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黄色い電車

作者: 赤バケツ

大学の課題で書いた短編です。枚数指定、少ない字数での起承転結に頭を悩ませすぎたので、結は少々物足りないかも。本当は東京駅からずっと物語は続いているのですが、私の担当したお話はたった2駅分。それぞれの物語を乗せて線路を走る黄色い電車、勝山美咲はなにを抱えて吊革をつかむのでしょうか。

 冬の夜、この時間帯の総武線稲毛駅は、帰宅の人々の足こそ絶えぬものの決して騒がしくはない。

 駅前のみ精一杯賑わいぶって、しかしやっぱり田舎者の顔が抜けない風景。長く住めばなかなか居心地も良さそうだ。

 凍えるような風が線路を駆け抜ける。

 ひっきりなしに黄色い電車が行き交うこの小さな駅で、ホームの安っぽいベンチ2人分を荷物で占拠しつつ、勝山美咲はスーツ姿で座っていた。

 キツい顔立ちに似合わぬ真面目ぶった化粧にも構わず、頬の涙をぐっと拭う。27歳私立高校教師、大学に浪人で入った美咲は教壇にたって今年で4年になる。

「あー、くそ…」

 吐き捨てたつもりなのに、弱々しく口の中が乾く。大体の女性はこの年にもなるとそろそろ恋人との今後を具体的に考え始めるが、美咲も例外ではなかった。

 美咲は、大学時代から付き合って5年目の梅津夏義を脳裏に浮かべて目を閉じる。

 別に、相性の合わない2人ではなかった。学部こそ違えど、出会いは同じ大学の音楽系サークルでの新歓。それから長い付き合いだけど、美咲はなんとなく照れくさくて梅津を名字で呼び続けている。

 随分と仲の良いことでサークルの内外でも有名だった2人のはずなのに、いつからかほんの些細なズレで気づかないうちに軋み始め、こと最近は明らかにぎこちなくなってきていた。

 なんだかなあ…と漏らした言葉は、威嚇のような音でホームに滑り込んできた電車にかき消されて美咲自身も聞き取れない。

 やばい、乗らなきゃ。

 10分以上そこで座っていたせいで指はすっかり悴んでいる。

 ベンチの上の荷物をひったくるように持ち上げて、美咲は慌てて千葉行きの電車に飛び乗った。



 19時41分、勝山美咲は、稲毛駅から電車に乗った。

 車内は思ったよりガラガラで、近くの席に3人と左のずっと先に10人弱。大荷物なので座りたかったが、あと2駅で終点だし立っていられないほどではない。

 少し乱暴に荷物を床に降ろして、優先席に近い角の吊革に右腕の疲れをのせた。

 外はすっかり暗く、窓に自分の姿が写る。スーツにきっちり結った髪、それと対照的に涙で滲んだみじめな顔。

 窓越しに目があったサラリーマン風の若い男の微笑みを、そんな自分への憐れみのように感じてしまい美咲は思わず俯いた。

 総武線はよく揺れる。雑にあやされているようで、一向に落ち着かない。

 だめだ、なにを見ても梅津の顔が浮かんできちゃう。5年間の思い出は予想以上に生活のあちこちを染めていた。やめてくれ、と呟きつつ美咲は今度こそ諦めて外の景色から目をそらした。


「人前で泣くもんじゃ無いわよ」


 閉じていた目を開けると、美咲の斜め前に座っていたお婆さんが口元の皺を柔らかく頬笑ませていた。

 あまりに自分の世界に浸りすぎたと気づいて顔がカッと熱くなる。しかし鋭い言葉はいっそ存外なほどふんわり胸に届き、美咲は掠れた声で小さく謝った。

 いいのよ、と笑ったお婆さんは柔らかく続ける。

「幸せになるのはねえ、自分の責任よ。他人にその理由を載せたらダメ。良い女になりなさいね」

 通りすがりの、もう二度と会うこともない関係が美咲を素直に頷かせた。

 お婆さんは微笑んで向き直り、美咲は小さく息を吸う。


 夏義。


 外を流れる景色はもうスピードを落としている。窓越しのサラリーマンも降りるようだ。

 美咲は足元の荷物をひょいと取った。

 人数分の物語を乗せて線路を走ってきた黄色い電車。

 もうすぐ千葉駅に着く。

ご乗車ありがとうございました。

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