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【Under Ground Online】  作者: 桐月悠里
1:Under Ground(意訳――目に見えない仄暗い世界)
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第七話:ぎぶ・あんど・ていく:Ⅱ



第七話:ぎぶ・あんど・ていく:Ⅱ




「じゃあそのPKプレイヤーって、たまたま以外では遭遇しないってことですか」


「まあ、そうなるね。わかりやすく囮を置いても人数いるとかかってこないし、お手上げだよ」


 みんなで写真を撮るという一時の幸せのあと、さてじゃあ〝始まりの街、エアリス〟へと入りましょうかということになり、少し離れた所に見える街の明かりに向き直る。


 ゆっくりと歩き出すルーさんに、はっとしたフィニーがふわりと地面から飛び立つ。音も無くルーさんの肩にとまるも、ルーさんは一瞬だけ迷ってから優しそうな声でこう告げた。


「フィニー。君の体力じゃ心もとない。夜空に紛れて、高い木の上で待機してなさい。事態が収まったら呼んであげるから」


 フィニーは少しだけ不満そうにルーさんの肩を軽く蹴ったが、すぐに仕方がないと再び音もなく飛び上がる。見る見るうちに高度を上げ、夜空に紛れる灰色の鳥を見送って、ルーさんはふぅと溜息を吐いた。


「僕がこんなに事態収拾に躍起になって動いてるのも、全部フィニーを肩に乗せて街中で自慢して歩きたいからなんだよねぇ。ああ、もう……」


 ぶつくさと文句を言いながらも、ルーさんはフィニーが自分から離れることに不満そうだったのが嬉しいようで、その口元はにまにまと浮つき、ルーシィに気持ち悪いですと言われる始末。


 さっきまでの好々爺のような雰囲気はどこにもなく、これではどこからみてもモンスターと女の子の妖精が好きな軽い変態のおっさんだ。


「とりあえず、情報屋さん? からのメール? が届けば大丈夫……」


『情報屋とは最近のVRMMOにおけるプレイヤーの立ち位置のことですが、【Under Ground Online】では一次職として情報系アビリティ〝見習い記者〟を置いているので、どちらかでしょう。通常はジョブ――職業です。やクラス――似たようなものです。に関係なく、そのプレイヤー個人が好んで情報を収集、対価を得るか得ないかに関わらず、その情報を広く配布することを指して、そのプレイヤーを情報屋と呼ぶ事が多いです。ついでにこの状況でいうメールとはプレイヤーへの一斉送信メッセージのことです。通常フレンド登録をしたプレイヤー同士でなければメッセージは届きませんが、一人のプレイヤーが全プレイヤーに対しての一斉送信をすることは禁じていません。以上です』


「聞く前に答えるようになった……だと」


『ルーさん。それは年齢がバレるネタです』


「流行ってたんだよ。察せよちくしょう」


「えーと?」


「知らなくていいよ狛ちゃん」


「あ、はい」


 聞こうとしたら即座にルーさんに釘を刺され、仕方なくスルーする。なにやら定型文のようだが、昔ネットで流行でもしたのだろうか。


 そんな感じに呑気に〝街〟に向かって歩いていた総勢2人と6匹は、しかし不意に立ち止まったギリーの声で急激にその気を引き締める。


『主、何かキナ臭い。誰か来る』


「ルーさん。止まってください。ギリーがキナ臭いって言ってます」


「……来たかな? 長い間エリア外でふらふらした甲斐があったもんだ」


 そう、先程のPKやPKK、昔の話などをしてくれたルーさんの心は本物だが、わざわざすぐ見えるところにある〝始まりの街、エアリス〟から少し離れ、こんなにも長い間お喋りに興じていたのには少なからずワケがある。


『釣れました?』


「いや、警戒されてる。まだかかってこない。フィニーは上空にいるから数えていないだろうけど、ギリー達がネックだろうね。ドルーウってさっき言ってた通りなら、中ランクだよね?」


『いえ、ワールド単位で見れば全然まだまだ最下位に毛が生えた程度ですが、今のプレイヤーの皆さんのスペックからしたらギリーで小ボスくらいですかね』


「……先が暗い。本当に攻略とか出来るんだろうか」


「えっと、頑張りましょう……?」


 ルーシィのその言葉で一気に顔色を悪くさせるルーさんを身振り手振りで慰めるふりをしつつ、その指の動きでステータス欄をタップして無音のまま気付かれぬよう詠唱文を表示する。


 他愛ないお喋りの最中、教えてもらったメッセージ機能で伝えられた作戦は直球の囮だ。ふらふらと餌にひっかかるまでエリア外で長時間話し込み、いかにも警戒していませんという態度を取りつつ、襲ってきたところを叩き潰すというシンプルな作戦。


「ふむ……1人動いたね。全部で3人か。囲む気だな」


 大当たりではないけれど、そこそこの魚が釣れたとルーさんが目を細める。


 メッセージの中で一部分だけ教えてもらったルーさんのスキルは、パッシブスキルの【索敵:Ⅰ】と【鳥類の瞳】。【索敵:Ⅰ】は自身を中心とした、一定範囲内のモンスター・PK経験者発見用スキル。

 【鳥類の瞳】というのは、自分の【獣の目】と同じように、特定のモンスターと契約することによって得られるパッシブスキルらしい。【索敵】等の範囲系パッシブスキルの範囲を底上げする効果があるらしく、ルーさんは主にその2つのスキルを併用してPKKを行っているのだとか。


 【索敵:Ⅰ】の取得条件を教えてくれるという条件の下、今自分とルーさんは協力関係にある。序盤でいう所の小ボスであるギリーの存在が大きいようで、協力を持ちかけられた理由になったが、餌がなかなか釣れない理由にもなっていた。


「どうします? 待ちますか?」


「待つ――人は攻撃した瞬間が一番気が緩むからね」


「わかりました。詠唱準備しときます、何が良いですか?」


「さっき聞いた狛ちゃんの泥沼作戦は成功すれば秀逸だ。それでいこう、できたら勢いよく突っ込ませる。僕達の足元ここら辺からぎりぎりに6くらいで。最悪足場を悪くするだけでいい、危険だと感じたら魔力を残す事を考えずに」


「了解」


 すでに開いていた詠唱文をしっかりと確認しつつ、ばれないように何気無さを装って詠唱を開始する。ギルドメンバーに魔術師がいるからだろうか、熟練度を告げるだけで魔力量を具体的に決めてくるということは、指示や連携慣れしているのだろう。


 一応、こちらにも隠し玉があるということは伝えてある。緊急時には自分が一瞬だけ動きを止めるから、思いっきり急所に打ち込んでくれと。


「〝土の精霊に似る 線を繋ぎ脆く【アレナ】〟」


 そっとスペルを唱え、草原の一部を砂の海へ変える。近くまで来なければ気がつかないほど辺りは暗い。ルーさんの索敵に引っかかる範囲に他の脅威がないということは、相手はモンスターと契約していないプレイヤーということになるから気付かれる心配もない。


 ルーさんの狩りは、基本カウンター型だという。攻撃を受ける瞬間に最大限集中し、その攻撃を(かわ)すか受けるかして即座に急所に攻撃を叩き込み、一撃必殺を狙うというのがルーさんの常套手段なんだとか。


「3人で組んでて魔法系が一人もいないなんてないと思うから、ギリー達はそいつを優先的に」


『承知した』


 ギリーが軽やかに答える。アレンや三馬鹿たちも尾を膨らませ、戦意は上々らしい。


 ルーさんの初期アビリティは〝見習い剣士〟だそうで、棒切れを持っている理由は〝見習い剣士〟の基本スキルに、一定の長さの範囲の棒状のものを剣に見立てるアクティブスキルがあるんだとか。


 序盤に素直に剣を渡してくれない運営のなけなしの優しさ、とかルーさんは言っていたが、どうなのだろう。剣くらい錆びててもいいからくれればいいのに。


 くだらない思考の最中、ルーさんがおもむろに目を閉じる。


「――真後ろから、跳んで!」


 ルーさんの叫びと共に、静寂を切り裂く風切りの音が耳を(かす)める。警告の声と共に後ろに跳びすさり、自分達がいた地面がその小さな草ごと抉られているのを確認し、その結果を引き起こした鈍色(にびいろ)の光にぞっとする。


 ――剣? まさかこんな序盤で?


 鈍色を辿り、それを手にした男を見る。短く青い髪、初期装備に身を包んだ男の銀色の目がこちらを獲物として見たと思った瞬間に、そこに肉迫する影が鋭い呼気と共に手にした粗末な棒切れで、横薙ぎの一閃。


「――シッ!」


 一瞬で男の喉を半分ほど切り裂いたルーさんが、空中に血の線を引きながら棒切れを振り抜き、そのまま地面を鋭く蹴りつけて真上に跳ぶのを呆然と見上げる事しか出来ない。


 対人戦は、身が(すく)む。動けないことすら理解できない。


 「【ファイア】!」


 一拍遅れて響くスペルの声に伴い、その足裏を掠める炎の塊が顕現し、夜空を焦がし熱波と共に辺りを赤く照らし上げた――ところでようやく自分の脳が現状を把握する。叱咤するように電子の筋肉に指令を送り、ぴくりと跳ねる指先が赤く照らし出された青い髪の女に向けられる。


「か――〝風の精霊に似る 線を繋ぎ刃と化す〟【ウィンド】!」


 役立たずだと――警戒もされていなかったらしい自分の攻撃は魔法使いと思われる女に直撃する。が、熟練度0%の魔術では、残り魔力量の10を(そそ)ぎ込んで撃っても攻撃力はさほどない。


 浅く腕が切れただけの女がこちらを見て笑った瞬間、脚の間を抜けて硬い毛の感触。強引に自分を背に乗せて猛スピードでギリーが走っている――と思う前に、背中に再びの熱波を感じて驚愕と共に背後を振り返る。さきほどまで自分がいた場所に、想像以上の大きさの炎の塊が天を焦がす勢いで伸び上がっていた。なぁにあれ!


 戦闘が始まる前に即行で自分の服の中に逃げこんだルーシィはともかく、すでにルーさんとアレン達の動きはわからない。やられてはいないと思うのだが、すでに場は混乱の極みにあった。どうしよう、何をどうしたらいいのかすらわからない。


「ギ、ギリーありがとう! どど、どうしよう!」


『乱戦などこんなものだ主。慣れてくれ。目的は敵の抹殺だ。剣士はルーがくだした。残りは2人だ、おそらくどちらも魔法系で魔法使いと魔術師だろう』


「自分より正確に状況判断してるよ、すごい!」


『慣れてくれ、主。アレン達で魔術師をくだすよう指示をした。ルーがもう1人を討ちやすいようサポートしよう。掴まってくれ、とばす』


 ゥオーンと遠吠えを上げながら、巨大な炎の塊に照らされつつギリーが夜の草原を疾駆(しっく)する。あの巨大な炎はおそらく魔術師が全力で撃ったものだろうが、それにしても熟練度が高いのか大きい。無駄に大きい。小さな太陽とも見まがう炎塊は未だ消えず、少しずつ勢いを弱めているものの、辺りを照らすには十分だろう。狙いやすいように灯り代わりのようだ。


 戦場から少し離れてくれたギリーのおかげで全体が見渡せる。赤い髪の魔術師と思われる女が背後から迫るアレンに引き倒されたのを確認後、残りの1人を探して視線を巡らせていく。


「――いた!」


 恐らくルーさんを探しているのだろう。きょろきょろと油断なく上下左右を警戒する先程の青い髪の女を見つけ、思わず声を上げればギリーが冷静にその死角に回り込もうと隙を探る。


『フィニーが隙を作ってくれと言っている。主、腕の見せ所だ』


「任せろ。良いこと思い付いた」


 残りMPは悲しいことに6/20しかないものの、このゲームがリアルさを追求しているのだとしたら絶対に成功する。慌てふためいているうちに閉じてしまった詠唱文を再度開き、女に近付くために詠唱を開始する。


「〝水の精霊に似る 線を繋ぎ流れと()す〟――!」


 残りの魔力全てでそこそこの大きさの水塊を作り出し、未だ燃えさかる巨大な炎塊に勢いよくぶつけにかかる。


「――【ウォーター】! ……よしっ!」


「なに!? 【ウィンド】! 【ウィンド】ッ!」


 ぶつかり合った炎と水は例えようもない音と共に蒸発し、真っ白な蒸気が辺りを急激に埋め尽くす。状況を理解した女は即座に【スペル】を連発し蒸気を退(しりぞ)けるも間に合わない。

 すぐさま切り札をきって完全勝利を目指す。疾駆するギリーを()って魔法使いと(おぼ)しき女に背後から突撃しようと駆けよれば、女がそれに気付いてにやりと笑って迎撃に入る。


「【ウィンド】!」


(かわ)してギリーッ!」


『無茶を言う』


 無茶と言いつつもギリーは真正面から迫り来る風の刃を紙一重で軽やかに躱してみせる。驚きつつも次のスペルを唱えようとした女に向かって、逆にニヒルに笑ってみせた。


「【遠吠え】!」


 女のすぐ目の前で、急停止したギリーまでもが牙をみせて凶悪に笑ってみせる中、闇夜を切り裂く不気味な獣の声が草原に響き渡る。


「ォオオォォオオオ!!」


 女がスペルを叫ぶ一拍前に叫ばれたスペルにシステムが反応し、自分の口から放たれる反響する吠え声が女を撃つ。


 驚愕と共に、スキルの効果で一瞬の硬直に(おちい)る女の頭上に影。大きな翼を広げて音もなく、ルーさんを掴んで飛ぶフィニーが鋭い鳴き声と共に掴んでいた凶器を解き放つ。


「――上出来だよ」


 光る棒切れを構えたルーさんの声が暗がりに響く。次の瞬間――暗い草原に斜めの光をいて、剣と化した棒切れがものすごい速度で振り抜かれた。


 僅かな静寂と緊張の後。女は見事に背後から袈裟懸けに切り裂かれ、声もなく地面に伏した。




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