 「大丈夫ですよこれくらい、ね? お兄ちゃん」

 「痛。もっひょ優しくやっへよ」

 風呂場の割れたガラスが足の裏にいくつか刺さったようで、針とピンセットで細かい欠片まで取ってくれているんだがこれが痛い。

 口の中もまだ火でも飲み込んだように痛い。


 「それで? 何であんなことしたの? 親御さんの目の前でギラちゃんに全裸プロポーズでもしたかったの? 」

 「ひょんなわけあるか! 」

 「じゃあ何であんなことしたのよ? 」

 園歌がじろりと僕を睨み付ける。めったに怒らない妹が怒っている。欠片はあらかた取り終えたようで今度は傷口をぐいぐいと押してくる。 

 肉の中に欠片が残っていないか確認してくれているのだが、僕の額には脂汗が滲む。


 ゆかりさんは空いたピンセットを手にすると、もう一方の僕の足を自分の膝に乗せる。

 「痛かったら言って下さいね? 」

 そういって僕の足に刺さった欠片を抜き始めた。


 「いや、大丈夫ですよゆかりさん! そんな悪いですから! 」

 さすがに身内でも無いのにそこまでして貰うわけには行かない。


 「大丈夫じゃありませんよ。平祇さんは死ぬまで大丈夫とか言っていそうで信用できません。ね、園歌ちゃん? 」

 「もっと言ってやって下さい。お兄ちゃんはすぐ平気とか大丈夫とか言い出すんだから。むしろ今日の行動のどこに大丈夫な点があったのか、こっちが聞きたいわよ」


 なんだか2人が連携しているような気がする。

 「痛っ」

 「あっ、ごめんなさい! 」

 ゆかりさんは、慎重に欠片を抜いてくれるのだが妙に痛い気がする。園歌の一見乱暴な抜き方の方が痛みは一瞬で済んだ。

 欠片の取り方にも性格の違いが出るようだ。


 「それで? いい加減どうしてあんなことしたのか話して欲しいんだけど」

 「は? なにが? 」

 「なにが? じゃないわよ! 」

 さすがに誤魔化されてくれないか……どうしようかな? 一部も全ても話すわけにも行かないし……


 「私はネットで動画見た事がありますよ? カプサイシントリックっていうちょっと前に流行った悪戯ですよね? 」

 「は? ゆかりさんなに言っ……痛っ! 」

 グリッと僕の足の傷がえぐられた。黙ってろって事か? ゆかりさんが誤魔化してくれるのだろうか?


 「悪戯? 」

 「はい。いきなり唐辛子を一気食いする悪戯みたいですね? 」


 それ完全に僕の頭おかしくないですか?

 「そうなの? 」

 園歌が僕に疑惑の光を湛えた瞳を向ける。


 「……そうです。悪ふざけが過ぎました……すいません……」

 なんかもう泣けてきた。

 「ホントにただの悪戯なんでしょうね? 」

 駄目だ、完全に信用してないよこの目は。僕がそういうことする人間じゃない事を妹は一番よく知っているんだから。 


 「あ、園歌ちゃん、お鍋見てくれる? もういいと思うんだけど? 」

 僕の足の治療をほぼ終えた園歌は、それ以上の追求はせずにキッチンに向かってくれた


 「ゆかりさん、もう大丈夫みたい」

 「そう? じゃあルー入れちゃってください」

 なんだか皆してカレーを作っていたようだ。僕が風呂に入っている間に一体この部屋で何が話し合われていたんだろう?

 

 ゆかりさんはそっと僕に顔を近づけると

 「あとできっちりお伺いします」

 小声でささやくと紗希ちゃんの元へ向かう。

 園歌が手当てしてくれた方の足は絆創膏だけだったが、彼女の手当てした足には包帯が巻かれていた……

 カプサイシントリックだっけ? 園歌にはがんばってこの見え見えの嘘を突き通そう。



 それにしてもクルト・クニルはなんであんなに突然切れたような暴挙に出たのだろう。

 僕を助けようとしたらしいけれど、とても感謝も看過もできるようなものじゃない。いまもヒイヒイ言ってるが、唐辛子の痛みが消えたらまたぞろ紗希ちゃんを襲うかもしれない。


 「もしかして僕の死期が近かったりするのか? それで急にあんな行動に出たのか? 」

 僕は小声でクルト・クニルに尋ねる。彼女の機嫌は斜めを通り越えて呆れて横になっている。


 『さあね……ただあんたがあの子を殺すなって言うのは口だけだと思ってたのは確かだよ……例え本心から言ってたとしても自分の身を挺してまであの子を庇うなんて有り得ないし……なんかもういいわ、勝手に1人で死ねば? 』

 「うーん。どうなんだろうなあ? でも僕の本心はお前の言う通りかもしれない。僕だって自分の命は可愛いもん。でもまあ、なんて言うか……かっこ悪いだろ? 女の子見捨てて自分は生き残るとか」


 『それってただのバカじゃん。自分勝手じゃん? 他人のために自分の命を使うとか、あたいそういうの大ッ嫌い! 』

 「仕方ないだろ? 体が勝手に動いちゃったんだから。命の重さなんて量れるものじゃないんだからさ」

 『量れないならそれはあんたの天秤がぶっ壊れてる、ってことだよ……早く気付きなよ』

 「それでも、僕はお前に紗希ちゃんを殺して欲しくない」

 『もういいよ。あたいにとってはあの子の命よりあんたの命の方がちょっぴり重かった、てだけだしぃ、あんたが1人で死にたいって言うならあたいがあの子に手出しする理由はないよ』

 

 僕はクルト・クニルに言われた言葉を本当の意味で理解する事が出来なかった。


 結局僕は、自分の天秤が壊れていることを、クルト・クニルと別れるその時まで気付くことはなかったんだから……


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