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親愛なる怪物たちへ  作者: 101
5/6

05: Brawl

 ターミナル南方入口付近。多くの観光客を迎え入れる交通の中心地であるこの建物には、飲食店や海外からの輸入品を取り扱う売店など、多くの店舗が並んでいる。香山達が先程までいたカフェもその一つだ。


 しかし今、いたるところに破壊の爪痕が残り、その場の全てが争いの一色に染まっていた。口から血を吐きながら倒れ伏す男性や、髪を毟られた激痛で頭を抱えながら蹲る女性。折れた歯を吐き捨てて殴りあう老人達や、明らかにおかしな方向を向いている足で、倒れて動かない相手を蹴り上げている子供達。


 ここが暗黒街のスラムであると言われれば納得してしまうであろう、無秩序に満ちた異常な空間。人々は熱狂し、血に塗れながらもそれを止めることは無い。彼らは戦いに飢えた獣の如く、一つの戦いを終えれば次の戦いを欲した。次の戦場を、次の次の戦場をと、麻薬を求める中毒者のように血走った眼で求め、互いにそれを供給し合った。


 鉄と吐瀉物の混ざったむせ返るような空気。吹深はその渦中へと跳び込んだ。袖口からデリンジャーを取り出し、的確に足を射抜いて動きを止める。装弾を撃ち尽くすと、ポケットから折り畳み式の小型ナイフを取り出し、暴徒達の足元を這うようにして彼らの足の腱を断ち切る。暴徒達はそれに気付くが、力を入れることが出来ずに倒れ伏した。


「お、オぁぁああォああああヴぁ!!」


 掴みかかってきた成人男性を軽くいなし、背後から無慈悲な手刀を振り下ろす。だがその男は倒れることは無く、ゾンビ映画の敵役の様に無造作に腕を振り上げて裏拳を繰り出す。


「うぐっ!?」


 吹深は咄嗟に防御をするが、彼らの力は尋常では無く、ガードを吹き飛ばされてよろめいた。


「(しまっ……!!)」


 それを狙ったかのように複数人の暴徒が彼女の腕を掴み、万力のような力で捻り上げようとする。吹深はナイフで数人の顔にサンマ傷を刻むが、怯んだ様子は無い。


「こ、のっ!!」


 吹深は空になったデリンジャーを床に落し、掌を一人に向ける。するとその暴徒の力は弱まり、その隙に抜け出して回し蹴りを喰らわせた。だが、それを受けた暴徒は吹き飛ばされこそしたものの、痛みに怯むことは無く再び立ち上がる。


「(痛みに対する耐性、異常な闘争心……。これは……)」


 彼女の周囲を暴徒達が取り囲む。徐々に壁際に追い詰められ、背後に数人が回り込んだ、その時だ。


「っらぁ!!」


 香山は吹深の背後にいた暴徒を撥ね飛ばし、囲いを一時的に崩す。その隙間を縫って吹深の腕を掴むと、力ずくで囲いの外へと引きずり出した。それを引き留めようと、数人が香山へと襲い掛かる。


「アガシオン!! 俺を護れ!!」


 その言葉と同時に、拳大のコンクリートブロックが数個飛来した。それは砲弾のような運動エネルギーを持って暴徒達の四肢を砕き、彼らの身体を数十メートル単位で吹き飛ばし、沈黙させる。


「ちょ、何を……」

「御託はいい! とりあえず、走れ!!」


 香山は暴徒の壁を殴り飛ばしながら道を開ける。吹深もそれを援護するように、香山の打ち漏らしを冷静に排除していった。アガシオンは香山達と並走し、自らの主人へと危害を加えそうな者を選んで機械の様に正確に、確実に仕留めていく。


 エレベーターへと逃げ込み、下方向の矢印を押した。ドアをこじ開けようとする者もいたが、顎に一撃を喰らわせて脳を揺さぶってやると、即座に沈黙して後ろへと倒れる。


「くそ、何だありゃ」

「……」


 二人は息を上げ、肩を上下させて酸素を肺へと取り込む。アガシオンはそれを心配そうに見ているが、彼女自身に疲労の色や傷、怪我は無い。香山の身体にも奇跡的なまでに怪我はなく、大丈夫だと伝えるとアガシオンはホッとした様子で再びエレベーターの扉の前に陣取った。


「? おいお前、大丈夫か」


 香山は吹深の顔を見た。顔色が青白く、額には大量の脂汗が滲んでいる。腕を抑え、荒い息を吐きながら痛みを堪えるように俯いている。


「見せてみろ」

「大丈夫……ッく」


 袖を捲り、露わになった腕は痛々しく腫れ上がっていた。手を当ててみるとその箇所だけが異常に熱を持っていることが分かり、吹深はその痛みに軽く身体を跳ねさせた。


「大丈夫な訳ねぇだろ。すぐに病院に……」

「大丈夫よ。下には病院施設もあるし、私の部屋に行けば備え付けの痛み止めもあるわ」

「痛み止めって……。今は休め!! これは絶対折れてるだろう。無理はすんなよ」


 吹深は力無く笑う。そして香山の静止も聞かずに立ち上がると、上着を結んでギブスの様にして首からかけた。空いた方の手にナイフを持ち、エレベーターの天井にあるメンテナンス用の戸をじっと見つめる。


 チンッという音を立ててエレベーターは目的の階に到着した。ドアが開くと、アガシオンを先頭にして吹深を挟むようにエレベーターから出る。最後に香山が天井を気にしながら降りると、ドアは確りと閉じた。


「お疲れー」


 それを待ち構えていたかのように、先程香山の一生物のトラウマを植え付けた白衣の女性が声をかけて来た。背は低く、顔にも何処かあどけなさが残る。大きめの眼鏡も童顔に拍車をかけ、アガシオンと同じくらいの年だと言われても納得してしまいそうだ。しかし白衣に付着した青や緑の液体は絵具と言い張るには無理があるであろうグラデーションを持ち、それが彼女の異常さを引き出していた。


「牧野……」

「吹深、お疲れ。報告はいいからさっさと休みな。№60の能力使用許可も出しておいたから、しっかり治してもらいなさいな」

「駄目よ。これは……アイツは私がやらないと……」


 そういうと牧野の横を抜けようとするが、その進行方向に牧野は回り込んでしっかりと抱き留めた。そしてポケットから金属製の筒を取出すとそれを吹深の首筋にあて、軽く突き刺すように圧迫した。


 『カシュ』という音がして、小窓から見える液体が泡立つ。瞬間、吹深の身体は痙攣したように跳ね、手足は力を失ってだらりと垂れさがった。


「ん、ああ心配しなくていいよ。ただの睡眠薬だから。とても強力なね」


 そう言われて香山は、自分が身構えていることに気付いた。アガシオンは命令を待ち、構えを解くことは無い。香山はそれを止めるように命じ、彼自身も力を抜いて、しかし挙動一つ一つへの警戒は怠ることなく、彼女――牧野――と対峙する。


「……嫌われたもんだねぇ」

「あれで嫌わない奴はいねぇだろう」

「あはは、そりゃそうだ」


 後ろから走って来た研究者達に吹深を預けると、牧野は一歩香山達に歩み寄る。そして下から値踏みをするように顔を眺めると、「ま、馬鹿じゃなさそうね」とだけ言って元の場所へと戻った。


「どういう意味だ」

「そういう意味よ。……ついて来なさいな」


 牧野はそう言って振り返り、奥へと歩き出した。二人は彼女に続き、医務室と書かれた札がかけられている一室へと入る。奥のベッドには吹深が寝かされており、その横には一人の大男がいてボウルに溜められた水で手を洗っていた。


「よう、ガニー。コイツも頼むよ」

「ま、ま、マキノ。す、少し待ってくれ、れ」


 妙な口調で話すその大男の顔にはいくつかのかさぶたがあり、喉仏には大きなこぶが出来ていた。しかし話している内にそれは段々と小さくなり、数秒もすれば殆ど見えなくなった。


「……またアイツ?」

「ま、まま、まただ。今度は、は、何もな、無い所で転んで、でっかいた、たんこぶが出来たって」

「その場合はな、三段アイスクリームって言ってその部分を殴りつけてやれ。もしくは目隠し無しで治療してやれ」

「そ、そんな可哀そうなこ、ことは、は出来ない。絶対、い、痛い」

「お前の方が痛いだろ。というか見てるこっちが痛いわ」


 そう言うと牧野は部屋を出て、何処かへと連絡を飛ばす。その表情はにこやかだが、その裏側に般若の顔が見え隠れしていた。今の彼女ならば一睨みで虫位ならば殺せるだろう。彼女の事をよく知らない香山でもそう思ったくらいだ。


「お、お前、え、は?」

「え、ああ、俺は香山っていうんだ。宜しく」

「か、カヤマ。俺、れはガニーって、呼ば、ば、れてる」


 外国の人だろうか。見れば、なるほど目鼻立ちがしっかりしており、日本人離れした顔立ちをしている。多少強面ではあるが、表情は優しげで気がよさそうだと香山は印象を受けた。


「治療するんだろ? 俺に構わずやってやれよ」

「あ、え、そ、そうか? じゃ、ああ、あまり見ないほ、方がいい、ぞ?」

「え?」


 そういうとガニーは、吹深の腕を持って軽く引っ張る。そうするとスポンと気の抜けたような音がして、『腕がとれた』。


「……は?」


 唖然とする香山を尻目に、ガニーは水を張った大きめのボウルにとった腕を入れると、野菜を洗うようにざぶざぶと腕を洗い始めた。するとどういう訳か腕からは腫れが引いて行き、元の健康的な色を取り戻したではないか。腕をとられた本人は未だ眠ったままで、抜き取られた腕の断面を晒しながらすうすうと寝息をたてている。


「お、お、終わった」


 ガニーはそう言って腕を丁寧にタオルで拭くと、断面を合わせてはめ直す。肌には傷一つ無く、出血も全くない。身体の一部を取り外されたというのに、吹深は相変わらず無反応だ。


「つ、つ、次、はオマエ?」

「え、いや、その、え?」

「大丈夫。い、い、痛くななな、い。血、出ない。痛み、み、無い」


 そういう問題ではない。香山は後退りし、ガニーの大きな手から逃げようとした。ガニーはそれにショックを受ける様子も無く、自らの職務を果たそうと香山ににじり寄る。


 そんな中に牧野が戻ってきた。そしてこの様子を見ると、途端に悪戯っ子のような笑みを浮かべて香山に話しかける。


「あははー、心配しなくても大丈夫だよ。ガニーは治療の能力を持つアンコモンで、その機能の発動段階が三段階に分かれているんだ。その一段階目が患部を取り外すってものなんだけど……」

「何だそれ!? 効率悪過ぎだろ!!」

「そう言われても、そういうものなんだからしょうがないって。痛みも無いし、身体の一部が外されているっていう違和感さえ我慢出来れば何の問題も無いよ」


 心の底から「それが問題なんだよ」と突っ込みたい。誰が好き好んでそんなトンデモ体験をしたいと思うのだろうか。そんな奴は天性のマゾヒストか、自分の身体を客観的に眺めたいとかのたまう変態ナルシストだけだろう。後者に至ってはいないと思うし、いて欲しくないとも思う。そして香山自身、そのどちらでもないと確信している。


「か、香山さん?」


 アガシオンはこの状況に混乱しているようだ。彼女は香山を護れと命じられたのだが、ここでガニーに手出しをすることは香山の怪我の完治を遅らせてしまうことに繋がるかもしれないと、アガシオンは考えた。護れという大ざっぱな命令では、この状況でどのような判断が適切であるか彼女には判断しかねたのだ。


「困った子だね」

「うるせぇよ」

「お、おお、大人しく、して、ててくれ。外、ず、せない」


 牧野は困り顔で、しかし目元は笑ったままに首を傾げる。顎の先を人差し指でなぞると、何かを思いついたように指を天井に向けた。


「縛っちゃおうか」

「……ん?」

「アガシオン……シオンちゃんでいいかな。呼びにくい」

「あ、え、香山さん?」

「あ、あー、まぁいいか。その方が俺も呼びやすい……って縛るってなんだコラ」

「シオンちゃん、香山くんにはちゃんと治って欲しいよね? それも護るっていう命令の内だよね?」

「あ、はい。それはそうですけど」

「その為にはガニーに治してもらうのが一番なんだ。ここまでは分かる?」


 その言葉にアガシオン――以下、シオン――は頷いた。「良い子ね」と牧野は言うとシオンの頭を優しく撫でながら言い聞かせる。


 曰く、その為に香山の拘束は必要な処置である。


 曰く、であるからして、これから行なわれる行為は暴力や戦闘ではなく治療である。


 曰く、なのでこのケースに関しては彼を守護する必要は無い。


「オーケー?」

「……了解いたしました」

「ちょ……」

「はいお口にチャックー」

「むぐぅ!?」


 ハンカチを口に突っ込まれ、香山は必死に鼻で呼吸をする。シオンは最初こそおろおろとしていたが、その度に牧野に宥められては落ち着くを繰り返した。ガニーの巨大な掌が腕を包み込み、一拍置いて『キュポン』という間抜けな音が部屋に響いた。


「むぐー!!」

「あーもううるさいな。えい」


 牧野はポケットから、先程吹深を眠らせた時に使用した睡眠薬を取出す。そして暴れる香山の首筋を的確に狙って押し当てた。意識をシャットダウンさせられたようにガクリと頭を垂れ下げ、時折微弱な痙攣が起きる以外には動く様子はない。


「さ、やっちゃって」

「お、おお」


 ガニーは言われるがままに、彼なりの治療を始める。


 №60『優しい巨人』。他人の傷を洗い流し、自らの肉体に取り入れて浄化することで治療を行なうアンコモンである。彼はそれ以外にも高い自然治癒性能と痛みへの耐性、そして単純に丈夫な肉体を持ち、この医務室で怪我人の治療を行なっている。


 その風貌からはフランケンシュタインの怪物を連想させるが、彼自身はとても温厚で、能力を悪用しようなど思っていない。そのため、ガニーの危険度ランクは1。この街の中でならば、誰かの同行さえあれば外出も出来るという特権を持っている。


「ひ、ひひ、酷いき、傷だ」

「あー、そうねー」


 牧野は白々しく応えると、「後は頼んだわ」と言って医務室を出て行った。ガニーは背を向けたまま手を振り、治療に戻る。


 廊下には彼女の靴音だけが響いていた。

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