第七十話:黄麗の壱月
第七十話:黄麗の壱月
――王霊転じて黄麗とする。
この世界では、季節の巡りを36の節気によって表している。テストプレイ開始は千蝉の初めの頃だったが、弥生ちゃんとの契約が終わってから数日経った今日はちょうど節気が変わる日だ。
メニューを開けば今の節気が『黄麗の壱月』と示されて、視線を下げれば、街は普段の様相を大きく変えていた。現実でいうところの、9月11日。黄麗の壱月から祭りは始まる。
「……王霊祭開催か」
数日間の間、PKプレイヤー狩りをしたり、手に入れた精霊の雫の鑑定をしたりで忙しくて忘れかけていたが、今日から十日間続く祭りの初日は、華やかに始まっていた。
ログイン後特有の微睡の中、雪花が荷物をチェックする音を聞きながら窓辺から街を見下ろす。
店先に飾られた色とりどりの花に、輝く晶石の飾り。花の冠を被ったNPCの子供達が飛び跳ねるように道を行き、たくさんの人々が楽しそうに談笑しながら歩いていく。
屋台は次々に仕事始めの声を上げ、肉の焼ける匂いに引かれてか、串焼き屋の前に行列が出来始める。飴売りが掌から簡単な魔法で火を上げれば、子供達が歓声を上げて囃し立てる。
「あー……そういえば、王霊祭開催中は、魔法とか魔術とか使いたい放題らっしいねー」
「ダメージは一切ないけど、祭りを盛り上げるのに、って言ってたね運営が」
人に直撃してもダメージがない、という神様の干渉により、全てを焼き尽くす魔術の炎はほんのり暖かで、派手なだけの見世物と化していた。
飴売りが放つ炎が、どういう原理か鳥の姿を模して羽ばたいた。炎の小鳥が窓辺まで飛んできて、参加を促すように一回転。窓を開けてこちらを見上げる飴売りに手を振れば、飴売りの男は棒飴の入った袋をこちらに向かって投げ上げる。
うまくキャッチしながらポケットを漁り、祭りだからと豪勢に金貨を投げた。男が伸ばした指先が金貨を絡め取り、気障な動作で帽子を脱いで一礼する。
手を振りながら、男は炎の小鳥と子供達を引きつれて通りを歩いていく。べっ甲の色をした棒飴を1つ口にくわえながら、一応の装備を確認して立ち上がった。
「飴数本に金貨とか、豪勢だねぇ」
「ほら雪花も食べる? いいんだよ、祭りなんだから」
祭りだからこその色の付け方だと言いながら、ゴーレムの鞘に収まったアドルフのナイフを装備する。弥生ちゃんの言う通り、アドルフの爪はゴーレムの身体を貫くことは無く、しっかりと鞘としての役目を果たしていた。爪でぴんと弾き、美しく装飾されたそれを撫でる。
「さて、祭りを楽しみながら、旅立ちまでに必要なアビリティを取得するぞ」
「はいはい、いぇっさー」
ここ数日で雪花と自分の武器の調整は、ほぼ完了した。デザートウルフは強化され、PKプレイヤー狩りで稼いだ金と、ニブルヘイムが卵と共に残した自身の鱗やら牙やらを元に、もう1つ銃を作成。
新たな銃は腰の後ろに見えないように装備していて、普段は滅多に使えない部類のものだが、強力な武器だ。
名前はそのまま、『砂竜:ニブルヘイム』となった。武器屋のお姉さん曰く、名のある竜やモンスターが人に自身の一部を与えるとき、その素材で作った武器には特殊な力が宿るのだと言う。
特殊な力が宿るのはいいが、その代わりに出来上がった武器の命名権は素材を与えたモンスターに依存する。その為、システム越しにニブルヘイムが付けた名前は、自分自身の名前だったというわけだ。
「まあまあ、武器屋のえっろいお姉さんは、名前に恥じない強力な武器だって言ってたじゃん」
仕方ない、仕方ないと雪花は言うが、確かに強力な武器ではあるものの、普通の弾丸が撃てないというのは如何なものか。
普通の弾が撃てないからこそ、強力な弾を撃てるのだと言われてしまえばそれまでだが、現状では本当に使いどころが限られてしまう。無駄撃ちは出来ない、正に切り札だ。
「とりあえずは、この銃の為に必要なアビリティだ。統括ギルドがいうには、〝見習い細工師〟というアビリティが必要らしい。雪花、それはお前が取れ」
強化を終えた『デザートウルフ』はいつも通り、右の太ももの部分に装着。しっかりと固定し、すられたりしないように気を付ける。
『砂竜:ニブルヘイム』が撃てるのは普通の弾丸ではなく、強力な魔術が込められた魔弾のみ。その魔弾は晶石から加工され、加工された弾丸に魔術師が魔術をこめる。自分も雪花も魔術師であるため、問題は晶石を加工する為の技術だ。
「それはいいけど……そんなに信用していいの?」
アビリティが育てば、自身がいずれ必要不可欠な存在になるであろうことを予見し、雪花は疑うように自分を見る。
「なんだ、他所に行く予定でも?」
「いやいや、解雇されるまではそりゃあ、貴方の犬ですプレイは続けるけど――」
「なら問題ないだろう」
じとりと横目で見ながら解雇する予定はない、と言い切れば、薄橙の瞳を少しだけ見開いて雪花が口を閉ざした。軽口さえ引っ込めて、ますます疑うように自分を見る。
「言っとくけど、俺はかなり怪しい奴だと思うよ?」
自分を信用して背中を預けられるのか? というしつこい問いを、くどい、と一言で切って捨てる。既に自分は雪花を手放す気は無く、それは戦力としても、そうでない意味でも決めていたのだ。そう決めた時に、背中を預ける覚悟もとうに終わっている。
「〝見習い細工師〟は幸い、金を積めば何とかなるらしい。自分は用事を済ませてから、昨日話をつけた店に行ってくる。はい、これ地図」
「あ、ああはい。らじゃ。ボスは〝見習い銃士〟のアビリティレベル上げしてから?」
「うん。統括ギルドで練習場を借りて、魔弾使用資格のスキルが出るまで撃ってから行く。撃った弾丸の数に因るみたいだから、そんなに時間はかからないだろう」
魔弾しか撃てない銃を手に入れて、魔弾も一応依頼して作ってみたというのに、肝心の自分が魔弾使用資格を持たないのはお笑い草だ。欲しいスキルのヒントを教えてくれる統括ギルドによれば、とにかく撃てとのことなので、言われた通りに数を撃つしかないだろう。
統括ギルドにある有料のスキル練習場をレンタルし、スキルが取得出来たら次は本命の用事だ。
「竜の卵の状態を見てくれるとか、眉唾じゃねぇのー?」
「ヴォルフさんの紹介だから、大丈夫。念のため、一個ずつ持っていく予定だし」
それに、いつ孵るのかが分かるのなら、それにこしたことはない。ヴォルフさんが紹介してくれた、モンスター専門の医者系アビリティ持ちのNPCに話はつけてあるし、預けるわけではないのだから大丈夫だと雪花に言う。
「ならいいけど……いや、ボスあの卵達大事にしてるし、PKされないために持ちだしてないんだしさ」
俺だって楽しみにしてるから、と言いながら雪花は息を吐いて長剣の位置を整える。なんだかんだ言いながら、ほだされているのは自分よりも雪花の方だ。初めの頃よりもずっと和らいだ目元が自分を見るようになったことに、本人は気が付いているのだろうか。
「さ、目も覚めた。出発しよう」
「いぇーさっさー」
扉を開き、祭り華やぐ街へと繰り出す。雪花と別れ、ふんふんと鼻を鳴らしながら自分に追随するギリーと共に街路を行く。
本当に人が多く、NPC達が嬉しそうにギリーにタッチして歩いていく。ギリーも大して気にした風でもないので、まあ放っておいてもいいだろう。
『本日より、〝始まりの街、エアリス〟では十日間に渡り王霊祭を開催します! 伍月には街の中央広場で三王の魂を鎮める儀式なども行われるので、皆さん是非お越しください!』
どこからともなくスピーカーから発されたような声が響き渡り、祭りを盛り上げていく。楽しそうなNPCに混じり、プレイヤーもちらほら楽しんでいるようだ。意外にも人気なのは肉ではなく野菜のようで、キュウリに似た何かを串に刺して焼いた串焼きが人気なようだ。
「あれなんだろ……」
『さぁ、私はあまりそういう知識に詳しくない。気になるなら、聞いてみるといい』
口に咥えた棒飴を噛み砕き、あちらこちらに備えられたゴミ入れに放り込む。人気の串焼きの列に並べば、NPCが気さくに話しかけてきた。若い女の人は綺麗に着飾っていて、髪をかき上げる度にしゃらりと綺麗な腕輪の連なりが音を立てる。
「彷徨い人ね? ようこそ、王霊祭へ!」
「あ、どうも……あの、この串焼き、何を焼いているんですか?」
「ズッキーニよ。キュウリに似てるけど、焼くととても美味しいの。まだギリギリ旬の内ね」
「へぇ、ずっきーに……良い匂い」
何とも言えない、良い匂いが現実よりも良い嗅覚を刺激する。ズッキーニなるものの串焼きに頬を緩めながらも、教えてくれたお姉さんをもう一度見やる。
純白のレースのような衣装は陽光を浴びて美しく、所々に金色の金属の飾りが連なっていた。どのような恰好、と評すればいいのだろうか。腕を動かすたびにまたしゃらりと涼やかな音が鳴り、白い指がそのぷっくりとした唇に添えられる。
「私は踊り子なの。今日の夜に中央広場に見に来てね」
「踊り子さん、か。はい、楽しみにしてます」
撫でろとすり寄って来るギリーの頭を撫でながら微笑めば、お姉さんも嬉しそうに笑みを浮かべる。
エリー、と名乗ったその人は、串焼きの出来上がりを待ちながら色々と王霊祭について教えてくれた。三王の伝説は、NPCにとっても興味深い話なのだとか。
「あ、ねぇねぇ。決闘場にはもう行った? 彷徨い人達が見世物として、セーフティーエリアの中で模擬戦闘をするそうなんだけど」
「そうなんですか……祭りの間は確かに魔術とかは使えますけど、ダメージは無いんじゃ?」
「決闘場の中は特別よ。あの中は神様の制限が外れるの。外と一緒ね」
その空間は神様の手を離れた、ある意味で無法地帯であるらしい。祭りの時や、特別な日などに解放される施設らしく、屋外に作られたそこでは彷徨い人達が見世物として戦闘ショーを行うようだ。
運営が関与しない、簡単なプレイヤー同士の戦闘イベントらしい。竜の卵を診てもらった帰りに寄ってみてもいいかもしれない。なんだかんだいって、自分はまだまともにプレイヤー同士の戦いというものに慣れてはいないから、参考になるだろう。
「へぇ、そんな場所もあるんですね」
「王霊祭をきっかけに、街巡りをするのも楽しいわよ。あ、出来たみたい。じゃあね!」
「ええ、さようなら」
大量の串焼きを受け取り、手を振りながらお姉さんは通りを駆けていった。踊り子仲間の分も含めた買い出しだったらしく、急ぐように人ごみをすり抜けていく。
視線を屋台の方に戻せば、店主が串をくるくるとひっくり返しながら顔も上げずに注文を取る。
「ほいよ、何本だい?」
「あー、ずっきーにを1つ。鳥串は2つで」
「はいよ、鳥は1本串から外してやろうか?」
「あ、お願いします」
横目でちらりとギリーを見た店主が、にっと笑って1本分の鶏肉を木の皿に抜いてくれる。そこに焼き立てのズッキーニともう一本の鳥串。食べ終わったら皿は店の横手に返却するらしく、そのまま金貨1枚を払って銀貨1枚を受け取った。
列から少し離れ、ようやく手にしたズッキーニを見る。やはり見れば見るほど、巨大なキュウリによく似ていた。キュウリよりも滑らかで濃い緑色の皮にはいい感じの焦げ目がついていて、白っぽい内部は茄子のような感じだった。
熱々のそれに齧りつけば、何とも言えないうま味が口に広がる。しゃきしゃきした野菜の食感を失わないまま、でも溢れる汁がとても美味しい。
「ほら、ギリーも」
『ありがたい、いただこう』
緩やかに尾を振りながら巨体を屈め、木の皿に串から抜いてもらった肉をギリーに差し出す。店主からモンスターへの、小さな気遣いが嬉しかった。
美味しそうに、あっという間に肉を呑み込んだギリーをみて、足りなかったかなと思いながら自分も鳥肉を頬張る。一口食べて、後は皿に抜いてギリーにわけてやった。
「美味しいなこれ……ずっきーにか」
肉も確かに美味しいのだが、ズッキーニなるものを食べてしまえばその美味しさも霞んでしまう。あっという間に無くなったそれを名残惜しく思いながら、また後で雪花と来ればいいかと皿を返却台にそっと重ねる。
さて、目指すは統括ギルド。お腹も少しは膨れたし、颯爽と歩き出す。途中、NPCの子供達をサービスでギリーに乗せてやりながらも、自分は辿り着いた巨大な建物を首を反らして見上げた。
竜の紋章を掲げる、〝始まりの街、エアリス〟の統括ギルド。祭りの最中でもその威厳を失わず、飾りつけもないそっけない木の扉を押し開く。
まばらだがプレイヤーが数名うろついていた。あいている受付に赴き、アビリティを所持していることを示す為の特殊な晶石とやらにさっと手を翳す。
「すみません。練習場を借りたいんですが」
「はい、有料ですが大丈夫ですか? 今日はどちらのアビリティを?」
「はい。銃のアビリティレベルを上げたいので、そっちの方に」
「では、射撃場の方に御案内します。こちらです」
受付の奥の扉を潜れば、そこは様々な部屋に繋がっている。何の脈絡もなく銃の練習場へと繋がった扉は、自分と受付嬢がくぐり終えればぱたりと閉まり、次の瞬間には扉は消え失せる。
「終了したい時は、ベルを鳴らして下さい」
では、ごゆっくりどうぞ、と言いながら受付嬢が腕を一振りする。それだけで消えたはずの扉は現れ、今度は魔術練習場に繋がったようだ。魔術の詠唱と、スペルを叫ぶ声を漏らしながら、受付嬢がにこやかな表情のまま扉の向こうに消えていった。
「さて――」
愛銃を引き抜き、持ち込んだ弾薬を台に並べる。室内射撃用のイヤーマフを装着し、軽く肩を回して構えた。
「――何発で取得できるかな」
目指すは〝見習い銃士〟のアビリティ上げ。目的はスキル【魔弾使用可能者】の取得だ。はたして、何発の弾丸が必要なのかと唇をゆがませながらも、1発目の弾丸が的の中央を撃ちぬいた。




