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【Under Ground Online】  作者: 桐月悠里
3:Under Ground(意訳――≒逃げ道)
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第七十八話:兄弟喧嘩



第七十八話:兄弟喧嘩




 忙しく、でも楽しい日々が始まる予感がした。


 そんな戯言をほざいていた自分に、今の自分は真正面からこう言ってやるだろう。目を覚ませ。それは幻覚だ。間違った未来予想だと。


「……すみません、本当にすみません。この通り、ええ、出来るだけの弁償はしますんで……」


「ドラゴン様なら仕方ない……と、言いたいところだが、流石に、ちょっと……多少の金は積んでもらわないと俺が詰むな。おだてた俺も悪いんだけど」


「本当にすみません……本当に……」


 現在時刻、AM3:16。アルトマンを伴い教会での二度目の登録を終え、解散し、宿屋に戻る道中に事件は起きた。

 舞い散る羽毛と街の人の歓声。飛び散る果実と橙の叫び声。竜の魔法スキルが夜空に閃き、果物屋一軒を、ものの数秒で大破。


 上がる怒声は自分のものだったが、ぎゃあぎゃあと喚く竜二頭と、ドラゴンが動いている! 戦っているぞ、うおー! と底なしに盛り上がるNPCと果物屋の店主。


 いや止めろよ! と自分が叫ぶ中、上りきった熱が落ち着くまでに丸々一時間。果物屋があった痕跡など消し飛び、膨大な魔力に支えられた、制御も加減も知らない力が、街角に小さな焦土を築き上げていた。


「この……やんちゃ共が……!」


 へこへこと頭を下げ続ける自分の手には、片方ずつ握られた竜の尾。宿に戻る前に、と橙用に購入した軍手が早くも活躍の場を得ていた。しかし、この軍手は2つ目。1つ目はむんず、と橙を掴んだ瞬間に燃やし尽くされ、それにプッツンした自分が思わずフレイムを発動。王霊祭ゆえに普段とは違いダメージは無いものの、その規模と派手な炎に驚いた隙をついて、再び抑えつけ、先程ようやく子竜達の暴走が終了。


 言い聞かせている最中に腕に噛みついてきたネブラ(氷竜はそう名付けた)に、今度はブラストを披露してやる、というハプニングはあったが、橙もネブラもわかってくれたようで、今では大人しく吊るされるがままになっていた。……ぶちぶちと文句ありげに鳴いてはいるが。


「金は明日、統括ギルド経由で申請するから。大変だろうし、もう行っていいよ」


「ありがとうございます……本当にすみませんでした」


 ぶらん、と両腕に子竜をぶら下げている状態で頭を下げても何とも間抜けだが、幾度目かわからない謝罪をし、店主のご厚意で宿への帰路についた。

 重苦しい沈黙を引きずりながらギリーの背の上に二匹を纏め、やけに大人しいそれを連れて意気消沈で歩んでいく。


 ギリーに慰められながら宿屋に到着し、部屋に戻って竜共を下ろせばぷかぷかと幸せそうに寝息を立てているという始末。どおりで大人しかったわけだー、とやるせない怒りに机に突っ伏せば、がちゃりとタイミングよく寂れた扉が開かれた。


「たっだいまー……あっれ、ボス。どしたの?」


「……おかえり」


「お? お? おおお? 2匹目生まれたんだ!」


 すっげぇ! 可愛い! とはしゃぐ雪花に、現実を見せてやりたいと思った。まあでも、そのうち思い知るだろうから、今はまだ見かけの可愛さに浸らせておいてもいいだろうか。


「名前は?」


「ネブラ」


 ラングリアの神話に語られる、〝凶暴な氷の竜〟の名前からもらったものだと言えば、雪花は意外そうに目を見開いて自分とネブラを交互に見つめる。


「なに」


「いや、ボスもそういうファンシスみたいな名前つけるんだなーって」


「ファンシス?」


「中二病のこと」


 耳慣れない言葉に思わず聞き返せば、前にネットで死語と言われていた単語が雪花の口から零れ落ちる。ルーさん世代では流行りの言葉も、雪花の年代では死語扱い。ルーさん達がジジイ、ジジイと呼ばれるのも、多少はわかるというものだろう。だが、意外と言われるのは心外だ。


「そりゃあ、自分だってそういうの嫌いじゃないし……」


「し?」


「カッコイイじゃん」


 そう言いながらニヤリと笑えば、雪花もニヤリと笑みを浮かべる。うん、ネブラって顔に見えるよ、と頷く雪花は、まだこの氷竜の怖さを知らないから余裕なのだろう。

 正直、名前負けしないその気性に、遅い後悔が始まっているのだが、これは前途多難だと言わざるを得ない。


 それとなく、雪花に事の次第を伝えると、案の定、仲良さそうなのに? と、2頭寄り添って眠る子竜達を指さす。


「え、原因は?」


「あー、それね」


 そもそも、喧嘩の原因は、恐らく些細な言い争いだ。ギリーに乗って帰る途中、屋台を腕でさし示し、橙がネブラに何かを言ったような仕草を見せた。その少し後に、問題は起きたのだ。


 通常、セーフティーエリア内では契約、未契約に関わらず、言語の壁は取り払われるはずなのだが、生まれたての学習性AIはまず共通で語るべき言語を上手く発音できない、というシステム的なハンデがあるらしい。


 自動翻訳機が万能でも、発音が出来なければ意味をなさない。当然、どれだけ翻訳してもただの音なので、自分やギリーの耳にもそう聞こえる。橙がいつも、ぐぁぐぁ、言っているようにしか聞こえないのは、実際にぐぁぐぁしか言えていないからだ。発声のための器官が、未発達であると言った方がわかりやすいだろうか。


 だが、竜の子には同種間でのみ使えるテレパシーのようなものがあるらしく、はっきりと言語化するわけではないようだが、薄ぼんやりと意思を伝えることが出来る、というのが統括ギルドに問い合わせた時の返答だった。


「それで?」


「それで、様子を見ていた自分からすると、どうも『あの果物はきっと甘い』、『は? 馬鹿じゃないの? 絶対に酸っぱい』みたいな、そんなくだらないことで揉めたように見える」


「……ファッ?」


 詳しく、という雪花に、最初からゆっくりと説明してやる。


 まず最初に、腕を上げて橙が示したのは、まあ予想を違わず果物の屋台だった。本能に多少は刻まれているのか、おそらく、美味しそうとか、甘そうだとかを口にしたと思われる。


 しかし、そこに水を差したのがネブラだ。仲間の中で、唯一ぼんやりとでも意思疎通が出来る兄弟は、橙を鼻で笑った。これは確実だ。ギリーも、自分も、あの場面を見ていた者は断言できるだろうと言えるほど、はっきりとネブラは嘲りを態度に表した。


 橙の声は出ていなかったから、それは初めからネブラに向けた言葉だったのだろう。しかし、橙はネブラに否定されて――それも、かなりあからさまに馬鹿にされて、当然だがムッとした態度をとった。


 竜名鑑の細かい記載にあった通り、ぐるりと半分丸まりながら全身の巨大な鱗を逆立て、攻撃の前に相手への不満を態度で表した。野生動物の「それ以上は、怒るぞ」のポーズである。見知らぬ者が近付いた犬が、唸って相手を牽制するように、攻撃前に一応、橙はネブラに警告した。


「そ、それで?」


「当然だが名前負けしない上に、プライドの高いネブラは引かなかった」


 あちゃあ、と額に手をやる雪花を眺めながら、自分は嫌な思い出を掘り起こしていく。


 自分の発言を撤回することは、プライドが高いものにとって最高に苦痛なことだ。当然、例に漏れないネブラはそんなことを嫌がる。一瞬こそ、橙の警告に怯んだように4枚の羽を広げたネブラだが、それだけで引き下がるような性格はしてなかった。


「恐らくネブラは、『じゃあ確かめればいい』と言ったと思う。2頭の合意で、果物の屋台に寄ると必死にアピールしてきた」


 ただし、必死だったのは橙だけである。ネブラは当然、言うことを聞くだろうというような態度だった。この時点で、まだ触れ合いの少ないネブラは、自分が見かけよりも短気であると言うことを知らない。


「寄ったの?」


「会話の推測があってるか確認したくて、寄った。橙は果物屋に近付くと、青い果物を一つくわえてこっちを見たから、金を払って買ってやった」


「ふむふむ」


「橙はそれを一口齧って、誇らしげに顎を上げた。得意げな子供がやるあれだ。どうだ、と言われたネブラは果物を自分でも齧り――」


「齧り……?」


「――大切なことだから、もう一度言おう。……自分の発言を撤回することは、プライドが高いものにとって最高に苦痛なことだ」


「……」


 先が読めるようで読めない、という顔で青褪める雪花は、さっきとはまた違った意味を含んだ目でネブラと橙を見る。結論を言ってしまおう。


「ネブラは、素直に謝ることが出来ず、ギリーの背の上から頭突きで橙を突き落した」


 自分でも果物を一口齧り、ネブラは一瞬固まった。もう少し育っていれば、恐らくこの程度で美味しいとか、などと減らず口もたたけたのだろうが、多分そこまでの語彙ごいも頭も育ってなかった。


 負けたことを悟ったネブラだが、口八丁で誤魔化すことも出来ない。やり場のない思いが暴走した結果が、頭突きで橙を突き飛ばす、というものになった。腕があれば、文字通り突き飛ばしていただろう。


「腹を立てた子供が、相手を突き飛ばす。それに近いと思われる」


「いやでも、ギリーってけっこう体高あったよね?」


「当然、けっこうな高さがあったんで、咄嗟に片腕を出した。だが、咄嗟に出したものの、片腕で重力と橙の体重を支えられるわけがなかった」


 ぐきっと。痛みも不具合も一瞬で調整されたものの、恐らくセーフティーエリア外であったなら手首の捻挫ものだろう。嫌な音を立てて自分の左手から零れ落ち、生まれたてで既に10キロに迫る橙は、ゴムまりのように地面に落ちた。


 咄嗟に丸まり、松ぼっくりのようになった橙は、てーんてん、と少し地面で跳ねる程度で、怪我などは無かったのだが、それでもやられたことに違いは無い。


「……橙は怒った」


「そりゃあそうだろ」


 遠い目で語る自分に、雪花が頷く。当然と言えばそうなのだが、橙は、それはもう怒っていた。もし、あの場でネブラがごめんを言えるような子だったら、問題にはならなかっただろう。橙は無邪気と言うほど良い子ではないが、性格が悪いというほど、根性が曲がっているわけではない。


 きっと、それはそれ。で、もう一つ同じ果物を買ってくれとか、これを分けようとか。そういう優しさはあるのだ。

 現に、教会の順番待ちの間、ネブラが暴発しなかったのは辛抱強く、一方的に続いていると思われる身振り手振りを交えて語られるネブラの話を、橙がうんうん、と聞いてくれていたからだ。


 橙は相手に譲る、ということをあまり苦にしない。いや、正しく言えば、自分がこだわっていること以外では、相手に譲ることをいとわない、という感じだ。

 果物の件は、橙にとって譲れないものだった。だから言い争いになったし、確かめてみたときに、得意げに顎を上げて自分の正しさを主張したりした。


「怒った橙は炎を吹き出し、ギリーの背中の上にいるネブラを自分ごと、もう一度言おう。自分ごと、熱波で吹き飛ばした」


「……ボスが踏ん張れないほどだったんだね」


「痛みをオフにしていて本当に良かった」


 首に変な感触が走ったのは気のせいではない。橙は自分とネブラをギリーから叩き落したのだが、地面に落ちたネブラはまた違うことで腹を立てた。


「え? 歯向かって来たことじゃなくて?」


「自分は曲がりなりにもこいつらの主人だ。仕草一つとっても超絶可愛いからってのもあるけど、四六時中見ているのはそれだけが理由じゃない」


「親馬鹿乙」


 パァン、と宿屋の一室に銃声が響き、だらしなく頬を緩めていた雪花は即座に姿勢と共にそれを引き締めた。自分は優しく馬鹿2頭に毛布をかけてやりながら、話を再開する。


「ネブラは突き落した一瞬、自分でもしまった、というような様子だった。地面に落ちた橙が無事かをじっと見つめ、無事だと分かり、橙が自分に腹を立てて炎を噴き出しても、ばつが悪そうな顔をしていた」


 恐らく、熱波を浴びた程度で、反撃するほどネブラの性格も悪くない。ネブラが許せなかったのは、また違うことだった。


「地面に落ちた時、運悪くネブラは砂が多めのところに落ちた」


「怪我がなくて……いいんじゃないすか?」


「ネブラは生まれた直後のアルトマンの家でも、床の埃を見て嫌そうにしていた。綺麗好きなんだ。なのに、ちょっと水っぽい砂に塗れて、ネブラは耐えられなかった」


 子供の後悔など、そんなものだ。ネブラが抱いていた後悔は、熱波で吹き飛ばされて帳消しになり、そして砂で汚されたぶんはまた別の問題として再び喧嘩の種になった。


「橙からすれば、その程度の汚れ、だ。穴掘りが好みの橙にとって、汚した、とかそんなことは考え付かない。当然、ネブラはまだこれでも突っぱねるのか、と思い、互いにより怒りのボルテージは上がっていく」


「一方、ボスは?」


「ぐきっ、といった首が、ダメージが無くとも違和感が酷くて、地味にのたうち回っていた」


「――笑ってない! まだくすり、とも言ってないよ俺!」


「そうかな。笑ったような気配がしたんだけどな……」


 確かに口角が上がる瞬間を見たと思ったのだが、勘違いだろうか。構えた銃を下ろし、自分は再び話の続きを始める。

 びくびくしながら距離を取る雪花に冷たい目を向けつつ、茶を淹れろと要求する。


「自分が立ち上がってまともに動けるようになった頃には、果物屋の屋台はすでに半壊。NPCや店主が煽り立てて、結局宥めるのに1時間ほど。その頃には既に、ここに屋台なんてあったっけ? みたいな感じになってた」


 尻尾を掴まれた橙が軍手を燃やし尽くし、自分にフレイムを喰らった時はざまぁ、みたいな感じで大人しかったネブラも、次に自分がむんずと掴まれて怒られれば、自分が怒られるのはおかしい! と反抗的に腕に噛みついてくる始末。


 思わずぶちかましたブラストが、屋台の最後の骨組みを木端微塵にしたことは、このさい些細な事だから黙っておこうと思う。


「あー、つまりだ。弁償することになったから、金が減った」


「……まさか、これからもそんなことよくありそう?」


「いくらあっても足りない、になるだろうな」


 正規サービスが始まったら2、3日の間はエアリス周辺でPK狩りをしようかと思っていたが、この様子ではもしかしたら稼ぎよりも出費の方が多くなりかねない。


「予定は大幅に修正することになりそう」


「なるほどねー……まあ、俺はボスの決定に従うまでだから」


 決まったら教えてー、と呑気に言う雪花が憎い。PK狩りをしないということは、他の所から金を用意しないといけないということだ。金が無ければ指名手配のプレイヤーを入れてくれる団体は無い。後々、面倒なことになるからだ。


「金……」


 竜を2頭育てるための資金はある程度用意していたものの、既に色々と入用いりようなものを揃えたり弁償したりしている内に……特に弁償によって、貯金はかなり減りつつある。


「これは本当に……すぐに出発したほうがいいかも」



 忙しく、でも楽しい日々が始まる予感は、あっという間に現実にのまれていった。




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