第七十九話:苦肉の策
第七十九話:苦肉の策
7時、王霊祭2日目の朝。
橙とネブラを寝かせたまま、今後の予定をひたすら考え、果てぬ金策にも飽きてきた頃。軽食でも、と思いお守をギリーに任せ、雪花と共に宿屋の外に出れば、街には突如としてモンスターの姿が増え、ただでさえ人でいっぱいだった街路に、大型のモンスター達が練り歩いているという事態になっていた。
馬系、犬系、猫系、鳥系まで。様々なモンスターが、〝ゲスト〟と書かれた腕輪や首飾りをして、街の中を興味深そうに見回している。
何匹かはポシェットのような斜め掛けのようなものを肩や首から下げ、屋台と交渉しては物々交換で買い物を楽しんでいるものもいた。
「あれは……」
「あれは、野生のモンスターだね。王霊祭と、塩祭りの時だけ、モンスターとの交流としてこういうことをやるんだってさ。友好的なモンスターに限るけど、許可証をつけると、祭りの間だけ野生のモンスターもセーフティーエリア内に入れます……って、統括ギルドのお姉さんが言ってた」
「へぇ」
面白い、と呟けば、のこのこと見覚えのある巨大な鷲が、こちらに向かって歩いてきた。ペンギンのような歩き方が、どこかコミカルさを醸し出している。
肩から下げた大きな斜め掛けは、ぱんぱんに物が入っているようで、木の釦は今にも弾けとびそうになっていた。
「あー、デフレ君!」
「よく見分けつくね、ボス」
俺はもうどれがどれだかわかんないよ、という雪花に、鞄の隅に刻まれている羽のマークを教えてやる。
「自分だって顔見ただけじゃわかんないよ。久しぶりデフレ君。この前はありがとうね」
『うぃーうぃーうぃー、旦那は絶好調らしいっすね! うちらの界隈にまで話届いてますよ! なんでも子竜が増えたとか!』
「おう……デフレ君、そんなキャラだったんだな」
「うわー、かるぅ」
『それで、噂の子は! 何か入用なものあります!?』
「宿で寝てるよ、二匹とも。あ? あー、そうだな。デフレ君、どうやって連絡とればいいの?」
『ああ、そういえば旦那には渡してなかった! しまったよ、こんなに強運な奴だって思ってなかったから! 威勢がいいだけの所詮はド素人だと――』
「――鳥風情が舐めた口聞いてるんじゃないぞ? ほら、ごめんなさい、って言ってごらん?」
「ボス! ボスそれじゃ言えないって! 喉絞めてちゃ言えないから!」
がっ、とデフレ君の首を掴んだ自分を慌てて押し留め、雪花が慌ただしく自分とデフレ君の間に立つ。
デフレ君はげふげふ、とむせた後、さーせん! と言いながら斜め掛けから小さな鈴の入った透明な箱を取り出して見せた。謝罪すら羽のように軽い。
『これを鳴らせば、ログノート大陸内なら飛んでいきまーす』
「ほんっと軽いなお前!」
雪花にそう怒鳴られても、全く動じないある意味大物な、ディル・フリック・レイスター、略してデフレ君。商売鳥としてその短縮名はどうかと思うが、本人、鳥? はあまり気にしていないようだ。
良い名前っしょー? 良い性格でしょー? と呑気に鳴く姿を見ながら、その小さな鈴をすられないよう、懐深くに仕舞い込む。
「それで、デフレ君なにしてるの?」
『買い出しっすよ! ごはんごはん!』
いくら商い鳥とはいえ、普段はやはり他のモンスターと同じようにセーフティーエリアに弾かれるデフレ君は、実は屋台で売られている豚肉が大層好きらしく、祭りの際に特別入場できる時は、欠かさずに色々な物を持ってエアリスに来るのだと言う。
『豚肉は神』
「なるほどねぇ……何か良いもの持ってる? 豚肉と物々交換しよう」
『良いっすよ! えーとね、今いい感じのものは、これっすね!』
「……なにこれ」
『火打石っす。天然のセーフティーエリア内で火を起こす時に良いっすよ!』
「ふぅん。買った。他」
『後は――』
と、こうして様々な雑貨の代わりに、心行くまで豚肉料理を貪ったデフレ君は、膨れた腹を更に羽毛で膨らませながら満足そうに息を吐いた。ますますペンギンに似てきた、とは、言ってはいけないのだろうか。
『……食った!』
「ボス、ボスそんなに金使って良いの?」
「10万積まなきゃいけない団体は諦めたから良いんだ。明け方の屋台の被害請求額見たか? 5回は死に戻り出来そうな額だ。20万も地図に積めない経済事情になったんだよ」
「……」
青い顔で雪花が黙り込むが、正直に言おう。弁償額は想像以上の額だった。より正直に言うならば、地図の為の20万はここで吹っ飛んだと言っても過言ではない。
「もう一度、店を丸ごと1つ弁償なんてことがあれば、今度こそ借金だ。マイナスにならなかったのが奇跡」
「そ、そんなに……」
「……そういえば雪花。お前、剣にいくらかけた」
剣を新調する! と意気揚々と出ていったのは覚えているし、腰に真新しい剣が下がっていることにも気が付いていたが、まだ値段を聞いていなかったと雪花を振り返れば、一瞬呼吸ごと雪花の動きが止まった。
「……え?」
「可愛こぶるな。それやっていいのは美少年か女だけだ」
小首を傾げ、肩を竦め、肘をしめる、というポーズを取った雪花のむこうずねを、ブーツの爪先で思い切り蹴る。圧迫感に顔をしかめた雪花が、おずおずと新しい剣を隠すように動き、いやぁ、大丈夫じゃない? とおどけてみせた。
「お小遣いは綺麗なお姉さんに全額使ったらしいじゃないか。じゃあそのピッカピカな剣の請求先は一体どこに設定されているのかな? ……未払いなら武器のステータスに表示されるはずだ、寄越せ、雪花」
「……どうぞ」
涙目で差し出された新品の剣を受け取り、色々と表示して金額を確認する。支払い済みなら表示は無いが、画面にはしっかりと未払いの文字。
「引き落としは今日……? 額は……」
金額を思わず2度見するが、口にしたくないほどの大金だった。一体、何をどうしたらこんな剣にそんな値札がつくのか。
ぎっ、と雪花を見れば、音速で顔を逸らしながら雪花が悲痛な叫びをあげる。
「良い魔法剣なんだよ!」
「そーか。じゃあ砂竜モドキを売りに行くぞ」
最後の砦として残しておいた、砂竜モドキの素材。あれを売れば、この剣を買うことは可能だろう、とさっくりと言えば、雪花は信じられないものを見るような目で、逸らした顔をこちらに向けた。
「買って良いの!?」
「仕方ないだろ、コントロールが悪くて巻き込まれるなんて御免だし」
雪花はただでさえ魔力のコントロールが苦手なのだから、媒介にするものは出来るだけ質が良いほうがいいのは確かだ。
ライン草の根を探す時もそうだったが、質の悪い剣に魔力を通すと、穴が乱雑な分、狙ったところではなく、四方八方に風の刃が飛び出したりするのだ。
危なくってやってられない、というのが正直な所だったので、質が良い魔法剣が手に入ったのならば、出来る限り優先すべきことだとは考えていた。
「ただ、正直……高いな」
「あー、うん。出来るだけ、スムーズに魔力を通すものって言ったらこれ渡されて……」
魔法剣とはいったものの、今手にしている剣に属性が宿っていたり、魔法や魔術がかかっているわけではない。エアリスで魔法剣といえば、よく魔力を通す素材で出来た剣のことであり、火を纏っているだとか、冷気を纏っているだとかいう物々しいものではないのが少し残念ではある。
「……また金が」
確かに、銃の強化をする時にサンプルを1つ1つ手に取りながら、値段を教えてもらった時、魔力を通す金属ほど、高値がついていたものだ。
しかしながら、あまりにも高い……いや、これは必要なもの。必要なもの。仕方がない。
「――必要経費として認める」
その一言に一瞬は嬉しそうな顔をするものの、雪花も懐事情は分かってきたようだ。金策その1。これ以上、弁償額を増やさないためにも一刻も早く外に出る、という作戦を選ぶと言うことは、一方で増える筈だった金が皮算用のまま消えてしまうと言うことだった。
温存しようと言っていた砂竜モドキを売り払わなければいけない程度には困窮しているが、ドルーウから報酬としてもらった巨大晶石を売り払わなくてもいいくらいには、困っていない。
この微妙な困り具合こそが、今後の行動を決定しきれない原因となっていた。
「……今後、どうするの?」
膨れた腹のまま、よたよたと歩くデフレ君と一緒に街路を歩きながら、大事そうに新しい剣を抱える雪花が、出ない結論を恐る恐るつつく。
別につつかれたからと言って、一方的にキレたりすることはないのだが。雪花は最近、自分の顔色を窺い過ぎだと思う。
「……地図を手に入れる方法は、無いこともない」
「……金を積む以外に?」
それって、安全なの? と引きつった顔でこちらを見る雪花に、メニュー画面からデータを1つ、メッセージ機能で送ってやる。
一通りそれに目を通し終わるのを待ち、ぎぎぎ、とメニュー画面を指さしながら青くなる雪花に重々しく頷いてやった。
そこには、青く光るメニュー画面に、派手で悪趣味なテキストが金色に輝いていた。
【Under Ground Online】TV! 略して、ぐらてれ! PK、もしくはPKK活動の密着取材! モンスター跋扈するフィールドへの先行取材! 危険な取材になる為、腕の立つアルバイト募集中! 技術よりも戦闘力求む。(地図作成も同時並行で行います)
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