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希望の天秤  作者: ネタの砂漠
12/25

尊い日常と些細な異常 2

ちょっと長くなりそうなので2回に分けます


 

 昼からの雨の予報は見事に的中した。

 空から落ちてくる闇のつぶてがアスファルトを叩く。

 雲が月を覆うように雨音が僕の心を暗く包む。


 傘を忘れた僕は濡れる覚悟も出来ず、かといってタクシーで帰る決心も出来ずに空を見上げていた。


 駆け込んだコンビニで、傘が売り切れだったのだ。

 僕は早々に最後の手段を選択する。園歌に電話して傘を持って迎えに来てもらおう。


 ポケットから携帯を取り出すと伝言ありの表示。

 仕事中にかかってきていたらしいそれは、なんとゆかりさんからのものだ。

 園歌の入院中は一度も顔を合わせる事がなかった。結局トン汁のお礼も園歌に頼んでしまった。


 つまり京都で気まずい夜を過ごしてから一度も顔を合わせていない事になる。


 もう園歌が退院してから一週間になる。なんとなく彼女と顔を合わせることはもう無いんだろうな、などと考えたりもしていた。

 

 伝言を聞くと相変わらず少し気弱そうなな声が聞こえてきた。


 『突然すいません。椚良です。どうしてもお話したい事があります。それと今度の日曜日の御予定は空いてますか? 連絡ください』

 

 謝罪から入る当たり彼女らしい。まあ伝言吹き込む時は僕もちょっと緊張するけど。

 しかし会って話したいほどの事ってなんだろう? それとも話と日曜日の予定は別件なんだろうか?


 とりあえず園歌に電話して家を出てもらって、待ってる間にゆかりさんに電話しよう。

 『ああああ! 新しいケーキ売ってる! ねえええ、あれ買って帰ろうよぉ? 妹も喜ぶよぉ』

 

 最近クルト・クニルは妹が喜ぶと言うと、僕が何でも言うことを聞くと思っているらしく二言目には妹が喜ぶからと僕に甘いものを買わせる。


 まあ、買っちゃう僕も悪いんだけど。

 クルト・クニル自身がものを食べることは無いのだが、僕の食べたものの味は彼女に伝わっているようでモンブランモンブランと五月蝿い。

 

 「電話の後で買ってやるから静かにしてろ」

 『やたあ、クルト黙りまぁす』


 なんかいまではコイツとのコミュニケーションも普通になってきた。

 他人の言葉を無視し続けるのは、僕にとっては結構なストレスになる事に気付いたのだ。てきとうに相槌打っていた方が精神衛生上いいようだ。



 『ねえええ、欲求不満粒子が高濃度で散布されてるよぉ! 』

 「黙ってろっつたろ? ケーキ買ってやんねえぞ? だいたい何だよその欲求不満粒子って? 」


 『知んないのぉ? 何でも出来ちゃう万能粒子だよ。欲求不満クラフトで空も飛べちゃうんだから』

 なんだそれ? 

 コイツとの会話は疑問を持ったら負けだ。つまり今僕は負けたのだ。別に勝負しているつもりは無いけどね。


 「あ、やっぱおにいちゃんだ! やっほー」

 聞き覚えのある声にそちらを見ると、小さい女の子が僕に駆け寄ってきた。

 たった今駐車場に入ってきた車から降りてきたのは髪をお団子にした小学生、ではなく園歌の同級生の紗希ちゃんだ。

 

 赤い長靴を履いた彼女は完璧な小学生に見える。


 運転席からはゆかりさんが降りてくる。こちらはバッチリメイクを決めて踵の高いパンプスを履いている。


 僕はメイクして無いゆかりさんの方が好きなのだが、彼女の立場ではそうも行かないだろう。

 なにせ彼女は歳をとらないのだから。

 永遠に15歳のままの姿で老いる事が無い。メイクで1歳でも年上の見た目を作らなければ社会生活に不都合が出るだろう。


 現に今僕は運転席から降りてきたゆかりさんに、何でこの人免許持ってるんだ? なんて疑問を持ってしまったのだから。


 『ね? やっぱりいたでしょ? 欲求不満粒子の濃いところに未亡人あり! 』

 お前は黙ってろ。


 ともあれこんなところで会えたのは良かった。ゆかりさんに電話する手間が省けた。

 「こんばんは、紗希ちゃん、ゆかりさん。買い物ですか? 」

 

 「こんばんは、おにいちゃん。牛乳と一番くじ買いに来たんだよ」

 紗希ちゃんは嬉しそうに笑う。ゆかりさんも軽く頭を下げてくれた。

 別に怒っているような様子は無い。


 くじ? そういえば店内にポップがあったな、なにが当たるのか見てみたら一等はフィギュアで末等はクリアファイルだ。


 「い、一回800円……だと……」

 800円払ってクリアファイルとか、僕ならショックで寝込んじゃうかもしれない。

 紗希ちゃんは店内に入るとレジに1000円札を4枚叩き付け、5回お願いします! 大声で宣言する。

 気合入ってるなあ。


 「平祇さんも買い物ですか? 」

 ゆかりさんの問いに僕は紗希ちゃんから視線を外し、仕事の帰りに雨宿りしていたことを伝える。

 「そうなんですか? 私車で来てますから、良かったら家まで送っていきましょうか? 」

 「え、いいんですか? 今園歌に迎えに来てもらうよう電話しようと思ってたところなんですよ」

 

 「雨の夜道を女の子1人で出歩かせる訳にも行かないでしょう? 最近何かと物騒ですし」

 「そうですか? いや、まあそうですね。」

 

 普通に会話が進む。

 というより、彼女と普通の会話を交わしたのはこれが初めてかもしれない。


 余所余所しくて。

 互いに深いところに立ち入らないよう気を使い。

 表層だけを掬い取るような会話。


 社交辞令と言う普通の会話だ。

 剥き出しの感情をぶつけ合った京都での会話こそ異常だったのだ。

 

 少し寂しい気もするが日常に帰るという事はこういうことなのだろう。

 見ると紗希ちゃんが僕を呼んでいる。くじ4回引いて全てクリアファイルだったようだ。半べそかきながら最後の一回を僕に引けと言う。

 僕は少し躊躇いながらも店員の早く引けよ、という無言のプレッシャーに負け、くじの箱に手を突っ込む。

 

 僕の指が摘んだのはA賞と書かれた紙切れだった。紗希ちゃんは店中に響き渡るような歓声を上げ、僕に腕を絡めてくる。

 子供が喜んでいるようで気にも留めなかったが、彼女が高校生である事を僕は忘れてしまっていた。恥ずかしさに顔を赤くするのは家に帰ってからだった。

 


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