最終章 ~の憂鬱ってレベルじゃない!
夢を見ていた。
俺の横には母さんがいて、俺の手を握ってた。その手は暖かくて、優しかった。
『翔吾。あなたは強い子よ。いつか、お父さんにも負けない人になるわ』
それは過ぎ去りし日の思い出。まだ母さんが元気だった頃の思い出だ。
『お父さんに、僕負けないよ』
親父に負ける? 何を言っているだ母さん。俺は親父に負けてるなんて思った事ないよ。
『そうね。でも、男の子が強くなるには、大事な物が三つあるのよ?』
夢は記憶の整理だと聞いたことがある。まったくその通りだ。今の今まで忘れていた事なのに、頭は覚えていて、そんな引き出しを開けた。
『それは何?』
『それはね』
…………。
目が覚めると、そこは見慣れた天井が広がっていた。寝ぼけ眼でそれを見つめる。ぼやけた視界がゆっくりと鮮明になっていく。
「起きたよぉ! 翔梧が起きたぁ!」
俺の視界にニーナが突然現れる。長い髪が俺の顔に当たってくすぐったい。
「……ニーナ?」
「うん! 生きてる?」
「……どうだろうな。ここが地獄でなきゃ、生きてるんだと思う」
何度か瞬きをした後、腕が動くかどうかを試す。反応こそ悪いものの、俺の視界に包帯でミイラ化した右腕が現れた。
「ニーナ。ここは?」
「翔吾が起きたって――きゃぁ!」
「ぐはっ!」
何かが俺の腹に落下してきた。それは俺を昇天させるには十分な威力で、瞬く間に俺は地獄へと堕ちて行った。
「な、何よ! 笑いなさいよ。笑えばいいでしょ!」
俺はどうやら生きていたみたいで、頭を少し動かすと、髪を整えながら赤面するセシルの姿があった。そうか、今の一撃はセシルが転んだものか。
「その前に、まず謝るのが礼儀ってもんじゃないのか?」
「何偉そうな事言ってんの? 半分死んでたくせに」
「いや、でもこうして生きてるみたいだからさ」
「ごちゃごちゃうるさいわね。殺すわよ?」
その、殺すわよ? も、なんだか懐かしい気がした。
「やってみなさいよ? 若に手を出したらどうなるか、わかってんだろうな?」
扉の方から声がした。だいぶ俺も身体が言う事を聞いてきたので、頑張って上半身を起こした。
扉の前には、片手に御椀と水を持った十六夜がエプロン姿で立っていた。
「十六夜」
「若。お粥を作ってきました。どうぞ、お食べになってください」
こちらにゆっくりと歩いてくる十六夜。そんなエプロン姿を見るのも、随分と久しぶりな気がする。
「ありがと。いざ――」
一瞬、十六夜が揺れたような気がした。いや、気のせいではない。十六夜は前のめりにこちらに倒れてきた。足を何かにつまずかせたのだろう。どうする事もできないようで、ただ重力に逆らわず床へとダイブする。
だが、ここで一つ忘れていけないものがある。手に持っていて御椀だ。その中にはおそらく熱々のお粥が入っていたはずだ。
そいつは重力に逆らい、俺目掛け飛んでくる。
これがまた上手い具合でこちらに粥をぶちまけてくる。って、待て! 洒落にならねーだろ!
俺は病み上がり。避けることなど到底不可能だった。顔にお粥がかかる。
うん。塩加減も丁度よく、まるでナメクジのように皮膚が解けるようだ。
「うぎゃぁぁぁぁぁ!」
俺の悲鳴は、町内全域に響いたことだろう。
「おい翔吾。お前、一週間も休んで何してたんだ?」
復活初日。俺はもう学校へと登校していた。お粥事件の後、何とか体も動くようになったので、俺は久しぶりに自分の職業を全うしようと考えたのだ。
「どうもこうも、宇宙旅行だよ」
十六夜の話によると、セーレ星で気を失った俺は、出血の多さから瀕死の状態だったらしい。でもそこはセーレの医療技術万歳といったところか。俺は一命を取り留め、地球に帰ってくることができたらしい。
帰りの船は、アドロックとセーレの王様が用意してくれたらしい。俺たちをセーレへと導いてくれたまことちゃんは、実はもう限界を迎えていたらしく、あちらで処分されるとの事だ。
その間、俺はひたすら眠っていた訳だが、その間夢を見ていた気がした。もう、今となっちゃどんな夢かも思い出せない。
「宇宙旅行? 地球がそんな事をできるようになったなら、ニュースか何かでやるだろ」
それができるようになってんだよ。お前はしらない世界でな。
「それに、旅行先で宇宙戦争にでも巻き込まれた? 包帯だらけじゃねーか」
制服のおかげで大部分は隠せているものの、俺の体は包帯でぐるぐる巻きにされている。右腕なんて三角巾で釣り上げられていた。
「ねぇセシルちゃん。セシルちゃんが休んでたのも、こいつの宇宙旅行と何か関係があるの?」
俺の後ろの席には、窓の外を眺める金髪の美少女がつまらなそうにしていた。セシルは、外に顔を向けたまま「関係ないわ」と呟いた。
「おい! お前のせいでセシルちゃんが俺に向ける態度が冷たくなっちまったじゃねーか!」
セシルはずっと俺の看病をしていてくれたらしく、学校も休んでいたらしい。
「それに関しては俺に非はないだろ」
「いいや大有りだ! どうせお前が喧嘩でもしたんだろ? そうなんだろ? どうなんだいセシルちゃん?」
「…………」
「ほら無視された! お前のせいだ。お前の日ごろの行いが悪いせいだ!」
朝からうるさい奴だ。いい加減黙るって事ができないのだろうか?
「セシル。何か言ってやれよ」
俺はセシルにそう言った。あまりにも、轟が可愛そうだったからだ。
「……轟君、うるさいわ。殺すわよ」
「あ……」
「お前それはちょっと――」
「ありがとうございました!」
「何でだぁ!」
身体を震わせ、セシルに頭を下げる轟。その角度は理想のお辞儀と言っていいだろう。
「ほらあんた達。ホームルームを始めるよ。席付きな」
俺はババアの登場で前を向き、馬鹿の轟はスキップをして自分の席に向かった。
「鳴海、セシル。あんた達よくも一週間も休んでくれたね。掃除当番の一回や二回じゃすまないよ?」
久しぶりにみるババアは、相変わらずババアだった。
「婆さん。髪切った?」
「鳴海。良く分かったじゃないか。ご褒美にあとで雑用をくれてやるよ」
「てめーババア!」
「ほら。ホームルーム始めるよ」
「しかとすんな!」
一週間前となんら変わりない学校が始まった。
轟達とバカ笑をし、子守歌のような授業を受ける。
変わらない日常。
平凡な一日。
だがそれが、どれだけ幸せな事かを俺は知った。
セシルたちが来た日、もう俺は非日常の渦にのみ込まれていて、殺されかけたり、ウェイトレスを見たり、宇宙に行ったり、普通じゃない事ばかりだった。
でも、俺はそんな日々をどこか楽しいと思っていた。
学校がいつもより早く感じた。俺の感覚と同期するかのように、日が暮れる。茜色に染まる道をセシルと歩く。
「こうして二人で帰るのも久しぶりだな」
ふと、口を開く。まだ春先。少し肌寒い。
「何よいきなり」
まぁそんな反応になるわな。俺だっていきなり何言っているだと思ったし。
「いや、なんとなくな」
まだ右腕が痛む。セーレの医術のおかげで治りは早いが、それでもまだ骨がくっついたばかりのようだ。
「気持ち悪いわね。死にかけておかしくなった?」
「いや、そんな事はないと思うんだが」
「間違えたわ。元々気持ち悪かったわね」
セーレの医術で心の傷を治してもらおうかな。
「でもやっぱり、地球はいいわね。なんか落ち着くわ」
「そうだな。できればもうセーレには行きたくないな」
そんな会話をしていると、我が家が見えてきた。いつもと変わらずそこにあり、いつもと同じ風貌をしている。
俺はその家の前で立ち止まった。
「何してるの?」
「いや、ちょっとな」
「そう。私は先に入っているわよ」
鍵を渡し、セシルは扉の向こうに消えた。そう言えば、親父はちゃんと扉を作り直して置いてくれたらしい。
「親父。扉ありがとな」
俺は家を見上げながら、そう呟いた。
「なぁに、ここは俺の家だからな。自分の家を直すのは当たりまえだろ?」
家から少し離れた場所。電柱の陰から声がした。すっと出てきた影は、正真正銘俺の親父だった。
「よう親父」
「よう息子。よく俺がいるって分かったな」
復活を決めて一つ気づいた事がある。
「スウェルが見えてな」
そう。俺は力を開放していない状態でも、人のスウェルを見ることができるようになったのだ。
どう見えるようになったのかと聞かれると言葉にしにくいが、お風呂上りの湯気とでも言っておこうか。力を開放していないせいか、半透明で分かりにくいが、湯気という表現が一番近いだろう。
何故見えるようになったかは不明だ。あれだけの死闘を繰り広げたからか。それともスウェルを出せるようになったからか。はたまた別の理由か。でも理由なんてどうでもいい。何か不便になった訳でもないしな。
「へぇ。セーレに行って、少しは成長したらしいな」
親父のスウェルは強大だった。それはアドロックとは比べものにならない大きさ。俺に向けられていないからこそ何とも感じないが、それこそ息もつく暇がなくなるだろう。
「親父」
「何だ?」
「まことちゃん、ぶっ壊れちまったらしい。悪いな」
「気にするな。また手に入れるさ」
親父に聞きたい事がたくさんあった。近いうちに親父に会おうと思っていたので、このタイミングで親父が現れたのは好都合だった。
「親父。あんたは何がしたいんだ? セーレについても詳しいし、スウェルについても詳しいし、そのでかさは異常だ。しかも、アドロックの小さい時の写真も持っていたらしいじゃねーか。あんたは一体何者で、一体何がしたい?」
俺は深刻な顔でそう言う。親父は一度顔を伏せると、口元をゆるませた顔を浮かべた。
「俺は翔吾の親父だ。それ以上でもそれ以下でもない。セーレとの関係は――今は内緒にしておくさ。まぁ別にそんな重要な事じゃねーからいいだろ? まぁ色々と気になるんだったら全部教えてやらねーこともないが、そんなに聞きたいか?」
親父のスウェルがさらに大きくなる。まるで大きな手で握られているようだ。
「ふん、クソ親父が。今は、聞かないでおくよ」
「お前も賢明になったじゃねーか。そうだな。時には引くことも大事だ。それを知らない奴は強くはなれねぇ。母さんも言ってただろ? 男は優しさと弱さと守ることを知って初めて強くなるってな。まぁ覚えてねーだろうけどよ」
思い出の引き出しが開けられる。同時に気絶していた時に見ていた夢の事を思い出す。
『男の子が強くなるには、大事な物が三つあるのよ? それは、人を思いやる優しさ。自分の弱さ。人を守る大事さよ。分かった? 忘れちゃだめよ。それを持っていれば、翔吾は誰よりも強くなれるわ』
そうか。母さんはそう言っていたのか。思わず涙が出そうになった。
「翔吾。お前はあの子たちのおかげで、その三つを知れた。お前は一週間前のお前より確実に強くなってと思うぞ?」
どうだろうな。一応日本刀を扱えるようにはなったさ。
「まぁはっきり言って、セーレじゃ俺が助けられたんだけどな」
「いいじゃねーか。そうやってお互いを刺激し合って強くなれ。そうして、いつか俺の後を継ぐのを待ってるぞ」
「言っとくけど、あんたの組織は継がないからな?」
親父は一度高笑いをすると、頭を掻いた。
「そうかそうか。やっぱそうだよな。でもまぁ、いつかは翔吾から来る日がくると思うがな」
「ありえねーよ」
「まぁ、今はな。じゃぁ俺はもう行くわ」
「親父!」
「何だ?」
「元気でやれよ」
親父はこちらに振り向くことなく。
「ふん。お前もな。あの子たちと仲良くやるんだぞ」
親父は一度手をあげると、近くに止めていた車に向かった。
「この車、あなたの?」
車の近くには、青と白の制服を着た、いわゆる警察官だ。
「そうですけど……」
「駄目だよこんなところに路駐しちゃ。見える? あの看板」
「……はい」
「それじゃ、免許証出して」
親父は駐車違反で捕まっていた。一度こちらに救いを求めるような目で見てきたが、俺は無視して自宅の門をくぐった。
仄かにいい香りがする。どうやら今日の夕飯はカレーみたいだ。
「ただいま」
最初はどうなるかと思ったけど、なんだかんだ今は三人で暮らしている。確かに仲は良くないし喧嘩ばかり。早く出て行けと思った日もあった。現実に起こるとそのレベルは笑えない領域に達していたことばかりだ。
だがな、愛読書の一節にもあった。あいつらといることにどんな意味があって、どんな因果があろうと、知ったこっちゃない。
だから――。
『おかえりなさい!』
もうちょっとだけ、このままでもいいかな。
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。まだまだ未熟な上に、おかしな部分など多々あったと思いますが、それはコメントなどをしていただければ幸いです。
この作品ですが、僕は色々なパロディーネタを入れた作品を書きたかったというのが本音です。もし世にだしたりしたら著作権とかで大変な事になると思いますが、このレベルではありえませんね。題名は色々な意味が篭っていますが、この作品のレベルが、角川出版のあの名作に遠く及んでいないという意味も多少ながらあります。
この章で一度完結しますが、数々の批判を乗り越え、二巻のプロットは完成し、今作品を書き上げているところです。今回はニーナ中心の話になりましたが、次は十六夜にスポットを当てるつもりです。そして三巻でメインヒロインであるセシルに……といった感じで、三巻までは書くつもりです。そこまでお付き合いしていただくと嬉しい限りです。
では、長くなりましたが、この辺りでご挨拶を。
これからも未熟者ですが、よろしくお願いいたします。




