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【Under Ground Online】  作者: 桐月悠里
2:Under Ground(意訳――形式の否定)
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第六十二話:奇怪なモンスター



第六十二話:奇怪なモンスター




 日々とか言って、長期戦を覚悟したもののゴーレム狩りを始めて数時間。自分達は怖いほど順調に、現れるゴーレム達を狩りまくり、お目当ての晶石をたんまりと集めていた。


 その数、合計37個。3等分にしても1人あたり10個はあるというところで、ようやくここらで止めておこうかという意見が出る。


 砕いたゴーレムの身体の上に座り込み、皆は荒い息を吐きながら深く息を吸って吐く。深呼吸をしながら辺りを警戒するも、ゴーレムは狩りつくした感が強い。


 そもそも、1階層ごとに2~3体しかいないことを考えれば、ゴーレムというのは希少なモンスターなのかもしれなかった。いや、モンスターですらないのかもしれないが。


「……いやぁ、疲れた。にしても結局ゴーレムって何なんだろ」


 足でごろりとゴーレムの破片を転がしながら雪花が首を傾げるが、その疑問に答えてくれる存在はここにはいない。

 あまりの疲労感に言葉少なになりながら破片を回収し、重くなったリュックを背負いなおして長く息を吐く。


「さて……それじゃあ、帰りがてら砂竜を探しましょ?」


「あぁ……ただね、何か面倒事に巻き込まれそうな予感がするんだけど」


 本来なら、現在自分達が休んでいる第9層よりも更に下層にいる筈らしい砂竜が、3~4層付近にいた理由。

 ギリーに聞いても本来、竜がそんな浅いところまで出てくる理由もないし、出てきたこともないらしい。


「いつもと違うってことは、良くないことが起きてるってことだ」


『気まぐれの可能性は……低いだろうな』


「気まぐれの可能性も低いらしいし、会いに行ってもいいものか……」


 今回の主目的はナイフの鞘と晶石。目的以外の事を深追いすると、見返りもあるが当然リスクも高くなる。ましてや雪花はどうでもいいが、短期間とはいえ仲間がいるのでは、出来る無茶と出来ない無茶がある。


「私はドラゴン見たいから別にいいわ。最悪、取りに来ればいいだけだし」


「まあ……そうだけど」


 精霊の巣を確認し、この洞窟はまだしばらく崩されないことは分かっている。なので、荷物は後で取りに来ればいい。何の前情報も無しでアルカリ洞窟群まで遠征しにくるプレイヤーはほとんどいないだろうし、いても地極系モンスターの助けが無ければここまで深部には潜れない。


 わくわくした顔で先を急かす弥生ちゃんに迷いはないらしく、雪花は自分の決めた方針に従う姿勢を崩さない。自分もドラゴン見たさに恐る恐る頷けば、弥生ちゃんは元気よくリュックを背負い、立ち上がった。


「よし、じゃあもと来た道を戻るわよ!」




















 アルカリ洞窟群、第3層。


 弥生ちゃんが所持していた面白いアビリティ、【見習い地図士】のスキルによってマッピングされたのは第9層の大広間まで。


 他の洞窟では知らないが、この洞窟ではどの層も必ず一か所だけ開けた空間があった。そこを便宜上、第何層の大広間と表しているが、まず第1層は例外的に存在すらせず、第2層はただひらけているだけ。


 第3層の大広間の天井には精霊の巣が。第4層からゴーレムが出現し、以降ゴーレムは出現し続けるが、今のところは小さな蛇やトカゲ(全てモンスターではなくただの動物)以外の生き物は出現していない。


 ギリーの話ではこの時間帯はドルーウの群れが第1層から中間層まで出没するらしいが、未だ未遭遇のままだった。


「戻ってきました第3層の分かれ道ぃ!」


「さぁて、生きるか死ぬか! 人生は冒険よ!」


「……なんでそんなにテンション高いのかな?」


 雪花と弥生ちゃんの気合の入れ方に引きつつも、ギリーの背に跨りながら2人を見下ろす。


 第3層以下の通路はどの通路もかなり高さがあり、時には天井すら見えないほどだが砂竜が通るとなればその大きさも不安が残る。どの程度大きいのか知らないが、少なくともそんな小さな存在ではないだろう。


「ほら、早く乗って。安定は悪そうだけど、いざとなったら予告なしで走るから掴まっててよ?」


 雪花と弥生ちゃんに乗るように促したのはギリーの背ではなく、何と表現すればいいのか微妙な補助席だった。


 通常の鞍に後から取り付けるだけのものだが、その形状は説明しがたい。なんというか、人一人が膝を畳んでやっと入り込める小さな籠が、腹の左右に1ずつ取り付けられているのだ。


「これ、クッションって逆に狭くない?」


「クッションが無いとお客様のお身体は青痣だらけになってしまいますよ、って店員さんが」


「ま、まあ……全力疾走を仮定してるんだから、揺れるわよね」


 そりゃもう、がったんごっとんどころじゃなく揺れるだろうと思ったが、思うだけに留めておく。大事なのはこの籠に乗るしかないこと。籠から落ちないようにしっかりと掴まること。それだけだ。


「ほら乗って、はいゴーグル……弥生ちゃん、モーニングスター抱えて乗るの?」


 そのトゲトゲ、痛いんじゃない? と遠まわしに聞けば、大丈夫! と何が根拠かわからない返事が返ってきた。よかろう、後悔しても知らないからな。

 雪花は雪花で、自前のゴーグルをしながら既に籠の中の紐を身体にしっかりと巻きつけていた。


 長い付き合いとは言わないが、自分と数日一緒に過ごした身としては、嫌な予感はひしひしと感じているらしい。賢明だが、これはこれで腹が立った。


「ギリーが全力で走ると本当に揺れるから、気を付けてね?」


「だぁいじょうぶ!」


「大丈夫じゃないから、ほらじっとしててねー」


 ガッツポーズをかます弥生ちゃんの腰に容赦なく紐を結びつける雪花。正しい、正しい行動なのだが、それだけ運転が荒いと言われているようで釈然としない。


 確かに、一度戯れに雪花を乗せた時はギリーが本気を出してしまい、相当に怖い思いをさせた自覚はあるが、それはそれ、仕方がないだろうと思うのだ。


 弥生ちゃんの方は、もしかしたら絶叫マシンとやらが好きなのかもしれない。自分は乗ったことが無いが、雪花がよく似ているとえずきながら言っていた。

 期待に興奮を抑えきれない様子を見ると、どうも風を感じるのが好きそうな感じだし。


「では、これから砂竜のところに顔を出してみますが、平和的なお話が無理だったら逃げます」


 いいですね? と引率の先生のように念を押し、途中下車は許さんという態度をはっきり示す。そうしないと途中でひゃっはーとか飛び出しかねない奴がいるからなのだが、本当に大丈夫だろうか。雪花が厳重に紐を結んでいたようだから、大丈夫だとは思うが……。


「じゃあ、行ってみようか」


 鞍の座り心地を確認し、手綱を取り、ギリーを砂竜の道へと進ませる。分厚い岩だった足場がどんどん奥に進むにつれて様相を変え、地表の砂漠を思い起こさせるほど細かな砂に埋まっていく。


 砂竜への道は砂の道へと変わり、ギリーはそれをものともせずにざくざくと進んでいく。鼻面に皺を寄せ、臭いを確認しながら進んでいるようだ。


 ギリーの背に乗っている以上、自分達の命は彼に預けるしかない。事前の打ち合わせ通り無言のまま、ギリーの判断に身を任せる。


 ギリーの腹の横に括り付けられた2つのランプがきぃきぃと揺れ、橙色の明かりで通路を照らす。壁には無数の晶石が埋まり、覗いた頭がきらきらと輝く。

 砂を蹴る音がやけに響き、通路の奥からは喘鳴のような奇妙な音が上がってくる。


「……」


 ジェスチャーで合図をすれば、雪花が小声で魔術を唱え出す。自分も小さく口ずさむように詠唱し、スペルの直前でじっと黙った。

 ふと、ドルーウの足が長くなかったら、横に籠をつけるなんて出来なかったな、などと他愛ないことを思った瞬間。


『……』


 ぴたりとギリーが動きを止めた。丸く大きな耳を通路の奥に真っ直ぐに向け、目を見開き、全身の筋肉に力が入ったのが鞍を通して伝わってくる。

 皆が息を殺し、ギリーが察知した異変を感じ取ろうと押し黙る。


――ゥ゛ゥ゛ッ。


 ギリーが小さく唸った。言葉にならない短い唸り声と共に、ギリーの足が数歩後ずさる。音は無い。自分達に聞こえるような音は何も無いので、弥生ちゃんと顔を見合わせた時だった。


「ボスッ!」


 雪花の叫び声と共に、ギリーが弾かれたように飛び跳ねて真横に逃げた。衝撃に備えていた身体はギリギリのところで持ちこたえ、バランスを取りながら顔を上げる。


 顔を上げて、見つめる先には巨大な頭が鎮座していた。


――クルルルルルル……。


 それは鳥が甘えるような声を立てながら、長く太い首を伸ばし、自分の顎が獲物を取り逃がした理由が、わからないというように首を傾げた。


 口の中に何も無いことを確認するように、口をちょっとだけ開いて舌を動かし、更に首を右に傾ける。


――エルルルルル……。


 またも甘えるように喉を鳴らし、そのモンスターは、今度は首を左に傾ける。その瞳は閉じられていて、その生き物は目を閉じたまま不思議そうに首を傾げては喉を震わせていた。


 ギリーの耳が限界まで伏せられ、そのモンスターを恐れるように尾が巻かれた。その姿はドラゴンに似ていたが、その身体は鱗ではなく羽毛で覆われている。


 ドラゴンとするには細く、鳥と言うには太い首が波打つように震えている。そして喉からは甘えるような鳥の鳴き声。


 クルクル、コロコロ。音の響きとしては重低音だが、やけに軽めの音は喉の中の空気を震わせて出している音だからだろう。


 モンスターは身を乗り出すように通路の奥から首を伸ばし、翼に生えた爪が岩肌を抉り取るように掴む。


 2人に、短く手でこれからの行動を伝え、自分も準備を整える。いける、との合図に足が叩かれ、宥めるようにギリーの背を撫でた。


「……ふー」


 息を吐く。心臓が早鐘を打つのに合わせて、冷えていた身体の隅々にまで血が通い、滑らかに動くのを確認する。


 脅威に出会った時。心臓が激しく鳴るのは恐怖からだ。では何故、恐怖にかられると人間は心臓を早く動かし始めるのか。

 戦闘の予感に胸が震える。指先が熱くなってくる。つりあがる口角を抑え、腰のポーチを片手でまさぐる。


「逃げるか、戦うためだ」


 飛竜に似たそのモンスターが、その瞳を開く前に。

 左手に持っていたゴーレムの身体の破片。つまり手頃な大きさの石をモンスターの鼻先にぶん投げる。狙いを違わず石はモンスターの鼻先の地面に打ち付けられ、振動を察知したモンスターは1拍置いてそれに噛みつく。


 口の中に入ったのが石だけだと気が付いているのかいないのか、そいつが石をそのまま飲み下した瞬間に、自分達は動いていた。


 きつく巻きつけていた紐を即座にナイフで切り裂き、壁を蹴り、瞬く間に見えない天井に向かって狭い壁を蹴って登っていく弥生ちゃんをサポートするべく、自分と雪花もモンスターの前に出る。


「こっちだこっち!」


 壁の振動と床の振動をキャッチしたモンスターは、どちらから噛みつくか迷ったようだが手近なところを選んだらしい。


 手前にいる自分達に向かって悠長に首をたわめた所を、肉食兎アドルフのナイフで強襲する。自分も見よう見まねで壁を蹴り、仮想空間ならではのアクロバティックな動きで、岩肌を掴んでいた翼爪を半回転しながら切り落とした。


 鞘の材料が見つからないと嘆かれたほどの切れ味を誇るアドルフの爪は、速度に乗せればモンスターの頑強な骨すらも断つ。


 骨ごと右の翼爪を切り落とすも、そのモンスターの勢いは衰えず、雪花が先程までいた場所に豪快にかぶりつく。砂を大量に口から零しながらも、それを嚥下したところに雪花の魔術が完成。


 砂が弥生ちゃんの攻撃を吸収しないよう、通路に積もる砂を水の魔術で洗い流し、完璧にサポート役をこなした雪花が下がり、自分も急いで壁を蹴り距離を取る。


 胃の中に砂しかいかなかったことに気が付いたのか、そうでないのか。またも首を傾げるモンスターのトロさが、モンスター自身の運命を決定づけた。


「――【スタンプ】ッッ!!」


 轟音と共に、高所からの落下スピードをこれでもかと絡めた、渾身の一撃がドラゴンもどきの頭を直撃した。漆黒のモーニングスターが巨大な頭に叩き込まれ、頭蓋を陥没させてモンスターを沈黙させる。


 痙攣と共に巨大な身体はゆっくりと倒れ伏し、汚れ1つないモーニングスターを担いで、弥生ちゃんはかいていない汗を拭った。


「いっちょうあがりっ!」


 何とも頼もしい人だった。



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