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親愛なる怪物たちへ  作者: 101
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03:An_Action

 アンコモンの目撃情報は少ない。彼らの見た目が普通の人間と殆ど変らず、その特異な性質によってしか判断出来ないことがその原因の一つである。また性質の発現自体も見た目に分かりやすいものでは無く、多くは偶然として処理されるような些細な現象だ。


 その点、今回は運が良い。まず一つに、怪力や超人的な身体能力という分かりやすい性質を持っていたこと。二つ目に、それをコンビニの防犯カメラがしっかりと撮影していたこと。そして最後に、彼女が一般人と共に行動をしていたこと。


 特に最後は彼女の特性を予想するのに役立つ。防犯カメラの映像からも分かるのだが、明らかに銃を向けられた男性を護るような位置へと跳び込んでいる。その後に乱射されない様に銃を持った腕を封じ、床に押しつけることで機動力を削いだ。


 これらの点から、彼女はおそらく『誰かを護る』という条件によって性質を発現させる類のアンコモンだろう。保護されていたはずの玻璃市警から忽然と姿を消したのも、そういう性質を持っていたためだと考えられる。彼女達の前に物理法則などは無意味である。必要とあらば地球の裏側にでも即座に出現することが出来るのが、アンコモンという存在だ。


 吹深は後ろ手に拳銃を持ちながらインターフォンを押し、声をかけた。しかし人の気配はするにもかかわらず誰も応答しない。何度かドアを開けようとがちゃがちゃとドアノブを捻ってみるが、しっかりと鍵が掛かっているようだ。


「鍵は……うわ、何年前のモデルよこれ」


 こう型が旧いと逆に厄介だ。電子式ならばハッキングという手が使えたのだが、アナログ鍵相手ではそうもいかない。


 どうしようかと、吹深は辺りを見回した。すると床に、少し長めの針金が落ちているのを見つけたのだ。彼女はそれを拾って表面のゴミを拭うと、折り曲げてからおもむろに鍵穴に差し込んだ。


「(まさか若気の至りがここで役に立つとは)」


 実家にあった南京錠でよく練習したものだ。千切れた針金で鍵穴を埋めてしまい、使い物にならなくしてしまったことも数回あったが、それが役に立ったのならば怒られた甲斐があったというものだろう。


 数十秒後、カチッと音がして鍵が開いた。ドアを勢いよく開き、数人の部下を引き連れて内部へと侵入する。奇襲を警戒して全方向に意識を配り、丁寧にクリアリングしていく。


「何処に行った?」


 決して広い部屋では無く、隠れるのには無理がある。ならば、奥へ奥へと逃げてしまうのが普通だろう。そうなれば居場所は自ずと限られる。


「風呂場かしら?」


 待ち伏せの可能性も捨てきれないが、まずその線は薄いだろうと吹深は確信していた。それはアンコモンの少女と同行しているのが一般人であり、また、アンコモン自体もそこまで頭の回るタイプではないと、報告書から読み取ったからである。


 その特性や手口からおそらくは、主人の命令に忠実に従うタイプだと吹深は考えた。彼女が残した痕跡はとても粗雑で、動物的な印象が拭えない。その身体能力を持て余しており、主人がそれを制御することで力を発揮出来るのだろう。


 余程の馬鹿でなければ、得体のしれない集団と戦おうとはしないだろう。となればとるのは逃げの一手。


 唯一誤算があったとすれば、予想以上に相手が自重しなかったという点だろうか。何か硬いものが砕ける音がして、それから階下へと何かが落ちていく音と、それに雑ざって二つの物体が落下する音も聞こえた。


 まさかと思ってユニットバスのカーテンを開けると、まず目に飛び込んできたのはアパート裏の雑木林だった。思い切りが良すぎるリフォームに唖然としている彼女を尻目に、林の中を駆けていく二つの小さな影が見えた。


「追え、逃がすんじゃないわよ!!」


 吹深が声をかけると、背後にいた部下はその大穴から跳び下り、難なく着地して追いかけ始める。彼女もそれに続き、悪い足場をものともせずに追跡を開始した。


 ポケットから携帯電話を取り出し、本部に連絡をかける。幾つかの言葉を交わすと再びポケットへと滑り込ませ、前方を走る二人を見据え、速度を上げた。



 香山達二人は雑木林の中に身を隠しながら、少しずつだが街の中心部へと近付いて行く。しかし、背後に追手が近付いていることを香山は気配で察知していた。


「クソッ……!」


 明らかに速度に差がある。このままでは追いつかれ、いずれは捕まってしまうだろう。


「(アガシオンだけなら……!!)」


 彼女の速度ならば、あの黒服達からでも難なく逃げおおせることが出来るだろう。香山よりも足が速いのは言うまでもなく、彼女が並走しているのは、香山を護ることを逃げることよりも優先しているからだ。そしてその点に関しては、彼女は絶対に譲らないだろう。其の為、香山を見捨てて逃げるという最終手段を、アガシオンは取ることが出来ない。


 香山は常人である。それ故に彼は、彼女の足手まといであることを痛いほど自覚していた。この非常時にこれだけ動けているのは奇跡というほかに無い。火事場の馬鹿力が実在することを、その時の香山は実感していた。


 香山は振り返る。擦り切れたスリッパで土を踏みしめ、軽く拳を握って腰を落とす。


「香山さん!?」


 アガシオンが振り返り、香山の前へと割り込もうとする。しかし、香山は手をかざして制した。


 無謀であることは分かっている。万に一つの勝ち目もないことは重々承知している。しかし香山は引くことが出来なかった。それはアガシオンを――子供を――見捨てることがどうしても出来ないという、彼自身が実家の道場で門下生達と触れ合うことで培ってきた性格のせいだった。


 保護対象と定めたものを、見捨てることが出来ない。切り離せない情が、彼の中に生まれていた。


「(確かにコイツは強い。俺よりもずっと)」


 しかしそれが、絶対無事を約束することにはならない。向こうだって、このような超人を相手取ること位想定しているはずだ。だというのに人数は三名。これは、この『この人数で十分』ということだろう。


 香山に出来ることは、時間を稼ぐことだ。彼女が出来るだけ遠くへと逃げられるように、身体全体で黒服達を食い止める。


「お、おおおおおおッ!!」


 獣の様な叫びを上げ、黒服の一人の懐へと跳び込んだ。襟首を掴んで身を屈めると、屈伸のばねで男の身体を上方向へと跳ね飛ばす。腕の力で前方への力を加え、そのまま地面へと叩きつけた。


 しかしもう一人の黒服は味方の危機に見向きもせず、アガシオンを追い続けていた。懐から金属製の筒を取り出してナイフのように握ると、『ヴヴヴヴ……』という音と共に微かな青の発光が見える。香山にはそれがスタンガンのような代物であると予想がついた。


「させるかよ!!」


 香山はもう一人にも掴みかかろうとするが、その足は跳び出そうとした所で停止した。投げ飛ばした黒服が彼の足首を掴んで引っ張ったからである。黒服はそのまま香山を地面へと引きずり込むと、首に腕を回して頸動脈を圧迫する。背に足を乗せ、全体重を利用して勢いをつけて共にボールのように転がると、逆海老固めのような体勢をとった。香山はもう空中でじたばたする以外の行動を取ることは不可能であった。


「ぐ、あっ……」


 意識が朦朧とする。脳に酸素が行き届き難くなり、顔は苦悶の表情に歪んで口許からはあぶくが立つ。黒服が足を腰へと押し付ける度に、ミシミシと背骨が軋んだ。悲鳴にもならない空気が喉元から漏れ出るが、それも数秒の後に止まりつつあった。


「ぐ、がぁっ!?」


 その時香山は、木々の切れ間、白んだ太陽の光の中に、一つの影が見える。天を仰いだ香山の目には、彼女の姿がしっかりと映っていた。


 アガシオンは香山達二人のすぐ横へと着地すると、その落下の衝撃でそこら一帯の地面を『引っぺがした』。黒服は即刻退避しようと香山の縛めを解き、転がるように移動して難を逃れる。土と砂利の雨の中、香山はアガシオンに抱えられてすぐ近くの木陰まで運ばれる。


「アガ、シオン?」

「御主人、御命令を」


 その目にはただ一つの感情のみを残し、昏い昏い孔が空いているだけのようにも思えた。それ程までに彼女の抱える闇は重く、ただ一つの怒りという感情の火がそれを一層深いものとしている。


「御命令を。あの黒服共を掃討する許可を」


 機械の様な抑揚のない、平坦な声。その声色に香山は背中に薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。原初的な恐怖。強者への畏怖。蛇に睨まれた蛙のような絶望感。そのいずれもが、目の前の少女によってもたらされている。年端もいかぬ、見るからにか弱そうな一人の少女によって。


 香山は迷った。その命令が、彼女という狂犬を野へと放つものでないとも限らない。最早彼にはアガシオンが、怪物と同様にしか見えなくなっていた。


 今更と思うかもしれない。昨夜のコンビニで彼女が披露した一方的な蹂躙は、香山の精神を停止させて心を凍てつかせるには十分過ぎるほどの威力を持っていた。それは一種の精神的な麻酔だ。突然の現実味の無い出来事の数々は、恐怖を感じる心を一時的に麻痺させていたのだ。


 しかし今――精神的に整理をつけるには十分な時間が経った今――、彼は再確認した。この少女は人間とはかけ離れた生物であると。それを人は怪物と呼び、恐れるものだということを。


「御主人!!」


 この迷いが、彼らの決定的な敗北の理由となったのは言うまでもない。


 アガシオンは一瞬驚いたような表情で停止したかと思うと、そのまま前方へと倒れ込んだ。彼女の背後には黒服の一人がおり、先程の金属の筒が握られている。


「手間かけさせやがって」


 そう言い捨てると、香山にも同じように金属筒を向けて軽く振り下ろした。瞬間、彼の身体は電流に引き攣り、いとも容易く意識は刈り取られる。黒服の背後にいた女性は構えていた拳銃をホルスターに仕舞い、代わりに手錠を取出すと香山の両腕を拘束した。


「№98は如何致します?」

「私が直接見張るわ。手錠は無意味でしょうし、私ならこの子に襲われる心配は無いから」


 雑木林を抜けると、そこには自家用車に偽装した警察車両が停まっていた。黒服達は彼らを車に乗せ、何事も無かったかのように走り去る。


 何時もと変わらぬ時間が、この場所に戻ってきた。

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