乙女ゲームの女教師になったけど真面目に働いてます。
しょーもないというか中身ペラペラ。
乙女ゲーム、という物がある。
恋愛シミュレーションゲームのジャンルの一種で、主に時折表示される選択肢を選び、攻略キャラと呼ばれるキャラクターの好感度を上げていく。そして最終的に恋人になればクリアできるといったものが多い。
シチュエーションや世界観も様々で、相手が妖怪や物が擬人化したものという場合も少なくはない。
さて、なぜ唐突にこんな話をし始めたかというと、まごう事なき現実逃避である。
全力で拒絶したい。
事故って死んで生き返って、母子家庭で育って大学まで行ってやっと念願の教師になって働けるのに、目の前にある今日から教師として勤める学校が、前世で妹がやっていた乙女ゲームのパッケージで見たものに似ていることなんて。
ついでに言えば、私の名前も無理やり憶えさせられたキャラクター達の中にあったよなという今更な気付きなんて!!
しかもその『心物語』とか言うゲームはタイトル和やかなのに中身がバッドエンド必死なゲームで、私倉橋椋は他のキャラはそうでもないのになんか異常にかませ犬的なキャラで、主人公が誰とくっつこうがどう頑張っても死ぬとかいう製作者を張り倒したくなるような設定があるとか!!!
もうちょっと前に気付けばよかったぁあああ!!!私のばか!!!!
というか面接の時見た理事長さんむちゃくちゃ美形だったじゃん!気付けよ!!
「うわー、若い理事長さんだな」とか感心してるんじゃないよ!!逃げろよ!その人主人公と一緒になりたいからって養子縁組して馬鹿でかいお屋敷に監禁するような人だよ!!
・・・しかたない。こうやって過去の自分の間抜けさを恨んでも、事実は変わらない。というか逆に考えよう。主人公じゃなくてよかった。主人公だったら死にはしないけど精神衛生的によろしくない感じになってた!!よかった!!!
負けないぞ。やっと見つけた就職先だ。ゼッッッタイに生き残らなければ。そんで金ためて、母さんを老人ホームに入れてやるんや!!
そう決意を固め、私は一歩を踏み出した―――
―――のだが。
甘かった。最近の高校生をなめていた。
時刻は夜の9時。誰もいない職員室で缶コーヒーをあおりながらため息をつく。
数学講師として勤務を始めて早3か月。私は精神的に疲労しまくっていた。
始めのうちはよかった。ゲームの倉橋椋は高飛車なお嬢様で、その性格ゆえに生徒から・・・というかこの学校全体から嫌われていて、それも死ぬ要因だったけど・・・私はそんなことはなく、むしろ掃除のおばちゃんにも頭を下げる。そのおかげか、私は案外講師生活を謳歌していた。
「椋せんせー」とあだ名で呼ばれたり、昼休みに質問されたり、仕事後に他の先生と飲みに行ったり、職員用ロッカーにラブレターが入っていたり。もちろんラブレターは見なかったことにしました。
とりあえず嫌われてはない・・・はず。
私が疲労しているのは、対人関係の事についてではなく・・・このゲームの主人公、花咲春香ちゃんの頭の悪さについて・・・。
ゲームではそこそこ賢かったはずの彼女は、なぜか知らないけれどとても馬鹿だった。
それこそ、「素因数分解って何?」と聞き返すぐらいには。
どうやって編入試験クリアしたんだろうと本気で考えるくらい、頭があれだった。
彼女は私の担当である2年生で、私は数学を精一杯教えた。
中学の問題集の中から簡単そうなものを選んで、冊子を作って。
毎日のように補修を設けた。
しかし、成績は上がらない。
あたりまえだ。彼女は補修もしなければ、冊子をやることもないのだから。
以前なぜ来ないのかと聞いてみたところ、「私は天才だから、そんなのやる必要はないでしょ」とのことで。
訳が分からない。天才だったらテストで8点なんてとらないだろと突っ込みたい。イメージと違いすぎる。
もうあきらめてしまいたいが、そういうわけにもいかない。私はこういう勉強嫌いに教えるために教師になったのだから!!
とりあえず帰って問題を作ろうと思い立ちあがる。帰り支度をしていると、がらりと戸の開く音がした。
入口に目を向けると、そこには攻略キャラでもある爽やかイケメン体育教師こと瀬河斎先生と、同じく攻略キャラでほんわか系保険医の向井康介先生がいた。
このゲームは禁断系の愛を推しすぎだと思う。攻略キャラの10人中4人が教師って。
「あれ、倉橋先生。こんな時間までお仕事ですか?」
例えるなら某夢の国のクマという感じの、のんびりとした口調で話す向井先生。ほんとに28歳の男性なんだろうか。なんか騙されそうで心配になってくる・・・。
「ええ、まあ。少し考え事をしていたらこんな時間になってしまいまして。お2人は?」
「俺らは今校内の見回りをやってきたところです。どうです、これから飲みにでも行きませんか?」
清涼飲料水のCMタレントさんみたいににっこり笑う瀬河先生。瀬河先生はこうやってよく私を誘ってくれるいい人だ。なんだろう、私がそんなに一人ぼっちのかわいそうな人に見えるんだろうか。
「すいません。ありがたいんですが、今日は・・・。」
頭をぺこりと下げる。私には花咲ちゃん用の問題を作る使命があるのです!!
そして瀬河先生たちと別れた私は、彼らがどんな会話をしていたのか聞こえなかったのだけど・・・結果としては、その選択が私の寿命を少し伸ばすこととなった。
「・・・断られちゃったね、斎。」
「うるさいな、コウ。たまにはこういうこともあるだろ!?」
「それにしても、あの編入生のせいで結構まいってるみたいだね、椋ちゃん。」
「無視かよ。・・・編入生ってあのケバいやつ?アイツ香水臭いんだよな。」
「いいの?誰にでも優しい瀬川先生がそんなこと言って。」
「お前に言われたくねーんだけど!!?お前椋の前だけ猫かぶりすぎだろ。笑いこらえるの大変なんだからな!?」
「えー、だって椋ちゃんに嫌われたくないしさ。あーあ、早く捕まえたいな。」
「今理事長と生徒会の奴らが『ハコ』用意してんだろ?あと3か月くらいの辛抱じゃねーか。」
「それまでにはアレ、始末しなきゃね。」
「怖い奴。まあ、そのつもりだけどよ。」
3か月後、私がどうなっているのか。それを知るのは彼ら以外にいない。
もしその時、彼らの心に気付くことが出来たならどうなっていたのか。
まあ多分、結果は変わらなかったんだろう。
うわあああああああすいませんんんんん