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希望の天秤  作者: ネタの砂漠
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尊い日常と些細な異常 5

 『あんたあたいに言ったよねえ! 喋るだけで何にも出来ないってさあ。それまるきり逆だし! 何にも出来ないのはあんた達のほうだよ』


 浴室に置かれていた石鹸やシャンプーが突如ふわりと浮き上がったかと思うと、弾丸のように高速で風呂場の梨地のガラスを突き破り、脱衣所の木製のドアに突きささる。ドアにシャンプーのボトルがぶつかりはじける音が爆音のように僕の内臓に響く。


 「やめろ! お前なにやってんだよ! 」

 目の前で巻き起こる非現実的な光景に僕は裸のままで風呂場を飛び出す。クルト・クニルは紗希ちゃんを本当に殺す気だ。

 しかしこいつをどうやって止めればいい! こいつの言うとおり僕はコイツに何も出来ない。


 「お兄ちゃん! どうかしたの! いまの何の音なの? 」

 園歌が激しい破裂音を聞き脱衣所の外で叫ぶ。

 「園歌! 紗希ちゃんつれて逃げてくれ! 急いで! 」

 『止めときなよお! 一緒にいると間違ってあんたの妹も殺しちゃうかもしんないよぉ? あんたの妹にはあの子から離れるように言った方がいいよぉ? 』


 「だから紗希ちゃん殺しちゃ駄目なんだよ! 頼むから止めてくれ! 」

 『何言ってんのあんた? あの子殺さなきゃ、あんたが死ぬんだからしょうがないでしょ? 』

 「それは分かってる! でも駄目だ! とにかく落ち着いてくれ! 」

 

 クルト・クニルは返事をしない。代わりに何かブツブツと呟いている。

 なにかとんでもなくいやな予感がする。これって呪文の詠唱ってヤツじゃないのか? さっき魔法を使ったときは呪文とか唱えてなかった事を考えると、なんかでかい魔法とか使う気なんじゃないかコイツ?


 僕は脱衣所を飛び出し部屋を見回す。皆まだ部屋にいる。

 脱衣所の前にいた園歌と肩がぶつかり園歌が尻餅をつく。ゆかりさんと紗希ちゃんはキッチンでなにかしていて、僕が脱衣所から飛び出してきた事に驚いている。


 それら全てがスローモーションのように僕の目に映る。

 僕は全力で部屋を駆け抜けキッチンへ、紗希ちゃんの元へ走る。


 先程クルト・クニルが、間違って妹も殺してしまうかもしれない。そう言った事。

 それだけを頼りに僕は紗希ちゃんに抱きついた。僕が紗希ちゃんにくっついていればクルト・クニルも迂闊に紗希ちゃんに対して魔法を使えないんじゃないかと思ったからだ。


 「きゃあああああ! おにいちゃん? いきなりなにすんのっ! 」

 「平祇さん!!! 」

 「お兄ちゃん! はだか! 裸だってば! 」


 3人が同時に叫……いや間違い無く悲鳴だな、を上げる。しかし一番大きな悲鳴を上げたのは誰あろうクルト・クニルだった。


 『きゃあああああ! 何やってんのよあんたわああ! 』

 「見りゃわかるだろ! 紗希ちゃんを守ってるんだよ! どうしてもやるって言うなら僕ごと殺せ! 」

 『変態! 変態! いいからそいつから離れなさいよ! 』

 「ふざけんな! お前が紗希ちゃんに手を出さないって約束するのが先だ! 」


 『ふざけてるのはそっちでしょ! あんたなんか死のうが生きようがかんけーないっつうの! まとめて殺してやろうか! 』

 「僕が死んでもお前に関係ないなら、紗希ちゃんに手を出すな! 僕の為に誰かが死ぬくらいなら誰かの為に死んだ方がましだ! 」

 『あ、そう? そういう事言うんだ! あたいがせっかくあんたを助けてやろうとしてんのにいぃ! 』


 クルト・クニルの表情こそ読むことは出来ないが、間違いなく僕の言葉に「切れた」のがわかる。またブツブツと呪文の詠唱を始める。

 どうすればいい! どうすればコイツの呪文の詠唱を止めさせられる! 


 僕の腕の中では紗希ちゃんがショックのあまり放心状態になっている。

 ゆかりさんは包丁を手に、何事が起こっているのかと軽くパニック状態だが、唯一僕の影の事情を知っているだけあってその刃を僕に向けてこないことはありがたい。

 その彼女の手元にあったものが僕の目に飛び込んできた。


 これだ!


 僕はゆかりさんの手元にあった唐辛子の瓶をひったくる様に掴むと蓋を開き、その全てを自分の口の中に流し込み、ワシワシと咀嚼する。

 

 『ぎゃあああああああああああ!!!! 』

 「うぼおおおおおおおおおおお!!!! 」


 口の中で強烈な辛さが熱をもって暴れまわる! 全身から汗が噴出し辛味は痛みへ変っていく。

 しかし僕は口いっぱいに頬張った唐辛子を痛みを堪えて咀嚼する。火を噴くような熱さが口から顔、全身へと広がっていく!


 『ひゃめて! ひゃめてええ!! 』

 クルト・クニルの、のたうつ様な悲鳴が遠くかすかに聞こえる。僕は一瞬、あまりの辛さに意識を失いかけていたようだ。


 僕とコイツが唯一シンクロしているもの。それは味覚だ。そこをつく以外にこいつの呪文の詠唱を止める術はない。


 『ふぁんふぁひゃんふぇふぉふぉふぃふぇくふぇんのひょ! 』

 「さふぃひゃんにふぇをふぁふゅな! 」


 最早お互い何を言っているか聞き取れないが、こいつが僕を罵っているらしいことはわかる。

 しかしこれで暫らく呪文の詠唱は出来まい。人類をなめるなよ、二次元人め!


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