第三章 ToLOVEる的な展開……じゃないね。
あのドタバタだった母さんの命日から数週間が過ぎた。あれから特に何かあったわけでもなく普通に暮らしていた。俺とセシルは学校に通い、ニーナと十六夜が留守番兼家事をしてくれている。
だが、俺がもう少し一緒にと言ってからというもの、少し家の中の空気が変わったような気がした。俺は別になんとも無いわけだが、女子陣……特にセシルの様子は少しおかしかった。どこかよそよそしいというか……正直言って謎だ。まぁそれも特に気にするような事でもない。親父もあれ以来連絡すらよこさなったし、ようやく生活に安定というものが出てきたと思い始めていた朝。
……それは突然訪れた。
「翔吾ぉ、私、身体が熱い」
「おまっ! 何してんだ!」
ニーナが朝一で俺の布団になだれ込んできたのだ。
「ねぇ、おかしいのかな? ずっと身体が熱くて……顔も熱くて……もうどうにかなりそう……」
どうにかなりそうなのは、むしろ俺だ。パジャマ姿のニーナ。これはこの間十六夜が買ってきたものなのだが、そのパジャマの前ボタンを淫らに開け、胸の谷間が露わになっている。なんだこれは? 一晩で俺はリトの領域まで達したというのか? というよりこれは既にエロゲーだ!
「ねぇ、治してよぉ」
なんのフラグも踏んでないのに、こんな展開ある訳がない。まるで夢のようじゃないか。
ん? 夢?
そうだ。これは夢だ。昨晩やっていたマジ恋のせいだ!
と頬をつねってみても痛みだけが残り、眼前には頬を赤らめたニーナがいた。
「う、嘘だろ?」
「ねぇ……治してってばぁ」
「ど、どうやってだよ!」
「分かんないよぉ!」
「俺もわかんねぇよ!」
「もう、無理ぃ」
ニーナが俺に迫ってくる。
「待て! 落ち着け! やめろぉぉぉぉぉ!」
俺は叫びながらニーナの淫らな部分を極力見ないよう、目を瞑った。
……あれ? 襲ってこない。
目を開けると、布団の上で息を荒くし倒れるニーナがいた。俺はその林檎のように赤くなった顔を触る。
「熱っ!」
それは熱をもった顔というより、融点を越えた鉄のようだった。俺の手は赤くなり、水膨れができている。
「ってえぇ! 火傷した!」
火傷をするほど、人間は熱くなるのだろうか? いや、なるはずがない。上がっても四十度が限界の人間の体温で火傷をするはずがない。
でもニーナは宇宙人だ。もしかしたら。
そう思った時だった。
「どうした翔吾!」「どうしました若!」
タイミング悪く入ってきたのは、うちのスパイと忍者だった。
俺の横には、淫らな服装をして寝ているニーナ。これはどう見てもよろしい状況ではなかった。
「何してんの?」
「いや、これは違う!」
「説明はいただけるのでしょうね、若」
「当たり前だ!」
セシルの作った拳が骨を鳴らす。同時に十六夜の懐から何か黒光りする物体が顔をのぞかせていた。
「説明なんていらないわ! 殺す!」
「ちょっ!」
「ニーナに手を出すなんて、若、見損ないました」
「ちがっ! これは――」
『問答無用!』
「いぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
これが初めて十六夜が俺に手を出した瞬間だった。これ以来、たまにだが十六夜は俺に手を上げるようになるが、それは少し後の話。てかお前は俺の護衛のためにここにいるんだろ?
俺の死に際に思った事は、こんな事だった。
「熱?」
顔がボコボコになった俺はニーナを自分の部屋に寝かせ、リビングで二人に説明をしていた。
「そう熱。火傷するくらいの高熱を、あいつは今出してんだ」
俺は水ぶくれになった手を差し出す。それを見て十六夜は氷を袋に詰めて持ってきてくれた。俺はありがとうとだけ告げそれを手に握らせる。それを見た十六夜はゆっくり椅子に座り、
「申し訳ありません。私はついニーナに手を出したのだと……」
「確かに手は出して火傷したけど」
「なんですって? 殺すわよ?」
「違う違う! 今のはそのままの意味で」
「その氷で少し頭でも冷やせば?」
「余計なお世話だ!」
セシルはそっぽを向いて目をつむっていた。
「ですが、ニーナは何故そのような高熱を出しているのでしょう?」
それなんだ。おそらく普通の病院に連れて行ったところでどうにもならないだろう。
「たぶんセーレ人というのが少し関係してるんだと思う。俺も詳しい事は分からないけど、とりあえず今日は学校休んで看病するつもりだ」
「そうですか。私もニーナの熱を下げる方法を探してみます」
「頼む。あぁあと、セシルは学校に行ってくれ」
最近感じていたのだが、俺を含め、十六夜もセシルもニーナに対しての愛情というか特別に思っているところがあった。何にでも気さくに笑いかけるニーナは、俺達からしたら妹みたいな存在になりつつあったのだ。だから、みんなが看病すると言い出すのは何となくだが予想がついた。十六夜に全てを任せるという手もあったが、一人では色々と大変だろう。だから俺は残ろうと決意したのだが、セシルには学校に行って欲しかった。
最近学校では、セシルと俺が付き合っているという噂が流れている。一応遠い親戚だという事にしているのだが、そう簡単に世論は信じてくれない。ただならぬ関係だと思っているやつも少なくはないらしい。まだ六月に入ったばかりだというのに、噂は夏のように熱気を帯びて広がっていた。そういう面を考えても、俺達が同時に休むのはなるべく避けた方がいいだろう。
「何でよ。私も今日は休んで看病するわ」
ほらな。
「大丈夫だ。お前まで休む事はないさ。別に死ぬわけじゃないんだし、もし明日もこの調子だったら、明日は俺が学校に行って、セシルにニーナの看病をしてもらうよ」
俺の勘だが、おそらくニーナの病気は簡単には治らないと思う。単純ではあるが、インフルエンザとかそういう感じで何日かは病原菌が体内に残るはずだ。それなら交代で学校に行った方が得策だと思うのは間違いではないだろう。。
「俺の頼み、聞いてくれるか?」
「わ、分かったわよ。ニーナの事、頼んだわよ」
「分かってる」
制服の裾をひらりと返し、セシルは学校へと向かった。どうでもいいことだが、なんとなく毎日分からない位の比率でスカートの丈が短くなってないか?
「さて、ニーナの様子でも見に行きますか」
「えぇ」
表情をあまり変えない十六夜だが、今日は心配そうな顔を浮かべていた。そんな顔をされると、俺まで不安になるからやめてくれ。
「ニーナ。具合はどうだ?」
ニーナの部屋は、二階にある俺の隣の部屋だった。俺たちは軽くノックをした後、扉を開けて中に入った。
ただの物置だったその部屋は、たった一か月で女の子の部屋へと変貌を遂げていた。タンスやベッド類は元々あった物だが、いつ買ったのかぬいぐるみやら女の子らしいものが数多く存在していた。ちなみにお小遣いとして、親父が講座に三人分の金を入金しているため、三人とも金には困っていない。かくゆう俺も家計を含め小遣いをもらっている訳だが、三人に対する小遣いの額は俺の貰っている額より倍以上に多かった。それに対し文句を言おうと思っていたのだが、今の今まで忘れていたな。
そういや、さっき入った時も驚いたが、ニーナ自体俺と年はあまり変わらないはずなのに、随分と子供っぽいものが好きなようだ。部屋の至るところにはぬいぐるみが置かれているし、なんだか女の子の部屋って感じだ。
「ニーナ。薬持ってきたから飲め」
「あ、ありがとぉ。今……起き上る……ね」
「おい。無理すんな」
ニーナは上半身を起きあげることすらままならない状態だった。俺のこの前の金縛り事件とは違い、こっちはマジで重症のようだ。
「やっぱダメ元で病院に連れていくか?」
「どうでしょう。医者に見せたところで、ニーナの病気を治せるかどうか」
「だよな」
一体どうすりゃいいんだよ。俺は元々身体が丈夫で、滅多に風邪なんてひかないからこういう時どうしたらいいのか分からない。
俺たちは市販の風邪薬を飲ませる事しかできず、気付くと外は夕焼けに染まり始め、時計は十六時を指していた。
「夜まで熱が下がんなかったら病院に行こう」
「そうですね」
俺たちは、リビングでテレビもつけずにお茶を啜っていた。いつもはあんなに明るいニーナが、まさかあんなにつらそうな顔をするとは思いもしなかった。
そろそろセシルが帰ってくる。
――ピンポーン。
噂をすればなんとやらってやつで、丁度玄関からチャイムの音がした。
「はいはい」
俺は膝に手をついて椅子から立ち上がると、ゆっくり足を動かして玄関に向かった。
――ピンポーン。
はいはい今行きますよっと。
扉に手をかけた瞬間だった。俺の身体が勝手に後ろへ飛び跳ねる。明確な殺気のようなものを扉越しで身体が感じたのだ。俺が後ろに飛び退くのと同時に、扉が中心よりやや上の部分から砕け、弾け飛んだ。
間一髪、俺はその巻き添えを食らう事なく生きているが、一体なんだってんだ!
「どうしました!」
音を聞きつけ、十六夜が俺の側に寄り添ってくる。
白煙の向こう。もう存在しない扉の先には、無数の人影が見えた。
「若。少し下がってください」
そう促されるが、俺は動かない。というか、動けないのだ。
素人の俺でも分かるほどの殺気。そしてその威圧感からくる恐怖によって、俺の足は微動だにしなくなっていた。
「若。下がってください!」
セシルが俺の前に出る。その手にはクナイを構え、敵意をむき出しにしていた。
「おじゃまします」
白煙が徐々に薄れていく。その奥から、一人の男が出てきた。
演劇の衣装のような服装をし、青いショートカットの好青年。色が白く、かなりイケメンではあるが、その身体からにじみ出る威圧感は、すでにそいつが只者ではないことを物語っていた。
その後ろに、これまた演劇の兵隊のような衣装をまとった奴らが数人入ってくる。
動けっ!
そう祈り、一度足を殴る。すると祈りが届いたのか、棒と化していた足がゆっくりと動くようになった。
「ほう。これだけのスウェルを発しているのに動けるのですか。地球人にしてはやりますね」
動くものの、相変わらず足は重い。最近非日常に巻き込まれてからか、どうやら敏感になっているようで、少しずつではあるものの相手の殺気や威圧感というものを感じるようになっていた。だからだろうか、それにビビって俺の足は生まれたての子鹿のように震えていた。
「貴様ら、セーレ人?」
「いかにも。私たちの存在を知っているという事は、ますます驚きですね」
この男の人を見下したような言い草が癪に障る。セーレ人に乗り込まれる覚えはないぞ?
「人ん家の扉ぶっ壊しただけじゃなく、ズカズカ入ってくるとは、随分とセーレ人ってのは躾がなってないようだな」
どうやら口は動く。相手に言葉も浴びせる事ができた事は一つの発見だった。
「これはこれは、申し訳ありません。ですがその発言。星間問題になりかねませんよ? 言葉には気を付けてください」
「関係ないな。俺はこれでもセーレ人を友好に思ってんだぜ? うちのセーレ人はもっとしっかりとした奴だからな」
そうだ。同じセーレ人でも、ニーナとこいつは違う。
「そうですか。私たちは、そのセーレ人を連れ帰りにきましたのですが」
『え?』
俺と十六夜の言葉が重なる。今だ十六夜はクナイを構えたままだが、額には汗が滲んでいた。十六夜は俺と違って戦闘のプロだ。相手の力量くらいすぐに分かるだろう。俺でも分かるんだぞこいつのヤバさは。十六夜だって焦ってるはずさ。それに、セーレ人が言っていたスウェルというのも気になる。
「どういう意味だ? なんでお前らがニーナを!」
辛うじて動く口で男に向けて声を上げる。男はにやりと嫌な顔を作ると、
「ニーナ? あぁ、あの子は地球でそう名乗っているのですか」
意味深な発言だった。頭でその意味を理解するよりも早く、その男が口を開いた。
「申し遅れました。私、ニーネリウス・フィル・トワイライトが兄、セーレ星第一皇子アドロック・フォン・トワイライトと言います。以後、お見知り置きを」
は? アド――なんだって? ニーネ何とかって誰だよ?
「セーレ星の姫であるニーネリウス――いや、ニーナは私の実の妹です」
ニーナがこいつの妹? そんでもってこいつはセーレ星の皇子で、ということはニーナは姫だってことか? ないない。あんな下品で大食いな奴が星のお姫様なんて。
「なぁ十六夜。あいつら馬鹿だぞ」
俺は横に並ぶ十六夜に話しかける。おそらく十六夜も同じ事を考えているに違いない。
「……いえ、この男。おそらく本物のアドロック皇子です。一度セーレ人の写真を将軍に見せていただいた事がありましたが、幼少期の写真なので言われるまで分かりませんでした」
十六夜の顔色は変わらないものの、さっきよりも額に浮かぶ汗は量を増していた。まぁ俺も皮肉を言うのが精一杯で何かできる訳じゃないんだけどな。
「は? じゃあこいつは皇子で、ニーナがお姫様って事かよ?」
「話の辻褄的にはそうなります」
「マジかよ……」
じゃぁなんだ? 今まで家にいた家出少女は星のお姫様って事か? なんだそれ。ララじゃんか! だが冷静になれ。あれは漫画の中の話だ。そんな事が現実にある訳がない。
「理解していただけなくても、ニーネリウスは返してもらいます」
アドロック皇子が一歩前に出る。それと同調するように、俺と十六夜が身構えた。
「おやおや。私は争うつもりなど毛頭ありませんよ? ただ、妹を返していただくだけですから」
「なんでニーナを連れ帰る必要がある?」
「家出した妹を連れて帰るのに理由がいると?」
この男のいう事に間違いはない。ただ、本能が止めろと俺に伝達してきたのだ。もしここでニーナを渡したら、あいつは一生帰ってこない気がする。いつか別れの時がくるとしても、今じゃない。俺が言ったもう少しってのは今じゃない。
「そうですね。他に理由をつけるとしたら、妹の病気です」
「何?」
「病気ですよ。あなたもご存じでしょう? 今妹は病に倒れている。あれはセーレ人特有の病気でして、地球では治せないのですよ」
何故ニーナが病気の事を、こいつは知っているんだ? どこかで見ていたとでも言うのか。
「何故知っているのかという顔をしていますね。お答えすると、実はニーナの身体には洗っても取れない顕微鏡サイズの発信機が付いていまして、それで体調やどこにいるかが分かるのですよ。家出した先が地球だったもので少々好き放題やらせていましたが、病気になったとなれば話は別です」
「若」
「あぁ、分かってる」
十六夜が耳打ちしてくる。何も言わなくても、何が優先されるべきか位は分かっているさ。
「セーレ星に戻れば、ニーナは治るのか?」
「えぇ。必ず」
「なら、連れて行ってくれ」
「話が分かる方で安心しました」
俺に笑顔で答えた後、後ろの部下であろう兵隊に声をかけた。兵隊が数人家の中に入り、担架のようなものにニーナを乗せて戻ってきた。
気づくと身体にかけられていた妙な圧迫感は消えていて、俺たちは腕を撫で下ろした。
運ばれてきたニーナの顔はまだ赤い。
「翔梧ぉ、十六夜ぃ」
衰弱したニーナは、いつもの元気な顔を見せてくれなかった。青く長い髪は汗で濡れている。
「大丈夫。星に戻ったら治るらしいから。そしたらまた会えるさ」
「えぇ。それまでしばしお別れです」
「……うん」
俺たちの横をニーナが通り過ぎていく。それはすぐに手の届かない距離まで遠のき、やがて視界から消えていった。
「さて、妹も無事保護もできましたし、私たちはこれで」
「ちょっと待て」
体を翻し帰ろうとするアドロック皇子の背中に、俺は声をかけた。アドロック皇子は一度立ち止まると、部下たちを先に行かせ、こちらを振り向いた。
「なんでしょう?」
作っているのか、それとも元々そういう顔なのか。目を細め、笑顔で答えてくる。俺はその顔がどうやら嫌いらしい。
「一つ聞きたいんだけどさ、ニーナの病気が治ったら、あいつはうちに帰ってくるのか?」
「どうでしょう。それはあの子の意思ですから」
「じゃぁもう一つ。あいつがここに帰りたいと言った時、お前たちはどうする?」
分かりきった質問ではあった。ニーナが星に帰った方がいいのは知っている。だが、その後帰ってくる保障はまったくなかった。元々家出少女、しかもお姫様のあいつを、セーレがもう一度家出させるような事はしないだろう。
「それは愚問です。兄として、星の皇子として、それは許しません」
「だろうと思ったよ……なぁお兄様」
「あなたに兄呼ばわりされる筋合いはありませんが?」
「俺たちも、ついて行っていいか?」
ニーナが帰ってくる可能性。一番高いのは、一緒に俺たちもついて行くことだった。
「ついて来てどうするのですか?」
「王様か誰かにお願いする」
「たとえできたとしても、父上がそのような事を了承するはずがないじゃないですか」
「だとしても、俺に――俺たちにできる事はやっておきたいんだ」
十六夜が頷く。それとは対照的に、アドロック皇子は首を何度か横に振り――。
「残念ながら承認できません」
だろうな。
「なら……」
俺は足に力を込めた。十六夜もクナイを握り直し、戦闘準備は整った。
「力ずくで行くだけだ!」
俺たちは走り出す。俺は自分の指を噛み、血を流す。それを握って身体全体に力を入れた。皇子を叩き潰してでも、ニーナの元へ行くために。
だが、二歩ほど進んだところで、足は動かなくなり、身体には重石のように重圧がのしかかってきた。
「なっ!」
「こ、これは!」
「まぁそう来るだろうと思ってはいましたよ。最初のスウェルで動けたあなた達だ。そう簡単に引き下がってくれない事くらい予想はついていましたよ」
皇子は腕を組み、さっきと変わらない体制で立っていた。
「お前、何をした……」
「スウェルというものをご存じですか?」
「…………」
「いわゆる威圧感のようなものです。セーレ人はそれをスウェルと呼びます。地球人にも元々備わっている能力ですが、これは鍛えないと磨かれない潜在能力。上手く使えば、このように手を使わずに相手の動きを止める事ができますが、大概の地球人はその能力を覚醒させないまま一生を終えるそうですね」
最初に足が動かなくなったのも、ただ俺がびびってた訳じゃなくて、そのスウェルとかいうやつのせいか! だけど、今回のは比べものにならねぇ……。
「スウェルの強さは個人によって異なります。鍛え上げれば強くはなりますが、それには限界があり元々持って生まれた資質というものが左右するんですよ。言いたい事は分かりますか? 私はセーレ星の王位継承者。その辺のセーレ人や地球人とは違うのですよ」
一層重圧が上がる。腰が砕け、足が地面にめり込むような感覚に襲われる。だが実際はそんな事はなく、ただ動けなくなっているだけだった。
「これが、圧倒的力の差というものです。その程度の力では、誰も守れやしないのですよ」
気を抜くと、呼吸ができなくなりそうだ。
「では、さようなら」
「ま……て……」
俺たちは一歩も動けないまま、ただただ星の皇子さまが帰っていく様を、歯を食いしばりながら見ているしかできなかった。
あれから、どれくらいの時間がたっただろう。スウェルから解放された俺たちは、ぽっかりと空いた扉の向こうの夕焼けを見ながら、ただ項垂れることしかできなかった。
『その程度の力では、誰も守れやしないのですよ』
最後のアドロックの言葉が何度も響く。自分が無力であるのは自分が一番知っていたはずだった。母さんが死んだ時も、俺が一番近くにいた。なのに俺は、その手を握ることしかできなかった。
さっきもそうだ。連れて行かれるニーナを、ただ見送ることしかできなかった。そんな俺に、何が守れるっていうんだ。
「ただい――ちょっと何これ! あんたたち、そこで何してるのよ!」
「おう、帰ってきたかセシル。俺はもう燃え尽きた。真っ白な灰に……」
弱々しい声でそういう。半笑いを浮かべ、自分の無力さに打ちひしがれた俺は、そんな冗談で現実から逃げようとしていた。
「何言ってるのよ馬鹿! 殺すわよ?」
「殺すも何も、俺にはもう突っかかる牙も残っちゃいないさ」
「あんたの事なんてどうでもいいのよ。とりあえず何があったか説明しなさい」
玄関に鞄を置いたセシルに、俺はその場で簡潔に説明を始めた。ニーナの兄貴が来た事、ニーナお姫様だった事、連れて行かれた事、もう帰ってこない事も全部。
俺たちを見下ろす形で話を聞いていたセシルは、俺の話が終わるや否や口を開いた。
「何それ。あんたたち、それを『はいそうですか』って鵜呑みにした訳?」
「鵜呑みになんか出来る訳ねーだろ。ただ、俺達じゃどうしようもなかったんだよ」
「どうしようもないからって、玄関で項垂れてたの? 馬鹿じゃないの?」
セシルの言葉はいつになく強かった。それは自分がいない間にニーナを連れて行かれた憤りからか、それとも俺たちの情けなさからか。どちらだろうともう何もできない事には
変わりないけどな。
「今の翔吾は、殺す価値もないわね。こんなへたれが将軍の息子なら、勝手に潰れるのは目に見えているものね」
「…………」
「くっ!」
俺は胸ぐらを掴まれた。身体は前に動くのに、首は後ろに持って行かれる。今までにない距離でセシルの顔が近づいたが、なんの感情も浮かばなかった。
「あんた、私にこれだけ言われても何とも思わない訳? 腹立ったないの?」
「……そりゃ腹立つけど……だからってこの状況が何か変わんのかよ?」
「死ねぇ!」
セシルの拳が俺を撃つ。いつもより弱弱しいパンチ。だが、いつもより遥かに重いパンチだった。
「見損なったわ鳴海翔吾。あんたみたいな奴をターゲットとしていたのが情けないわ」
口元を拭うと、赤いものが手についた。
「あんたもいながら、情けないわね。それとも、ニーナは護衛の範囲外とでも言うつもり?」
「言ってくれるじゃない」
「あんた達が抜け殻になろうと、私はニーナを助けに行くわ」
「助けにいく? どうやって?」
「探そうとすれば簡単に見つける事ができるわ。あなたみたいな諦めた女とは違うの」
「あ?」
情けない。俺は十六夜やセシルのように、戦う術を持たない。それがどうしようもなく悔しくて、誰よりも強くなりたいと心から願う。
「あの子を大事に思っていたのは、どうやら私だけだったみたいね」
胸が大きく波打った。何を俺は弱気な事を思っていたんだ。
力がない?
俺は強くない?
だからなんだってんだ。それがニーナを見捨てる理由にはならないだろうが!
「とにかく、私だけでも行くから!」
思い出されるのは、みんなと過ごした数週間。一本道だった俺の生活にY字路が現れた。片方は今まで通り一人で暮らす日々、もう片方はみんなと新しい生活を送る日々。俺は後者を選んだ。それは畦道だったかもしれない。それでも確実に道は繋がっていた。誰か一人でも抜けると、それは行き止まりになる気がして、俺の身体は勝手に動いた。
「待てよセシル」
家の奥に消えていこうとするセシルに、俺は立ち上がりながら声をかけた。
「何よ」
「色々情けない事を言って悪かったな。このまま黙ってたら俺、相当かっこ悪いよな」
「何言ってるの? 元からかっこいいなんて思った事なんてないわよ」
うるさいよ。
「十六夜。お前はどうする?」
「愚問ですよ若。若の行くところ、この十六夜、どこまでもお供します」
十六夜は膝を付直し、俺に頭を下げてくる。本当はそういう堅苦しいのは好きじゃないんだが、今は何も言わないでおこう。
「別にあんたはこなくてもいいじゃない?」
「あ? お前だけじゃ戦力の足しにもなんねんだよクソアマ」
「何ですって?」
二人の視線が火花を散らす。だがこれも、いつも鳴海家だった。ただ、それを笑って見ていた奴が足りない。そいつを俺は取り戻す。どんなになろうともな。
「喧嘩はそれくらいにしろ。準備を済まして出発するぞ」
セシルが命令された事に文句を言っていたが、扉を見て口を閉じる。粉々にされた扉から分かるように、相手はかなりの手練れ。こちらも十分な準備をしていく必要があると判断してくれたのだろう。
「各自準備を済ませたら、またここに集合だ」
「行き方はどうするのよ?」
「俺に考えがある」
「そ、そう。まぁ、任せたわ」
各自解散する。といっても、自分たちの部屋に戻るだけだがな。
俺は、自分の部屋で着替えを済ませ、荷物をまとめる。おそらくセーレ星までは結構時間がかかるはずだ。着替えなどは必須だろう。一通り済ませると、俺は下に降りて奥の和室へと足を運んだ。
「母さん。俺今から地球を離れるよ。ちょっと大事な奴を取り戻しに。もし無事に帰ってこれたら、また騒がしくなると思う。母さんには迷惑かけるかもしれないけど、俺行ってくるわ」
仏壇の母さんに手を合わせた後、俺は襖を開け、奥に手を伸ばした。その奥から取り出したのは、黒い鞘に収まった日本刀だった。
これは何十年も前、親父が護身用として家に置いていったものだった。使い道などないと思っていたが、まさかこんな時に役に立つとはな。
鞘から刀身を抜く。鈍く輝く銀色の刀身。それは十年前に見た物と変わらなかった。鞘に納め、それをベルトの間に差し込む。
「さてと」
俺は立ち上がると、ポケットから携帯を取り出す。連絡帳を開き、一人の名前を呼び出した。数回のコールの後、その人物は応答した。
「もしもし! どうした翔吾」
「声でけーよ親父」
俺の心当たり。それは親父だった。十六夜が前にアドロック皇子の写真を親父に見せてもらったと言っていた。もしかしたら、親父はセーレ人と交流があるのかもしれない。そんな淡い期待ではあったが、今の俺は何にでも縋るつもりだ。
「そうか? それで、どうした?」
「なぁ親父。セーレ人って知ってるか?」
「あぁ知ってるぞ。ニーナちゃんもセーレ人だろ?」
やはり親父は何かを知っている。その確信が俺にはあった。
「そのニーナが連れてかれた」
「は? 一体どういう事だ?」
俺は一通りの説明を親父にした。珍しく親父は黙っていたが、俺の話が終わると「それで?」と切り返してきた。
「単刀直入に言う。セーレ星への行き方を教えてくれ」
「お前一人か?」
「いや、セシルと十六夜も一緒だ」
「そうか。それは少し厄介だな」
どう厄介なのだろう。一人も複数も宇宙に行くことは厄介ではないのか?
「一人なら特殊な装置で瞬間移動ができるんだが、複数になると宇宙船が必要になるんだ。この違いが分かるか?」
そう言えば、ニーナが初めて降ってきた時、宇宙船のようなものは存在しなかった。反対に、皇子が来た時は宇宙船のようなものが飛んでいくのを俺は見た。つまりそういう事だ。
「親父は宇宙船を用意できないんだな?」
「そんな事もないんだがな」
この際、何故親父は宇宙船だかその装置だかを持っていたり知っているのは不問にしておこう。
「頼む親父! この際文句は言わない。セーレに行ければいいんだ」
「……分かった。じゃぁ今から時間と場所を指定する」
「分かった」
どうやら交渉成立だ。親父が渋っていた理由が気になったが、まぁそれは後でどうにかなるだろう。
さて、待ってろお姫様。今三銃士が迎えに行くからな。
親父に指定された場所は、あの噴水のある公園だった。
「懐かしいわね」
懐かしむほど前じゃないと思うぞ?
「俺たちはみんなここで出会ったんだよな」
噴水のところにあるベンチに、三人仲良く座る。
十六夜は背中に刀を差し、私服ではあるが、動きやすいよう短パンにタンクトップだった。これがまたエロいのだが、今は邪念を払う。
セシルも私服だが、何故スカートを履いているのだろう。動きにくくわないのだろうか。
「何ジロジロ見てるのよ」
殺すわよと言われても、そのミニスカは既に俺の事を悩殺寸前まで追い込んでいる。
俺は出そうになる鼻血を抑えながら、左手首の腕時計へと目を移した。
「そろそろ、時間だ」
午後八時。公園が未知との遭遇現場となった。未確認の飛行物体が突然現れ、白煙を上げながら着地する。木々はざわめき、噴水に溜まった水はまるで台風によって荒れた海のように大しけとなっていた。
風圧が俺たちを襲う。自然と顔を背け、飛んでくるものから身を守る体制となる。
数秒後、あたりは何もなかったかのように静まりかえり、後に残ったのは俺たち三人と、招き猫の形をした二回建て相当の物体だけだった。
「何よこれ?」
「招き猫だな」
「どうして招き猫なのでしょう?」
「俺に聞くな」
煙が噴出すると同時に、招き猫の小判の部分が開いた。おそらく入り口だろう。
「行くか」
俺は二人が頷くのを確認して、中へと入って行った。
小判の先はエレベータで、上にあがると、そこは操縦室のようなものが広がっていた。この大きさだ。操縦室に三人でギリギリなのに、当然一人一部屋は存在しないだろう。辛うじてトイレはあるようだが、寝泊りはここでしなくちゃならないみたいだ。
俺たちが席に着くと、上にある液晶画面が突然光を放った。ノイズ交じりの向こう側には、親父が手を振っていた。
『やあやあ諸君。どうかね、宇宙船「まことちゃん」の乗り心地は』
ネーミングセンスの無さが半端ない。なんだまことちゃんって。どこのスナックの名前だそれ。
『出発前にお前らに確かめておきたい事がある。まことちゃんに乗ってまで、ニーナちゃんを取り戻したいか?』
三人同時に頷く。その為にここに来たんだからな。
『よし。では、一つ言っておく。このまことちゃんは片道用の燃料分しか容量がない。つまり、あちらで燃料を入れないと帰ってこれないんだ。この意味は分かるな?』
「あぁ」
『もし途中事故でも起こしたら、その時点で終わりだ。お前らは宇宙の藻屑となるだろう。例えあちらに着いたとしても、燃料を入れなければ地球には戻ってこれない』
「つまり、安全に航海し、あちらでも燃料を入れなくちゃいけないんだな?」
『そういう事だ。まぁ航海自体は問題ないだろう。自動操縦になってるしな。でも問題は燃料補給のほうだ。セーレ星のガソリンスタンドはすべて王家の配下だ。もしお前らが敵とみなされた場合、容易に燃料は補給できなくなる。分かったか?』
「あぁ。とにかくあっちを説得できれば生。できなければ死が待っているという事だな」
『そうだ』
「という事らしいが、どうだお前ら? 気が変わったか?」
「まさか」
「そんなの聞く? 馬鹿じゃないの?」
愚問だったな。
『どうやら、お前らの意思は本物らしいな。じゃぁここで大ちゃんからお前らにプレゼントだ。お前ら、スウェルって知ってるか?』
あの、訳の分からない力の事か。
「ああ」
「すげーだろ。セーレ人はみんなあの力を持ってるんだぜ? でも、地球人にもスウェルは必ず眠ってる力なんだ。いいか? スウェルに対抗できるのはスウェルだけだ。同等の大きさのスウェルは相手のスウェルを打ち消す事ができる。それが出来りゃ、アドロック相手でもお前らにも勝ち目があるかもな』
一体この親父はどこまで知っているんだろう。スウェルの事はこの際いいとしよう。アドロックの名前が出てきた事には心底驚いた。もしかしたら十六夜が親父に報告を入れてたのかもしれないが、自分の親父の謎さに少し身震いした。
だが、まぁプレゼントとしては悪くない。俺がセシルに殺されかけた時の謎の力。あれはおそらくスウェルが無意識のうちに出たものだろう。だから、もし俺があの力を使えるようになれば、時間稼ぎ位にはなるかもしれない。
「了解だ親父。生きてたら、また会おうぜ」
『おう! 気張ってこいバカ息子』
俺は、自動操縦のボタンを押した。すると操縦室の前がガラス張りになり、外の景色が露わになる。白煙と共に遠ざかっていく俺たちの街。それを見ていると、何か忘れ物をしていないか、鍵はちゃんと閉めたか、など不安が襲ってきた。
「あ」
そこで重大な事に俺は気づく。
「扉つけるの忘れてきたぁ!」
そんな叫びとは裏腹に、まことちゃんはどんどん高度を上げていった。




