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第一章 俺が望んでたのとちょっと違う

サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことは他愛もない世間話にもならないくらいどうでもいいような話だが、それでも俺がいつまでサンタなどという想像上の赤服じーさんを信じていたかと言うとこれは確信を持って言えるが最初から信じてなどいなかった。


「俺もだよ、キョン」

 五月の朝日が少し眩しい位の陽気なある日。俺は『涼宮ハルヒの憂鬱』という素晴らしい作品に目を落としていた。

 何度も読み返した冒頭のフレーズ。サンタどころか、宇宙人未来人超能力者など、俺はハナから信じてなどいなかった。

それでも、去年義務教育が終わり、法律に縛られない自由な世界には、夢や希望が満ち溢れていると思っていた。

だが、その夢や希望を掴める力が俺にあるかはまた別の話のようで、『今一番欲しい物は何ですか?』と、聞かれたら『彼女!』と、速攻で答えてしまうような、昔なりたくないと思った高校生に俺はなっていた。

世の中の教養として『類は友を呼ぶ』などということわざが存在するが、そんな俺の周りには、これまたそんなろくでもない男ばかりが友人として集まっているのは、やはり運命なのだろうか。

 ならば、その運命を決めた神様やら仏様を一発殴りたい。

「なぁ翔吾」

 朝のホームルームが始まる前。無法地帯と化した教室の中で、俺は自分の席で声をかけてきた男を無視して愛読書を読み進めていた。

 窓際後方二番目。この前の席替えの時に勝ち取った特等席だ。本当なら入学初日、俺の後ろのすげー美人が『ただの人間には……』的な自己紹介をしてお茶を濁すはずが、俺の後ろはパッとしない男子生徒で、しかもその自己紹介もマニュアル通りのつまらないものだった。とは言ってもだ、俺もそのマニュアル通りの自己紹介をした訳で、周りの奴に何かを期待するような受け身の俺が、何かおもしろい出来事に巻き込まれる訳などなかった。

だが、やはりこれも運命なのだろう。窓際後方二番目。教師からの目は遠く、窓から差し込む光のおかげか気分はとても良い。まぁしいて言えば、窓を開けた時の風でプリントが飛ぶだとか、太陽の光が眩しいだとかいうリスクはあるものの、それを差し引いてもこの場所は最高の立地と言えよう。

そして何より。最初の席替えでこの席を引いたのは、俺にもキョンのようになる素質があるのではないかとと思ったことを誰が責めれよう。ただ、俺の後ろの席にはハルヒ的謎の生徒どころではなく、誰も座っていなかった。つまり空席だ。なぜそんな席を作ったのか甚だ疑問だが、今は俺専用の物置とかしているから、まぁその件は不問にしてやろう。

「今日転校生が来るんだってよ! しかも聞いて驚くな? 女らしいぞ!」

 俺は窓の外に広がる青く、そしてすべてを包み込むような大空を見ながら、その男、轟の話を聞いていた。愛読書は、謎の転校生が来る辺りで閉じた。丁度時期的にもマッチしていて、俺はかなり高揚した。だが、それを周りに悟られないよう冷めた目でちらりと視線を轟に移した。茶色がかった髪の毛をワックスか何かで綺麗に立て、女子も引くような清潔感を漂わしていた。まぁはっきり言ってちょっとキモい俺の悪友だ。

身長体重も平均位で、決して顔が悪い訳ではないのだが、ドラマの脇役にいそうな、そんな感じ。中途半端にカッコよくて気持ち悪いとくれば、そりゃ彼女ができない訳だ。小学校からの仲で、俺が今ライトノベルに目を落としたり、家でアニメを見ているのはこいつの影響と言えよう。なにせこいつは根っからのオタクだ。部屋にはまどマギやFateといった様々な作品のポスターが張られており、中でも一番のお気に入りは『はがない』の柏崎星奈らしい。はがないは俺も読んだが、正直小鷹はずるいと思う。あれだけのシチュエーションが用意されていながらそれから逃げるなど俺や轟からしたら言語同断。俺が変わってやりたいくらいだぜ。

 それはそうと、いつもより教室が騒がしいと思ったのは、そういうイベントがあったからか。男子は勿論女子たちも新たにこの学び舎で共に勉学に励むであろう仲間の話題で持ちきりのご様子。かくゆう轟も、その一人な訳だ。

 ん? 俺か? そりゃ……。

「マジかよ! どんな女子だ? 特徴は? 誰か見たのか?」

 テンションは上がらずにはいられなかった。窓際で一人黄昏る幻想的な少年という設定を俺は軽くゴミ箱に捨て、俺はその転校生の全体像を頭の中で描いた。

 ある人は言った。こんな中途半端な時期に転校してくる奴は十中八九謎だと。

「なんでも、外国人だって噂だ。どんな子かなぁ」

 外国人なんて滅多に見ないものだから、俺の頭の中の転校生はハリウッド女優並みの美女へと変身していく。まさか、ヒューマノイドインターフェイスか時をかける少女か、それともエスパー少年か。俺の中の転校生は、様々な形に変貌を遂げていった。

「ほら! 席に着きなさい」

 そんな俺を現実世界に戻したのは、担任である三島かをるの一声だった。下の名前から分かるように、あと何年したら定年を迎えるのだろうなというババアであり、クラスのみんなからも――いや、大多数は男子からだがババアや婆さんなどと呼ばれている。

だがここで勘違いしてはいけないのは、別にババアが馬鹿にされたりしている訳ではないという点だ。このクラスの男女を含め、全校生徒から慕われているこの学校のお袋さんみたいな人だ。

「なぁババア。今日転校生が来るんだろ?」

「誰がババアだクソガキ! でもまぁ、良く知ってるじゃないか」

 あの無法地帯だった教室は、婆さんの手により統一され、今は誰一人席を立つ者はいなかった。最初に転校生ネタに突っ込んだのは、今年のクラス替えで初めて一緒になったクラスメイトの男子。確か石川とかいう名前だったかと思うが、彼は一つ下に彼女がいたはずだ。リア充のくせに、鼻の下伸ばしてんじゃねーっての!

「ここであたしが淡々と話して、あんた達に嫌がらせするっていうのも、それはそれで楽しそうだが、転校生を廊下でいつまでも立たせておくわけにはいかないからね。じゃぁ主役に登場してもらおうか。セシルさん。入って」

 公立特有の古臭さを感じさせる引き戸が、大きな音をたててゆっくりと開いた。その奥からは、ハードルを上げに上げていた俺のイメージすら生ぬるいような美女が、まるで風のように入ってきた。そのあまりの優雅さに、後ろにあるはずの鉄でできた棚やら黒板やらが消え、桜吹雪が舞っているよう錯覚に俺は襲われた。

『おぉぉぉぉ!』

『見ろ! あれは女神ではないか?』

『可愛い!』

 クラスがどよめく。無理もない。俺も今すぐ起立し拍手して、それから、それから――っと、落ち着け俺! 第一印象は大事だ。ここはクールでどこか話しかけるなオーラのある男を演じよう。モテる男ってのはそういうもんだと、俺や轟はアニメや漫画やゲームというか、ありとあらゆる物で学んできた。そう思って俺は、先ほど捨てた幻想的な少年設定のシワを伸ばし、肩肘をついて窓の外の世界を遠い目で見始めた。

「ほらセシルさん。自己紹介を」

 もうドキドキしすぎて胸が張り裂けそうだ。もしかして、一目惚れか? いや違う。女の子に適性のないチェリーボーイにとって、あそこまで可愛い子は見るだけで失神物だ。だが俺は、そんな心情とは裏腹にクールを演じ続ける。

「初めまして。今日からこのクラスで共に学ばせていただくセシル・グローバーです。日本には、ある人を探しに来ました」

 日本語上手いなぁ。てっきり片言の日本語、もしくは英語か何かで自己紹介すると思ってたが、ちょっと意表をつかれた。まだ顔をしっかりと見てないから、もしかしたらハーフなのかも。それに人を探して日本に来たって、生き別れた日本人の父とか? いやいやいや、初対面の人に対してなんて失礼な事を思っているんだ俺は。ちょっと転校理由が珍しいとかいう理由で、そんなヘビーな設定勝手に決めたらいかんぞ。ここはポジティブに、探している人は俺だと考えるのが、正しいチェリーボーイの妄想だろう。

「このクラスの鳴海翔吾君。あなたです」

 思わず右腕に支えられていた顔が滑り落ちた。今、セシルさんの声で探していた人は俺ですと言われたような気がする。いや、夢だろ。そんな訳ない。

『え? なに? 鳴海とどういう関係?』

『どうせ親戚か何かだよ。違ったらぶっ殺すけど』

『てか、名前呼ばれた時点で死刑だろ』

 殺気で包まれた教室を見る限り、どうやら夢ではないらしい。

「おや。鳴海とは知り合いだったのかい。なら良かった。セシルの席は鳴海の後ろだよ」

 つまり、この前の席替えで俺の後ろを一つ空けたのはこういう訳だったのか。というかそんな場合じゃない。俺の後ろの席は、図らずとも俺の物置と化している。すぐに片付けなくてはと俺は無造作に置かれた紙やらコンビニ袋やらを全て俺の机の中に入れ、万全の状況を作った。だがその間、マシンガンのように滅多打ちにしてくる視線のせいで、もう蜂の巣になってるよ俺。

 だがそれを知ってか知らずか、転校生セシルさんは俺の席の前で一度止まり、

「これからよろしくね。翔吾くん」

 と言ってから、俺の後ろの席に向かった。

 いやぁそれにしても可愛い。枝毛や痛みが見られない金色に輝くセミロングの髪は、駅前にいるようなギャルが染めた金とは違い、地毛であることを彷彿とさせる。さらに少し釣り上がった大きな目は、少し気が強そうなイメージを抱かせる。俺が言うのもなんだが、その完璧すぎるルックスは他の女子を遥かに凌駕していた。轟が勝手に作っていた全校女子ランキングは塗り替えられる事になるだろう。誰もが認める学校のマドンナ、十ノ木生徒会長の一位の座すら危うくなるかもしれん。

 てか、そんな事を考えてる場合じゃない! さっきから視線が痛い。セシルさんの『将吾君』ってやつで、もっと強くなっているような気がする。誰か、助けてくれっ!

「ほらほら。いい加減やめな男子。男の妬みなんてみっともないよ」

 ババア! いや、かをる先生! こんな俺を助け――。

「鳴海とセシルがただならぬ関係だってのが分かったところで、ホームルーム始めるよ」

 このババア! さらに視線が増してるじゃねぇか! なんか紙屑みたいのも飛んでくるぞ! おい、誰だ、鼻かんだティッシュ投げてきた奴は!

「ふふ。楽しくなりそう」

 そんなセシルさんの小言が聞こえたのと同時に、俺の弁当を一人で食べる学校生活は始まった。




「翔吾。お前セシルちゃんと、一体どういう関係なんだ?」

「しらねーよ」

「ったく。羨ましいったらありゃしねー」

「…………」

「じゃぁセシルちゃん。翔吾とはどういう関係なんです?」

 昼休み。弁当を一人で食べる事になるだろうという俺の予想は、見事に覆されることとなった。

「日本で探していた人です」

 目の前でお手製だろう弁当を、箸を使って上手く食べるセシル。

「それは理解しているつもりなんだけど、親戚とか何かなのかなぁとか思って」

 そして、セシルと喋る為にやってきた轟。この三人で机を囲んでいた。

 午前中、休みのたび質問攻めにあっていたセシルだが、それを邪険にせず笑顔で答える様は、まさに俺の想像通りの女の子だった。その間俺は、ひたすら視線と戦い続けていたのだが、昼になると本隊は少しずつ後退していったようで、後は敗残兵の抗いを耐えるだけとなっていた。

 たまにセシル目当てで来る他のクラスの男子も、俺につばを吐きかけて行くのだが、すでに俺のHPはない訳で、早く教会の神父に頼まないと今後に響くかもしれないというのは俺の妄想である。

「親戚ではないです。確かに私は日本人のクウォーターですけど、繋がりはないです」

 へぇ。クウォーターって事はやっぱり日本人の血が流れてるのか。

「そっか。翔吾がまさか、こんな子をひっかけていたとはな」

「運命の赤い糸というのは、目には見えないからな」

 クラスメイトたちの視線が少なくなった事により、俺は少し強気だった。

女の子が俺の事を探していてくれた。

 これは俺の事をす――って、何を考えているんだ俺は。もし違ったらどうする? 滑稽すぎるだろ! それにこんなとんでも展開。必ず裏があると相場は決まっている。例えばだ、異世界から俺の力を借りにきただとか、実はセシルさんが俺の未来の娘で、未来を過去を変えにきただとか。まぁそんな俺の妄想の方がぶっ飛んでる訳で、セシルさんが俺を探しているっていう事実だけで、正直お腹いっぱいだった。

「あれ? セシルちゃんのそれ、手作り?」

 轟の目線の先には、俺も先ほどから少し気になっていた弁当があった。

 ちなみに、俺の弁当も手作りだ。だが、比べてみても明らかにレベルが違った。特にハンバーグ。お弁当サイズに小さくされてはいるものの、煮崩れ一つない完璧な出来だ。

「ち、違いますよ。冷凍です冷凍」

「へぇ。最近の冷凍ってすごいんだなぁ」

 そう言って、轟は自分の昼食をまじまじと見ていた。果たして購買のパンを見て冷凍食品の何が分かるのだろうか?

「一つ、貰っていいかな?」

「え?」

「いや、そのハンバーグ。俺も食べてみたいなって思って」

 無知な轟はだませても、俺の鍛え抜かれたこの目と舌はごまかせないぞ。なんていうのは嘘ぴょんで、ただセシルさんの手料理が食べたかっただけです。はい。

「い、いいですけど、冷凍食品ですからあまりおいしく――」

 俺はセシルさんの言葉を最後まで聞くことなく、そのハンバーグを口に入れた。

「う、美味い!」

「マジでか! 俺も一口」

「お前にはやらんぞ轟!」

「いいじゃねぇか! 俺にも愛を分けろよ!」

 こんな美味いハンバーグ、轟なんかにやるか! てかこれは俺がセシルさんから貰ったんだ。俺のリア充を邪魔すんじゃねーよ!

「口にあったみたいで、よかったです」

 少し恥ずかしめに顔を赤らめる姿も、また可愛い!

「あの、翔吾くん。明日って学校休みじゃないですか? よかったらその……私とデートなんてしては……もらえま……せんか?」

「丁度明日は予定が潰れて暇だったんだ。その誘い、喜んで受けるよ」

 いいぃぃぃやっほいぃぃぃ!

 言葉ではクールな事を言ってキャラを保ち続けてはいるものの、俺の心の中では花火が打ちあがっていた。よし! 今日は赤飯でも買ってくか!

「よかった。断られたらどうしようかと思ってましたよ」

「丁度暇になっててよかったよ」

 断る訳がないじゃないですか! 多分そんな男この世には存在しませんよ?

「翔吾――いや、鳴海さん」

「轟?」

 轟は食べ終わったパンのゴミを握りしめ、立ち上がっていた。

「あなたは、俺には遠すぎる人になってしまったようだ。女ができたら男友達の誘いは断る。いやいいんだ。別に怒ったりはしないさ。俺たちはそれを目指して今まで一緒に歩いてきたんだ。相方に女ができても、それを一緒に喜びあうのが親友だと俺は思ってる。でも……」

「……轟」

「でも、明日は一緒にメイド喫茶に行こうっていったじゃねーかぁぁぁ!」

「とどろきぃぃ!」

 轟はクラスを飛び出していった。その目には輝く水晶のようなものが、ちらりと顔を覗かせていたような、そんな気がした。

「あの、もしかして予定をわざわざキャンセルしたとか――」

「違う違う。轟はいきなり発狂症候群に侵されてただけだ。セシルさんが気にする事じゃないよ」

 よかった。メイド喫茶という単語は、どうやらセシルさんには聞こえていなかったようだ。というか、メイド喫茶の存在をこの子は知らないだろう。

「でもあの人、泣いてませんでしたか?」

「あいつドライアイなんだよ。多分それじゃないかな」

「そうですか」

 すまないな轟。メイド喫茶の約束、今の俺にはいらなくなっちまったんだよ。だから、一人で行ってくれ。

 そう思い、俺は合唱した。



「ただいま」

 俺は帰り慣れた我が家へと帰還していた。靴を脱ぎ、リビングのテーブルにさっき買った赤飯を置く。

「さて、明日の天気でもチェックしときますか」

 俺は制服のままソファーに座ってテレビをつけた。

『おかえりなさい』

 そんな言葉。俺はもう何年も聞いていなかった。

 俺には兄弟がいない。いわゆる一人っ子ってやつだ。

 アニメとかで良くある設定だ。だけど、実際起こると笑えないのは身をもって知ったよ。

母親は、俺が小学校に入った時に交通事故で天国へと召された。俺もその場にいたらしいのだが、奇跡的に無傷だったらしい。記憶というのは便利で、嫌な記憶ほど、あまり脳には残らないらしい。いや、残ってはいるのだろうが、それを思い出さないようロックがかかるみたいだ。唯一覚えているのは、血に染まった母親の手のぬくもりだけだった。

 悲しかったよそりゃ。でも俺も大人になったようで、今はもう平気さ。

 問題は両親の片割れである親父なのだが、俺が高校に入学したのと同時にほぼ帰ってこなくなった。元々家を開けがちな人ではあったが、高校生の息子を一人ほったらかしってのもどうかと思う。おかげで俺の一人暮らしスキルは上がったものの、よくもまぁここまで家に帰ってこない事が出来るなと逆に感心するレベルだ。

 途端、俺の右ポケットが小刻みに揺れる。マナーモードにしていた為、音はならないが、そのバイブの長さでメールか電話かを把握できた。どうやら電話のようだが、噂をすれば何とやらってやつだ。

「もしもし?」

『おぉ、もしもし? 俺だ息子よ』

「あの、間違ってますよ?」

『なに? そんなはずは……』

「すいません。いたずらなら切ります」

 そう言って電話を切ったのだが、すぐに折り返しの電話がかかってくる。俺は一度ため息を吐いて、電話に出た。

『待て待て。翔吾。俺だよ』

「どうした? 親父」

 携帯のディスプレイには『鳴海大吾』と表示されていた。つまり、俺の不良親父だ。

『いや、久しぶりにお前の声が聞きたくなってな』

 バカが。いちいち電話しなくてもいいだろうに。

「なら帰ってこいよ。もう半年以上帰ってきてないだろ?」

『仕事が忙しくてな。だが安心しろ。来週の母さんの命日には、ちゃんと帰るからな』

「当たり前だ」

 仕事か。一体親父はどんな仕事をしてんだか。まぁここが一般的な一軒家だというところから推測するに、普通の会社員かな。

『おっと。また仕事に戻るから』

「そうか。まぁしっかり仕事しろよ」

『おうよ。じゃぁ来週な』

「あぁ」

 こうして親子の短い電話は終わった訳だが、同時に天気予報も終わったらしい。まったくタイミングが悪すぎだ。

 俺はゆっくりとソファーから立ち上がり、奥の和室にあるお袋の仏壇に線香を立て、手を合わせた。

「今日も、俺と親父は元気にやってます。来週墓参りに行くから、母さんの好きだったイチゴ大福、持ってくな」

 俺は母親に近況を告げ、夕飯を作るためにキッチンへ向かった。




 約束の日は来たれり。

 昨日のデートの約束から、早一日が経過した土曜日の今日。俺は七時に起きていた。

 決戦の日でもある今日。寝坊するような馬鹿な主人公とは俺は違う。しっかりと待ち合わせの三時間前には起き、デートプランを練る。これぞできる男と言えよう。

 だが……。

「なんで雨降るのぉぉぉ!」

 そう。快晴広がる俺の心とは違い、天候は最悪だった。確かに昨日の天気予報は見てないけれど、何故あんなにも晴れていた昨日から一遍、こんな雷雨になるんだ!

「しょうがない。デートプラン、立てるかな」

 俺は、対雨の日用デートプランを練る事とした。もしかしたらあと三時間で晴れるかもしれない。そんな淡い期待を胸に、晴れの日用のデートプランも練る。だが、一向に晴れる事はなかった。

『今日の天気は、日中雷雨となるでしょう。警報も出ていますので、外出はお控えください』

 いつもなら学校が休みになるので喜ぶところなのだが、今日ばかりは話が違う。時刻は八時。窓の外では、雨が真横に降っていた。

「そうだ! 電話!」

 そこで俺は、彼女と連絡先を交換していない事に気づいた。何故昨日の内に交換しておかなかったんだ俺の馬鹿!

 俺は、二階の自分の部屋で着替えを済ませ、靴を選ぶ。約束の場所は、町の中心にある公園。そこまでは十分ほどで着くが、早く言って待つのが男のたしなみってやつだ。

『もしかしたら、彼女は来ないかもしれないじゃないか?』

 そんな悪魔のささやきが聞こえる、

「馬鹿やろ。あの子は絶対来る!」

 確信が持てた。あの子は絶対来る。そういう子だ。

「じゃぁ行ってくる」

 俺は誰もいない家に声をかけ、扉を開けた。

 扉の外。暗雲に閉鎖された世界は、まるで地獄だった。風は吹き荒れ、雨は滝のようだった。

「だが、行かない訳にはいかないよな」

 俺は傘を開き、一歩ずつ前に進んだ。

 傘は数秒で壊れたが、それでも俺は歩みを止めなかった。まるで神様が俺に試練を与えているかのように感じた。なら俺は、その試練を乗り越え、必ずや姫の元にたどり着いて見せる!

 とは言ったものの、ようやく公園にたどり着いた時には待ち合わせの十時だった。せっかく渾身のオシャレをした服はもうびちょびちょだが、どうやら無事に辿りつけたらしい。

 俺は、公園の真ん中に設置されている噴水の前で、セシルさんを待つことにした。時間は丁度十時。あたりを見回したところ誰もいない。という事はまだセシルさんは到着していないようだった。というか、もしかしたら来ないのでは? いや、来ない方がいいに決まっている。こんな暴風雨の中、車どころか人っ子一人いない。まるで世界に人間が俺ただ一人になったような感じだ。

「遅れて――ごめんなさい」

 どうやら人間は俺だけのようだが、その代わり女神なら存在するようだ。

 振り返ると、そこにはマントのような黒の雨合羽を着るセシルさんがいた。

「全然! 俺も今来たところ」

こういうのは何十分も前から待っている奴のセリフだが、今来た俺は嘘をついていないので、そっちの方がいいだろう。

「いやぁ、それにしても天気に恵まれなかったね。こんな雨だと色々と都合が悪いよ」

 公園デートも河川敷デートもできないからな!

「そう? 私は色々と都合がいいけどね」

「え?」

 黒マントのような雨合羽は本当にセシルさんなのだろうかと疑う口調だった。声は昨日聞いたセシルさんだったのだが、なんとなく雰囲気というか、色々と違うような……。

「雨は証拠が残らないから、私にとっては都合がいいの」

「なにを言って……」

 そんな時、さっきまで荒れていた雨は弱まり、風も止まった。あれだけ吹き荒れていた雨や風が嘘みたいだ。

「あら。神様はあなたに味方したみたいね。でも、関係ないわ」

――刹那。雨合羽が宙を舞い、その中にいた人物が露わになった。金色のセミロングを後ろで束ね、私服を着ている。まさにセシルさんだ。だが、俺に向けているその右手に持つ物だけは、彼女とは不釣り合いな物だった。

「あの、セシルさん? それエアーガンでしょ? なんでそんなもの持ってるの? あぁそれ水鉄砲か!」

 黒光りするそれは、おそらくエアーガンでも水鉄砲でもないだろう。でも冷静になれ。ここは日本だ。この国には銃刀法違反という法律があってだな? そう簡単に武器は手に入らないシステムになってるんだよ。まぁ、一部の団体などは別だけどな。

「いい加減。私の前でキャラ作るのやめたら? 顔が引きつってるわよ?」

「セシルさん? これ、なんの冗談?」

「冗談ではないわ。この銃も本物よ」

 マジかよ。てかなにこれ? 何で俺は転校生に会って次の日に拳銃向けられてるの? 確かに、よくある設定だよ? キョンだって朝倉に殺されかけたし、イッセーだって夕麻に殺された訳だけど、え? なにこれ?

「じゃぁ聞くけどセシルさ――セシル」

「そっちの方が堅苦しくなくていいわね。何? 翔吾」

「なんで俺に銃を向けるんだ?」

「そんなの、あなたを殺すからよ」

「聞きたいのはそんな事じゃない!」

 声が自然と大きくなった。心あたりがないのもそうだが、何より俺の想像していたセシルさんとは違った事にショックだったのだ。

「じゃぁなによ?」

「俺を殺す理由だ」

「これから死ぬのにそんな事聞きたいの? まぁいいわ」

 逃げたいという気持ちもあったが、おそらく俺が背中を向けた瞬間に撃たれるだろう。何者かは知らないが、セシルがこの日本という国で拳銃を持っている時点で撃てるというのは確定しているのだ。逆に何の武器も持たない俺には勝ち目どころかお先真っ暗だ。長門もいなければ、俺に秘められた謎の能力があるわけでもない。待っているのは棺桶と墓石だろう。

「私はセシル・グローバー。本当は偽名を使おうと思っていたのだけど、自己紹介の時思わず本名を言っちゃったから、もう隠さないわ」

 マジ顔しているのに、言っている事はかなり情けない。

「職業はスパイよ」

「は? スパイ?」

「そうスパイ。聞いたこと位あるでしょ?」

「あの潜入したりする?」

「そうよ」

 もう頭が追い付かない。転校生はスパイだったって事? 何その設定。聞いたことないぞ。

「今暗黒街で一番の過激派と呼ばれる秘密結社バクフ。その組織が私のターゲット」

「それが俺に何の関係があるんだ?」

「とぼけてるの? まぁいいけど」

 今のどこがとぼけていると言うのだ。

「バクフ頂点に立つのが将軍と呼ばれる人物。その人物の名は、鳴海大吾」

「は?」

「あなたのお父さんでしょ?」

 確かに俺はとぼけていたようだ。親父がそんな暗黒街の秘密結社のボスで、その息子である俺は、当然知っているはずだ。セシルはそう思っている訳で、普通はそうだろう。

 だが、残念だがその憶測は誤りだ。

「なぁセシル」

「なに?」

「ちょっと待ってもらっていい?」

「命乞い?」

「違う違う。ちょっと電話を一本かけさせてくれ」

「遺言でも残すの? まぁいいわ」

「すまんな」

 俺は右ポケットから携帯を取り出し、履歴からある人物を呼び出した。数回の呼び出し音の後『もしもし』と聞こえてきた。

「あ、もしもし? 親父か?」

『おぉ翔吾。どうした? お前から電話かけてくるなんて珍しいな』

「いや、ちょっと聞きたい事があってさ」

『ん? なんだ?』

「あのさ、親父の仕事って、秘密結社のボスなの?」

『あれぇ? なんで知ってんだ? 俺酔っぱらって言ったっけ?』

「いや、親父の口からは聞いたことない。いやね、今親父の倅だって事でスパイに殺されそうなんだよね。そのスパイに聞いた」

『そうか。そりゃ災難だったな』

「まぁな。で? 俺はどうすりゃいい訳?」

『まぁなるようになるだろ。じゃぁな』

 ツーという通話の終了を知らせる音が、こんなにも不快だと感じたのは初めてだった。

「待て待て待て待て待てぇぇぇぇぇ! この状況で何とかなる訳ねぇだろ! すぐそこで拳銃が俺の事を今か今かと狙ってるんだぞ!」

「ね? 本当だったでしょ?」

 確かに本当だったけれども、嘘であってほしかったよ俺は。

「さぁ、もうあまり時間は取れないの。あくまで隠密に行動するのがスパイの鉄則だからね。覚悟はいい?」

「覚悟なんて、そう簡単にできるもんじゃねぇよ」

 さて、どうする。避けるか? いや、その前にこの距離で避けるのは無理だ。俺の手が届く範囲ならまだなんとかなりそうな気もするが、何せ俺の間合いの遥か外にセシルはいる。

 万事休すってやつだ。俺の人生、短かったな。

「さよなら。翔吾」

 乾いた音が鳴り響くのと同時に、俺は目を瞑った。

 死を覚悟してから死を実感するまでの時間はとても長く感じるというのを、昔漫画か何かで見た事があったが、まさか本当だとは思わなかった。というか、そんな体験をこんなにも早くに迎えるとは思わなかったな。

 今まであった楽しい事悲しい事他もろもろが頭をめぐる。これが走馬灯と言うものか。

 転校生にあって二日目でそいつに殺される。こんな体験したことあるやつなんて世界中探しても俺くらいしかいないだろう。だが、スパイと一言で言われても腑に落ちない部分が多かった気がする。例えばそう、さっき俺が親父に電話した時だ。ターゲットと対峙してすぐに殺さない悪者なんて映画やアニメの中だけかと思ってた。現実世界はそう甘くない。しかし現実で甘かったのは俺の考えの方だったらしい。それともスパイはスパイでもセシルは特別抜けてるのか?

今の恰好だってそうだ。スパイと言えば何かぴちぴちの黒い全身タイツ的なやつだろ。ただの先入観かもしれないけど、こんな普通の女の子の私服着て銃向けられて私スパイですって言われても冗談にしか聞こえない。

「あれ?」

 銃の音はした。火薬の匂いも鼻を通り越して脳にまで達している。だが痛みがない。あぁそうか。即死すると痛みすら感じないというけど本当だったんだ。なら、死後の世界とやらを拝んでやろうではないか。待ってて母さん、今行くよ。

 そう思って、俺は目を開けた。

 だが、目の前に広がるのは天国でも地獄でもない、先ほどから俺がいる公園だった。目の前にはこちらを鬼の形相で睨みつけてくるセシルの姿があった。右手の拳銃からは白い硝煙が立ち上っている。

 ふと足元を見る。すると蟻の巣にしては大きすぎる穴が、地面に空いていた。まさか、あの距離で外したのか? 

「若を殺されるのは困る」

 突然俺の後ろで声がした。振り返るよりも早く、俺は横に転がった。人間の持つ防衛反応が働いたのだ。

 俺の目は、無傷を確認した後ゆっくりと声の主を見つめる。

 全身を黒い衣服で覆い、鼻から下を隠した格好をする集団がそこにはいた。それこそテレビの向こうでしか見た事のない存在。

 それはまさに『忍者』だった。

「今度は何だぁ! スパイの次は忍者か! どうなってんだこの世界は!」

 確かに、俺はアニメや漫画を見ていて、あぁ俺の周りも非現実な世界に変わらないかなぁとか考えた事あるよ? でもそんな事はないって常識はあるし、涼宮ハルヒ的な能力も俺にはない。断言できる。あの主人公の言葉を借りるならば、俺はただの普通人だからだ。

「鳴海翔吾殿とお見受けする。相違ありませんか?」

 何故俺の名前を知っているのか疑問に思ったが、もう驚かないさ。プライバシーなんてもんはとっくに俺には無いみたいだからな。だから俺は黙って頷く。

「では、我々は任務に移ります」

「任務って何? あんた達も俺の抹殺が目的?」

「いえ。我々に課せられた任務は、若の護衛と目標の抹殺です」

「いや、今の答えになってないから。俺が目標だったら抹殺されんじゃん」

「…………」

 集団の一番前に立つ忍者は、突然屍にでもなったかのように喋らなくなった。俺の質問攻めにうんざりしたのか、それともただ集中しただけなのか。顔の大部分を隠しているせいか、それを判断する要素は俺には与えられなかった。

「あなた達、御庭番衆ね」

 新キャラの登場で忘れていたが、俺を殺そうとした女が俺を挟んで忍者と対峙していた。

「御庭番? 造園屋なのか?」

「あなた本当に高校二年生?」

「う、うっせっ!」

 何故俺は自分を殺そうとしていた女と普通に会話をしているのだろうか。

「御庭番衆。あなたのお父さんの組織『バクフ』直属の特殊部隊と言えば分かるかしら?」

 すべてが繋がった。という事は、さっき言っていた若ってのは俺の事で、抹殺されるのはセシルという訳だ。

「……消えてもらいます」

 先頭の忍者が囁くように口を開いた。その言葉と同時に、後ろで控えていた忍者達総勢五名が目の前から消えた。

「そう簡単に私をやれると思ったら大間違いよ!」

 右耳にセシルの声が響く。それと同時に、今度は脳内に乾いた銃声が二発届いた。

「ぐはっ!」

 何もないはずの空中から、人が落ちて砂塵を巻き上げた。その右腕からは血が流れている。

「なかなかやりますね」

「おい! しゃれになってねぇだろ! あの人血が出てるじゃねぇかよ!」

「大丈夫です。若の御身を守る為なら命など安いものです」

「お前の命じゃねぇだろ!」

「奴も同じ気持ちです」

 何を言ってんだこいつ。俺のためなら命は惜しくないだ? ふざけんな!

「セシル! てめぇもこんな真昼間から銃なんて撃ってんじゃねぇ! しかもそんなもん人に向けんな!」

早すぎて奴らの動きを目で捉えられない為、空虚に向かって叫ぶ。さっきまで俺に向けられていたのだが、そんな事はもはやどうでもよかった。

「何言ってんの? 撃たなきゃ私が殺されるわ」

 どこからかセシルの声がした。ならこの忍者を止めるしかないのか。

「おい忍者!」

「分かっています。ちゃんと人払いはしてあります」

 そこじゃねぇよ!

「うぐっ!」

 何発かの銃声の後、また地面に黒ずくめの忍者が落下した。脇腹から血を出してはいるが、まだ動けるようだ。

「おい! こんな事やめろ! セシル! 忍者!」

 目の前では、文字通り殺し合いが行われていた。目では見えないが、惨劇の後ははっきりと残っている。血を流して倒れる忍者。時折する金属音と銃声。空は紫色に染まり、まるでこの世ではないところに迷い込んだような錯覚に襲われた。

 新たに人影が飛んでくる。立ちすくす俺の足元にその忍者のものであろう血が流れてきた。

「何故仲間が血を流しているのに助けない?」

 それは愚問だと思った。何故ならリーダーであろう忍者の次の言葉が俺には分かったからだ。

「戦場とは、そういうものです」

 俺の頭の中で何かが切れたような気がした。

「ここは戦場じゃない。ただの公園だ」

 俺は膝をついて、水たまりを作っている血液に手を伸ばした。

「戦いが起これば、何時何処であろうと戦場になります」

 その血は俺が思っていたよりもずっと熱く、そして俺の理性を吹き飛ばすには十分だった。

「ならその戦いはどうしたら終わる?」

「は?」

「分からないなら教えてやろう。それは――」

 俺は、自分でも信じられない速さで走っていた。先ほどまで目に映らなかった忍者とスパイの闘いが停止しているかのように見える。

 俺は今にも衝突しそうな忍者のクナイと、それを弾き飛ばそうと構えるセシルの左手に握られたナイフを、素手で握った。

「勇者の登場だ」




 俺は普通人だと思っていた。いや、今でもそうだ。俺は普通人で、目の前にいるやつらのように戦闘スキルは殆ど無い。しいて言うならば、小学生の頃までやっていた空手のみだろう。まぁそれも実践向きではないし、実を言うところ、喧嘩すらしたことがない。

 だがどうだろう。俺は無意識のうちにすさまじい速さで走り、ナイフとクナイを握っていた。何だこの力? 俺にはやはりこういった謎の力があったのか? それともこの閉鎖された世界の中だけ使えるとかいうあれか? 感覚的には、物を触れずに動かしたりとか、そういうサイコパワー的なものじゃない。人の数倍身体能力が上がった感じだ。

「あんた何なのよ、殺すわよ?」

 俺だって自分が何なのか分からねーよ! ただ、この争いだけは止めなきゃいけねーって思っただけだ!

 見るとセシルの顔には汗が流れていた。先ほどまでは涼しげだった顔が、俺にナイフを掴まれた瞬間滲み出てきたのだ。

 それはそうだろう。おそらくナイフがピクリとも動かない事に動揺しているのだ。

「……もうやめてくれ」

「そんなにお望みなら、今殺してあげるわよ!」

 動かない右手を軸に、セシルはもう一方の腕を振り上げた。その手には鈍く黒光りする銃が一丁。だが、そんなものはなんの脅威にも感じなかった。俺は左腕に持ったクナイを捨て、その銃を掴む。乾いた音が空を貫く。左手が熱い。だがアドレナリンのせいか痛みはまったく感じなかった。

「嘘――でしょ?」

「どうやらホントらしい」

 今の俺ならなんでもできる気がした。俺は右手でナイフを強く握り、それを割った。破片となった鉄は無残にも柄だけを残し地面に落ちる。それと同時に壊れた人形のように膝から崩れ落ちるセシル。既に戦意というものがそぎ落とされたようだ。

 俺は左手に握った拳銃を握り変形させた。ここまでやればもう使い物にはなるまい。

「お見事です。若」

 俺は背中に掛かった声の方向に向き直った。

「流石は若君。流石はご子息と言った所でしょうか」

 いつの間にかに俺の近くまで寄っていたこいつよりも、親父の存在を出された事で、さらに頭に血が上った気がした。もとはと言えば、全部あいつのせいだ。

「では、後始末は我々が行います。若は休んでいてくださいませ」

 いつの間にか手負いの忍者たちも復活していた。命に別状がなかったようで安心したが、それと同時にある疑問が浮かんできた。だが、それがどんな疑問かを考えるほど今の俺は冷静ではなかった。

「後始末? いらないだろそんなの」

 こいつの言う後始末というのは、セシルを殺してこの場を何もなかったかのようにする事だろう。それをされては、俺が今頑張った意味がなくなっちまう。

「何を言っておられるのですか?」

「お前こそ何を言ってんだよ。戦いは終わりだ。今からここは元のただの公園に戻る」

「ご冗談を。我々の任務はその女の抹殺です。その女が生きている限り任務は終わりません」

 一斉に忍者達が背中の日本刀を引き抜いた。流石は特殊部隊。その動きに隙がなかった。

「冗談を言っているのはお前らだろ? もうこの女を追う必要はない」

「……やれ」

 先頭のリーダー忍者の声で、後ろの影が一人消えた――のだろうが、今の俺の目にははっきりと移っていた。一瞬で空に飛んだ忍者はその落下速度を利用してセシルを串刺しにするつもりだろう。だが――。

「聞こえなかったのか? もうこの女を追うな」

 刀を持つ右腕を俺に掴まれた事によって動かなくなった忍者を横目に、俺は低いトーンで言った。

「なんで庇う! あんたにそんな事される筋合いないわ!」

 俺の背中でセシルが騒いでいた。そこは筋合いの使い方が間違ってるぞ?

「その女の言う通りです。何故庇うのです? 若がそんな事をする道理が分かりません」

「もう……」

「はい?」

「もう俺の目の前じゃ誰も死んでほしくないんだよ。ただ、それだけだ」

 骨が折れる鈍い音がした。初め左手で掴んでいる忍者の腕が折れたのかと思ったが、どうやら俺の左手が悲鳴をあげたらしい。

「若の心は分かりました。ですが、我々も将軍直々に命を受けています故、引き下がれません」

「なら俺が命令する。もうこの女を狙うな。まだ文句を言うようなら、俺が直接親父に言う」

「…………」

 もう左手の感覚がない。おそらく掴まれている忍者の右腕はとっくに感覚がないと思うが、そろそろ俺も限界だ。

「分かりました。若の命令とあらば」

 俺は掴んでいた腕を離した。すると、その忍者は落とした日本刀も拾わずにリーダー忍者の後ろへと戻って行った。

「では我々は引きます。しかし、くれぐれもご用心なさるようお願いします」

「大丈夫」

 忍者一向は俺に一度頭を下げ、その場に最初からいなかったかのように消えた。俺は一度背伸びをした。いつの間にか、紫色で染まっていた空には雲一つない快晴が広がっていた。あれ? 今日の天気は一日雨じゃなかったのか?

 でもまぁいっか。これで一見落着。すべて丸くおさまったぜ。てか、気が抜けた瞬間痛みが……。

「なんで……」

 俺は粉々になっているだろう左腕を抑えながら、座り込むセシルに顔を向けた。

「なんで私なんかを助けたのよ?」

 なんでってお前。

「聞いてなかったのか? 俺は――」

「私はあなたを殺そうとしたのよ? なのになんで?」

「どうでもいいだろ?」

「え?」

 何となくだが、こいつからは殺意が感じられなかった。もしかしたら俺と同じような体験をしてるのか分からないが、セシルも本当は人を殺したくないのかもしれない。スパイは別に人を殺すのが絶対の目的ではないだろうし。

「結局俺は生きてる訳だし、少なからず俺はこういう非現実を体験してみたかったんだよ。それに美少女には弱いんだよ俺は」

 まっ、でも正直笑えなかったけどな。今までの主人公達がどんな気持ちだったのかわかった気がするよ。現実に起こると、はいそうですかってならないんだな。いい勉強になった! それに、さっきまで痛かった左腕も大した事なさそうだし。

「なに言ってんの、私はっ!」

「あ、もういいからいいから。そういうのは明日学校で聞くよ。だから、明日も学校来いよ? その変わり、また俺を殺そうとするのはなしね」

「…………」

 俺にとってスパイなんてことは、もはやどうでも良くなっていた。セシルはうちの学校の転校生。それでいいじゃないか。

 セシルは顔を伏せ、口を閉じた。

「どうした? スパイなのに泣いてんのか?」

「……あ……」

「ん?」

「明日日曜日よ」

「…………」

 え? 何? あんなカッコつけた言葉言っといて何これ? 

 うわぁぁぁぁ! 穴があったら入りたい! 気絶しろ俺! 

 空から隕石でも何でもいいから落ちてきて、今の恥ずかしい発言なかったことにして!

 俺は渾身の思いで空を仰いだ。

「え?」

 まぁ隕石なんてそう簡単に落ちてくるものではなく、俺の目の前にはただ青い空が広がるだけのはずだった――が、目の前にはあるはずの青い空がなく、その代わり青と白のストライプが目に入ってきた。え? 隕石? それともアクシズ? いや、あれは……。

「きゃぁぁぁぁ!」

 それは紛れもなく、女の子のパンツだった。いや、ちょっと違うな。青と白のストライプパンツを履いた女の子だった。

「って、なんじゃそりゃぁぁぁ!」

 俺の叫びは途中悲鳴に変わり、隕石の代わりに女の子が俺に衝突した。




 あれ? この感じ、さっきも体験したような。あぁそっか。俺死んだんだ。

 でもなんだろう。死んだのにやけに清々しい。多分あれだ。最後に見たパンツ。あのおかげで気持ち良く天国に行けたんだろう。

 あれ? でも目の前真っ暗だな。もしかして天国じゃなくて地獄なのか? やけに生暖かいし、こりゃ閻魔に嫌われたか?

 なんてのは俺の勝手な妄想であって、確かに生きている実感はあった。

「あのぉ、ちょっとどいてもらえますか?」

 俺は何かに口を押えられたまま、少しもごもごとした声でそう発した。

「きゃっ! す、すみません!」

 視界がだんだんと明るみを帯びていく。暗闇から突然明るいところに出た時のように目がおかしくなり、咄嗟に右腕で隠した。

「だ、大丈夫ですか?」

「何とか大丈夫みたい」

「それはよかったですぅ」

 俺は目を隠しながら、誰かも分からない奴に声を投げかけた。声質からして女なのは間違いない。あんなパンツを履いていたという事は十中八九若い。だが、そんな女が何故空から?

 と、疑問に思ったのもつかの間。もうこの程度じゃ驚かないぜ。

 俺は徐々に慣れてきた目を、ゆっくりと開けた。

「あの、本当に大丈夫ですか?」

 驚いた。俺はまだ完全に慣れていない目を見開いている事だろう。

 淡い青をした長い髪。湖のような透き通った青い大きな目。小さな顔に、宇宙に地球が誕生した位の確率で整いすぎている鼻立ち。そして何より大きなメロンが胸元に二つ。それでもどこか幼さを窺えるその少女はまるで妖精のようだった。

「えっと、私の顔に何かついてますか?」

「いや、その……」

 言葉が出ない。その少女の後ろにはセシルが座りこんでいるが、またベクトルの違う美女。ほんと美女相手だとまともにしゃべれないのがチェリーの弱みだ。

「何鼻の下伸ばしてんのよ? 殺すわよ」

「っ! セシル!」

 先ほどまで少女の後ろにいたセシルが、俺にアイアンクローをかましていた。正直洒落にならない痛さだ。

「あんたの事、殺すのはやめようかと思ったけど、やっぱり殺すことにするわ」

「待て待て待て! 痛いから。お前が思ってるより痛いから!」

「当たり前でしょ? 頭蓋骨割るつもりなんだから」

 頭蓋骨の悲鳴が耳の奥に届く。死ぬ! ホントに死ぬ!

「わぁ! これが噂に聞くマゾっ子ってやつですね! 感動ですぅ」

 少女は手を胸の前で組み、目を輝かせていた。何この子? 顔は可愛いのにちょっと変!

「何? あなたマゾだったの? それは知らなかったわ」

「断じて違う!」

 やっと絞り出せた言葉は、喉が潰れるのではないかと思うほど低い声だった。

「私もやっていいですか?」

「え? 別にいいけど」

 なんでお前が了承してんだ!

「ここをこうやって――」

「ふむふむ」

「ここをこう――」

 セシルの力が緩んだと思ったら、また違う大きさの手が俺のこめかみを捉えていた。てか、何指導してんの!

「こうですか?」

「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

 それは、セシルのアイアンクローより何十倍も痛かった。この子のどこにこんな力があるというのだろうか。

「わっ! ごめんなさい。痛かったですか?」

 ようやくアイアンクローから解放される。痛くない訳――。

「ううん。全然痛くなかったよ」

 俺はその子の心配げな顔を見て、思わず口から出まかせを言ってしまった。悲しいが、これが男の性というものなのだろう。美女二人にアイアンクローをされるなんて、轟なら昇天しているだろう。

「惜しい! なんで離しちゃうのよ」

「ごめんなさい。痛がっているのを見たらつい」

 ちょっと待て。冷静になろう。誰だこの子?

「あのぉ」

「はい?」

 セシルと対話していた少女が、俺の呼びかけでこちらを向く。同時にセシルもこっちを見たが、お前じゃない。

「あなた、何者ですか?」

 普通に会話して普通にアイアンクローされたが、この子は誰だ? 空から降ってくるところから推測するに……いや、推測なんて不可能だ。

「私ですか? 私はサンタさんのアダルトな落し物です」

『は?』

 俺とセシルの声が重なる。セシルは顔を赤らめそっぽ向いてしまったが、俺は今だ口をぽかんと開けたままだった。

「あれ? これが地球のボケというものだと教わったのですが……」

 今のはボケていたのか? 面白い要素が一つも見当たらなかったぞ。

「あれ? 今地球って」

「はい。私はここから三億光年離れた星から来たニーナと申します」

「って事は、宇宙人って事?」

「あなた達の言語でそうなります。私たちはプラネリアンと総称します」

 驚かないとは言ったが、スパイ、忍者と来て今度は宇宙人だ? どうなってるんだこの世界は。と思いつつも、やはり来たか宇宙人と俺は少し高揚していた。俺を取り巻く非現実がアクセル全開で速度を上げていく気がした。

「あなた、もしかしてセーレ人?」

「よく御存じで。その通りです」

 今までそっぽ向いていたセシルが、突然宇宙人という単語を聞いて口を開いた。

「セーレ人?」

「えぇ。地球と裏で密約を交わしているセーレ星の人間の事よ。その姿は地球人とほとんど変わらない為に、普通に街にいても気づかないらしいわ。私も噂でしか聞いたことがなかったから半信半疑だったけど、まさか実在したとは」

 いや、俺からしたらお前のスパイって肩書きもまさか実在するとは思わなかったよ。

「それで? あなたの目的は何? 地球侵略の為のスパイ?」

 お前がそれを言うか。

「いえっ! 昔から話に聞いていた地球に一度来てみたくて、私家出してきたんです」

 どこの星にもそういう奴はいるんだと、俺の博識が少し広がったような気がした。

『家出?』

 またもや声が重なる。そしてこれまたセシルは顔を赤らめそっぽを向いてしまった。

「まぁなんだ。立ち話もなんだし、ちょっと場所を変えないか?」

 実はさっきから、周りの視線が痛かった。人払いとやらが解けたのだろう。雨が上がった公園には、親子やらカップルやらが多数出現していたのだ。不思議な事に、忍者の血液や落としていった日本刀などは既になくなっていた。残っているのは、力の入らない左腕と金髪の美少女。そして、コスプレかと思うような服を着た青い髪の少女だった。

「それもそうね。私も自分がスパイだという事を忘れていたわ」

 もしかしたら、セシルはとんでもないドジっ子なのかもしれないな。

「あの、みなさん私の顔を見ていますが、何かついてますか?」

 この子は天然なのかわざとなのかまだ分からない。

「まぁひとまずこの公園を出よう」

 俺たちは、さっきまで戦場だった場所を後にした。




 場所を変えようと言ったのは確かに俺なのだが、安易に喫茶店やファミレスか何かを想像していた。だが、一目に付きすぎるニーナのコスプレのような服装や、泥がついたセシルなどを連れて、そんなところに入れるわけもなく、結局俺ん家のリビングで三人仲良くかは別としてテーブルを囲っていた。俺の夢の一つ。女の子を家に連れてくるがこんな形で成就されるとはな。

「てか、なんでセシルまでついて来てんだよ」

「あら。不満かしら?」

「不満に決まってんだろ? なんでお前も敵の本陣にズカズカ入り込んでお茶飲んでんだよ」

 セシルは、俺の用意した粗茶を啜っていた。それまた絵になっていて、何か腹が立った。

「いいじゃない。あなたみたいな変態を、こんな可愛い子と二人きりにできる訳ないでしょ?」

「だ、誰が変態だ!」

「あなたよ!」

「わぁ! 変態さんだったんですね? いやぁ、襲われるぅ」

 あなたはちょっと黙っててもらえませんか?

「まぁとにかくだ。話がまとまんないから無理やりまとめるぞ? いいかニーナさん?」

「そんなの堅苦しいです。気軽にニーナっちって呼んでください」

「じゃぁニーナっち」

「うわっ! 本当に言ったよ」

「そこ! うるさい!」

「なんですか? 翔吾」

 さっきここへの道すがら自己紹介は済ませたものの、話が全然前に進まない。こいつらめんどくさいぞ!

 俺は一度咳払いをして再度口を開く。

「ニーナは――」

「きゃはっ! ニーナって呼び捨てにされちゃいましたぁ。なんか夫婦みたいですね。なぁに翔吾?」

 俺が宇宙人と金輪際関わりたいと思った瞬間だった。しかも一瞬セシルがむすっとしたような気がしたが、そんなのは気のせいだろう。だって、いつもむすっとしてるからな。転校初日のあの天使のような笑顔はどこへ行ったんだか。

「とにかく! これからどうするつもりなんだ? 地球に来たって事はどこか行く宛てがあったんだろ?」

「いや、それがまったくでして。適当に座標を打ったものですから」

「じゃぁ何か? 家なしって事か?」

「はい。そこでお願いが……」

「やだ」

「まだ何も言ってないのにぃ」

 ちょっと俺は意地悪をするため、台所に新しい茶葉を取りに行く。棚を開けると茶葉はすぐに見つかり、俺はそれを手に持ってリビングに戻る。たった数秒の出来事だったが、ニーナの顔を見て意地悪が成功した事を実感した。

 というか、俺もお人好しだと思う。確かにニーナは宇宙人で変な子で美少女だけど、下心云々の前に、家がないって事にほっておけない気持ちが動いた。昔両親から口を酸っぱくして言われた言葉。

『困っている人がいたら必ず手を差し伸べなさい』

 この言葉は、俺からしたら母親の形見みたいなもので、それだけは胸に刻んできた。そのせいでもあるだろう。俺は自然とニーナを受け入れる事を決めていた。それに美少女だ。下心があるとか誤解されたら嫌だが、悪いが唐突に宇宙人を受け入れられるほど俺の下心はできちゃいない。

「掃除とか料理とか、何かできることはあるか?」

「え?」

「うちに住むって事は、何か働いてもらうからな」

 これが言いたかった! その為にわざわざ茶葉なんて取りに行ったんだから。

「はいっ! お料理もお掃除もできます!」

「なら、ここに住んでよし」

「ほ、本当ですかぁ! ありがとですぅ」

 ニーナの笑顔の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。少し意地悪が過ぎたかと思ったが、まぁこれから俺と一緒に住むんだ。これくらいは慣れてもらわないとな。

「さて、一見略着だ。セシル。お前もう帰るだろ? 俺もお人よしだとは思うが送ってくくらいするぞ?」

 セシルはお茶をゆっくりと啜ると、静かに湯呑を置いて――。

「何を言ってるの? 私、帰らないわよ」

 こいつは何を言ってんだ?

「お前何言ってんだよ。確かにまだ日は昇ってるけど、もうここにいる理由なんてないだろ?」

「あるわ。私はここに住むからね」

「は?」

「だから、私もここに住むの。あなたを殺すべきかを判断しなくちゃいけないの。しかもここにいたほうが上に色々報告しやすいし」

 待って待って。なにそれ?

「それなら別に一緒に住まなくてもいいだろ? しかもお前にはお前の帰る家があるはずだ」

「ないわよそんなの。ただの仮屋なんて別に帰る場所って訳じゃないし」

「いやいや、でもな。若い男女が一つ屋根の下で……」

「うるさいわね。もう決めたのよ。だからって勘違いしないで。私が好きで一緒に住むわけじゃないんだから」

 勘違いも何も、迷惑なんですけど……。

「え? セシルも一緒に住むんですか? 嬉しいです!」

「いや、俺は決して嬉しくわ……」

 ニーナは知らないかもしれないけど、こいつはさっき俺を殺そうとしたわけでね? いくらこいつが美少女と言っても、いつ心変わりするか分からないんだよ。期待してたラブコメなんてもう無理だし!

「とにかくもう決めたの。有無は言わせないわ」

「楽しくなりそうですぅ」

 俺の心とは裏腹に、女子どもは勝手に盛り上がっていた。気づくと俺の脇には銃口がつきつけられていたが、そこからはさっきと違い明確な殺意がにじみ出ていた。

「もう、好きにしてくれ……」

 俺は立ち上がり、リビングを出た。重い足取りで廊下を歩き、奥の和室の扉を開いた。

「母さん。俺、殺人未遂の付いたスパイと宇宙人と同居することになりました。かなり騒がしくなると思うけど、そこは大目に見てくれな」

 フィクションの知識はアニメなどで学んできた。でもまさか俺がそんな立場になるとはな。仏壇に立てかけてある母さんの顔は、いつもと変わらずひまわりのような笑顔だった。それに引き替え俺はというと、一体どんな顔をしているのだろう。

 確かに、セシルが転校してきた時やニーナが落っこちてきた時、あぁこんな可愛い子と付き合えたらどんなに幸せか、ちょっとだけど思ったさ。

でも今はもう違う。これから一緒に住む同居人。見方によってはリトや真中……満更でもない。いやいやいや! 冷静に俺を殺そうとした奴と家出してきた宇宙人だぞ? これから一体どんな生活になるんだよ。

 あまりにも未来に不安要素が多すぎて、俺の頭は恋愛云々まで回らなかった。

「すいません! お届け物です」

 玄関の方から声がした。どうやら宅配が来たらしいのだが、色々考えすぎて呼び鈴が聞こえなかった。

「はぁい! 今行きます!」

 俺は和室を出て、玄関に向かい扉を開けた。

「すいません。ご苦労さまです」

「いえ」

 そこには宅配業者の恰好というものを完全に無視した、はだけた服を着た女性が一人立っていた。

 セシルとニーナで美女は見慣れたはずなのに、俺は彼女の美しさに一瞬目を奪われてしまった。確かに大きく開けた胸元を見なかったっというのは嘘になるが、それよりも大和撫子という言葉が似合うその風貌に何より目を奪われたのだ。

「あ、あのぉ、届け物は?」

「何を言ってるんですか。ここにあるじゃないですか?」

 辺りを見渡す。だが、宅配屋さんの美脚と胸と黒い髪しか見当たらなかった。

「どこですか?」

「ここです」

「うわっ!」

 それは突然だった。宅配屋さんは俺の頭を両腕で優しく包み、胸元に押し付けた。それは、夢にまで見たパフパフというものだった! あざーす!

「え、あの、な、なにを!」

「私はサンタさんが落としたアダルトな落し物ですよ、若」

 何それ流行ってんの? 確かにニーナの青白ストライプよりはアダルティーではあるが、問題はそこじゃない!

「ちょっと待てよ? 若?」

 俺の思考が答えにたどり着く前に、家の中から足音が二つ、俺に近づいてくるのを感じた。その一歩一歩が俺には死の宣告の如く俺の身体から生気というものを抜いていった。

 俺は咄嗟に宅配屋さんの身体から離れ、そして振り返った。

「翔吾? あんた何やってるの?」

 セシルという名の悪魔が俺の目の前で真っ黒いオーラを放って拳銃という名の武器を俺に向けていた。てか、何で怒ってんの!

「翔吾が宅配屋さんを襲ってますぅ!」

 その横では、ニーナが星を散らばせた目で俺を見ていた。

「いや、これは違うんだ! ちょっと話を……」

 何故セシルは怒っているのだろう。俺はそんな疑問よりも身の安全を確保するために動いた。

「問答無用!」

 だが、俺の行動よりもはるかに早く、そして的確に、セシルの拳銃が俺の頭をロックオンする。

「させないわ」

 俺の後ろの宅配屋さんがそんな事をぼそりと言ったと思ったら、セシルの拳銃が上を向いた。宅配屋さんがセシルの腕を掴んだのだ。

「何するのよ」

「若は傷つけさせません。私は確かにそう告げたはずです」

 つい何時間か前に、俺はそのセリフを聞いていた。もしやと思ったが、その声に若という呼び方。

「あんた、さっきの忍者か?」

 セシルは鬼の形相で宅配屋さんを睨みつけていた。その横でニーナは今だに目を輝かせていた。どうせ修羅場か何かと勘違いしているのだろう。だが、それよりも――。

「何でこんな所に? 俺は帰れと言ったはずだ」

 なんかキャラ違ったろ、とかいうツッコミを入れる事なく俺は淡々とそう告げた。その声は確かにさっきの忍者の中でもリーダー各の奴だった。しかも驚く事に女だったとは。あの乱戦の中では、そんな事を見抜く力でさえ、俺から抜き取られていたようだ。

 忍者はセシルの腕から手を放つと、片膝をついて、

「私は十六夜と申します。新たに若の護衛の任務を仕りました。どうか、御側に」。

「護衛って何? あんたも一緒に住むって事?」

「若の承諾さえいただければ」

 マジかよ? 今日の朝まで俺一人暮らしだったんだぜ? それがなんだ。次々と変な奴が集まってきやがった。でもみんな美少女という事だという事実が俺の深層心理で高揚する気持ちに火をつけているのだが。

「私は嫌よ」

 セシルが顔も向けずにそんな事を言ってきた。

「うるせぇクソアマ。お前には聞いてないんだよ」

 こわっ! しかも言葉づかい悪!

「いかかでしょう。このクソ女から若を守るため、私をこの家に置いてくださいませ」

 正直護衛などいらないし、この十六夜って忍者と一緒に住む理由などない。だが、ここは俺の家でもある以前に親父の家だ。その親父が向けてきたこの人を俺は無碍にしていいものなのだろうか。というか、俺が追い返した事によって十六夜さんが何か怒られたりしないのだろうか。

「家に置いてくれとは言いません。庭でも外でも結構なので、できるだけ若に目の届く場所にいることをお許しくださいませ」

 え? いやいや、女性を外に置くってのは男が廃るっしょ。

「まぁ別に、ここは元々親父の家な訳だし。家主がそう言うだったら俺が断るのは筋違いってやつかもな」

「では」

「あぁ。まだ部屋は空いてるし、今の俺は大概の事なら受け入れる事ができる訳で」

 まったく、ホント何これ? ダークネス百%?

「ありがとうございます」

 ゆっくりと頭をあげ立ち上がる十六夜に、腕を組んだままのセシルが凄い形相で睨みつける。その後ろでは新たな住人の登場を素直に喜ぶニーナが飛び跳ねていた。

 この瞬間、俺たち四人の謎の同居生活は幕をあげたのであった。


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