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第四章 主人公はやっぱり必殺技がないと……。

「さらばだ我が蒼き母星。また出会える日がくるのならば、どうか笑顔で出迎えてくれ」


「何中二くさいこと言ってんの?」

 俺は宇宙船まことちゃんの窓から、母なる地球を見ていた。ぼそっと口走ったセリフを聞いていたのか、セシルが呆れ顔で俺を見てくる。

「なんだよお前。もっと感動しろよ」

 飛び立ってすぐに親父に扉を付けてくれるよう頼んだ後、大気圏を抜け、俺たちは漆黒の世界に飛び出していた。発進数分でセシルは酔ってダウンしたが、それもだいぶ良くなったようだ。

「してるわよ。確かに、綺麗ね」

 もし俺がロマンチストだったらここで「お前の方が綺麗さ」とでも臭いセリフを言うのだろうが、そこまで俺はロマンチストではなく、一緒になって外を見物していた。

 宇宙から見る地球は、百万ドルの夜景というか、金では表せない綺麗さを誇っていた。人類が宇宙というのに憧れを抱くのも、なんとなく分かる気がした。世界でも数人しかこの景色を見た物はいないのに、俺たちはこうも簡単に見れるとはなんと贅沢だろう。もしこの宇宙船が招き猫の形ではなくロケットのようなら、軽く宇宙飛行士にでもなった気分になれただろう。

「そろそろ、ワープに入るようですよ」

 ワープ。それもなんか響きが宇宙っぽかった。

「どれくらいで着くんだ?」

「到着予定時刻は、地球時間で午後十一時。約一時間半後ですね」

 そんなに早く着くのか。最初の話では何万光年も離れていると聞いていたので、てっきり何日もかかるものだと思っていた。気づくと俺たちは月を通り過ぎ、太陽の光はどんどん小さくなっている。今がどの辺かも分からず、招き猫型宇宙船まことちゃんは飛んでいく。

 ワープに入ると、外の景色は一遍した。絵の具を水に溶かしたような、そんな感じをイメージしていた俺にとって、真っ暗な世界は恐怖すら覚えさせた。

「翔吾。暇つぶしにトランプでもやらない?」

 この提案で、俺たちは残りの時間をトランプに費やすこととなった。だがそれもセシルと十六夜が喧嘩になった事で打ち切りとなり、とうとう俺たちはいたずらに時間を浪費する事となった。セシルは持ってきた銃の手入れ。十六夜はクナイと刀の手入れ。俺は、かめはめ波を撃つ練習でもしようかな。

 どのくらいだろう。多分ものの十分くらいだ。精神と時の部屋でもあればもしかしたらかめはめ波を撃てるようになるかもしれないが、今の俺たち――というかこの世界にそんな物は存在しない訳で、俺は十六夜に剣術を習うことにした。

「若は筋がいいです」

 竹刀などはないので真剣をもって稽古に望むが、ちょっとでも触れたら世界最強の切れ味を誇る日本刀だ。正直下手に振り回したりはしたくなかった。だが、十六夜がいうには俺は筋が悪くないらしい。自分では完全にスターウォーズの真似をしただけなのだが、昔轟とやったチャンバラごっこが役に立ったのかもしれない。

『ワープ解除まで、五秒前』

 突然まことちゃんが喋った。ワープに入る時は何も言わなかったくせに、出るときは音声で伝えてくれるらしい。まったく、親切なのかどうかも分からん。

『四、三、二、一』

 外の景色は光を取りもどした。広がる宇宙はさっきの暗闇に比べれば、まだ明るいほうだった。遠くから差し込む光は、まさに恒星の証だったが、それは太陽ではなく、なんという星なのかは俺の博識の外だった。

「うわぁ」

 なにより目を引いたのは、突然目の前に現れた青い星だった。

「まるで地球だな」

「座標からして、あれがセーレ星と思われます」

 セーレ星。

 一見地球と瓜二つの惑星だが、よく見ると大陸の形が大きく異なっていたり、月のような衛星が二つあったりと、似ても似つかない星だった。

 だが、その美しさに言葉がでなかったのもまた事実だった。

『目的地到着まで、あと二十分』

 どうしたまことちゃん。随分とおしゃべりになったじゃないか。

「そろそろ準備をしましょうか」

「そうだな」

 俺たちは各自準備を始めた。服装こそ変わらないものの、いつ戦闘になってもおかしくないような武装をする。

 だが、そんな身構えをしていても、どうにもならない時がある。

 まことちゃんがサイレンを高らかにならし、緊急事態を伝えてきたのだ。

『前方よりミサイル接近。緊急回避に入ります』

「ちょっ!」

「きゃぁ!」

 大きく揺れ、思わず尻餅をつく。目の前では爆発が起こり、その圧で機体がまた大きく傾いた。

「敵影です。前方に艦隊がいます!」

 それは映画やアニメでしか見た事のない光景だった。

 まるで戦艦のような宇宙船が、セーレ星の上にずらりと並び、こちらをけん制しているのだ。

「ばれたのか?」

「いや、未確認の飛行物体なので警告してきたのでしょう」

「ねぇ、まことちゃんは大丈夫なの?」

 いや、大丈夫じゃないだろう。俺たちも知っている通り、こいつはただの招き猫だ。あっちの宇宙戦艦ヤマトみたいなのと張り合える訳ないだろうが。こいつには波動砲も何もないんだぞ。

『警告する。それ以上我が領空に侵入することがあれば、容赦なく撃ち落とす』

 おそらく何百キロも離れているであろう艦隊から、警告の音声が流れてきた。おそらくこれ以上近づくのは不可能だ。今のミサイルみたいのが何百発と打ち込まれ、俺たちは星屑になるだろう。

「どうするのよ?」

「どうするったってよ」

「若。こちらを使ってみましょう」

 十六夜が指を差す先には、絶対に押さないでくださいと書かれたボタンがあった。

「いや、これ自爆スイッチとかじゃないの? やだよ俺、こんなんで木っ端微塵になるのは」

「いえ、おそらく緊急脱出プログラムです。こちらをご覧ください」

 十六夜の手には、マニュアルと書かれた厚い本があった。俺はその中から選り抜きされたページを読む。

「何々? これはいかなる敵からも逃亡することができますが、残りの燃料をすべて使いきるので、近くに停泊できる星がない場合は絶対に使用しないでください?」

「はい。これを使えば――」

「ちょっと待てよ。脱出って言っても、もしかしたらセーレとは反対に脱出しちゃうかもしれないだろ? そしたら一貫の終わりだぜ?」

「あんた馬鹿? セーレ星に向かってこれを使うしか今を打開できる策はないでしょ?」

 話し合い……は無理だろうな。引き返す燃料もないし、やるしかないのか?

「一か八かの賭けです」

「死ぬかもね」

「まったく……覚悟はいいな?」

「もちろん」

 強く頷く二人を見て、俺も腹を決めた。ゆっくりとボタンに指を乗せて――。

「落ちろ、カトンボ!」

 絶対に押してはいけないボタンは思ったよりもスムーズに奥へと押されていった。

『緊急脱出用プログラム、コードまこっちゃん承認』

 まことちゃんは荒々しく機械音をあげ始める。

「なんだ?」

 小刻みな揺れ。俺たちのいる操縦室はなんの変化がないものの、明らかにまことちゃんは変形していった。

「すげぇ、変形してるのか?」

「そうみたいね」

「ここに変形後の全体像が乗っています」

 ハンドルのようなものの上に設置されたパソコンのような画面に、まことちゃんの全体像が映し出される。左はただの招き猫なので変形前だろう。ということは右が変形後か。

「って、手足が伸びただけじゃねーか!」

 まことちゃんの変形後は、手足がちょっと伸びただけだった。確かにこれで自由自在に動けるようになったのかもしれないけど、一体これからどうするつもりだまことちゃん!

『緊急避難座標を打ち込んでください』

「最初の座標を打ち込みます」

 十六夜はタッチパネルを慣れないながらも押していった。

『座標承認。これより脱出します』

 まことちゃんはそう言うと、突然しゃがみこんだ。

「なによこれ?」

「お前これっ、クラウチングスタートじゃねぇか!」

『シートベルトを着用してください。発進五秒前、四、三』

 俺たちは慌てて座席に座り、シーとベルトを付ける。慌ててるせいか、上手くはまらない。

『二』

 落ち着け俺。こういう時こそ冷静に行動するんだ。

『よーい』

「一はどうしたぁ!」

 瞬間カチッという音と共に、俺をシートベルトが固定した。

『ドン!』

『うわぁぁぁぁ!』

 まことちゃんは、クラウチングスタートの体制から猛ダッシュを始めた。それはもうオリンピックを狙える速さでゴールであるセーレ星を目指す。

『艦長! あれは、まことちゃんです!』

『なに? あの小型戦闘兵器まことちゃんが何故こんなところに?』

 スピーカー越しで話したせいで、あっちの会話はこちらに駄々漏れだった。ていうか、まことちゃんってそんなに有名で危険な兵器だった事にびっくりだ。

『前方より多数のミサイル接近中。回避運動に入ります』

 まことちゃんがまるで投げられる小石を避けるが如く左右に動き、まるで小早川セナのように速度を落とすことなく直進していった。だが、俺たちに掛かるGは半端ないもので、息をするのがやっとの状態だった。おそらくこんなジェットコースターがあったら繁盛するだろうな。

『残り、三十秒』

 どうやって宇宙を走っているのかメカニズムは謎だが、まるで流れ星のように周りの星は流れていった。同様に衛星も通り過ぎ、艦隊の猛攻すら回避するまことちゃんは、すでにただの招き猫ではなく、お魚くわえたドラ猫だった。

『残り、二十秒』

 まことちゃんは、ただ直進を続けていた。目の前の艦隊がどんどん近づいてくる。だが、いまのまことちゃんにとって、それはすでに脅威ではなかった。

 艦隊の横を一瞬のうちに通りすぎたまことちゃんは、そのまま大気圏に突入。そして、力尽きた。




 宮殿の前は多くの兵隊で守られていた。おそらくまことちゃんの侵入で警戒が厳しくなっているのだろう。

「どうする。これじゃニーナのところに辿りつけないぞ」

 まことちゃんは大気圏突入とともに力尽きたのだが、落下場所は運よく王宮からそう遠くはない場所だった。俺たちは落下の衝撃で少し気は失ってはいたものの、追手が来る前に起きれたことで、こうして王宮前まで潜入に成功した。

「正面から行くか?」

 俺は腰に掛けた刀の柄を握る。だがその手は十六夜によって抑えられた。刀なんて使った事がないので気休めの刀であったが、武器があるだけで少し気が大きくなっていたのかもしれない。

「若。それは上策ではありません」

「そうよ。そんな事してただで済む訳ないでしょ。私に考えがあるわ」

 セシルが俺たちに耳打ちしてくる。時々耳に息が当たって鳥肌が立ったが、今はまぁなにも言うまい。

「どう?」

「流石スパイらしいというか、初めてセシルが本物のスパイなんだと実感したよ」

「なんですって?」

「声がでけーよクソ女。若、この女の作戦に乗るのは不本意ですが、それしか方法はないかと」

「分かった。セシル、指示を頼む」

「命令しないで」

 そう言って、王宮とは逆の方向に走って行くセシル。俺たちはそのあとを追った。

 城下町と言うべきか、和洋中全てを織り交ぜたような建造物が立ち並ぶ。例えるならば、RPGの世界のような町並みだった。外見こそ地球にそっくりだったとはいえ、中身はまるで似つかない場所だな。

 俺たちはその一角の路地裏で、セシルの合図を待っていた。

「今よ」

 セシルの作戦はこうだ。町で兵隊を捕まえ、身ぐるみを頂戴するのだ。

「っ!」

 丁度三人で行動していた兵隊たちは、あっさりと俺たちに掴まった。セシルや十六夜の手際はやはりエリートであったが、俺は結構手こずった。兵隊でさえ、素手のレベルはかなり高かったからだ。それでも不意打ちをした俺に軍配が上がり、兵隊の身ぐるみは俺のものとなった。

「どう? 似合う?」

「仮面被ったらみんな同じだよ」

 ここの兵隊は、皆フェンシングのような仮面を被っていた。理由は知らんが、逆に今の俺たちにとっては好都合だ。いくら地球人とセーレ人は似ているからと言っても、所詮は分かるレベルだからな。

「とにかく、これで門には近づけるはずよ」

「そうだな。後は上手く中に入って、ニーナを見つけるだけだな」

 さっきとは打って変わって、堂々とメインストリートを闊歩歩く。普通に歩くと、やはりRPGさながらの世界だった。一見技術が劣っているように見えるが、科学の痕跡はそこかしこに見られる。何より、あの宇宙艦隊が地球よりも文明の進んだ星である事を彷彿とさしていた。

「なぁ、この鎧動きずらくないか?」

「それは私も感じてました」

「それになんか汗くさい」

 これだけ技術が進んでいる星の鎧だからどんなものかと思っていたが、あまり重くない変わりに少々動きずらいという欠点がある。あと、汗臭いっていうのも。見方によっては追い剥ぎの俺らが贅沢な事を言えないんだがな。

「まぁ、それももうちょっとの辛抱だ。ほら、正門が見えてきたぞ」

 こそこそとせず、今度は堂々と正面から突っ込んだ。何人もの兵隊の横を通りすぎたが、誰一人俺たちを不思議がる者はいない。

「おい。待て!」

 だが、丁度門を目の前にした時、二人の兵士が俺たちに声をかけてきた。

「貴様ら。王宮内になんのようだ」

 衛兵だろうか。予想はついていたものの、やはりそう簡単には通れないか。

「はい! アドロック殿下の命令で、ニーネリウス殿下の護衛を任されやってきました!」

 俺は姿勢を正し、声を張り上げる。

「アドロック様の? 俺は聞いてないぞ」

「俺もだ」

 やばい。これは非常にやばい。

「貴様ら、所属部隊を言ってみろ」

 所属部隊? 何それ? そんなのあるの?

「どうした?」

 俺の後ろに控える二人も、姿勢を正したまま動かない。どうする。このまま突っ切るか?

 いや、ここは一か八か賭けに出ることにしよう。

「はい! 所属はロンド・ベル隊です!」

 門兵が顔を合わせる。こそこその話しているが、俺にははっきりと聞こえていた。そんな隊あったかと確認しているのだ。

「ちょっと! 何よロンド・ベル隊って!」

 セシルが耳打ちしてくる。しょうがねーだろ、思いつかなかったんだから! 

「ここを通す訳にはいかない。アドロック様も今は不在だ。確認のしょうがないから大人しく持ち場に戻れ」

 ロンド・ベル隊に関しては不問なのか、それには触れずに門兵は俺たちを下がらせようとした。だが、ここまで来て引き下がる訳にもいかない。どうする? 

「どうしました?」

 その時、どこかで聞いたことのある声が耳に入った。俺は握った手を更に強く握り締め、振り返った。

『アドロック様!』

 門兵が頭を下げる。周りにいる兵隊たちも頭を下げるので、俺も同調して頭を下げた。

「頭を上げてください。一体なんの騒ぎですかこれは?」

 頭をあげた先には、あの憎たらしい笑みを浮かべたニーナの兄貴がいた。

「いえ、この者たちがアドロック様に姫様の護衛を任されたと申すものですから」

 衛兵の一人が頭を下げながらそう言った。ばれる。もうこんな茶番も終わりだ。

「そうですか。確かに私は側近の部下三人に妹の護衛を任せました。それが何か駄目だったのかな?」

 いつも糸目のアドロックが少し目元を開けたのと同時に、軽く重圧がのしかかってきた。スウェルだ。動けなくなるほどのものではなかったが、下の物を威圧するには十分だった。

「申し訳ありません!」

「いいんだ別に。さぁ行こうか」

 そう言って、アドロックは俺たちを促した後、王宮へと入っていった。




「君たちも何故すぐに僕を呼ばなかったんだい? 今は侵入者で厳戒態勢が敷かれているんだから、もうちょっとしっかり行動しないと殺されるよ?」

 宮殿の中は、俺ん家と比べものにならない大きさだった。ロビーの真ん中には大きな階段があり、それが四階近くまで続いている。おそらくあの一番上にある一番大きな扉が王の間だろうが、今はそこに用はない。

「我々が護衛する部屋は?」

 偶然が重なったのか。一度はばれたと覚悟を決めたが、丁度アドロックが部下に護衛を任せていたらしく、九死に一生を得た。

「妹の部屋は三階だよ」

 アドロックは、その広いロビーを俺たちを牽引するように歩く。こちらに背を向けたまま、上を見ている。

「そういえば、侵入者の宇宙船を調べた所、地球産である事がわかったらしいよ。怖いよね、地球人って。何を考えてるのか分からないもの」

 俺はにじみ出る汗を拭くことなく、自然に振る舞おうと動悸を抑える。

「はい。殿下が地球を警戒なさるのも理解ができます。姫様を誘拐した物たちがいる星ですから」

 俺は唇を噛み締めた。この場を乗り越える為とはいえ、こんな事は言いたくない。横を見ると、セシルも十六夜も大人しくしていた。俺の意図を悟ってくれたのだろうが、二人もいい気分ではないだろう。

「そうだね。一応妹は自分で家出したらしいんだけどね。でも地球とセーレは外交上手を結んでる仲だからね。でも今回の件で結構な問題になっちゃうかもしれない。そうは思わないか?」

 そこまで考えてはいなかった。でも俺にはそんなことどうでもいい。無責任かもしれないが、宇宙戦争になろうがなんだろうが、俺はただニーナを取り戻すだけだ。

「ですが、地球人を一概に悪いとも言えないのでは?」

「そうだね。君の言うことも一理あるね」

 アドロックは階段に辿りつくまえに立ち止まる。途端に少し圧迫されるようなスウェル。そして俺たちに背中を向けたまま、

「でもね。これは僕の個人的な問題なの。黙って妹は渡せない。だってそうだろ? あの子は将来のセーレを導く存在。だから君たちには渡せない」

 さらに上から押さえつけられるような感覚が強くなる。

「よくここまで来れたね。というより、よくここまで来たよ君達」

 俺は足に力を入れ、一歩後ろに下がると同時に鎧を脱ぎ捨て、背中から日本刀を取り出した。

「やっぱり凄いよ君たち。普通これないよね、こんな所まで」

 セシルと十六夜も鎧を脱ぎ捨てると、銃とクナイをアドロックに向けた。

「名前をまだ聞いてなかったね。教えてくれるかな?」

 そこで初めてアドロックはこちらを振り返った。その顔は不適な笑みを浮かべこちらを見ている。

「鳴海翔吾だ」

「セシル・グローバーよ」

「十六夜」

「その名前、覚えておくよ。あ、あと、一応妹の面倒を見ていてくれた事に礼を言っておくよ」

 笑みは浮かべているものの、身体から滲み出るスウェルのせいで、全身が強張る。

「こんな形で会わなければ、友達になれたかもしれないね」

「お前がニーナの自由を奪う限りそりゃありえねーな」

 呆れているのかアドロックは一度ため息を吐く。相変わらず糸目なのは変わらないが。

「僕もね、君たちと争いたくはないんだよ? でも、君たちは侵入者。それに、君たちは戦う気満々のご様子だしね」

「勘違いすんなよ。俺たちもあんたがニーナを渡してくれるってなら、戦うつもりはないんだぜ?」

「それはできない相談だ。さっきも言っただろう? あの子は僕にとってもこの星にとっても大切な存在なんだ。それに、兄が妹の身を案じて何が悪い? 僕はね、地球にいるより、ここにいた方があの子は幸せになれると思ったんだ。だから連れ帰した」

「そんなの、ニーナが決める事であって、あんたが決めることじゃないでしょ?」

「セシルさんでしたっけ? あなたたちと違って、ニーナは王族です。そう簡単に星を離れる事すら許されないのですよ。それを勝手に家出して病気になって。そんな事ならこの星で暮らしていく方がいいに決まっているでしょう?」

「今、ニーナが何故家出したか分かった気がしたわ」

「何?」

「あの子はね。肩書きこそお姫様かもしれない。でも、心は私たちと同じ目線を見ていた」

「それはあの子が君たちに合わせていただけでしょう」

「違うわ!」

 セシルが声を張る。それはいつもの怒りからくる声でなく、感情のこもった優しいものだった。

「一か月一緒に暮らしてきて、色々わかったのよ。世間知らずで大食いで、家事も何もできない子だったけど、一番女の子らしくて、一番笑ってた」

 一か月。その一つ一つの出来事の横には、ニーナの屈託のない笑顔があった。あの心の底からくる笑顔は、そうそう人に真似ができるものじゃなかった。

「アドロック皇子。あなたはニーナのあの笑顔を、見た事があるんですか?」

 十六夜が珍しくセシルに同調する形で声を発する。

「あるに決まっているじゃないですか。どれだけの時間、共に過ごしてきたと思っているのですか? 僕はあの子が生まれた時から今まで、ずっといました。君たちのたかが一か月とは比べものにならない時間の長さだ」

「その長い時間に、私たが共に過ごした一か月が劣っているとは思えませんね」

「十六夜の言う通りだ。俺たちの過ごした時間はたった一か月だったかもしれない。でも、あんたの数十年にも負けてない濃さがあった」

 毎日が初めての連続だった。暇だと思った時間がないほどにな。

「私たちは、あなたの妹のニーネリウス姫を取り返しにきたんじゃない」

「一か月を共に過ごした」

「ニーナを、取り戻しに来たんだ!」

 俺は刀身を鞘から抜き、アドロックに向け構える。同時に横に並んでいた二人の銃とクナイも、標的をアドロックに定めたようだ。

「あなた達の意思は分かりました。そこまで覚悟を決めてきた君たちに、何のおもてなしもしないのは王家の恥でしょう。妹を、いやニーナを取り戻したいなら、僕を倒していきなさい!」

 ――刹那。凄まじいスウェルが俺たちを襲う。思わず片膝をつきそうになる。息をするのがやっとだ。

「僕も本気でいきます」

 アドロックが背中に掛かっていた剣を抜く。その刀身は日本刀の何倍もの太さを持ち、輝く金色に染まっていた。明らかに鉄ではないないその刀に、仮にも地球最強の切れ味を誇る日本刀が太刀打ちできるのだろうか。

「なによ……これ」

「スウェルだ……行きに説明しただろうが」

 セシルはこれだけのスウェルを体験するのは初めてだ。そりゃ戸惑うわな。

「若……このままでは……何もできないまま」

 アドロックの剣に対抗できるかは二の次だ。今はこの強大なスウェルをどうにかしなくちゃ、俺たちはあの剣の錆になっちまう。

 アドロックのスウェルがでかすぎるせいか、身体を靄のような物が纏っているのがはっきりと見える。まるでスーパーサイヤ人だ。

『スウェルはそれと同等以上のスウェルで打ち消す事ができる』

 俺の頭の中に、親父が置き見上げとして残していった言葉が木霊した。

『スウェルは地球人も持っているのですよ』

 アドロックは、地球人もスウェルを持っていると言っていた。できるかどうか分からねぇが、賭けるしかねーだろ!

「うぉぉぉぉぉぉ!」

 どうやってかも分からない。自分の中に眠ったその力をどう引きだす?

 俺は、ゆっくりと目を閉じた。こんな隙を作るのは、敵を前にしてありえない事だが、俺にはアドロックがすぐに攻撃してこない自信があった。あいつは俺たちが手も足もでない事を知ってる。だから俺たちに絶望を見せつけてから攻撃するんだ。

「なんですか? 諦めて降参という意味ですか?」

 うるせーな。集中してんだよ!

 俺はイメージした。頭の中に青い玉を浮かべ、それをつかむイメージ。手は全然届かないが、ゆっくりとそれに近づいていく。

「何しているんですか若!」

 十六夜の声が聞こえる。途端に十六夜がイメージに現れ、俺の手を引っ張った。それでもまだ遠い。

「何やってるのよ馬鹿! 殺すわよ!」

 セシルが現れもう片方の手を引く。

「これで分かったでしょう? 君たち程度のスウェルじゃ、僕のスウェルは打ち壊せない。だから言ったはずです。弱い奴は何も守れやしないって。ニーネリウスも、自分の大切な人たちでさえね」

 イメージの中で最後に現れたニーナが俺の背中を押す。ゆっくりと伸ばした手にその青い玉が収まり、強く光を放った。

一瞬、自分でも怖くなるような力が湧き出る気がして、一気に俺はその力を放出した。

 一歩ずつアドロックが近づいてくるのが分かる。

だが、足音はしない。

 俺の耳は、胸の鼓動しか取り入れなかった。

 身体が軽い。上がりまくった心拍数が、徐々に落ち着き、それに伴うように身体の奥底からさらに力が湧いてきた。

「うぉぉぉぉ!」

 湧き上がる感情。それに身を任せるように、俺は叫んだ。

 身体が軽くなる。しっかりと足の裏で立つ。重いと思っていた日本刀も、今はおもちゃのように感じる。

「……まさか。貴様、何があった」

 目の前にはアドロックがいた。糸目は見ひらかれ、あの憎たらしい笑みも影をひそめていた。

「セシル、十六夜。お前ら動けるか?」

「えぇ」

「問題ありません」

 どうやら、俺の中に住む野獣のスウェルは、アドロックのスウェルを打ち消す事に成功したらしい。

「まさか君がそんな力を持っていたとはね。驚きましたよ」

「俺も驚いてるよ。まぁ想定の範囲内だったけどな」

 身体にスウェルが纏っているのが分かる。俺もスーパーサイヤ人もどきの仲間入りって訳だ。

「あんたそれ……」

「あぁ。どうやら俺も結構なスウェルを使えるらしい」

「若。油断はいけません」

 厳しいな十六夜は。もうちょっと俺が普通人じゃなくなった祝いの言葉とかないのかね。

「顔付が変わりましたね」

 アドロックが糸目を開いたままこちらを見ていた。だが、さっきのような驚愕の顔ではなく、警戒している顔だ。

「アドロック。もう謝っても許せないぜ?」

「安心してください。僕は最初から許されようなんて思ってませんから」

「ふん。行くぞ」

「えぇ。かかってきなさい」

 人知を超えたスピードで俺は突進した。正直驚いているが、これもスウェルの力ってわけか。

 目の前にアドロックが迫る。思いっきり刀を振り上げ、そのまま一刀両断する勢いで振り下ろす。だが、その一撃は黄金の剣にぶつかり、火花を散らせた。

「ほう。まさか初めてでこれほどまでスウェルを使いこなすとは。君は何ものです?」

「しらねぇな!」

 振り抜くが、アドロックの身体を捉える事ができない。

「スウェルはそれを纏う事によって身体能力を向上させる事ができます。それを知っていたのですか?」

 それは知りませんでしたよ皇子。

「まぁ何にせよ、そんなに大きなスウェルを持った地球人に会うのは二人目ですよ」

数歩間合いを取るアドロック。その身体に拳銃の弾とクナイが襲う。が、それを刀で軽く弾いた。

「行くわよクソ女」

「誰がクソ女よ!」

俺の横を影が二つ通り過ぎる。今の俺は肉眼で捉えられているものの、常人ならあの二人の動きは見えないだろう。

さっきから気づいてはいたのだが、スウェルを開放してからというもの、どうやら相手の纏う微弱なスウェルも見ることが出来るようになったらしい。アドロックほどの強大なものになると、何もしなくても見ることができるようだが、どうやらセシルと十六夜も無意識だろうが足にスウェルを纏っていた。確かに大きな力ではないが、これは彼女らが今までに行ってきた訓練のうちに会得したものだろう。だが合点がいった。彼女らの常人離れした動きはスウェルによるものだったのだ。

「ほう」

 アドロックはそうつぶやくと、刀を一振りする。その風圧と共に、こちらにセシルと十六夜が飛んできた。

「大丈夫か?」

「大丈夫に決まってるでしょ。何言ってんのよ一般人のくせに!」

「はいはい」

 セシルの肩からは血が流れていた。今の攻撃で切ったのだろう。大きな傷ではないものの、刀自体は当たっていないはずだ。かまいたちってやつか。

「十六夜。動けるな?」

「はい」

「いいか? 二人ともニーナの部屋に向かってくれ」

 俺は耳打ちするように囁く。

「は? 何言ってんの?」

「俺があいつの相手をする」

「若。それは無謀かと」

「そうよ。あんな化け物一人で相手できる訳ないでしょ?」

 そんなのは百も承知だ。俺は戦闘経験がないし、しかも剣術も行きに十六夜に習ったくらいだ。だけど、三人共倒れよりはマシだろ?

「俺の力をなめるなよ? あいつなんて俺一人で十分だ」

「あんた何強がってんのよ」

 強がり?

 違うな。俺はただカッコつけてるだけだ。

 最初に剣を交えた時になんとなく分かった。

 俺たちは、こいつには勝てない。なら、せめてニーナをこの王宮という牢獄から助け出すって事だけでも成就させたい。

「十六夜。命令だ。行け」

「……はい」

 十六夜は剣を背中の鞘に納めると、セシルの腕を掴み強引に引っ張った。

「離しなさいよ! いくら主人の命令だからって、こんなの聞かなくていいのよ! そんなのあんただって分かってるでしょ?」

「命令は、命令なんだよ。黙って言う事を聞けクソ女」

「この際クソ女でも何でもいいわ。とにかく離しなさい! 翔吾が死ぬわよ?」

「おいセシル。俺はお前たちを信用して任せたんだ。それに、俺は死なないぜ? 見たろ今のパワー。なんてったてスパイと忍者と宇宙人と一緒に住むような超地球人だぜ?」

 だから頼む。行ってくれセシル。

 俺は、お前らがやられる姿を見たくない。

「……絶対」

「ん?」

「絶対、私たちが帰ってくるまで死ぬんじゃないわよ! 翔吾を殺すのは、この私なんだからね!」

「……あぁ」

 つい一か月前に俺を殺そうとしていた奴のセリフとは思えんな。

「若、どうかご無事で」

 セシルと十六夜は走りだした。

 ったく、今の完全に死亡フラグだったじゃねーか。

「させない!」

 アドロックが動き出す。目にもとまらぬ速さで二人に接近する。だが、今の俺の目には普通に動いているように映る。二人からヒントは貰った。俺は足にスウェルを集中させ、アドロックよりも先回りして刀を振るった。

「おっと。あいつらの邪魔はしないでもらおうか?」

「正気ですか?」

「お、あんたもそう思うか? やっぱ正気じゃねーよな。でももう死亡フラグ踏んじまったからよ、もう引き下がれねぇ」

「そうですか。ですが、君一人で僕に対抗できるとでも?」

 アドロックの身体から、さらにスウェルが溢れだす。周りの床や柱、扉などが軋む音が聞こえる。

「対抗じゃねぇよ。勝つんだ」

 俺は強く地面を蹴りあげ、アドロックに向かった。




「危なかったわね。翔吾、大丈夫かしら」

「大丈夫な訳ねぇだろ? お前も受けたろあの一撃。触れてもないのに吹き飛ばされたんだぜ私ら」

 私はクソ忍者と共に階段を駆け上っていた。背中では金属がぶつかる高い音が間髪おかずに聞こえる。

「じゃあ何で見捨てたのよ」

「見捨てた訳じゃねーよ。私たちがここに来た目的を忘れた訳じゃないだろ?」

「当たり前でしょ?」

「なら、それを遂行するのが私たちの役目だろ? それに若は命を懸けた。命を懸けてでもニーナを救い出そうとした。そんな若が私たちに託した想い。無碍にするわけにはいかねーだろ」

 クソ忍者のくせに、今日は良く喋った。相変わらず私に対しての言葉使いは悪いが少なからず私と近い感情を抱いているのは十分に伝わった。

「ふん。クソ忍者のくせに、言ってくれるじゃない。まぁあなたが翔吾と一緒に戦ったところで足手まといになるだけだしね」

「お前に言われたくないんだよ。さっき涙目になってたくせに」

「あれは違う! 目にゴミが入ったの」

「ふん。どうだか」

 いちいち癇に障る女だ。

「そんなに若が心配なら、お前は戻ってもいいぞ? 私一人でニーナを助けるから」

「馬鹿言ってんじゃないわよ。私も翔吾を信じるわ」

「あっそ。でも私のほうが若を信用してるけどね」

 三階に辿りつくと、衛兵が数人私たちを待ち構えていた。おそらくその奥にある部屋がニーナの部屋だろう。と言う事は、こいつらを倒さなきゃたどり着けないって訳ね。

「あんた勘違いしてるわ。私は翔吾の心意気を信用しているのであって、翔吾自身の事は信用してないわ」

 私は拳銃を構え、衛兵の一人に向け二発放った。肩と足を撃ち抜かれ倒れ込む衛兵。その姿を見て、他の衛兵たちが武器を構えなおした。

「あぁそう。じゃああんたは私の敵じゃねーな。私は若の心意気と若自身を信用してるからな」

 クソ忍者はクナイを衛兵の一人に放った。腕と脚に刺さった衛兵は、武器を落とし膝をついた。

「内緒にしてたけど、実は少しだけ翔吾自身の事も信用してたりするのよ!」

 私は新たに衛兵を一人狙い撃つ。

「だから何? 張り合ってんの?」

 負けじとクソ忍者も一人沈めた。

 残る兵隊はあと二人。だがその姿はもはや目に映っていなかった。

「何その言い方。まるで私が翔吾の事を好きみたいじゃない。やめてくれない? 殺すわよ」

「あれ? 違ったの? ならいいんだよ」

「何よ。腹立つわね」

「奇遇だな。私も今腹立ったところだったんだよ」

 今すぐこの拳銃で撃ち殺してやりたい気分だった。ちょっと胸が大きくて美人なだけで調子に乗って。本当ムカつくわ。

「貴様ら! この先には一歩も行かせんぞ!」

 衛兵がこちらに叫んでくる。その声は、いきり立つ私の耳にはただの耳障りな騒音でしかなかった。

『消えろ』

 そう言って構えた銃を、私は衛兵の片割れに向かって撃った。足を撃ち抜かれ蹲る衛兵。その横ではもう一人の衛兵がうつ伏せに倒れこんだ。

「ふん。引き分けね」

「まぁ、そういう事にしておいてやるよ」

 私たちは、扉の前へ向かった。

 近くに立つと、その扉は私たちの身長より遥かに高かった。大きさも、鳴海家の物とは比べものにならない。

「開けるわよ」

 私は扉に手をかけ、思いっきり押した。扉の隙間から仄かに花の甘い香りが漂う。

 中は天井が高く、一体何畳あるのかと思うほど広い部屋だった。辺りにはぬいぐるみが置かれ、真ん中に大きなベッドが置いてある。その部屋を見た時、この部屋がニーナの部屋だと確信した。

「誰!」

 何となく懐かしい声が響く。それは紛れもない。

「ニーナ?」

「え? セシル?」

 ニーナの声だった。

 ベッドの上で上半身だけを起こし、こちらを見つめていた。何か信じられないような目をしていて、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 私たちはニーナに寄り添った。いつもと違うパジャマを着ているものの、その青い髪に大きな青い目。間違いなくニーナだった。

「ニーナ。迎えに来たよ」

「ごめんなさい。遅くなって」

「…………」

 今までどれだけ我慢していたのだろう。ニーナの目からは、ダムが決壊したかのように涙が落ちていった。

「セシルゥ! 十六夜ぃ! もう会えないかと思ったよぉ!」

 涙を拭う事なく私たちに抱き着くニーナ。私は、その頭を優しく撫でた。

「ニーナ。もう熱は大丈夫なのですか?」

「……うん。セーレ人特有の風邪みたいなものだから、注射を討ったらすぐに治ったよ」

 ニーナは一通り涙を流した後、目元を拭い、私たちの顔を真剣に見た。

「ねぇ、翔吾は?」

 私たちの顔が強張る。一通り説明をすると、ニーナは立ち上がり、パジャマを脱いだ。

「私が、兄様を説得するよ」 

 その目は、今まで見た事がないような、ニーナの真剣な目だった。

「できるのですか? 皇子を説得など」

「分かんない。けど、翔吾達は私のためにここまで来てくれた。今度は私が、恩返しする番だよ」

 私たちは、ニーナの決意を確認した後、一度頷いた。

「分かりました。ではニーナ。早く仕度を。事は一刻を争います」

「うん」

 ニーナは適当な服を着た。それと同時に、私たちは部屋を飛び出した。

 だが、三階の廊下には、先ほどとは比べものにならない数の衛兵たちが集まっていた。その銀色の鎧で埋まる廊下には、既に逃げ道などなかった。

「ちょっとこれはきついわね」

 思わず口から弱音が漏れる。

「何だ? 諦めるのか?」

 そうクナイを構えたクソ忍者が言う。

「誰が諦めたって?」

 拳銃を構えるが、手元が震える。こんな事は初めてだった。幼いころからスパイとして生きる為の英才教育を受け、数々の修羅場をくぐってきた私が、初めて実感する明確な死へのカウントダウン。

「震えてるぞ?」

「そう言うあなたはどうなのよ? 変な汗がにじみ出てるじゃない?」

 クソ忍者の顔には汗が滲んでいた。おそらく今の私と同じ心境なのだろう。

「ふん。情けないな。将軍や若の為ならこの命、惜しくはないと思っていたけど、いざ死が近づくと、こうも身体は拒絶するんだな」

 秘密組織バクフ。そこの直属の部隊である御庭番衆頭目十六夜。肩書きではそうなっているものの、まだ私や翔吾とあまり変わらない歳の少女だ。恐怖という感情を起こさない訳がない。

「安心したわ。あなたも私と同じ人間だったみたいで」

 いつもは冷静沈着で、物事を客観的に見れる大人な振る舞い。

「どういう意味だ!」

 だが、私にいちいち突っかかってくるその様は、その辺にいる女子高生と何ら変わりはない。

「そのままの意味よ。私も正直怖いわよ。でも、あなたが――十六夜がいるなら、何とか切り抜けられるかも……。そう思っただけよ」

 初めて十六夜と呼んだ。私たちは、仲は悪いが今は同じ目的を持った仲間だ。

「ふん。頭でも打ったか?」

「なんですって?」

「でも、今私も、そんな気がした。やれるか? セシル」

 セシル。十六夜の声で、初めて呼ばれる自分の名前。それはこそばゆく、どこか恥ずかしい響きだった。

「だ、誰に物を言ってるわけ? 殺すわよ?」

 私は拳銃を構えなおした。

「私を殺す前に、お前が殺されんなよ?」

 十六夜もクナイを構え直した。

「仲直りした?」

 後ろからそんな腑抜けた声が聞こえる。

「何よニーナ。下がってなさい」

「そうです。怪我しますよ?」

 私たちは、ニーナを庇うように前で肩を合わせた。だが、その肩に細く白い腕が乗っかり、私たちを引き離した。

「ニーナ?」

 私たちの間にできた隙間をニーナが通り過ぎ。私たちの前にでた。

「あんた何してんのよ」

「危険です。下がって」

「大丈夫。今度は、私が恩返しする番だって言ったでしょ?」

 その長く青い髪が靡く。白いドレスのような服が、まるでニーナを妖精のようにしていた。

「姫様! お下がりください。今、その賊を始末します」

「黙りなさい!」

 衛兵たちが身体をビクつかせた。もちろん、私たちもだった。

 その声は、今までのニーナとは違った。逞しく、そして凛々しい。

「どきなさい衛兵たち。この者達は私の友人です。その友人たちを傷つける事は許しません!」

「ですが、その者達は戦闘兵器で我星に侵入した賊ですぞ」

「だからなんですか。賊であろうとなんだろうと、私の友人には変わりありません。邪魔です。どきなさい」

「ですが」

「もう一度だけ言います。ニーネリウス・フォン・トワイライトが命じます。そこをどきなさい!」

「も、申し訳ありません姫様!」

 衛兵たちが道をあげ、跪く。

 私たちの目の前にいるのは本当にニーナなのかと疑うほどの威圧感――いや、スウェルだった。目の前にいるのは、紛れも無くセーレ星のニーネリウス姫なのだ。

「行こっかぁ」

「う、うん」

 こちらを向いたのは、いつものニーナだった。だけど私はまだ余韻に浸かっていて、衛兵の間を駆け抜けるニーナの背中を追う事しかできなかった。




 気を抜けない戦いが続いていた。

 気を抜くと、アドロックのスウェルに潰されてしまうからだ。

 集中を切らせ、一瞬できた隙。そこで勝負は決まる。そんな勝負を続けていた。

「くっ!」

 アドロックの連撃を刀で受け流す。一撃一撃が重く、全身が痺れるようだった。

 おそらく人生で最強状態の俺が、スピードで、力で、何もかもで劣っている。フリーザ戦のベジータもこんな気分だったのかな? こんな相手は親父以来だぜ。

 大きく剣を弾き、距離を取る。

「どうしました? 息が上がっていますよ?」

「はぁはぁ。息も上がるだろう。こんな化け物と対峙してんだからな」

「人を化け物扱いしないでくださいよ。ただのセーレ人ですよ」

 じゃぁセーレ人が化け物なんだよ。手なんて痛くてしょうがねー。

 刀を握り直す。が、一瞬力が抜けた。身体が悲鳴を上げていたのだ。

 今の俺は間違いなく人の何十倍の力を出せるている。致命傷は受けていないにせよ、少なからず攻撃は受けているし、今はアドレナリンが放出されているおかげであまり痛みは感じないが、おそらく骨にひび位入っているの事だろう。クリリンの気分が良く分かる。地球人最強だとか言われても、結局宇宙人には勝てないのか。

「妹の部屋は衛兵たちに守らせているので心配はないでしょうが、彼女たちも相当の手練れのようですし。そろそろ僕も加勢に行こうかと思います」

 だから何だ?

「ですので、そろそろ終わりにさせようと思います」

 そう言うと、アドロックは金色の剣を右手で構え、左手でそれをなぞった。するとどうだろう。金色に輝いていたはずの剣が赤く染まり鈍く光った。

「おいおい。どういうカラクリだ?」

 俺は笑ってはいるものの、その顔は引きつっていたのだろう。その赤い剣からは、まるでスウェルのような力を感じたからだ。

「これは魔法ですよ。セーレ星にはスウェルを使った魔法があるんです。君もそれだけのスウェルを持っているのです。鍛えれば使えるようになると思いますよ」

 何が君も使えるようになると思うだ。今使えなきゃ意味ねーだろうが!

「参ります」

「っ!」

 それは、一瞬だった。俺は距離を取った時、確実に回避可能な間合いを取った。それは一歩では届かない距離。一度でも足をつく距離ならば、今の俺の反応速度が劣ることはないと思っていた。

 それがどうだ。一瞬で俺の目の前まで迫ってくるアドロック。その右側からは、深い輝きを放つ紅蓮の剣が俺を襲ってくる。その剣の赤が、俺の血の赤で染まるのをどうにか回避するため咄嗟に日本刀を対抗させた。

 だが、触れた瞬間。俺は吹き飛ばされた。力で負けたというのはある。だがそれ以上にその赤い剣が俺を拒絶するように弾きとばしたんだ。例えるならば、磁石のプラスとプラスを合わせるような感じだ。

 俺は抵抗できず壁に叩きつけられる。身体が鞭打ちにされ、口から血が出た。おそらくアバラ骨を何本か持って行かれたのだろう。うつ伏せに倒れ、そのまま地面をなめるよう俺の身体は動かなくなった。

「ほう。あれを防御できましたか。想像以上の反応速度でしたね」

 冗談じゃない。どんな魔法をかけたのかは知らないが、あんなの反則だ。これから毎回剣を弾くたびに吹き飛ばされるなんて、いくらなんでも身体が持たない。

「くそったれが……」

 力を振り絞り立ち上がる。足がガクガクと揺れ、重心は不安定。それでも俺は、近くに落ちていた刀を持った。どうやらあの一撃でも刃こぼれは見られない。刀自体は相当な業物のようだ。

 だとしても、俺は剣術なんてザルだ。扱い方は行きのまことちゃんの中で十六夜には教わったものの、ただそれだけ。そんなんでは、最初から勝ち目などないのは分かっていた。

「何故立ち上がるのです。そのまま倒れていれば命だけは助けたものを」

 随分とアドロックが遠くに見えた。頭が朦朧としているのか、それとも流れた血で目が霞んでいるのか。いや、多分どちらもだろう。

「何故かって? そりゃあれだ。俺はバカだからだ」

「理解できませんね。そんな理由で命を無駄にするのですか?」

「無駄に? 俺は今でも命を捨てる気なんて毛頭ないね」

「そうですか。なら、すぐ楽にしてあげますよ」

 アドロックの足が地面を蹴る。俺もそれと同じタイミングで地面を蹴る。

 身体を捻り、アドロックの最初の一撃を避ける。だが、肩を浅く赤い剣が抉る。その反動で、俺はまた壁に打ち付けられた。

 口からは血が飛び出し、身体はさらに悲鳴を上げる。

「冗談じゃねぇ……。身体に触れても吹き飛ぶのかよ……」

 俺は力の入らない足に鞭打ち立ち上がる。

「もう分かったでしょう? 君には妹を家に置いてくれていた礼もある。本気で命だけは助ける気はあるのですよ?」

「うるせぇ」

「はい?」

「うるせぇって言ってんだよ!」

 猪突猛進。俺はアドロックに刀を振るう。だが、その速さは既に最初の勢いはなく、軽く避けられたのち、今度は太ももを抉られ吹き飛んだ。

「っ!」

 負けられねぇ。

気持ちだけでも、負けられねぇ。

「いい加減にしなさい。これ以上やると、本当に死にますよ?」

 俺は言葉を無視し、地面を蹴る。だが、今度は俺の刀が空を斬る前に、赤い剣が俺の左肩口を突き刺す。

 が、俺が壁に叩きつけられる事はなく。その赤い肩には俺の鮮血が伝っていた。

「魔法は解きました。このまま気絶でもしてください」

 足の力が抜け、両膝を着く。だが、俺の魂はまだ死んじゃいない。

「情けは自分の首を絞める事になるぜ?」

 俺は刺されている左手で剣を握る。見ると、すでに赤い輝きは消え、金色の剣へと変貌を遂げていた。

「っ!」

 全力で握ったせいで、左手から血が滴る。だが関係ない。

 俺は、右手の日本刀で、アドロックを思いっきり刺した。足をかすめただけだったが、そのおかげで肩から剣が抜けた。

「くっ! まだそんな力がありましたか」

 数歩下がったアドロックは、ゆっくりと体制を立て直し、こちらに構える。

 俺はというと、出血のしすぎで頭が朦朧としていた。

「へへ。どんなもんだ。これだけ時間を稼げれば、あいつらはニーナを連れ出しているだろうよ」

「……分かりました。これが君に送る最後の太刀です」

 大きく剣を振りかぶるアドロック。俺にはもうその一撃を避ける気力は残ってはいなかった。

 その剣は寸分の狂いなく、俺の頭上に落下してくる。

 あばよ。セシル、十六夜、ニーナ。

 仲良くやれよ。

 俺は、ゆっくりと目を閉じ覚悟を決めた。

「やめてぇぇぇ!」

 ――刹那。聞き覚えのある声がホールに響き、剣が俺の頭の切っ先で止まる。ゆっくりと目を開けると、階段のところに同居人三人が立っていた。アドロックに目を向けると、セシルたちがニーナ救出に成功した事に驚きを隠せず、顔を三人に向けていた。

 それは、一瞬の隙。だが、それは俺にとって闇を照らす光となる。

「うおぉぉぉぉぉ!」

 俺は右手に持つ日本刀に、身体をめぐる全てのスウェルを注いだ。途端にまばゆい光を放ち、刀身が紫に輝く。それを力の限り思いっきり振り上げた。

 骨が砕けてもいい。

 肉が裂けてもいい。

 この期を逃すな!

「ちっ!」

 アドロックがこちらに反応し、身体を引こうとする。だが、時すでに遅し。そして、俺の狙いは最初からこっちだ!

「砕けろぉ!」

 俺は、金色の剣に思いっきり日本刀をぶつけた。

 激しい金属音と共に、右手の感覚がなくなっていく。骨が砕けたらしい。だが、砕けたのは骨と日本刀だけじゃなかった。金色の刀は、まるでガラスのように砕け散ったのだ。

「おのれぇ!」

 俺の顔に蹴りが食い込む。地面に叩きつけられ、血が止まらなくなる。

『翔吾!』

 俺に無数の足音が駆け寄ってくる。俺は、無理やり立ち上がろうとするも、足が動かず地面に落下する。それを誰かが優しく抱き上げてくれた。

「翔吾! しっかりしなさいよ!」

「セシルか? お前……無事だったのか?」

「十六夜も無事よ。それよりあんた、凄い血じゃない!」

 目の前には顔が三つ。金髪と黒髪と青い髪。どれも綺麗に整えられていて、同じシャンプーの匂いがした。

「この位……どうってことねーよ。十六夜も、怪我ないか?」

「――はい。大丈夫です。それより若の止血を」

 俺は一度目を擦り、青い髪の少女に向けた。

「ニーナ。熱……下がったか?」

「うん……うん。もう、大丈夫だよ」

 泣き崩れるニーナ。やめろよ。俺が死ぬみたいじゃねーか。

「そっか。そりゃよかった……。なぁニーナ」

「……なにぃ?」

「これからどうするかは、お前が決める事だ。ちゃんと自分の気持ちを、兄貴に伝えろ」

「……うん」

 俺は唯一自由の効く右手で、ニーナの目元を拭ってやる。

「これが、君たちの過ごしてきた一か月の濃さというものですか」

 意識がだんだん薄くなってきた。辛うじて、アドロックの声が耳に入る。

「兄様。分かったでしょ? 翔吾も、セシルも、十六夜も、みんな私の大切な人なの」

「分かるよ。でなければ、こんな所まで来ないだろ?」

「じゃあはっきり言うね。私、この人達と地球で暮らしたい」

 はっきりと聞こえた。ニーナは決断をしたんだ。それも、俺たちと一緒に過ごすことを。

「それは叶わない願いだと知っていて言ってみただけか?」

「ううん。兄様なら分かってくれると信じて言っているの」

 ニーナが兄に対面している間、セシルと十六夜は俺の事をしっかりと支えてくれていた。傷口には布が巻かれている。これは二人が自分たちの服を切って処置してくれた証だ。おかげで二人の服装が際どい事になっていた。もしかしたら、それで鼻血が出ている可能性もあるかもしれん。

「許可はできないよ。君はセーレの姫だ。星を簡単に出れると思ったら大間違いだぞ」

「分かってるよ。いつかは王族としてセーレの為に生きる時が来ると思う。でも、それまで私は地球で過ごしたい」

「自覚しなさい。君は王族なんだぞ!」

「そんな自由もないお姫様なら私やめる! 地位も名誉も何もいらない。ただ、翔吾やみんなの側で過ごせれば、それ以外何もいらない!」

「ニーナ……」

 魂の叫び。それは、俺の心の奥そこに突き刺さった。おそらくアドロックも刺さっただろう。困惑の色を隠せないでいた。

「おい。鳴海翔吾」

 突然名前を呼ばれ、まともな反応ができない。顔を少し上げ目を合わせる。その糸目を見開いた目は、こちらを見据えていた。だが、今までの人を見下したような目とは違う。それこそ、上に立つ者の威厳というものを感じさせる強い目だった。

「君は、私の長い年月と君たちの一か月。濃さは変わらないと言っていたな?」

「……あぁ」

 まともに声が発せない。喉も少しやられてるようだ。

「それは間違いだ」

 いや、そんなことはない。劣っている訳がない。

「君たちの過ごした一か月の方が、ずっと濃かったようだ」

「……アドロック」

「兄様。それじゃあ」

「あぁ。父上には僕から話しておこう。ただし、いつかはこのセーレの為に生きる日がくるのを忘れるな」

「う、うん! ありがとう!」

 ニーナたちは、俺に抱き着いてきた。ちなみに、俺瀕死なの知ってる? HPもう赤だよ?

「やったわ翔吾!」

「若の活躍のたまものです!」

「翔吾ぉ! また一緒に暮らせるよぉ!」

 分かった分かった。死ぬから離してくれ!

「ニーネリウス。本当にいい顔をするようになったな」

「うん!」

 アドロックは、いつもの糸目に戻っていた。だが、それ以上に細い目をして、ニーナは満面の笑みを浮かべていた。

「鳴海翔吾。僕は君の男気に惚れたんだ。だけど、もし妹を泣かせたら、その時は容赦しない」

「……う意味だよ……そりゃ」

「いや。僕の独り言と思っていい」

 アドロックはそう言うと、踵を返して歩いて行く。

「兄様!」

「いいんだ。責任はすべて僕が被る。それから、ニーネリウス」

「?」

「僕も、ニーナと呼んでいいか?」

 こちらからは顔は確認できないものの、赤面しているに違いない。実を妹にそんな事を聞く兄もどうだと思うが、ただの王族だった二人が、初めて兄弟として一歩前に進もうとした瞬間だった。

「うん!」

「そうか。なら、僕の事はお兄ちゃんと――」

「ありがと、兄様」

 何か聞こえた。お兄ちゃんとか聞こえた!

「……ふん。まぁいいでしょう」

 アドロックの後ろ姿がどんどん小さくなっていく。俺ももう限界みたいだ。

 意識が遠のいて行き、目の前が真っ暗になった。


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