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【Under Ground Online】  作者: 桐月悠里
2:Under Ground(意訳――形式の否定)
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第六十五話:砂漠狼の夜明け

 


 第六十五話:砂漠狼の夜明け




 遠吠えで目を覚ました。遠く、近く。洞窟の中で反響する呼び声。柔らかな砂の上に毛布を敷いて寝たからか、仮初の身体にそこまでの痛みも不具合も無い。

 快適な〝ホール〟の内部とは打って変わって、表現しがたい匂いと冷たい空気が満ちる空間。暗闇から明るい世界へと舞い戻れば、雪花や弥生ちゃんも起き上がり始めていた。


「……敵は?」


 ログインする感覚は、目覚める感覚にほどよく似ている。一瞬だけ混乱する脳を宥め、立ち上がりながら小さな象のような巨体に声をかけた。


『――2頭やられた。煩いだろうが、弔いの声だ。許してくれ』


 巨体は悲しそうに身を震わせる。遠く、近く反響する弔いの遠吠え。弔い、という響きに違和感を抱いて、自分は巨体をじっと見上げた。

 死にはしたが、消滅したわけではない。何故悲しむと問いを投げれば、黄色い瞳が自分を射抜いた。


『……家族に数年会えぬことを嘆くのは愚かしいか?』


 自分の仲間をして家族というそのドルーウの瞳は、確かに悲しみに揺れていた。時折、自分は不思議に思う。本当に、学習性AIはただの複雑な思考回路の再現だけで成り立っているのかと。そうではないんじゃないか、と疑うものの、結局はその本質など知りようがない立場なのだが。


「……ごめんなさい」


『別によい。この世界でも、お前の世界でも。死はやはり別れなのだ。永遠かそうでないかの違いによって、悲しみの重みが違うだけで、悲しみが無いわけでない』


 別れはいつだって辛い。じいちゃんの死、父親の死。思い出せば辛いから、思い出さないように記憶に蓋をしているだけ。

 特に父の死は自分でもよく覚えていない。じいちゃんは、アイツは火事で死んだと頑なにそう言い張ったが、ニュースによれば火事での被害は当時10歳ぐらいだった自分一人だけだった。子供心に嘘を吐かれているとは思ったが、ゴーグル越しの電子映像でも、じいちゃんの目を見てしまえば、それ以上の追及は出来なかった。

 ドルーウの目は、その目に似ていた。じきに会える、もしかしたらそんな風に思っていたのかもしれない。でも瞳には悲しみが揺れ、しばしの別れを噛みしめるように受け止めていた。


「――遠吠えが止んだ」


 いつの間にか起き上がって隣に来ていた雪花が囁いた。唐突に止んだ遠吠えに、ドルーウが訝しげに鼻面を上げる。不自然な鳴き止み方だ。ぶっつりと無理やり中断させられたような、そんな終わり方。

 困惑した空気が部屋に満ちる。ドルーウとギリーが警戒して立ち上がろうとした瞬間に、弥生ちゃんが鋭く声を上げた。


「どいて雪ちゃん! ――【フルスイング】ッ!!」


 どけと言われた瞬間にさっと身を翻した雪花も相当だが、弥生ちゃんも相当だった。遠心力によって力を蓄えたモーニングスターが、スキルの掛け声と共に岩盤に打ち付けられる。岩盤には亀裂が入り、その向こうからはくぐもった声があった。


――クルルルルル。


 甘えるような鳥の鳴き声。聞き覚えのあるその声に、全員が息を呑んだ。ドルーウとギリーは毛を限界まで逆立てて後ずさるが、逃げ場はどこにも存在しない。

 砂竜モドキは自身のスキルによって岩盤も砂の海も、巨体を苦にせずに縦横無尽に動き回る。弥生ちゃんの危機察知スキルでも追いきれないほどの速度で動く砂竜モドキは、どこから顔を出すかわからない。


「速過ぎっ……どこから出てくるかは、私でも感知しきれない!」


「振動を追ってくる筈だ、弥生ちゃんは誘導を! 雪花は風を!」


「いぇっさー、ボス」


「まっかせといて! ど真ん中で揺らすわよ――【ダブルスタンプ】!」


 強烈な二連撃。広大な空間のど真ん中に振り下ろされたモーニングスターが、腹の底を震わせるような衝撃を生み出す。

 詠唱を終えた自分と雪花は口を閉じ、手の動きだけで簡単な意思疎通をする。砂竜モドキは振動を感知して砂の海から顔を出す、ならば動きを止めた上で持続する振動を人為的に作り出し、誘い出して仕留めるしかない。


(2頭いても初撃は変わらず)


 作戦に変更は無いと伝えながら、強烈な振動に紛れて距離を取った弥生ちゃんを見る。弥生ちゃんの手にはゴーレムの破片。大きめの瓦礫を持った腕が緩やかに振られ、静寂に支配される空間の中を破片が緩い回転と共に地面に近付いていく。

 自分の手の中には金属の杭があった。詠唱中に込められた魔力によって赤い紋様が浮き上がり、熾火のように赤く光る。


「……」


 緩い回転によってゴーレムの破片が視界の端を落ちていく。くる、くる、くる――と回転しながら落ちていき、その先端が地を叩いた――瞬間。


「来た!」


 ――ルルルルルル!!


 大音量の鳥の声と共に巨体が地面を突き破る。地面を細かな砂に変え、砂の海から躍り出た巨体は大口を開けて砂ごとゴーレムの破片を飲み下す。

 作戦の第一段階は成功したが、現れたのは一頭だけ。その瞳が開かれる前に、即座に弥生ちゃんがもう一つ、ゴーレムの破片を投げ込んだ。


 自分のすぐ横、指示した通りだが、角度を一歩でも間違えば即死する位置に破片が跳ねた。振動を感知して、砂竜モドキが超速度で破片を呑み込みに長く太い首を射出。地面ごと喰らいついた瞬間に、手の中の杭を振り上げる。


「〝よって楔は我が拳となる〟」


 詠唱は通常の発声とは何かが違う。二重に後から遅れるような妙な響きに、システムが呼応して世界を変える。

 振り上げた楔を振り下ろし、その首に打ち込もうとした瞬間に砂竜モドキの瞳が開かれた。真円に近いまん丸の瞳に射抜かれて、身体が思わず硬直する。いや、何かがおかしい。動かそうとした右腕が動かない。恐怖心よりも焦りが勝つのに、自分の身体は微動だにしなかった。

 異変に気が付いた2人がこちらに向かおうとするが、背後からは再び轟音。ドルーウの叫びが自分の後方で木霊する。


『番のもう一頭だ!』


 時間差で来られたのと、予定外の出来事で不意をつかれた雪花が、視界の端でその巨体に跳ね飛ばされた。自分を助けようと動いたせいで位置を悟られ、真っ先に襲われたらしい。壁に叩き付けられた雪花はそのまま落下。地面に落ちた衝撃にさらに呻くが、地に伏せる雪花に迫るもう一頭が容赦なく威嚇行動を繰り返している。眼前の砂竜モドキも、ゆっくりと鎌首をもたげ、爬虫類の威嚇音のような音と共に巨大な嘴を大きく開く。


「――ッ!」


 動けない、恐らくは何らかのスキルの効果だが、強制的に静止させられた身体はぴくりとも動かず、唯一動く眼球だけが、先の絶望を伝えてくる。


「雪ちゃん! 狛ちゃん!」


 どちらをより助けるべきか、迷ったせいで疾走する足が半歩届かない弥生ちゃんが叫んだ。仲間の声を聞き、初めて身体の妙な停滞が解除される。解除条件は仲間からの呼びかけか、それとも時間制限か。

 動けるようになったは良いが、躱すには間に合わない。竜脈でアドルフに躍りかかられた記憶が鮮やかによみがえり、引き攣る喉が反射だけで動く。


「『【遠吠え】』!」


 ギリーと自分の絶叫は同時だった。ギリーは雪花に迫るもう一頭の前で、自分は眼前の砂竜モドキに向かってスキルを発動。

 広いと言っても声が反響する空間での遠吠えは、通常よりも大音量で鼓膜に響く。硬直する砂竜モドキ達というチャンスを見逃さず、弥生ちゃんがモーニングスターと共に跳ね上がった。


「【アッパースタンプ】!」


 黒い流星となった弥生ちゃんが手の中のそれを振り上げ、スキルによって加速した一撃を、自分の目の前にいる砂竜モドキの下顎にぶち込んだ。

 続けて撃ちぬいた顎を蹴りつけ、急降下。ギリーの追撃によって大量の岩に身動きを制限されている砂竜モドキへと急行し、万感の思いを込めてモーニングスターを回転させる。


「私を無視してんじゃないわよ――! 【インパクト】!」


 【スタンプ】よりも威力が高いそれは砂竜モドキの嘴を叩き割り、モンスターは悲鳴を上げて後退する。砂の海に慌てて潜るのを横目で見ながら、自分も弥生ちゃんが作ったチャンスを生かすために走り出す。


「〝熔魔ようまの色 赤竜せきりゅうの色 精霊と見紛う朱の色〟!」


 重ねる言葉は色の言葉。朱の因子を謳う変貌の詠唱。元より赤い自分の魔力を、詠唱によって重ねて赤く、紅く、朱く――! 色付いたそれは握りしめていた楔に流れ、光を失っていた楔は再び輝いていく。


「〝我が魔力は竜の息吹 火竜ひりゅうこぼす熔熱の炎〟!」


 火属性の詠唱は魔術の中でも特に短く、鮮烈なものとして表される。本来ならば長ければ長いほど威力を増す筈の魔術詠唱だが、火の因子だけはその落ち着きのない苛烈さを歓迎する。

 叫びは短く。思いは強く。大声での詠唱を推奨される唯一の色を宿し、楔が顎を揺らされふらつく砂竜モドキの首に打ち込まれる。


「〝竜爪は阻まず、拒まれず! よって楔は我が拳となる〟!」


 敵のスキルによる硬直で詠唱をし直すことになったが、逆にそのことがこのスキルの威力を最高まで高めることになる。待機時間が短ければ短いほど、その爆発力は衰えない。

 ダメージから回復し、砂竜モドキが再び口を開ける前に、自分は力を求めて叫ぶ。


「【ブラスト】ォ!!」


 スペルに呼応し、楔が強烈な光を放った。赤々と光る魔力が変質し、体内で膨張するエネルギーに砂竜モドキが狂ったように身を捩る。赤い光は膨張し途中で静止、一見不発であるかのように無音のまま収束していく。


「しくじっ……?」


 たか、と。最後の言葉は喉の奥に呑み込まれた。妙な熱波が顔を打ち、一瞬息が止まったせいだった。眼前で苦しそうに身体を伸ばした砂竜モドキも、いつの間にか動きを止めていた。


「……死んだ?」


 弥生ちゃんの小さな声に、痙攣しながら砂竜モドキが傾いでいく。次の瞬間、砂竜モドキの首が弾けた。


「――!」


 目を見開く自分の目の前で羽毛に包まれた太い首が弾けとび、熱い深紅の血を噴き出しながら巨大な頭が宙を舞った。雨のように降る血潮を浴びて朱の色に染まりながら、自分は即座に頭を振って髪から滴る液体を振り払う。


「仕留めたぞ! 次だ弥生ちゃん、立て雪花!」


 頭を振りながら立ち上がった雪花と弥生ちゃんが走り出す。自分もギリーに飛び乗り疾走。弥生ちゃんがモーニングスターを再び振り上げ、地面を強打。空間全体が揺れた、と錯覚するような衝撃を耐えれば、見上げた天井に亀裂が入った。


「――上だ!」


 天井から大量の岩を振りまきながら、嘴が割れ砕けた砂竜モドキが躍り出た。その性質はドルーウのリーダーから聞いた通り、一度戦闘に入れば瀕死状態でも獲物を追う執念深いもの。相方が殺され、自身の嘴が砕けようとも逃げ出さなかったもう一頭は、竜のような咆哮を上げながら決死の覚悟で向かってくる。


 天井から降り注ぐ岩を避け、時に分解して無効化しながら、瓦礫の雨の中をギリーが走る。背の上でアドルフのナイフを布きれの封印から解き放ち、ギラリと刃先を光らせる。

 青白く光るそれを構えながら、手綱を捌き上からの襲撃を後ろに下がらせて回避。砂竜モドキの着地と共に盛大に砂煙が舞い上がり、視界全体を覆ったがそれは一瞬で鉄砲水に押し流された。


「〝藍の色 精霊の色 水の精霊と見紛う色〟!」


 横合いからの雪花による水の魔術が砂煙を掻き消し、砂竜モドキの足元を揺らがせる。同時に水の奔流を突き破って弥生ちゃんが強襲。揺らいだ足元に走り込み、漆黒のモーニングスターが振り抜かれる。


「【インパクト】!」


「【フラッド】ォ!」


 鱗に覆われた足を強烈な打撃が襲う。続けて先程よりも激しい水の流れが砂竜モドキの体勢を崩し、その巨体は鉤爪のついた翼を広げて懸命に羽ばたく。

 風圧に圧されないように身を屈め、手綱を振るいギリーを鼓舞。吠え声と共に恐怖を抑え、宙に出現させた砂の足場を疾走するギリーが、体勢を崩した砂竜モドキの頭上を取った。


 ギリーが砂竜モドキの頭の上で身を捩り、自分は鞍を蹴り付け羽毛に覆われた首を切断するべくアドルフの爪を振り抜いた。

 曲がった凶爪の先端が、肉食獣の牙のように易々と羽毛を裂き、皮を破り、その下の肉を抉る。


「〝葉は落ちて再生する 繋がって 踊れ 【ラファーガ】〟!」


 後ろ側から突き立てた爪を振り抜きながら、魔術による風の刃を絡めてモンスターの肉を引き裂いていく。

 噴き出す血に目を細めつつも、強引に腕を振り抜きそのまま空中で身体を捻って振り返る。痛みに仰け反り赤い血を撒き散らしながら、砂竜モドキが自身を傷つけた自分を食い殺そうと口を開けるも、そこから放たれたのは咆哮ではなく、死を秒読みする血塊。


 見れば、雪花が血を塗した長剣を振り上げて、二度目の斬撃をその脳天に叩き込んだところだった。一撃目で正面から喉を切り裂いたようで、二撃目は頭蓋の硬さに弾かれる。ゴーグルに阻まれ窺うことの出来ない表情からは、見えずとも殺気めいた圧迫感が放出されていた。


「どいて雪ちゃん!」


 声に反応した雪花が得意の身軽さを発揮し、後方宙返りの要領で砂竜モドキの頭から離れた瞬間、遅れて巨体を駆けあがって来ていた弥生ちゃんがモーニングスターを振り上げる。


「せぇのッ――【インパクト】!」


 渾身の一撃。刃を跳ね返す硬い頭蓋を陥没させ、砂竜モドキに更なる沈黙を要求する。剛槌ごうついを振り上げて絡みついた血を払い、弥生ちゃんが華麗に着地。遅れて自分と雪花も血の尾を曳きながら地面に着地し、ぐらりと傾ぐ巨体を油断なく注視する中――。


 ――淡い輝きと共に魂が抜け、砂竜モドキは地に伏した。




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